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第24話

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「それで本部長は何と?」
「本日二十時の記者会見で狙撃被害者の身元を発表するそうだ」
「引き延ばしもあと四時間が限界ですか」
「さっさと発表すればいい。そうなれば囮も自分の身に危険が及びつつある事実を悟る。こちらも行確ではなくSPの立場で張り付くことが可能になるからな」

 八つ当たりこそした京哉だが霧島が大切なのは変わらない。自分たちが行確ではなくガードになったら本気で現場から霧島を追い出すつもりだった。
 カウンタースナイプとは言葉通り狙撃に対する反撃で様々なパターンが存在するが、この状況では本当の撃ち合いになる。そしておそらく霧島は京哉の傍を離れない。

 また庇われて霧島が血を流すより自分の頭を吹き飛ばされる方がマシだ。

 交代で弁当を食いながら二十時からの報道番組を見た。
 すると警察発表と同時に各局が一斉に霧島会長と産業スパイとの密会写真を映し『霧島カンパニー会長に黒い疑惑』特集を流し始めた。
 一様にぼかした表現ながら霧島会長の『自ら切った産業スパイの口封じ』を言外に匂わせている。その影響は明日の株価予想にも及んでいた。

 取り敢えずメディア各局が『警察発表でタレコミの裏が取れたので報道に至った』体裁を取っていたので、警察サイドにしてみたら幸いギリギリで間に合ったということらしい。
 一ノ瀬本部長もサッチョウの上もホッとしているだろう。

 しかしこの先もメディアが警察と霧島カンパニー癒着説を持ち出さないとは限らない。何処が口火を切るか腹の探り合いをしている最中なのかも知れず、次のネタとして報道される前に早急の実行犯及び本ボシの検挙が必要だった。

 鉄壁の保秘を誇る公安の人員はさすがに事情を詳細まで知っていて、性質上多弁ではないが心おきなくそんな話を内輪でしている。彼らの会話を京哉はニュースと共に聞いていた。

 そこでマル対が寝たという連絡が監視班から入る。奥の寝室は窓がない造りで物理的に狙撃は無理、二十三時から霧島と二時間交代で眠ることになった。

 フローリングに毛布一枚を敷いて寝転がった京哉は、だが一件目の囮をあっさり殺された悔しさが再燃し、またずっと尖らせていた神経が立っていて眠れない。
 見上げると窓越しに外を見る霧島の広い背が見え、その体温を感じたくて堪らなくなる。

 やがて交代で寝ている公安たちに配慮したらしい、低く小さな囁きが降ってきた。

「京哉、眠れないか?」
「あっ、ええ」
「ならば起きてここに来い」
「……はい」

 毛布を被ったまま静かに移動して霧島の傍に座る。座ったはいいが京哉は何を喋ったものか分からなくて黙り込んだ。霧島も同様に言葉を探し当てあぐねているように見える。迷うことを知らない霧島にしては珍しい。

 暫く経って低い声が発せられた。

「夜だと却って楽だな。発砲されたら一発で分かる」
「そうですね。明らかにマズルフラッシュが視認できますから、撃たれてから反撃が原則のこちら側としては見落としの可能性が減りますし。M200は大物ですから視認性に関してはまず大丈夫でしょう。ただ、遠距離屋外だと想像よりマズルフラッシュは小さくて一瞬ですよ」
「ふむ、見落とし注意と。だがそもそも夜間に狙撃はどうなんだ?」

 少しでも気を楽にしてやりたかったが、京哉はあくまで甘い見通しは口にしなかった。

「勿論条件次第で夜間も狙撃可能です。もしノクトヴィジョンでも装備していれば昼間同様に狙えますよ。でもここの寝室はいい造り、寝室で寝る素直な人で幸いでした」
「夜でもまともに狙えるのか、危ないな。あと何かアドバイスはないのか?」
「夜間はスコープから目を離して肉眼で可視範囲全体を俯瞰している方がいいと思います。言ったように屋外遠距離のマズルフラッシュは一瞬ですから、広く見ていないと見逃がす可能性が大です」

 僅かに霧島が低く喉を震わせた。

「そうか、却ってそれは助かるな。ずっとスコープ越しの視界で酔いそうになっていたんだ」
「それで霧島警視、明日からは方針が変わるんですよね?」
「ああ。狙われると思しき三名にガードとして警備部SPが直接張り付く。ここ以外の二名の住所は都内だからな。警視庁が同様に動いている。向こうはSAT狙撃班がチームで出張ったそうだ。三名を同時に見張る」

 産業スパイ生存者三名の内二名の面倒を警視庁が見てくれるというので、京哉たちはここ専属になる訳だ。今夜の記者会見と報道を受けて敵も警戒している筈だった。

「警戒した挙げ句に敵が諦めてくれたらいいのだがな」
「でもそれじゃ、依頼主に辿り着けないんですよね」
「クソ親父を縛り首にして快哉を叫んだ奴が本ボシだ」
「そんな無茶な。けど霧島警視、明日からは退いて下さい。スポッタは要りません」
「何を言っている、明日からスポッタの仕事は本番だろう。それに私は自分の意志やお前に誓ったからという意地だけでスポッタをやるのではない。見ていただろう、私もお前と同じ任務を拝命したのを」
「命令だから、ですか。貴方は何処までも警察官でいたいんですね」
「勿論だ。それこそ己で選んだ道だからな」

 言い切った霧島を京哉はじっと見上げる。外から目立たぬよう常夜灯にした室内で怜悧さを感じさせる横顔は誰にも、何にも恥じることなく昂然と上げられていた。

 だが霧島はキャリアで機捜隊長とはいえ一警視にすぎない。巨大縦割り組織の中では中間管理職のようなものだ、命令を下すが理不尽な命令を下されもする。

 そんな中途半端な立場で胸を張られ誇られても普通は返事に詰まる。ただの平刑事なら『さすがキャリアの警視』と思うかも知れないが京哉は単純にそう思えないほど内情を知りすぎていた。

 しかし高貴なまでに堂々とした態度でこの男に言われると、この男の居場所こそが玉座かと思わされるほどだ。
 責任という玉座に座るのではなく、きっちり背負っているからこそ誰にも、自分自身にも憚ることなくその場の王でいられるのだろう。

 霧島と出会って間もない時、京哉も霧島の姿にかつて警察官に憧れ目指していた頃の理想を見た。暗殺スナイパーである自分は遠くかけ離れてしまっていると知りながら霧島に一歩でも近づきたい、せめて同じ警察官でいたいと願った末に命懸けで暗殺者を辞めたのだ。

 その憧れた姿そのままに霧島は警察官として与えられた任務を遂行しようとしている……一般人を囮にするという作戦であっても。

 京哉がスナイパーでさえなければバディの霧島にこんな任務を本部長が振ることもなかった。霧島が京哉に関わらなければ上層部の秘密も知らず、こんな任務が公安やSATでもない霧島には降ってこなかった筈である。
 
 何としてでもこんな下らない任務から霧島を外したい想いで京哉は言葉を選んだ。
 今は暗さで黒く見える目に、京哉は薄く笑って言う。

「まるで人である前に警察官だって主張しているように聞こえますよ」

 すると一瞬こちらにチラリと向けられた切れ長の目には困惑が浮かんでいた。

「そこまで言った覚えはないんだが……」
「僕は人ですけど善人でも偽善者でもないですからね、富樫を撃たせたことに関して今でも肯定派です。おそらく御前も同じでしょう。二度と貴方の血は見たくない。退いて貰います。これはチームリーダーのスナイパー命令だと思って頂いて結構です」
「京哉、だめだ。私は退かない。何なら一時休戦協定を結んでもいい」
「それとこれとは別です。休戦しようが再戦しようが僕も引けません」

 長々と言い争ったが平行線のまま二時間が経過して霧島が寝る時間になった。立ち上がった京哉は自分が被っていた毛布を背伸びして長身の肩に掛けてやる。
 その一瞬だけ隙を突いて広い背に抱きつきすぐに離れた。交代し窓外を眺め始めた京哉には、霧島が目を眇めて痛みに耐えるような表情をしたことなど分からなかった。

 けれど互いにこんなに近くにいるのに心が遠く、堪らなく淋しい想いに駆られているのは察している。双方ともに引くに引けない理由で壁を作り、それぞれ凍えた心を抱いたまま京哉は立ち続け、霧島は京哉の足元に横になった。

 体温が伝わるほど近くにいても心は凍ったまま、いつまで経っても融けなかった。
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