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第42話
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「私は警察官だから許さない。だが親父も万引き犯を暗殺対象にはしない筈だ」
「相手の罪状に見合った罰則を与える訳ですか。まるで神みたいですね、僕が気取ってた神もどきじゃなく。本当に霧島会長はある意味、神並みの力を持ってる」
「神だと? お前は私があれを悪魔と言ったのをもう忘れたか?」
「あ。……『許さない』?」
「当然だろう。絶対に許さん」
言い切った力強い響きに霧島忍という男の警察官としての信念を京哉は改めて見せられたような気がした。アルコールにも自分の行使できる権力にも酔っていない真剣な灰色の目に見据えられ、京哉は自然と姿勢を正して霧島の話に聞き入る。
「京哉、私はお前に嘘をつきたくない。だから今ここで手札を全て晒した。事実が描かれたカードだ。神ではなく悪魔が本部長と政調会長の身に近く異変を起こす」
「止められないけど、止めたいんですね」
「悪魔に護られるのはご免だ。それでお前の狙撃も直接は止めず親父の出方を見た。だが証拠は何も掴めん。悪魔のカードの切れ端にすら私の指先は届かないんだ!」
あまりの真剣さと迫力に、京哉はただ頷くしかなかった。
「すぐそこまで迫っているのに止める手立てがない。探っているが何も見えてこん」
「もし確実な証拠が挙がったら……お父上でも逮捕するんですか?」
「当然と言った筈だ。だが実際これまで私に可能だったのは、ささやかな企みの阻止が関の山。証拠を拾うどころか嵌められて利用されたこともある。それに……」
「……言って下さい」
「軽蔑してもいい。今回の件で私は親父の持つ裏の情報網を利用した」
忌々しげに吐き捨てた霧島はビールをウィスキーに切り替える。
「僕が来た晩、貴方が『動向を探りたい』と言った相手はお父上だったんですね」
「ああ。私まで利用するくらいだ、お前を利用しない筈はないと思ってな」
「思い切り嵌っちゃってすみません。警戒して貰ってたのに最低ですね、僕」
「最低なのはクソ親父だ。人は全て自分の駒、利用可能か否かで価値を判断し――」
霧島会長への悪態に相槌を打っていた京哉は純粋な謎を霧島にぶつけた。
「でも忍さん。利用されたら利用する、それって軽蔑対象なんですか?」
「違法な手段で証拠を得ても、それは証拠能力を持たん」
「それくらいは知ってます。けど忍さんは裏の情報網を使った。使い処があった」
何が言いたいのか分からず、霧島は僅かに首を傾げる。
「だからですね、こちらも利用されるのなら相手もしくは相手の物を使える範囲で使わせて貰う。これはお互い様でバーター成立です」
「裏の情報網を使った私を慰めているつもりか?」
「下手な慰めが要るようには見えません。そうじゃなくて、この際WinWinと割り切って便利な物はじゃんじゃん捜査に利用しちゃえばいいじゃないですか。それこそ遠慮が要る相手じゃないんでしょう……って、誰か損します?」
じっと京哉を見つめ返しながら三秒ほど動きを止め、霧島はグラスの中に何やら呟き始めた。様子を見るにどうやら一考に値すると判断したようだ。案外チョロい。
話し相手がいなくなったので京哉もグラスを持ってきてウィスキーに手を出す。
そんな京哉を目に映した霧島は小気味がいいくらいシンプルな意見に心を動かされたのは、単純故に余計なものが削ぎ落とされていたからだろうと思う。
プライドを護るための自分への言い訳という余計なものが。
今回ばかりは膨大な情報と計算を要したため、主に人づての裏の情報網まで利用せざるを得なかった。納得して使ったが、まるでゲートウェイドラッグにでも手を出してしまったような、うしろめたさを感じ敗北感を味わった。だからもう二度と使うまいと決めていた。
だが考えてみたら京哉の言い分は何ひとつ間違っていない。
利用された分は利用する。上手くすると過去の分も取り返せる。先んじて情報を抜き、親父の裏をかくことも可能か……などと霧島は考えに耽った。遺伝子は怖い。
静かになってしまった年上の愛し人を眺めつつ、京哉は黙ってグラスのウィスキーを減らす。お蔭で短時間でグラス一杯空けた京哉は早々に酔った。
「おい、京哉。目が据わっているぞ。もう寝ろ」
ソファから軽々と抱き上げられた京哉はベッドの傍に着地させられる。けれど酔って大胆になった京哉は霧島にしがみついたまま灰色の目を見上げてキスをせがんだ。口づけた霧島は酒臭さに苦笑する。そんな霧島を京哉は首を傾げて見つめた。
「抱いてくれないんですか? 傷の抜糸を待ってたらずっとお預けですよ? あ、でもいつもみたいに激しくして糸が切れちゃったりしたら悲惨ですよね」
「自力で歩けもせん酔っ払いを押し倒す趣味はない。だから大丈夫だ、問題ない」
「酔っ払いなんて何処にいるんです? そうそう、糸。もし糸が切れても僕、少しはお裁縫できますから。縫い目が荒いのは難点ですけど、きっと平気です。その証拠にTVで見たんですよ、卵を取ったあとのお腹を縫われた魚が元気に泳いでたのを」
「キャビアを取られたチョウザメのメスと私を一緒にするな」
よく喋る酔っ払いだと感心しながら霧島はいちいち応えてやる。その間も抱っこした男の服を脱がせてベッドに転がすことを考えていた。酔っ払いは大声でまだ騒ぐ。
「魚より元気がないなんて、本当は傷が痛いのに黙ってたんでしょう!」
「そうじゃなくて途中で眠りこけられたら、持て余すのは私の方だから嫌なんだ」
「途中で眠ったりしません! 酔っ払ってなんかいませんから!」
「酔っ払いの常套句だぞ、それは」
「じゃあ、いいです。僕は一人で気持ち良くなります」
「一人でって、京哉お前……」
「相手の罪状に見合った罰則を与える訳ですか。まるで神みたいですね、僕が気取ってた神もどきじゃなく。本当に霧島会長はある意味、神並みの力を持ってる」
「神だと? お前は私があれを悪魔と言ったのをもう忘れたか?」
「あ。……『許さない』?」
「当然だろう。絶対に許さん」
言い切った力強い響きに霧島忍という男の警察官としての信念を京哉は改めて見せられたような気がした。アルコールにも自分の行使できる権力にも酔っていない真剣な灰色の目に見据えられ、京哉は自然と姿勢を正して霧島の話に聞き入る。
「京哉、私はお前に嘘をつきたくない。だから今ここで手札を全て晒した。事実が描かれたカードだ。神ではなく悪魔が本部長と政調会長の身に近く異変を起こす」
「止められないけど、止めたいんですね」
「悪魔に護られるのはご免だ。それでお前の狙撃も直接は止めず親父の出方を見た。だが証拠は何も掴めん。悪魔のカードの切れ端にすら私の指先は届かないんだ!」
あまりの真剣さと迫力に、京哉はただ頷くしかなかった。
「すぐそこまで迫っているのに止める手立てがない。探っているが何も見えてこん」
「もし確実な証拠が挙がったら……お父上でも逮捕するんですか?」
「当然と言った筈だ。だが実際これまで私に可能だったのは、ささやかな企みの阻止が関の山。証拠を拾うどころか嵌められて利用されたこともある。それに……」
「……言って下さい」
「軽蔑してもいい。今回の件で私は親父の持つ裏の情報網を利用した」
忌々しげに吐き捨てた霧島はビールをウィスキーに切り替える。
「僕が来た晩、貴方が『動向を探りたい』と言った相手はお父上だったんですね」
「ああ。私まで利用するくらいだ、お前を利用しない筈はないと思ってな」
「思い切り嵌っちゃってすみません。警戒して貰ってたのに最低ですね、僕」
「最低なのはクソ親父だ。人は全て自分の駒、利用可能か否かで価値を判断し――」
霧島会長への悪態に相槌を打っていた京哉は純粋な謎を霧島にぶつけた。
「でも忍さん。利用されたら利用する、それって軽蔑対象なんですか?」
「違法な手段で証拠を得ても、それは証拠能力を持たん」
「それくらいは知ってます。けど忍さんは裏の情報網を使った。使い処があった」
何が言いたいのか分からず、霧島は僅かに首を傾げる。
「だからですね、こちらも利用されるのなら相手もしくは相手の物を使える範囲で使わせて貰う。これはお互い様でバーター成立です」
「裏の情報網を使った私を慰めているつもりか?」
「下手な慰めが要るようには見えません。そうじゃなくて、この際WinWinと割り切って便利な物はじゃんじゃん捜査に利用しちゃえばいいじゃないですか。それこそ遠慮が要る相手じゃないんでしょう……って、誰か損します?」
じっと京哉を見つめ返しながら三秒ほど動きを止め、霧島はグラスの中に何やら呟き始めた。様子を見るにどうやら一考に値すると判断したようだ。案外チョロい。
話し相手がいなくなったので京哉もグラスを持ってきてウィスキーに手を出す。
そんな京哉を目に映した霧島は小気味がいいくらいシンプルな意見に心を動かされたのは、単純故に余計なものが削ぎ落とされていたからだろうと思う。
プライドを護るための自分への言い訳という余計なものが。
今回ばかりは膨大な情報と計算を要したため、主に人づての裏の情報網まで利用せざるを得なかった。納得して使ったが、まるでゲートウェイドラッグにでも手を出してしまったような、うしろめたさを感じ敗北感を味わった。だからもう二度と使うまいと決めていた。
だが考えてみたら京哉の言い分は何ひとつ間違っていない。
利用された分は利用する。上手くすると過去の分も取り返せる。先んじて情報を抜き、親父の裏をかくことも可能か……などと霧島は考えに耽った。遺伝子は怖い。
静かになってしまった年上の愛し人を眺めつつ、京哉は黙ってグラスのウィスキーを減らす。お蔭で短時間でグラス一杯空けた京哉は早々に酔った。
「おい、京哉。目が据わっているぞ。もう寝ろ」
ソファから軽々と抱き上げられた京哉はベッドの傍に着地させられる。けれど酔って大胆になった京哉は霧島にしがみついたまま灰色の目を見上げてキスをせがんだ。口づけた霧島は酒臭さに苦笑する。そんな霧島を京哉は首を傾げて見つめた。
「抱いてくれないんですか? 傷の抜糸を待ってたらずっとお預けですよ? あ、でもいつもみたいに激しくして糸が切れちゃったりしたら悲惨ですよね」
「自力で歩けもせん酔っ払いを押し倒す趣味はない。だから大丈夫だ、問題ない」
「酔っ払いなんて何処にいるんです? そうそう、糸。もし糸が切れても僕、少しはお裁縫できますから。縫い目が荒いのは難点ですけど、きっと平気です。その証拠にTVで見たんですよ、卵を取ったあとのお腹を縫われた魚が元気に泳いでたのを」
「キャビアを取られたチョウザメのメスと私を一緒にするな」
よく喋る酔っ払いだと感心しながら霧島はいちいち応えてやる。その間も抱っこした男の服を脱がせてベッドに転がすことを考えていた。酔っ払いは大声でまだ騒ぐ。
「魚より元気がないなんて、本当は傷が痛いのに黙ってたんでしょう!」
「そうじゃなくて途中で眠りこけられたら、持て余すのは私の方だから嫌なんだ」
「途中で眠ったりしません! 酔っ払ってなんかいませんから!」
「酔っ払いの常套句だぞ、それは」
「じゃあ、いいです。僕は一人で気持ち良くなります」
「一人でって、京哉お前……」
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