交換条件~Barter.1~

志賀雅基

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□〔Intermission〕ショート・ショート□

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 ▽こだわりが有るようで無い男
  こだわりが無いようで有る男▼


 人目につかぬよう表通りを避けて、なるべく目立たない小径を歩きながら京哉は霧島に滔々と説いていた。

「なんだって『やりすぎ』は禁物だと思いますよ、忍さん」

 ようやく自力歩行が可能になって外に出たのはいいが、やはり少々足腰に難を感じて京哉は霧島に文句を垂れ続けている。
 ただ、話の内容が『アレを激しくナニされすぎた』というモノなので、声も抑え、表情もかろうじて涼しさを維持していた。
 一方の霧島は開き直るでもなく鉄面皮、いや、眉目秀麗を具現化したような怜悧さすら感じさせる、まるきりの常態で京哉に応える。

「私は『やりすぎ』た覚えなぞ無いのだがな。京哉、お前にはあの太陽が黄色く見えるのか?」
「そういう俗説で誤魔化そうったって、そうはいきませんよ」
「誤魔化してなんかいない。お前が悪い、そんな躰で誘っていないとは言わさんぞ」
「僕は断じて誘ってなんかいません!」

 とうとうキレかけて京哉は声を高くしたが、直後に自分の腰を支えてくれている温かな手に力がこもるのを感じて、大きな溜息をつくと再び声を潜めた。

「始めちゃったら翌日の僕はいつもこんな風だし、いつもと言えばコンビニ弁当だって海苔弁の一択だし」
「ならば次からは唐揚げ弁当にするか?」
「どうしてそこで唐揚げ弁当なんです、好きなんですか?」
「いや、売っているのをよく見かけるからだ」

 呆れて京哉は隣を歩く霧島の横顔を見上げる。

「もしかして海苔弁も『売っている率の高さ』で決めているんですか、好き嫌いやこだわりじゃなくて?」
「そうだ。決め打ちだと迷う時間というロスがないだろう?」

 胸を張って言い放った男に京哉は再びの溜息だ。

「決め打ちは貴方の勝手で文句はありません。でも海苔弁が売り切れてたからって余所のコンビニを何軒も行脚する人にロスタイムを語られたくはないですね」

 ウィークリーマンションの部屋を出て建物一階のコンビニからなかなか帰ってこなかった時には『また手料理の食材の仕入れか』と思い、京哉はかなり愉しみにしていたのだ。それなのに霧島が違うコンビニの海苔弁の袋を提げて帰ってきたときには言葉も失くした。当たり前だ。

「でもこう言っては何ですが、御曹司サマが海苔弁当なんて随分とショボいものにこだわるんだなあって、ずっと勘違いして……あっ!」

 と、京哉は思わず声を上げる。小さなドラッグストアの前を通りかかったところだった。声を上げると同時に京哉は足腰の調子の悪さも忘れる。目を輝かせて店舗の軒先まで駆け寄ると、声を弾ませ嬉し気に霧島に訴えた。

「これこれ、これですよ、忍さん!」
「ん? その衣類の柔軟剤がどうかしたのか?」

「僕はこれしか使わないって決めているんです。匂いに敏感なので、この残り香がない柔軟剤。それでいてタオル類の毛羽立ちも少なく、静電気も抑えてくれて、衣類の縮みも防ぐんですよ。この超優秀な製品がこの値段なんて、ありえない……ああっ、こっちの液体洗剤も普段より20円は安い! 5本買ったら100円もお得! これは買わなきゃ、絶対買わなきゃ損ですよっ、忍さんっ!」

 まとめ買いに走ろうとして京哉は、霧島の珍しく退いたような表情と自分をじっと見つめる灰色の目に気付いた。

 ――そうだ。今から自分たちは霧島の車を買いに中古車屋に行くのだった。

「車を買ったら、載せられるだけ柔軟剤と洗剤を買ってやる。いいか、巡査部長?」
「……ハイ、警視殿」


☆。.:*・゜☆fin☆。.:*・゜☆
 
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