上 下
15 / 47

第15話

しおりを挟む
 三分後には京哉は霧島と来客用ソファに並んで腰掛けていた。
 勿論ソファは十六階建て本部庁舎の最上階にある県警本部長室に置かれている。そして部屋の主であり二人を呼びつけた張本人の一ノ瀬いちのせ警視監は二人の向かいで三人掛けソファに一人で座っていた。

 一ノ瀬本部長は二人に注視されながら紅茶のカップにスティックシュガーを三本も入れて掻き混ぜる。目前のロウテーブル上にはクッキーの大きな丸い缶がフタを外して置かれ、既に三分の一が消えていて本部長の胃袋で消化中らしい。
 そのクッキーは激甘紅茶と共に加速度を付けて更に減りつつある。

 警視監と云えば京哉の巡査部長から数えて、じつに六階級も上におわす雲上人だ。お蔭で以前は呼び出されるたびに京哉は緊張していたが、この面子で顔を合わせるのも度重なり、今では緊張することもなくなった。
 要は緊張するのに飽きたのだ。

 そんな京哉は自分と同じくらいの身長で、たっぷり霧島二人分の目方がありそうな本部長をじっと観察する。不自然なまでに黒々とした髪を整髪料でぺったりと撫でつけた様子は幕下力士のようだった。
 だがこれでも暗殺反対派の急先鋒だった人物でメディアを利用した世論操作を大の得意とする、なかなかの切れ者なのだ。

 その本部長はクッキーの粉がついた指を舐め、底に紅茶色のシュガーがドロリと堆積したカップをソーサーに戻して声を発する。

「どうかしたのかね、二人揃って不景気な顔をしているが」
「本部長、私のこれは地顔です」

 霧島が切り返したのはいいが低い声の棒読み口調でそれこそ不景気極まりなく、原因たる京哉は出された紅茶の液体表面に無言で目を落とした。

 いつもより間隔を空けて座ったきり一言も会話を交わさない二人を本部長は不思議そうに眺めてから前ボタンが弾け飛びそうな制服のポケットを探り、躰のあちこちを探り、ロウテーブルの下を覗き見てから手を叩きテノールで秘書官を呼ぶ。

「おーい、例のものを持ってきてくれたまえ!」

 そうして二人が見せられたのは桜木が持っていたカラーコピーの写真群だった。

「わたし宛に本日午後届いた郵便物に混じっていたものだ。封筒に入っていたのはこれらのみ。おそらくこの内容についてきみたちは把握していると思うので説明は省くが、きみたちの方から何か報告はないのかね?」

 私事に気を取られ必要な報告を怠っていた霧島は自戒し、桜木と話した内容を簡潔に告げて渡されたUSBメモリも提出する。
 本部長はすぐさま陸上自衛隊に問い合わせるよう秘書官に命じた。まもなく結果が添付ファイル付きメールで送られてくる。

 ノートパソコンや様々な資料にカラーコピーを三人で囲んだ。

「ふむ。富樫組長の件はともかくとして、これでうちの管内及び都内におけるスナイプのマル害全員の身元が割れたということか。これらの情報についてはわたしがタイミングを見て帳場に告げるので、きみたちは手を離していい」
「了解しました。ですが桜木の寄越したUSBメモリにあった、生存している産業スパイ四名についてはガードを差し向けるのが妥当だと思われます」
「分かっている。人命第一なのは言うまでもなく、殺されれば殺されるほど霧島会長を本ボシと見せかける包囲網は狭まる。このままでは旧暗殺肯定派の中でもいち早く禊を済ませた霧島カンパニーに対して全ての泥を被せ、未だ罪相応の償いを受けていないサッチョウや永田町の亡霊たちがメディアにタレ込むのも時間の問題だ」

 旧暗殺肯定派だった者たちの中でも汚職で一旦検挙されたが上手く罰則は逃れた輩は多い。彼らは全ての罪を霧島カンパニーに擦り付けたつもりだった訳だが、霧島カンパニーも『暗殺』についてはメディアのゴシップネタになっただけである。新暗殺肯定派のように大々的に武器弾薬の摘発まで明らかにされはしなかった。

 それでも霧島カンパニーは相応のツケを払わされたが、上手く逃れた輩の中には擦り付けた筈の罪が宙に浮いたままなのを恐れている者がいるのだろう。
 そこで霧島カンパニーの瑕疵に再びスポットが当たれば、これ幸いと『宙に浮いたままの罪』を全て霧島カンパニーのものとして始末を付けたがる、そういうことだった。

 なるほど、そんな危険もあるのかと思いながらシュガーを入れない紅茶に口をつけつつ京哉は霧島の表情を窺ったが、見事なまでに無視されてまた俯く。

「とにかくこのままでは埒が明かん。そこでだ、我々も網を張ろうと思う」
「生存している産業スパイの四人を囮にするのですか?」
「霧島くんにしては殺伐とした物言いをする。人命第一と言った筈、囮ではない。ただこうして身元は割れたが本人らは自分が狙われるとは露とも思っておらんだろう。霧島会長の接触の仕方から見て産業スパイたちに横の繋がりがあるとは思えん以上、彼らは同業者が殺されたことも知るまい」
「網を張るというのは、つまり狙われている事実を本人に告げず狙われるのを待つということでしょう。警戒心を抱かせないよう行動確認を就けたとしても、それは囮に他ならない。私は反対です。本人を保護した上での作戦を立案すべきだ」

 断固とした霧島の主張に本部長は少々面白そうな色を目に浮かべた。

「産業スパイの生き残りが今後狙われるのか否かも不明な今、不確定な予想で一般市民の日常生活を非日常に塗り替えて壊す訳にはいかん。喩え彼らから協力を得られても、それで人目を惹き却って敵に嗅ぎつけられたらどうするんだね。メディアに囲まれての射殺は困るのだ」

 俯いた京哉は霧島が頷く気配を感じる。霧島の性格からして説明されすっきりした訳ではなかろうが一応は納得したようだ。満足して本部長が話を先に進める。

「当然だが単に行確を就けるだけでは話にならん、最悪二キロ以上先から狙われては一巻の終わりだ。そこで鳴海くんの力を借りたい。いいかね?」

 名を呼ばれて京哉は顔を上げた。作戦としては理解したが負け戦は気が進まない。喋るのも億劫な気分だったが本部長からじっと見られて仕方なく口を開く。

「こう言ったら何ですが余程の幸運と偶然が重ならない限り御坂の捕縛は無理だと思います。我が県警SATの武器庫にもM200に匹敵する得物はありませんし……」

 ネガティヴな発言に上級者たちが耳を貸してくれているのを見て続けた。

「おまけに基本的に撃たれてから撃つカウンタースナイプになりますから、御坂の腕からすると最低でもこちらに被害が出るのを前提にしなければならないんです」

 実際二キロオーバーを狙えるM200の敵を倒すなら重機関銃でもぶちかまさなければ無理である。それこそ陸上自衛隊にでも参戦頂くしかない。

 だが浮かない顔をした京哉を普段は慎重派の本部長が説得にかかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼の頭領様の花嫁ごはん!

おうぎまちこ(あきたこまち)
キャラ文芸
キャラ文芸大会での応援、本当にありがとうございました。 2/1になってしまいましたが、なんとか完結させることが出来ました。 本当にありがとうございます(*'ω'*) あとで近況ボードにでも、鬼のまとめか何かを書こうかなと思います。  時は平安。貧乏ながらも幸せに生きていた菖蒲姫(あやめひめ)だったが、母が亡くなってしまい、屋敷を維持することが出来ずに出家することなった。  出家当日、鬼の頭領である鬼童丸(きどうまる)が現れ、彼女は大江山へと攫われてしまう。  人間と鬼の混血である彼は、あやめ姫を食べないと(色んな意味で)、生きることができない呪いにかかっているらしくて――?  訳アリの過去持ちで不憫だった人間の少女が、イケメン鬼の頭領に娶られた後、得意の料理を食べさせたり、相手に食べられたりしながら、心を通わせていく物語。 (優しい鬼の従者たちに囲まれた三食昼寝付き生活) ※キャラ文芸大賞用なので、アルファポリス様でのみ投稿中。

けものびとの日々自炊

東堂大稀(旧:To-do)
キャラ文芸
 特になんの盛り上がりも無く、ひたすら日本料理中心の家庭料理を作る話です。  ※ファンタジーカテゴリにしていましたが、こっちの方が相応しい気がしてキャラ文芸にカテゴリ変更しました。  材料や調味料の分量はほとんど「適当」のため、レシピとしても活用できません。華やかな料理よりも地味な田舎料理と酒の肴系が多いです。  主人公は異世界から来たウルフマンですが、ただの作者の趣味で、一般人設定でも問題ない内容となっております。  色々設定は作ってますが、活用する予定はあまりありません。  元々はブログでも作ろうかと自炊飯画像を撮り始めたのですが、小説の形式にした方が面白そうかな?(自分が)と思ったためにこんな話になってしまいました。  出来上がった料理画像とワンセットの話のため、完全不定期掲載です。ご了承ください。    ※   ※   ※   ※ 地球には時々、異世界から落ちてくる者たちがいる。 それは『鬼』『河童』『天狗』『化け猫』『狼男』『吸血鬼』『半魚人』などなど、太古から妖怪やモンスターなどと言われていたファンタジー世界の住人だった。 中にはエルフやドワーフなど人間と大きな差も無く、自然と人間と混じり合って暮らしていた種族もいる。 彼らは現代では世界規模の条約によって保護され、一般人には気付かれないように暮らしている。 日本では太古から彼らとの付き合いが深いという理由で、いくつかの神社が国から保護を任されていた。 とある県、とある市にある稲荷神社。 その神社の裏側、広い境内の中に建つ『おいなり荘』もそんな保護施設の一つだ。 そこで暮らす狼男(ウルフマン)の駒井ビクターが、日々自炊するだけの物語。 ※R15指定は念のためです。特にそういった方向にするつもりはありませんが、飲酒や喫煙シーンは出てくると思います。

柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月
キャラ文芸
【あらすじ】  大原家のペットである柴犬のゴン太は、毎度変わらぬ粗末なドッグ・フードに、不満をいだきながら日々をすごしている。  それでも、事あるごとの「お祝い」のときに添えられるケンタッキー・フライドチキンが大の好物で、今度はいつ「お祝い」をやるのかと心待ちにしながら、ドッグ・フードをペロリと平らげているのであった。  大原家は、主人のパパを筆頭に、ママ、長女の奈美、次女の真紀、そしてパパの母君の大ママといった五人家族。  家庭円満なごくふつうのその家族の中にあって、春に幼稚園へと入園する次女の真紀は、ゴン太が歯向かってこないことをいいことに、傍若無人にあらゆるいたずらを仕掛けてくるから手がつけられない。彼女はゴン太にとってデンジャラスな存在で、まさに天災といえた。  そして、ゴン太の最大の天敵が、大原家のもう一匹のペットである黒猫のサラ。  首輪もつけられず、自由気ままにどこへでも行くことのできるサラを羨ましく思いつつも、ゴン太はそれが面白くない。そのうえ、高飛車ですかした態度までが鼻にかかって憎たらしく、そんなうっぷんを晴らしたいゴン太ではあるが、そこはサラのほうが一枚上手で、どうとも張り合える相手ではなかった。  一日中、犬小屋につながれ、退屈極まりないゴン太の数少ない楽しみのひとつは、赤いバイクに乗ってやってくる郵便配達員に吠えまくることだった。  そんなゴン太がもっとも楽しみにしているのは、散歩で荒川の河川敷にある公園に行くことである。公園にはたくさんの仲間たちがやってくるのだ。  その仲間たちのなかで、親友と呼べるのがコーギーのマイケル。彼のご主人は新宿二丁目で働くオカマで、そのせいか、マイケルは少し屈折したところがある。  イギリスからやってきたダルメシアンのワトソンは、走ることが大好きで、いつでも園内をぐるぐる駆け回っている。  威圧的な口の悪さと、その外見の恐い印象から、仲間たちから嫌われているドーベルマンのドン・ビトー。  そして、仲間たちのアイドル、シェットランド・シープドッグのルーシー。 そのルーシーにゴン太も想いを寄せている。だが、ゴン太にとっては高嶺の花。その想いを伝えるどころか、いつも挨拶を交わすくらいが関の山だった。  それがある日、ゴン太はルーシーからマーキング・デートを誘われることとなる。  果たして、ゴン太とルーシーの行く末はどうなるであろうか。  ゴン太の日常はつづいていく。

お犬様のお世話係りになったはずなんだけど………

ブラックベリィ
キャラ文芸
俺、神咲 和輝(かんざき かずき)は不幸のどん底に突き落とされました。 父親を失い、バイトもクビになって、早晩双子の妹、真奈と優奈を抱えてあわや路頭に………。そんな暗い未来陥る寸前に出会った少女の名は桜………。 そして、俺の新しいバイト先は決まったんだが………。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

冷静半妖少女と賑やかな妖怪達 時々怪奇

Ray
キャラ文芸
冷静な少女にまきこまれる妖怪達との物語 *誤字、脱字が多いかも… *何でも許せる広い心を持つ人向け *基本的に会話文 分かりにくかったらごめんなさい *時々別シリーズの人達が出てきます

BloodyHeart

真代 衣織
キャラ文芸
過去から現在、現在から未来へ。一体何を伝え、何を守っていけばいい? 未来が見えない今だから、一度全ての正義を疑おう。 1991年、湾岸戦争の最中、未曾有の狂気が世界を襲った。 ドラキュラによる侵略戦争が始まった。 成す術を持たない人間を、サキュバスが支援しようとするが、それが乱世の幕開けとなる。 交錯する正義、交錯する思惑……世界は混沌に堕ちる。 そして世界は狂い、45年——。 サキュバス王国第二王女リリア・テレジアは、事件に巻き込まれた結果、狂気を纏った男と出会う。 純粋無垢な少女に、全てを知り尽くしたような男……。 この出会いが世界の命運を握っていく。

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
『こんにちは! 妙高型重巡洋艦の一番艦、妙高です! 妙高は今、コスタリカにあるプエルト・リモン鎮守府、長門様が率いる第五艦隊に所属しています。親友の高雄やちょっと変わった信濃、駆逐艦の峯風ちゃん、涼月ちゃん。頼れる仲間と一緒に、人々を守るため、人類の敵アイギスと日夜戦いを繰り広げています! 今日はちょっと変わった任務で――高雄、危ない!! え……? 長門様、どうして……?』 『我々人類は本当の意味で機械を操れてはいないのです。我々は常に計器で機械の状態を把握し、ボタンやレバーで間接的に制御している。だから私は、機械と人間とを直接に繋ぎ合わせ、五感のように機械を把握し、手足を動かすようにそれを動かせる、そんな方法を研究しているのです。東條参謀長殿、いかがですか?』 『マイン・フューラー(我が総統)、命令を。スターリンもチャーチルも、我が艦載機で雑作もなく殺してやりましょう。――え? どっちも殺さないで欲しい?』 『タヴァーリシ(同志)スターリン、御命令を。我らが祖国を侵す敵は全て、この私が殲滅いたします。――決して沈んではならない、ですか。無論、政治的に私が沈むわけにいかないことは――そういうことではない?』 『――船魄(せんぱく)。それは軍艦を自らの手足のように操る少女達。艦が肉体であるのなら、私達はその魂。艦そのものである私達が操る軍艦に、人間が対抗することは不可能に近いわ。人類が最初に手にした船魄は、日本がフィリピン沖海戦で投入した瑞鶴、つまり私ってわけ。私は日本を守るためアメリカと戦い、奴らから全てを奪ってやった。その代わりに何もかも失ったけど。この話、聞きたい?』  本作のメインテーマは、あくまで史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。  少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください  また作者のやる気に繋がるので、お気に入り登録や感想などお待ちしています。  毎日一話更新していきます。

処理中です...