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第24話

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 結果として恭介の(死んだジイさんの)車は奇跡的にも盗難に遭わず駐められたままになっていた。全長5.5メートル近いアホみたいにデカい車は白い枠からはみ出している。構うことなく恭介は荷物を後部に押し込んで運転席に、助手席に薫が座ってキチンとシートベルトもするとマイバッハのエンジンをかけ、快調に走り始めた。

 ただ、駐車料金を支払う段階になって表示された金額にビビった薫は思わず真剣に恭介に踏み倒すことを進言した。だが当の恭介は僅かに首を傾げただけで財布から札を出して次々と機械に食わせ、おそらく機械も満腹になりゲップが出るんじゃないかと薫が思った頃に、ようやくゲートを塞ぐバーが上がって通過することを許された。

 街道を走り始めてからやっと気持ちを立て直した薫が呟く。

「まあ、明日の闇オクは高級車で乗り付けた方が金持ちらしく見えるかもね」

 と、勝手に納得した薫の言葉を恭介はバッサリ斬った。

「何処でも乗り捨て可能なようにタクシーが基本だぞ」

 せめてハイヤーでという薫の意見が採用されるかは恭介の表情からは不明だった。

 帰りに昼食を食い、マンションから遠いスーパーで買い物をしてから帰り着いて、マンションの裏手にある月極駐車場と名の付いた空き地にバカでかい乗用車を駐車した。丁度マンション住人の奥様方の賑やかな買い物帰りの一団がいたので、ここでも鬼畜に彼女らを盾にして上手くマンション内の安全圏へと戻る。

 まずは二階の事務所に異変がないかチェックし、異状なしを確認してから十階の恭介の部屋に戻った。戻るなり恭介は洗面所を使い、すぐに煙草とグラスとウィスキーを友にリビングのソファに陣取る。
 薫は洗面所のあとにスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に収めたり、大量の衣服類をガーメントバッグから出してクローゼットに掛けたり、二人分の靴を磨いたりと次々と仕事は湧いている。だが口数は少なかった。

 別に恭介と喧嘩をした訳でもないのだが、昼食にためらいなく恭介が牛丼屋にマイバッハを停めたので、あまりの似合わなさに薫は正直に、

「うっわ、何これ似合わない!」

 と言ったのだ。対して恭介は、

「何処から見張られているか分からん。さっさと食えるに越したことはない。それとも高級車にお乗りの方は高級レストランじゃないと口に合わんのか?」

 などと尤もなことながらシニカルに言われて薫は恥じ入ったのだ。同じく、

「高級車でスーパーに乗り付けての買い物は気が引けるのか?」

 とまでダメ押しされて少々凹んでいるのである。
 自分の車でもなし、ただ同乗しただけで高級車に気分を左右されていた自分はどう考えてもミテクレと見栄ばかり重視するヤクザでしかなく、それも虎の威を借る狐以下の小物だと落ち込んでいるのだった。

 お蔭で室内には恭介が点けたTVニュースの音声と、付けっ放しでカウントダウンさせているノートパソコンの可聴域ギリギリの冷却音だけが充満していて静かだ。
 黙ったまま薫は切ったキュウリを竹輪に詰め込み切り揃え、かまぼこも切って皿に綺麗に並べると、小皿ふたつにマヨネーズとワサビ醤油を入れて恭介に持って行く。

 リビングのロウテーブルに皿を置き、箸も添えた。

「僕はあんたに頼んなきゃ何にもできそうにない。だから今里の野郎に復讐するまでは恭介、あんたが肝硬変で死なないようせめて僕は見張ってなくちゃならない」

 暗い棒読み口調を聞いた恭介は却って面白そうに見上げる。

「酔えもしない俺の肝臓の番人もいいが、どうせ見張るなら少しは付き合え」
「僕は酒で失敗するの、真っ平なんだけど」
「俺の前で失敗するのも嫌なのか?」
「……」

 咄嗟に薫が答えることができなかったのは恭介の意図がまるで読めなかっただけでなく、自分自身もどうしたいのか分からなかったからだ。今里への復讐という点に於いて同志とも云える関係であり、恭介はコネや元組対の刑事としての知識に金銭的なものを提供する。対して薫が持つのはグロックのみだ。

 どう考えたって薫の側が立場的に弱いと思ったからこそ、放置したらこの現代で野垂れ死にしそうな恭介の世話を買って出ているつもりだったが、時折あのフォトスタンドに目を向け、今に至っては『死者に勝つのは並大抵じゃ無理かも』などと思ってしまっている。……自分は恭介をどんな意味で好きなのだろうか?

 恭介の中の死者との記憶を押し退けて自分が恭介の隣に収まりたいのだろうか。
 なら恭介は? 望まれてたった一度だけ抱いた石動薫を恭介はどう思ってる?

「……無理矢理されるのは嫌だよ。でも、酔ってても、僕がいいって言ったらいい」

 恭介に下心があると解釈した、そんな風に薫は答えてみた。本当に下心があるのか否かは驚異的に整いながらもフラットな表情からは全く読めないが、恭介は自分で立ってキッチンから氷の入ったアイスペールやら新しいグラスやら、ペットボトルのミネラルウォーターやらを何度も往復して運んできた。手際が悪くて薫は少し笑う。

「そんなに一緒に飲んで欲しい訳?」

 何気なく誘っただけの恭介は何気なく薫に訊かれて、思わずフォトスタンドの方を見つめてしまった。何故なら今の自分と薫のやり取りは、あいつと共に過ごした時間の一コマを切り取ったかのように、そっくりそのままだったからである。

 石動薫はあいつじゃない。そんなことは承知している。だが自分は無意識に薫をあいつの場所に嵌め込んで安堵を、あの頃の満たされていた心を、かりそめと分かっていながら取り戻した気分になってみたいのではないか。

 三年と数ヶ月の孤独を埋めるのが本当に石動薫ならば問題はないのかも知れない。けれど自分はまだ『あいつ』を探している。薫を『あいつの代わり』にしてはならない。それは許されない。自分自身も許せない――。

 フォトスタンドから視線を引き剥がしたが恭介は薫の顔を見られなかった。それでも薫は二人掛けソファに座った恭介の隣に着地して自分で水割りを作った。

「仕方ないから付き合ってあげるよ。明日の闇オクで今里の野郎に思う存分、風穴を開けてやる前祝い。ほら、グラス貸して。酌のサーヴィス付きだぞー」

 空気を察した薫が唐突にはしゃいで見せたが、逆に恭介は大真面目に訊く。

「……薫。お前は俺をどう思っている?」
「え、さあ、分かんない。嫌いじゃないけど、それが『僕の利になるから』なのか、本当に嫌いじゃなくて……好きなのか自分でも迷ってる」

 好きなふりをして庇護欲を掻き立たせ、もっと利を得ることも薫は自分に可能だと判断していたが、恭介はそんな薫の媚態をも見透かした上で庇護しようとするだろうと直感し、薫は正直に答えたのだった。

 護るべきを護れなかった恭介は何をせずとも薫を護る筈だ。それを薫は何故か期待ではなく恐れていた。
 吸血鬼でも超人じゃない、だから撃たれたし相棒も死なせてしまった。もし次もそんなことがあったら。今度こそ撃たれ処が悪かったら……。

 ふるふると頭を振った薫は、わざとらしいのを承知で景気のいい声で煽った。

「ほら、ホントに前祝いなんだからさ。グイッといこうよ!」
「グイッといっても酔えん俺は燃費が悪いばかりで特典は何もないんだがな」
「特典が欲しいならデザートに僕の血でも吸えばいいじゃん」

「冗談でもチラつかされると結構キツいものがある」
「別に冗談じゃないもん。貧血にならない程度に調整できるんでしょ? それよりもさ、ほら、乾杯!」

 薄い水割り、恭介にしたらタダの色水を薫は一気に飲み干して見せる。何だかこの調子が続けば恭介は酔っ払い介護になりそうな予感がしていたが、それもまあいいかと自分のグラスに口を付けた。
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