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第14話

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「ライナルト様は煙草ではなく葉巻をたしなまれて――」
「こいつがないと俺は死ぬ」
「どうぞお吸い下さい。嗜好を変えられるのもまた良しですからな」

 ロウテーブルに置かれたクリスタルの灰皿に灰を落としながら、シドはただ飲んだくれて煙草を吸うだけだ。その間にハイファは顔面が気になるらしく手洗いに立つ。
 戻ってくるなりハイファは文句を垂れた。

「もうストッキングなんてやだ! すぐに破れそうだし、苦労して下ろして、それからやっと発見して――」
「ハイファ、いや、ソフィーヤ。詳しく語るな」
「とにかく着いたらワードローブを漁って絶対にパンツスーツを探してやる!」

 その場の男三人は惜しそうな目を互いに見られぬよう視線を泳がせる。

「でさ、俺たちは着いたらソファにでも座ってりゃいいんだろ?」
「そうですな。ただソファは時々変わります。星系政府議会議員のお宅を訪問しての会談や会社社長・会長との会合に会食と、まあ、色々と予定は詰まっておりまして」
「って、マジかよ?」

「だって何もしないなら周りの人が『いるフリ』をすればいいだけだもん」
「その通りでして」
「バレるだろ?」
「そこを何とかして頂くために貴方がた二人にお願いをした訳です」
「……なるほど」

 ここにきてシドは自分のテンションが限りなく下がっていくのを感じていた。もう本星の官舎の寝床が恋しかった。ドンのフリがバレたら一体どうなるのか考えたくもなかった。

「シド、着いたら内緒でプニプニさせてあげるから」
「よっしゃあ! 会合でも会食でも何でもこいだぜぇっ!」

◇◇◇◇

 グリーズ星系第五惑星ヤーンの第一宙港に着くと夜だった。シドとハイファは降艦する前にテラ標準時と並べてヤーン第一宙港標準時を表示する。現在時、二十時三十三分だ。
 エアロックを抜けると宙港面には夜目にもピカピカに磨き上げられた黒塗りコイルが五台並んでいた。その車列の真ん中の頑丈そうな一台を指してオニールが急かす。

「さあ、お乗り換え下さい」

 そそくさと三列シートの最後部座席にシドとハイファが並んで座ると、黒塗りコイルの車列はすぐに身を浮かせて走り始めた。真ん中のシートに座ったゴマ塩頭にシドは訊いてみる。

「いやに厳戒だが、政治にも絡むマフィアのドンが襲われることなんてあるのか?」
「まあ、一応はマフィアですからな、タマの取り合いは宿命でして」
「ふうん。ソフィーヤ、俺から離れるなよ」
「うん。頼りにしてるけど、僕も、いえ、わたしも貴方の背を護りますわよ」

 それを聞いてまた同乗した男たちが泣きくれている。仲むつまじい夫婦だったようだ。それはともかく大事なことをシドはオニールに訊く。

「ところでさ、星系三大ファミリーたるもの、他に跡継ぎは誰もいねぇのかよ?」
「いえ、言いましたようにドン・ライナルトの妹でミーア=ドラレス様がいらっしゃいます」
「ならその妹にさっさと跡目を継がせりゃいいじゃねぇか」

「そう簡単にはいきません。こう申しては何ですがミーア様では今ひとつ『押し』が足らないのです。しかしこれも申し上げましたようにミーア様には縁談が持ち上がっております。ケドラルファミリーから次男のフランク=ケドラルを婿に貰うというものなのですが――」

 そこまで聞いてシドはまた煙草を咥えながら訊いた。

「それって何かの手打ち、いわゆる政略結婚って話だったよな?」
「ええ、その通りでして」
「ふうん。ミーア様とやらも気の毒だな」
「それでも継いで頂き、正当な継嗣を作って貰わねばなりません」
「けどさ、そこで俺たちを身代わりに持ってきても、何の解決にもならねぇ気がするんだがな」

 鼻水を垂らしたままオニール氏は首を横に振る。

「いいえ、少しの間だけでもドラレスファミリーに当主がいないことを隠さなければケドラルファミリーに足元を見られてしまいますので。此度のことを教訓にミーア様の縁組みがまとまり次第、即座に継嗣を人工子宮で作る予定です。それまでの間だけ切に切にお願い致します」 

 シドとハイファは顔を見合わせて溜息を洩らした。

「仕方ねぇな。さっさと継嗣とやらを作ってくれよな」
「それとシド、忘れないでよね」
「そうそう、俺たちへの見返り、違法麻薬ガザルの流通ルートも忘れるなよ」
「勿論です。が、何もかもは成功報酬ということで宜しいですな?」

 そう言ったオニールは完璧なマフィアの貌、だがあらゆる星でマフィアと渡り合ってきたシドとハイファはご褒美が後回しになって再び溜息をついただけだった。
 そのときフロントウィンドウが何かを弾いた。ピシッという鋭い音が二度、三度と続いたのち、今度は明らかにレーザーガンの射線が薙いだ。これも特殊塗装が弾く。

「どうした、何があった!」

 怒号のようなオニールの声に前部座席でステアリングを握った男が応える。

「さきおとつい、ジャッキーの野郎がケドラルファミリーのフランクに仕掛けて下手こいたんで! そいつのお礼参りじゃねぇかと思うっス!」
「ケドラルのフランクっつったら、ミーアお嬢の許嫁じゃねぇか!」
「だからこれがこの世界、タマの取り合いってヤツなんでさァ!」

 そんなオニールの言葉などもうシドは聞いていない、気付けば五台の黒塗りは十台ほどの無人コイルタクシーに囲まれている。焦るドライバーも減速するしかない状態だった。
 だがそんなドライバーの後頭部にシドが怒声を浴びせる。

「馬鹿野郎、止まるな、体当たりしてでも走らせろ!」
「そ、そんな、ライナルト様!」
「ハイファ、いや、ソフィーヤ、いけるか?」
「任せて。じゃあ、三、二、一、ファイア!」

 サイドウィンドウを勝手に開けたシドとハイファをオニールが制止しようとする。だがシドがマックスパワーで放った一射が併走していたタクシーの小型反重力装置をぶち抜き、いきなり停止させたのを見てオニールは声を飲み込んだ。
 止まった一台に二台が激突、三台目はセンサ感知が間に合い停止し接地。

 左を見ればハイファがテミスコピーで、これも併走していたタクシーの乗員を容赦なくヘッドショットでっている。一台に二人ずつしか乗っていないタクシーは二射でウィンドウに血の華を咲かせ、オート解除されていたためにふらふらと脱落、後方に流れ去ってゆく。

 それを見たドラレスファミリー側は勢い込んだ。ウィンドウからそれぞれの得物を撃ち出してはタクシーの乗員を殺ってゆく。

「代貸、四台目がやられましたぜ!」
「いいから走らせろ!」

 そう言ったオニールの声に被せるように、シドは遅れた一台を振り向きつつ叫んだ。

「仲間を放っておく気かよっ! 戻せ、命令だ!」

 オニールの鬼瓦のような顔に睨まれるドライバーは、ニセモノとはいえドン・ライナルトの命令の低くもドスの利いた声に従うかどうか悩んだ。
 悩んでいる間にシド、振り向くなり後部ウィンドウにレールガンを向けフレシェット弾を叩き込む。幾ら防弾でも針先にパワーを集中するフレシェット弾を二桁も浴びれば耐えられない。

 枠ごと割れ落ちた後部からシドとハイファは狙いすまして停止した四台目を囲むタクシー群に銃弾を浴びせ出す。シドはマックスパワー・フルオートでぶちかましておいて反動の強すぎるフルから単発モードに切り替えた。
 ハイファは最初からスナイパーの抜群の目で夜を透かし、弾の温存でタクシー乗員をヘッドショット狙いだ。

「くっ……コイルを戻せ!」
「シド、撃たれた?」
「掠めただけだ。戻せ、こら、撃つぞ!」
「はっ、はい!」
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