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第37話

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 更にそこで薫が余計なダメ押しをした。

「それも試したんだよね、ね?」
「あ……いや、残念ながらこっちはまだだ」
「ンなもんに命張るなんてどうかしてる、恭介アンタおかしいよっ!」

 オカシイと言われてムッとし言い返した。

「じゃあお前はその手にしたレミントン870を試し撃ちしたのか?」
「うっ……してない、けど」
「ならば条件は同じだろう」

 どうしても同じじゃないとしか薫には思えなかったし、じつを言えば恭介もそっくり薫と気分は同じになりつつあった。だがこのショットガンは恭介自身が試し済みで……などと自分に対する言い訳が胸中に湧いたが、今更そんなことを口にしたって始まらない。

 そもそも、そんなことよりも恭介ですらギョッとするような事態に陥ったのだ。
 破甲爆雷が山ほど詰まった袋のひとつが荷重に耐えきれなくなって底が抜け、『くっつけて使う地雷』という本格的兵器が床にドシャガシャガランゴロンと撒き散らされたのである。

 一個一個がまるで亀のような形をした兵器が床を滑って薫の足に当たり、薫は「今こそ自分は死んだ」と咄嗟に思った。恭介もプチ恐怖を味わったが、これも鉄面皮を維持して表に出さない。

「おい、薫。寝てないで手伝ってくれ」

 声で薄く目を開けると恭介が亀のような形の兵器を掻き集めていた。無造作過ぎて怖かった。だが案外、雑な扱いでも良さそうなのに僅かな安堵を得て、自分も亀の如く伏せていた薫は起き上がり、亀形兵器を一個拾って意外な重さに眉間にシワを寄せる。

「これ、重さは?」
「ひとつ千三百グラムだ」
「全部で何個?」
「五十くらい、あったか?」

「訊かれてもね。じゃあ約六十五キロと機関銃の――」
「――軽機関銃だ」

「どっちでもいいよ。その十一キロ半と大量の弾入りスペアマガジンで、やっぱり百キロくらい、そんなスッキリした顔して持ってる訳だね」
「今、袋が破れて十個ばかり亀の子、ああ、破甲爆雷の通称だが、そいつは荷重にプラスされん。せいぜい九十キロ程度じゃないか?」
「……そうですね、そうですか。へえ――」

 取り敢えずぶちまけた亀の子の回収と、破れた袋の代替品探しだった。他人の事務所というのを差し置いて薫は無心かつ徹底的に探したが、適当と思える袋は見つからず、仕方なくスチルロッカーに入っていたスズランテープを利用することにした。

 スズランテープとは即席チアガールが運動会で『両手に持ってシャカシャカ振る、ポンポン』を作るためのアレだ。簡易的なロープ代わりにしたり段ボールや新聞紙などの資源ごみを縛ったりもする。
 それが赤・緑・黄色と三色出てきたので薫はヤケのように全て使い、未だ破れていないが時間の問題だった袋の分まで、亀の子破甲爆雷を三個ずつ前後に振り分けて肩に掛けられるよう六個一組にしてスズランテープで縛った。破甲爆雷がベージュとも薄茶色ともつかない小汚さだったので、カラフルな紐は映えた。

 出来上がったのは八組の赤・緑・黄という運動会色の紐で縛られた亀の子破甲爆雷付き縄のれんだった。あと六個あればそれぞれの色を三本ずつ使えて丁度良かったのに悔しい、黄色は明るいから重要じゃん、などと思う程度に薫も作業を終えた頃には麻痺している。

 麻痺したまま出来上がった爆雷付き縄のれんをドヤ顔で恭介に見せた。作業中、離れて煙草を吸っていた恭介は慎重に煙草を消して近づいてくると、頷いて縄のれん全てを右肩に掛けて持ち上げた。
 更にスペアマガジン二本の差し込み側を互い違いにしテープで巻いた、ジャングルスタイルにしたブツの入った袋を担ぎ、九九式軽機関銃をスリングで斜め掛けして右側の腰だめで撃てる態勢を取る。

 するとやはりシュワちゃんだった。いや、シュワちゃんと違い、武器と身体の大きさの比率がどうしても狂っているとしか思えず、ユーモラスですらあった。

「え、遠近感が変……ぶほっ!」
「何がおかしい?」
「だから遠近法が間違って……まあ、シュワちゃんみたいで頼もしいよ」

 ここで喧嘩するのは本気で命に関わると思い至った薫は誤魔化す。ついでに訊いた。

「重たくない? 撃たれた傷に障らないの?」
「そう重たくはない。傷もお前の血のお蔭で順調だ。おまけに言えば『T-1000みたいだ』などと心の中で笑うのは止めろ。俺はあのシリーズは観ていないんだ」
「でもT-1000知ってるじゃん」
「それは相棒が勝手に観て勝手に語っていたからな」

 何の外連味もなく『相棒』と口に出来たことが恭介には新鮮だった。今日、今から全てを終わらせる。仇を取れば自分が生きて為すことは無くなり、残りの遺産を使い果たす毎日を続けるのみか、あるいは捕まって断罪されるだけだと思い、気持ちが切り替わったからなのかも知れない。

 つまりはあれから初めて恭介は仇を取ったその先を見ようとし始めたのだ。

 対して薫はここに至っても恭介はサラリと『相棒』と言い、今これから一緒に命を懸けて樫原組にカチコミに行く、この自分のことなど『オマケ』程度にしか思っていないんじゃないのかとまで考えてしまい、何の返事もできずに内心凹んでいた。

「おい、薫、どうした?」
「あ、ごめん。行くよ」

 自分に与えられたベレッタを腹のベルトに差し直し、レミントンM870と予備弾薬を入れたショルダーバッグを斜め掛けして準備良しだ。
 だがそこでコメディ顔負けながら笑えもしない真剣さで恭介が訊く。

「俺だけでもいいんだぞ。失くすものは何もないに等しい。しかし薫、お前は梅谷組に戻って手術の終わった組長に盃を返せば、可能性は無限に近い」

 負けない真剣さで薫も答えた。予測していたから言葉はするすると出た。

「僕は紛れもなくヤクザで、辞めようと辞めるまいと関係ない。舐められたら終わりのヤクザ・石動薫がこれ以上ない恥辱を味わった。初めに言っただろ、『これは僕の戦争だ』ってね。恭介、あんたは偶然合流したオマケで重機、ううん、フォークリフトだよ」
「ふん。荷物運びくらいはしてやる。運転も現地での状況に依って変化する作戦立案もしてやろう。最近のフォークリフトはAI搭載でそこらのチンピラより賢いぞ」

 余裕の笑みまで浮かばせた恭介の顔に薫は思わず目が釘付けとなる。
 その間にやはり中身は発泡スチロールなんじゃないかと思わせる巨大荷物を持って、恭介はさっさと事務所を出て行ってしまった。慌てて薫は後を追う。
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