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第19話
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口許をナプキンでハイファに拭かれながら、シドは何とかポーカーフェイスを保ち直すと、目の前の料理をさっさと片付けて皆を待たずに席を立つ。目的地は隣にあるスモーキングルームだ。煙草を咥えてオイルライターで火を点けると紫煙を吐いてからソファに座る。
ヒマを見つけ吸っておかないと煙が欠乏して脳ミソが耳から垂れてきそうだった。
煙草をしみじみ味わい、自分で飲料ディスペンサーのコーヒーを淹れて飲んでいると、ダークスーツの一人が近づいてきて告げる。
「第二宙港への視察BELの準備ができました」
「ああ、今行く」
コーヒーを飲み干し煙草を消すとスモーキングルームの外には、ジョルジュとオニールにソフィーヤ=ハイファが待っていた。それとダークスーツらに囲まれて屋上階にエレベーターで上がる。屋上は殆どが尖塔になっていたが一部平らな場所がありBEL駐機場になっていて十機近い中型・小型BELが並んでいた。
それだけではない、上空からの攻撃に対する防御としてビームファランクスまでが設置されていたのには呆れる。
「こいつを使ったことはあるのか?」
「いいえ、誠に残念ながら」
ジョルジュの答えにもシドは呆れた。何処かこいつらは麻痺している、そう思いつつ専属パイロットとコ・パイロットがスタンバイした中型BELに乗り込んだ。メンバーはシドとハイファにオニールと、レイバーン他ダークスーツが九名という合計十五名の大所帯だった。
「では、行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
ジョルジュとダークスーツが数十名頭を下げる。メイドも以下同文だ。彼らに片手を挙げて見せるとBELはテイクオフした。窓から下方を見下ろすと、まだ見送り組は深々と頭を下げている。自分はともかくドン・ライナルトは余程皆から慕われていたらしい。
今度は上空に目をやった。秋空は高く晴れ上がり気分のいい空中散歩だ。BELもグレードの高い豪華個人BELである。本革張りシートは異様に座り心地が良くシドは満腹も手伝ってすぐに眠たくなった。だが寝ている場合ではない。
「オニール、ミーアから話は聞いたか?」
「ええ……フランク=ケドラルとの縁談を断りたい、それで若と結婚したいとか」
「五日後の誕生日に結婚式、強行するつもりなのか?」
「ミーアお嬢には気の毒ですが、それしかないと……ですがこのオニールも鬼じゃござんせん。この際、正当な跡継ぎさえ出来れば構わねぇ気もしてきまして、もし若が受けて下さるならドラレスファミリー一万人、皆で祝わせて頂きたく」
「却下。俺はハイファ、いや、ソフィーヤだけだ」
「でしょうなあ……」
流し目で見られてもハイファは涼しい顔で座っているのみだ。
「しかし二時間半か。六千キロ以上離れてるんだな」
BELの高々度での速度はマッハ二を超える。そして北に向かっているので先方はかなり寒いなどという話も聞いた。パイロットによると予報は雪ということだった。
「ふうん。そんな季節に里帰りにかこつけてまで身代わりの俺に会いたがるか。おいオニール。いったいどんな話なのか、あんたなら想像ついてるんだろうが」
「……さて、一向に」
「ふん。ったく、面の皮の厚いマフィアの代貸だけあるってか」
煽ってみたがオニールはそれこそ一向に口を割る気配がなかった。
暫し静かになってしまい今度こそシドは寝る気満々で目を瞑る。ハイファはリモータ操作をし、オニール以下ダークスーツたちは低くぼそぼそと世間話をしていた。
顔色の悪い愛し人の代わりにハイファは耳を澄ませていたが、本当に世間話で何のヒントもなかった。
「第二宙港が見えました」
丁度二時間半でパイロットが報告しシドは惰眠から目覚めた。大欠伸をし、垂れかけたヨダレをスーツの袖で拭く寸前にサッとハイファが出したハンカチが間に合う。
その間にもBELの窓には雪が吹きつけ、シドには宙港がどれなのか見えなくなっていた。減速した今は風の唸りまで聞こえる。
「うわ、マジで吹雪じゃねぇか」
「地上はそうでもない筈です。では管制空域を迂回して幹事長の屋敷に向かいます」
だがBELは偽装のため、幹事長の屋敷近くの商工会議所に舞い降りた。商工会議所の中庭に中型BELはスキッドを接地し、まずはダークスーツが降機する。周囲を一通り点検してからオニールはシドとハイファに降機の許可を出した。
降りるなりシドには黒いカシミアのチェスターコートが肩から掛けられ、首にもマフラーが巻かれ、おまけにソフト帽までが被せられた。ハイファには黒テンのコートに毛皮の帽子だ。
「うーん、いかにもマフィアって感じがしてきたなあ」
「確かにな」
「ってゆうか、貴方似合いすぎ」
パイロットが言った通り、地上は吹雪というほどではなかった。それでもしんしんと降り積もる雪は止む気配がなく、シドはたびたびダークスーツらに雪を払われながら歩いた。
今日は人払いしたという商工会議所の建物を抜け、いつ何があっても銃を扱えるよう、シドとハイファは指を擦り合わせながら雪の中をゆく。この辺りは屋敷街とでもいうのか、テラ本星基準でもかなり大きな家屋ばかりが建ち並んでいた。
やがてこの辺りでも目立って大きな屋敷の前で一行は立ち止まる。つららの下がった青銅の門扉は暫く人間が出入りしていないらしかった。
その門扉脇のリモータチェッカにシドとハイファにオニールがリモータを翳す。ダークスーツが倣っている間にオニールが音声素子の埋め込まれた辺りに囁いた。
「ドン・ライナルトとソフィーヤ様をおつれしました」
《はい、お待ち下さい》
幾らも経たずに門扉がオートで開く。シドとハイファにオニールが入ると十名のガードのうちレイバーンと三名が付き従い、残り六名は外で見張るらしかった。
「あんたら、風邪引くなよな」
一声掛けたシドは、それがどれだけ手下を喜ばせたかなど知らないまま、門扉の内側に並んで待っていたカートに乗り込んだ。
ヒマを見つけ吸っておかないと煙が欠乏して脳ミソが耳から垂れてきそうだった。
煙草をしみじみ味わい、自分で飲料ディスペンサーのコーヒーを淹れて飲んでいると、ダークスーツの一人が近づいてきて告げる。
「第二宙港への視察BELの準備ができました」
「ああ、今行く」
コーヒーを飲み干し煙草を消すとスモーキングルームの外には、ジョルジュとオニールにソフィーヤ=ハイファが待っていた。それとダークスーツらに囲まれて屋上階にエレベーターで上がる。屋上は殆どが尖塔になっていたが一部平らな場所がありBEL駐機場になっていて十機近い中型・小型BELが並んでいた。
それだけではない、上空からの攻撃に対する防御としてビームファランクスまでが設置されていたのには呆れる。
「こいつを使ったことはあるのか?」
「いいえ、誠に残念ながら」
ジョルジュの答えにもシドは呆れた。何処かこいつらは麻痺している、そう思いつつ専属パイロットとコ・パイロットがスタンバイした中型BELに乗り込んだ。メンバーはシドとハイファにオニールと、レイバーン他ダークスーツが九名という合計十五名の大所帯だった。
「では、行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
ジョルジュとダークスーツが数十名頭を下げる。メイドも以下同文だ。彼らに片手を挙げて見せるとBELはテイクオフした。窓から下方を見下ろすと、まだ見送り組は深々と頭を下げている。自分はともかくドン・ライナルトは余程皆から慕われていたらしい。
今度は上空に目をやった。秋空は高く晴れ上がり気分のいい空中散歩だ。BELもグレードの高い豪華個人BELである。本革張りシートは異様に座り心地が良くシドは満腹も手伝ってすぐに眠たくなった。だが寝ている場合ではない。
「オニール、ミーアから話は聞いたか?」
「ええ……フランク=ケドラルとの縁談を断りたい、それで若と結婚したいとか」
「五日後の誕生日に結婚式、強行するつもりなのか?」
「ミーアお嬢には気の毒ですが、それしかないと……ですがこのオニールも鬼じゃござんせん。この際、正当な跡継ぎさえ出来れば構わねぇ気もしてきまして、もし若が受けて下さるならドラレスファミリー一万人、皆で祝わせて頂きたく」
「却下。俺はハイファ、いや、ソフィーヤだけだ」
「でしょうなあ……」
流し目で見られてもハイファは涼しい顔で座っているのみだ。
「しかし二時間半か。六千キロ以上離れてるんだな」
BELの高々度での速度はマッハ二を超える。そして北に向かっているので先方はかなり寒いなどという話も聞いた。パイロットによると予報は雪ということだった。
「ふうん。そんな季節に里帰りにかこつけてまで身代わりの俺に会いたがるか。おいオニール。いったいどんな話なのか、あんたなら想像ついてるんだろうが」
「……さて、一向に」
「ふん。ったく、面の皮の厚いマフィアの代貸だけあるってか」
煽ってみたがオニールはそれこそ一向に口を割る気配がなかった。
暫し静かになってしまい今度こそシドは寝る気満々で目を瞑る。ハイファはリモータ操作をし、オニール以下ダークスーツたちは低くぼそぼそと世間話をしていた。
顔色の悪い愛し人の代わりにハイファは耳を澄ませていたが、本当に世間話で何のヒントもなかった。
「第二宙港が見えました」
丁度二時間半でパイロットが報告しシドは惰眠から目覚めた。大欠伸をし、垂れかけたヨダレをスーツの袖で拭く寸前にサッとハイファが出したハンカチが間に合う。
その間にもBELの窓には雪が吹きつけ、シドには宙港がどれなのか見えなくなっていた。減速した今は風の唸りまで聞こえる。
「うわ、マジで吹雪じゃねぇか」
「地上はそうでもない筈です。では管制空域を迂回して幹事長の屋敷に向かいます」
だがBELは偽装のため、幹事長の屋敷近くの商工会議所に舞い降りた。商工会議所の中庭に中型BELはスキッドを接地し、まずはダークスーツが降機する。周囲を一通り点検してからオニールはシドとハイファに降機の許可を出した。
降りるなりシドには黒いカシミアのチェスターコートが肩から掛けられ、首にもマフラーが巻かれ、おまけにソフト帽までが被せられた。ハイファには黒テンのコートに毛皮の帽子だ。
「うーん、いかにもマフィアって感じがしてきたなあ」
「確かにな」
「ってゆうか、貴方似合いすぎ」
パイロットが言った通り、地上は吹雪というほどではなかった。それでもしんしんと降り積もる雪は止む気配がなく、シドはたびたびダークスーツらに雪を払われながら歩いた。
今日は人払いしたという商工会議所の建物を抜け、いつ何があっても銃を扱えるよう、シドとハイファは指を擦り合わせながら雪の中をゆく。この辺りは屋敷街とでもいうのか、テラ本星基準でもかなり大きな家屋ばかりが建ち並んでいた。
やがてこの辺りでも目立って大きな屋敷の前で一行は立ち止まる。つららの下がった青銅の門扉は暫く人間が出入りしていないらしかった。
その門扉脇のリモータチェッカにシドとハイファにオニールがリモータを翳す。ダークスーツが倣っている間にオニールが音声素子の埋め込まれた辺りに囁いた。
「ドン・ライナルトとソフィーヤ様をおつれしました」
《はい、お待ち下さい》
幾らも経たずに門扉がオートで開く。シドとハイファにオニールが入ると十名のガードのうちレイバーンと三名が付き従い、残り六名は外で見張るらしかった。
「あんたら、風邪引くなよな」
一声掛けたシドは、それがどれだけ手下を喜ばせたかなど知らないまま、門扉の内側に並んで待っていたカートに乗り込んだ。
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