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第5話

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「ふん。特別室にも入らねぇ弱小ファミリーのドンの死か。どうせならもっと派手に武闘派バシリーかビューラーのドンでも死ねば、世のため人のためなのにな。で、何てファミリーだってか?」
「あ、聞いてこなかった。まあいいじゃない、関係ないし」

 そのまま二人が関係ないと思っていたのは翌朝までだった。

◇◇◇◇
 
 朝の検温にやってきた看護師が開口一番で言った。

「メッセージを預かってきたんだけれど」
「何だよ、改まって」

 不審に思いつつもヒマ潰しになる予感に、シドは身を起こしベッドにあぐらをかく。

「隣で夜中にお二人亡くなったのは……」
「知ってるぜ。マフィアのドンだったんだろ?」
「そう。それでその、お付きの人たちの代表が貴方たちに会いたいって言うのよ」

 シドとハイファは思わず顔を見合わせる。

「何でそんな奴が俺たちに会いたがるんだよ、俺たちが殺した訳じゃねぇぞ」
「分かってるわよ。とにかく面会希望、どうするか決めて」

 これも何かのストライクかと、ハイファには厄介事の予感がひしひしとしていた。だがここでヒマだったシドが安易に頷いてしまう。

「別に話くらいなら聞いてやっても構わねぇぞ」
「本当に話だけで済むのかなあ?」
「じゃあハイファお前、代わりに一席、面白い話でも聞かせろよ」

「僕はあーたのバディであって、噺家じゃアリマセン」
「なら、そいつらの話だけでも聞こうぜ。面白かったらザブトン一枚だ」
「何処にそんなモノが……」

 二人のやり取りを聞いていた馴染みの看護師は余程真剣に頼み込まれたものか、ホッとした顔で病室を出て行った。入れ替わりに仕立てのいいスーツを上品に着こなした中年男と、目つきの鋭いイタリアンスーツの若い男、つまり隣室前でずっと張り番をしていた二人が入ってくる。だが独特のマフィア臭は隠しようもない。

「失礼致します。いきなりの不躾な申し出を聞いて下さり感謝致します。お加減はいかがでしょうか?」

 意外なまでに丁寧な物腰で中年男に礼をされ、シドは会釈を返した。

「お蔭さんで明日にも退院予定だ」

 ハイファの目を意識しつつ言ったシドの科白に中年男は僅か安堵したようである。

「それは重畳……ではハッキリ言いましょう。わたしはグリーズ星系のマフィア・ドラレスファミリーの代貸を務めております、オニールと申します」
「若宮志度、シドでいい」
「ハイファス=ファサルート、ハイファスで」
「けどあんたら、ロニアマフィアじゃなかったんだな」
「元を辿ればロニアの分家なのですが。それはともかくお願いがあって参りました」

 マフィアのお願いなどロクでもない気がしたが、あまりに丁重な物言いにシドは軽く頷き先を促してしまう。だがそこでいきなりオニールの目光が鋭くなり、シドはやや退いた。

「な、何だよ?」
「じつは亡くなられたドンと奥様の身代わりを務めて貰いたいのです」
「死んだマフィアのドンと女房バシタの代わりを俺たちが……待て待て、ちょっと待て!」

「少しの間で構わないのです。事情はおいおいお話し致しますが」
「待てって、俺たちは両方男だぞ!」
「分かっておりますが、それが何か?」

 何かもナニも聞きたいことが山積していた。当然だ。

「俺たちにドンとあねさんが務まるワケがねぇだろ! 大体、こんな手近で調達してどうするってんだよ、もっとしみじみ考えろよな!」

「ドンと姐さんが亡くなられたことは完全な箝口令を敷いております。この病院にも必要箇所には些少ながらクレジットで口封じを……それはともかく。若くして亡くなったドンは黒髪に黒い目、姐さんは明るい金髪に若草色の瞳というこの偶然は我らドラレスファミリーが試練を乗り越えるために神が与えたもうた恩寵に他なりません」

 コワいのはオニールが今やマフィアの代貸というより、何処かの王宮に仕える執事の如く見えたことだ。どんなにバカな王の言いつけでも疑わず、大真面目に実行する目つきである。

「だからってドンと姐さんがいきなり別人になったら、誰だっておかしく思うだろ。片方は男なんだぞ!」
「ガードに就いていた者たちは一様に貴方がたを『ドンと姐さんに非常に似ている』と言っております。それにドラレスファミリーはグリーズ星系でも殆どメディアに取り上げられてはおりませんので心配はご無用。今回の旅行も隠密でのこと、病室も特別室は避けて目立たぬよう療養をしておりましたが……誠に、誠に残念ながら――」

 ここでオニールはドンと姐さんを思い出したか、ポケットからハンカチを出してズビーッと洟をかみ、また丁寧に畳んでハンカチをポケットに仕舞った。

「このようなことになった次第であります」
「ふうん。んで、何だってドンと姐さんの死を公表せずに身代わりを立てるんだ?」
「それには深い理由がありまして」

 目を赤くしたオニールが語るにはグリーズ星系のマフィアは代々世襲制なのだという。そしてシドたちが予想した通りドラレスファミリーは弱小マフィアもいいところらしい。そこで跡継ぎも残さずしてドンと姐さんは死んでしまったのだ。

 このままでは他のファミリーの餌食となりファミリー離散は確実である。
 だが今、ドンの妹であるお嬢がグリーズ星系でも大手マフィアのひとつであるケドラルファミリーから次男を婿に迎える話が持ち上がっていた。

「その縁組みがまとまり、正当な跡継ぎをお嬢が生みさえすれば、我がドラレスファミリーはお家断絶の危機を免れるのです」

 オニールの語り口を聞いているとやはりことはマフィアファミリーではなく何処ぞの王家の話のような気がしてくるシドだった。だが事実としてマフィアはマフィア、惑星警察刑事の自分がマフィアの利に与するのは宜しくない気がする。

 事態を黙ってみていたハイファがクールな口調で訊いた。

「そこに僕らっていう身代わりは必要なのかな?」
「ドンと姐さんがいないとなればお嬢一人のファミリーはお取り潰しの危機、それさえ免れれば……」
「そのお嬢とやらが次代のドンを作ると同時に、勢力のあるファミリーの後押しを得るために政略結婚をするってことだな?」

 物分かりのいい相手を前に、オニールは深々と礼をした。

「でも僕らのメリットって何? シド、貴方だってこれは別室任務じゃないんだよ? いつまで掛かるか分からないのに有休取ってまで仕事大好き人間がマフィアに協力する訳?」

 つまらなそうに言い出したハイファを前にオニールの目が光った。

「では、これならどうでしょう。この計画が成った暁にはグリーズ星系からアリアスファミリーが流し、今やテラ連邦を席捲している違法麻薬ガザルの流通ルートをお教えする……いかがですかな?」

 そこで初めてシドはマフィアの代貸たる貌を見た。

「違法麻薬ったって、僕らは厚生局の麻取まとりでもないし……」

 更につまらなそうになったハイファに対しシドは黒い目を煌めかせる。ガザルはロニアマフィアを介して最近テラ本星にも流れ込み始めた薬物だった。
 違法薬物はハイファの言う通り麻取でもないシドにとって管轄外だが、ガザルを食ったジャンキーによる傷害事件も増え始めておりシドに見逃せる訳はなかった。

 ぶら下げられた餌にダボハゼの如く食いつくバディをハイファは眺める。
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