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第20話

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 だが敵の有様はともかく、味方側にもシドの想像を超えた光景が待ち受けていたのだった。二小隊総員五十二名中、KIA四名。重軽傷者、八名。
 八名にはキルシム士長までが入っていた。腹を有質量弾で撃たれて重傷だった。

 並んで寝かされたキルシム士長を発見し、更にはメディック、衛生兵が水を与えようとするのを見たシドは驚いて駆け寄り、水筒を持った衛生兵の腕を掴む。
 腹に損傷を受けている時に水を飲ませてはならない。絶対にやるべきではない。腹膜炎を起こして体温も下がり、血は薄くなる。
 まさに死に水となるのだ。

「何をするんですか?」
「そいつを殺す気か!?」

 低く声を押し殺しつつも噛みつくように言ったシドに若い衛生兵は静かに答えた。

「BELはここまで来られないんです」
「なら、朝、BELが着いたポイントまで……」
「それまで腹に三点バーストをまともに食らった人間が保つとでも? 喩え保ったとしても後方のMACの病院まではどうですか? MACの病院でも高度文明圏惑星の最先端医療が整っている訳ではないんです」

 透明な瞳の衛生兵だった。繰り返し仲間に死という安寧を与え続けてきた――。

 先に視線を外したのはシドの方だった。
 もはや呻くことすらできなくなり、掠れた声でただ水を求めるキルシム士長の頭の傍にシドは跪くと耳許に囁いた。

「キルシム士長、分かるか、俺だ。ワカミヤ二尉だ。……なあ、どうせ行くならシルヴィスとは言わず、テラ本星にでも行こうぜ。俺が連れて行ってやるからさ」
「――テ、ラ……?」
「ああ、そうだ。嘘じゃねぇ、そこから来た俺が保障する。でっかいビルが沢山あって、見ものだぞ。だからそれまでには治せよな。行きたいだろ、なあ?」
「いき、たい……その、前……水……」
「分かった。ほら、欲しいだけ飲め」

 自分の腰の弾帯につけていた水筒を外すとキャップを取り、シドはキルシム士長の後頭部に片手をやって少し持ち上げると口にあてがってやる。飲む力も殆ど失っていたようで口の端から溢れさせながらも、キルシム士長は満足げに微笑むと瞑目した。

 気付くと、衛生兵がシドに頭を垂れていた。

 一部始終を見ながらもひとことも発しなかったハイファは、ぐるりと辺りを見渡した。あとは介助さえあればBELのポイントまで保ちそうな者ばかりだった。

 応急処置がなされている間、周囲に立哨を配置して交代での昼食となる。

「待たせてすまん。腹、減ったよな」

 シドはハイファに声を掛けると、皆に倣って草地に座り携行糧食を取り出した。
 取り出したものの、まずは血濡れた対衝撃ジャケットのポケットから煙草を出し、咥えてオイルライターで火を点ける。
 紫煙を盛大に吐き出した。

「……俺は何処まで甘ちゃんなんだろうな」
「高度文明圏なら取り敢えず再生槽にボチャンと放り込めば済むんだけどね。でも貴方、偉いよ。僕が本物の新兵だったときは吐いたもん」
「ま、銃撃戦には慣れてるからな。あの程度なら本星セントラルで随分俺も生産してきたし……ただ、この現代にあの程度で命を落とさなきゃならねぇってのが、こう、喉元で引っ掛かってやがる」

 総計六十数名のCPをそれより少人数で落としたにも関わらず、周囲から戦勝ムードは感じられなかった。かといって、皆が逝った仲間に思いを馳せている風でもなく妙な気怠さが全体を覆っている。

 様々な想いを抱くのが余所者の幽霊兵士二人だけだとは思いたくないが、繰り返しに倦みきっているのは確かなようだった。

「何だか士気も下がりきってるみたいだね」
「クスリも蔓延してるっつー話だしな」
「こんな原始的な、AD世紀並みの戦闘続きなら、仕方ないのかも」
「仕方ないで済ませるしかねぇのか……くそう!」
「あんまり熱くならないで。それより貴方は食べられるだけ食べなきゃだめだよ」

 高温多湿のジャングル行は帰りもあるのだ。今度は負傷者も、死者だっている。彼らを置いてゆく訳にはいかない。食事も多少無理して残さず終え、暫くしてアラリア三曹が二人を見つけてやってきた。

「バディのキルシム士長は……残念だった」
「そこで聴いてきました。彼を看取って下さったそうで、感謝します」

 二人はここで衛生兵に続いて、たった二人目の人間的感情に触れた気がした。
 アラリア三曹の目は真っ赤だった。

 まもなく号令が掛かりリモータリンクで点呼がなされた。直後BELのポイントに向けて出発し、列の最後尾の者が敵を埋めたCP施設に仕掛けた爆薬のスイッチを押した。爆風がシドとハイファの背も押し、ちぎられた葉から濃く緑が匂った。

「『いきたい』、か……くそう、生きて……生きろよ」

 血臭にも似たそれを嗅ぎながら勝ちを収めたとは思えぬ行軍は葬送の如く続いた。
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