Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第22話

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 これはお前の仕事だという顔でシドがハイファを見る。慣れない機器を前にハイファはあれこれとスイッチを弄り出した。IFF、敵味方識別装置を探しているのだ。

「フレンドリースクォーク発信は、ええと、これかな……違った。リモータのリードさえ繋げれば直接交信も可能な筈なんだけどなあ。うーん、IFFトランスポンダってどれだろ?」
「俺に訊くなよな」

 グラスコクピットのコンソールに肘をついたシドは窓外を眺めている。他人事だ。

 五分も経たないうちにまた通信が入った。

《貴機は軍事警戒空域に侵入した。侵入各機に告ぐ。ただちに武装解除し我が軍に帰順せよ。さもなくば我が軍は攻撃の用意がある。繰り返す――》

「中身は確かに武装してるんだがな……」

 二人が振り向くとマフィア機の航法灯が遠ざかってゆくのが見えた。さすがに軍を相手にするのは拙いと思ったのだろう。それで何となく安心しかけ次にはギョッとする。
 いつの間にか自機の――といっても見知らぬ他人の機だが――左右三十メートルも離れていない空間を黒く切り取ったように航空機が並んで飛んでいたのだ。

「おい、ハイファ。早くしねぇとフレンドリーファイアで撃ち墜とされるぜ」
「友軍、フレンドかどうかは微妙だよね」
「まあ、勝手に頼っただけだもんな。でもお前だってテラ連邦軍人だろうが」
「なんか初めて見る遠い親戚に借金しに来た気分」
「お前、意外と暢気な。向こうはかなりマジみてぇなのに」
「分かってるんだけど、もう、何この旧式セコハン飛行機!」

 ハイファのキレ具合が伝染してシドも喚く。

「何処でもいいからジャックに突っ込め!」
「やってるけど繋がらないの! 突っ込むのは貴方が専門でしょ!」
「お前以外は規格が合わねぇんだよ! じゃあMCS経由で『別室員だ』って喚けばいいじゃねぇか!」

 なるほどと思いハイファは速やかに実行、『内容は公開できない緊急任務』としてコードを打ち込むと、数秒と待たずに返信がきた。

《IFF発信を確認した。これより貴機を誘導する。コントロールを渡されたし。具体的にはオートパイロットを切るよう願う……I have control.》

 ふうーっと二人は全身で溜息をつく。二機の戦闘機にエスコートされVTOL機は無事にフィルマ第三基地の駐機場エプロンにランディングした。

 着陸に滑走路が必要なエスコート機は頭上を掠めて飛んでゆく。その航法灯を仰ぎ見ながらVTOL機から降りたシドとハイファは格納庫と覚しき建物が並んだ前で、オレンジ色の整備服を着た若い兵士二人から挙手敬礼をされた。

「ハイファス=ファサルート二等陸尉とシド=ワカミヤ二等陸尉ですね。このような時間ですので基地司令の挨拶は明日にさせて頂き、まずはBOQにご案内致します」

 BOQとは独身士官用宿舎のことだ。

 IFF発信した際にハイファは中央情報局員が来訪した事実を軍機扱いするようコードを掛けていた。それは単に今までの任務と同様のクセだったのだが、お陰で二人の到着は通信を受けた管制官と、ここの最高責任者である基地司令にしか伝わらないことになる。

 故にこの案内人も急に民間機で現れた二人の素姓は官姓名しか知らない筈だ。

 格納庫の前に駐めてあった幌付きの車の後部座席に二人は乗せられ、五分ほど走ってから十階ほどもある建物の前で降ろされた。若い兵士二人も降りると先に立って建物内に入っていく。四基あるエレベーターのひとつに乗った。

「最上階の十二階です」
「はあ……」

 間の抜けた返事をしながらハイファは明日の基地司令会見で何を喋ればいいのだろうかとぼんやり考えていた。大体やたらと丁寧な対応をするこの案内人らも、数機引き連れて現れた自分たちをどう見ているのか謎である。

 尤もカジノでマフィアといざこざを起こして逃げ込んだとは吹聴できない。

 互いに探り合うような時間が過ぎエレベーターは十二階に着いた。廊下を静かに歩いてプレートに一二〇七と書かれた部屋に辿り着く。

「キィロックコードと基地内配置図を流します。陸軍の戦闘服はあとでお持ちしますが、制服は少し時間が掛かるかと……」
「あ、そんなに気にしないでいいから。戦闘服があれば充分だよ」
「そうですか。それではのちほど」

 下士官の手本のような挙手敬礼をして若い兵士二人は去っていった。

 オートドアから一二〇七号室に入ってみると二段ベッドのあるビジネスホテルのような感じだった。フリースペースは僅かしかないが、小さいながらもリフレッシャ・トイレに洗面所とダートレスまでついている。
 端末付きデスクと椅子もふたつずつで何もかもが新しく、殆ど使われていないようだった。

 こんなド辺境惑星の基地に外来者など滅多にこないのだろう。

 廊下の隅に重ねてあった灰皿を目敏く確保したシドは、椅子に前後逆に腰掛けて煙草を咥え火を点けた。紫煙を吐きながらベッドに座ったハイファに文句を垂れる。

「何でこんな所までくるんだよ、キトナのホテルに送って貰えば済むことだろ」
「それにしたって順序ってモノがあるでしょ。取り敢えずは別室員権限でも振り翳さなきゃ、意味もなく民間人の送迎でフライトなんて認められる訳ないじゃない」
「二機も飛んでたじゃねぇか」
「あれはアンノウンに対するスクランブル、緊急発進だよ。そういう仕事なの」

 アンノウンとは敵味方不明機、この場合は二人が乗ってきた民間機のことである。

「だからってせめてキトナのフィルマ第一基地に用があるんです、とか何とか言えなかったのかよ?」
「だって思いつかなかったんだもん。あの状況で僕ばっかり責めないでよね」
「くそう、俺は惑星警察刑事だ。軍に志願した覚えはねぇぞ」

 勝手に『シド=ワカミヤ二等陸尉』にされたことが気に食わないのだ。そこに建材に紛れた音声素子から声がした。リモータでハイファがロックを解くと先程の兵士がダメ押しのように階級章のついた戦闘服一式を二組ずつ置いて行った。

「ふん。三時過ぎだ、美容に悪いから俺は寝るぞ」

 宣言すると対衝撃ジャケットを椅子に引っ掛け、さっさとコットンパンツを脱いで綿のシャツと下着だけになり、抜き身のレールガンを枕元に置いたシドはベッドの下段に寝転がる。

 旧式銃の硝煙をたっぷりと浴びたハイファは自分をあちこち匂った挙げ句、リフレッシャを使うべく髪を解き始めた。
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