上 下
58 / 72

第57話

しおりを挟む
 乗員に僅かな振動を感じさせただけでマフタⅡはザイラの宙港に着陸した。

 シドはリードを引き抜いてリモータに仕舞い立ち上がる。現地時間はテラ標準時と並べて既に表示してあった。アピス星系第三惑星ザイラの自転周期は約百四十三時間で、それを六分割し一日を約二十四時間としている。

「今は昼の日、現在時は十四時半か。降りたら速攻で他星系便探しだな」
「簡単に見つかればいいですけどね」

 何故か気の重い様子でジョンも席を立つ。ハイファも黙って倣った。
 ブリッジを出た三人は、また身を縮めて通路を歩く。環境探査システムは勿論オールグリーン、ためらいなくエアロックを抜けた。外で待ち受けていたのは灼けるような日差しだった。

 それと小銃を構えた戦闘服の一個小隊である。

「止まれ! 両手を挙げて頭の上で組むんだっ!」

 三十以上もの銃口に囲まれて抵抗するほどの元気はシドにもなかった。言われた通りにしながら叫んだ代表者をはっきりとしない視界に映す。
 代表者らしき男は中年でエラそうにヒゲを生やし頭には赤い布を巻いていた。ギラギラと照りつける恒星アピスの下、飾緒のついた黒の軍服まで着用している。

 酷く暑苦しい格好の男を眺めながら考えたが、どうしてここでこんな目に遭うのか、さっぱり分からない。まさかアルゴーの指名手配がここでも活きているのだろうかと、シドは目を眇めて取り囲む兵士たちを見回した。
 ともあれここで突っ立っていると熱射病は確実である。上からだけでなく白いファイバブロックからの照り返しで暑いというより肌が痛い。

 事態の変化を期待してシドが口を開こうとしたとき、いきなりヒゲの中年制服男はその場に片膝をついた。深々と頭を垂れ、次にはジョンを見上げて言った。

「ハイド=ラ=アルト様ですね。お父上のヘクター=シャタン様がお待ちです」

 思わずシドはジョンを振り返った。ジョンは笑いもせず肩を竦めた。

 差し回されたリムジンコイルに揺られつつ、見づらいながらもシドは窓外を観察した。ザイラ最大の都市シャターナの郊外に造られたというこの第一宙港はかなりの大規模施設だった。大会戦で負けたというが、そうとは思わせない活気がある。

 テンダネスの御託宣に乗っかって投資した企業は退いたのかも知れないが、それでも数え切れないほどの貨物艦が停泊していた。今は亡きダニエル氏が言っていた石材や木材を輸出する便ばかりではあるまい。未だ戦時特需は続いているようだ。

 リフトコイルが忙しく行き交う広大な宙港は、遠くが熱気で揺らめいている。
 炎熱地獄から早々に移動となったのは有難かったが、武装解除された挙げ句に乗り合わせているのが小銃を手にしたままの一個小隊三十余名で、おまけに両手首を前で縛められているのは頂けない。隣に腰掛けたハイファも同様だ。

 ジョンは黒塗りのコイルが迎えに来て、ヒゲ軍人に連れられ去っていた。
 誰も何も説明してくれないままリムジンコイルは宙港敷地内のビルの前で減速しロータリーで停止し接地した。銃口でものを言われて降ろされ、ビルの中を歩かされてエレベーターに乗せられる。ここで人数が格段に減り、銃口は四つになっていた。

 だからといって暴れても益はなさそうである。暫し様子を見るしかない。
 十八階建ての十五階で降ろされ、廊下を歩いてハイファと引き離され連れ込まれたのは、馴染んだ雰囲気の小部屋だった。いかにもな取調室だ。
 何を訊かれるのかと思って身構えたが、縛めを切られ、嵌めていた故アズレー氏のリモータを取り上げられただけだった。元よりショルダーバッグは没収されている。

 それだけで取調室から出され、また移動だ。
 銃口ふたつと共にエレベーターに乗せられて向かったのは屋上だった。ハイファの行方だけが心配だったが、屋上で軍用小型BELに押し込まれると既にハイファが乗っていて、一暴れせずともよい安堵に肩の力が抜ける。

 風よけドームが開いてテイクオフしたBELは真っ直ぐシャターナの都市中心部へ向かって五分ほど飛翔し、かなりの高層建築の屋上に、これもまた風よけドームを開けさせてランディングした。
 屋上駐機場には多数のBELが駐まっていたが殆どが軍用機だった。

 降ろされてエレベーターに乗った。目的地は五十二階建ての五十階で、ここでは兵士たち四人も銃を構えることなくスリングで担いでいる。
 すぐさま撃たれる恐れがなくなり、シドはなるべく穏やかに兵士の一人に訊いてみた。

「星系内指名手配で捕まったってことなのか?」
「指名手配? どういうことだ?」
「訊いてるのはこっちなんだがな。俺たちをどうするつもりだ?」
「どうするとは……我々は命令に従っているだけだ」

 確かにこのクラスに訊いても得られることは少なそうではあった。エレベーターを降りて緋色の絨毯を踏みながら、だが情報収集の努力は続ける。

「ヘクター=シャタンがハイド=ラ=アルトの親父だってのは本当なのか?」
「そのように伺っている」
「へえ……」
「詳しく聞きたければ直接お訊ねするがいい」

 そう言って兵士たちが立ち止まったのは観音開きの巨大なドアの前だった。そこには飾緒を着けた軍服の男女がずらりと二十名ほども並んでいた。赤い布を巻いて整列した彼らの一人がリモータで何やら通信したのち、ドアの片側を恭しく開ける。二名の軍服がシドとハイファの両側に付き、室内へと促した。

 薄く紗の掛かった視界でシドは室内を見渡した。そこはデカ部屋くらいの広さの執務室といった雰囲気だった。思ったよりも人間がいて、それらはガードらしく配置されている。
 想像していたほどの華美さがない部屋には真正面に多機能デスクがあり、主らしい男が就いていた。これも黒い軍服だ。軍服男はシドたちを認めると無造作に立ち上がる。

「そこに掛けてくれるかね」

 軍服男が指した先には応接セットがあった。ハイファに腕を取られて誘導され、革張りの三人掛けソファに並んで腰掛けた。ガードを二人従えて向かいに軍服男が座る。
 軍服男が鷹揚に頷いたので、まずは知りたい最たる事項をぶつけた。

「もしかして、ヘクター=シャタンか?」
「もしかせずとも、わたしが第七十二代シャタン教最高指導者のヘクター=シャタンだ」

 目を細めてシドはなるべく焦点を合わせ、男を観察した。
 初老の域に入ったばかりの男は銀糸で刺繍をした赤い布を頭に巻いていた。髪は短めながら薄い金髪で、アンバーの瞳といい、顔立ちは似ていないものの、問い詰めるまでもなくジョンとの血の繋がりを現していた。
 だが宗教指導者といえばもっと勿体ぶって偉そうなジジイかと思っていたので、あっさりとシドたちの前に姿を現したことが何よりも意外で驚きだった。

「どうしてもきみたちの身柄が欲しかったのでね、少々手荒な真似をさせて貰った」
「ジョンは、いや、ハイド=ラ=アルトはともかく何で俺たちが要るんだよ?」
「ハイドラが何を考えているのか、きみたちなら知っているのではないのかね?」
「あいつの考えなんかさっぱりだ」

 言い捨てて自分が『保険』だというのを何となく思い出した。

「つーか、何で次代の指導者サマが本星でサラリーマンなんかしてるんだ?」

 ヘクター=シャタンはそこで溜息をつく。丁度、軍服の若い女性が茶器を運んできてロウテーブルに三人分を配置した。かなりいい茶葉らしく甘い紅茶の香りが漂った。

「あれは産まれてすぐに母親の手によってアルゴー教徒となった――」

 湯気の立つカップを前にヘクター=シャタンは語った。
 もはや宗教というより軍閥と化したシャタン・アルゴー共に、次代指導者といえども指揮官として自ら手勢を率い、第四惑星ベンヌの戦場に出るのが当然なのだという。

 そしてベンヌで中立派の女性、クリステ=ラ=アルトとヘクター=シャタンは出会った。

「クリステラは初め、わたしに殉じ、シャタン教にも殉じてくれると約束してくれた」
「けど口約束は反故になったんだな」
「平たく言えばそういうことだ。ある日突然消えたクリステラは第五惑星ドルテに渡り、自分だけでなく産まれたばかりのハイドラにまでアルゴーの洗礼を受けさせたのだ」

 だがそのあとクリステ=ラ=アルトは美貌を見初められ、テラ本星の人間と結婚することになる。しかし本星に渡った直後に精神を病み、ハイド=ラ=アルトを手放したらしい。
 そのあと施設に入ったハイド=ラ=アルトは手術でアルゴーの白い輪っかを取り除いた――。

「ずっと秘密裏に人をやって追っていたのだ」
「何で取り戻そうとしなかったんだ?」
「幾度迎えに行こうと思ったか知れない。だが本人の意志でないにしろ一度は異教の洗礼を受けたのだ。先代の反対もあり、わたしの一存で迎え入れることは叶わなかった」

 だが刻は流れて代替わりし、ヘクター=シャタンはハイド=ラ=アルトを呼び戻すための根回しを進め、本人にも打診していたのだという。
 そんなさなかに十二兆が転がり込み、続けて大会戦で負けたのちに、SSCⅡテンダネス対夕月総研のくだりにハイド=ラ=アルトの名を見て驚いたらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

花鈿の後宮妃 皇帝を守るため、お毒見係になりました

秦朱音@アルファポリス文庫より書籍発売中
キャラ文芸
旧題:花鈿の後宮妃 ~ヒロインに殺される皇帝を守るため、お毒見係になりました 青龍国に住む黄明凛(こう めいりん)は、寺の階段から落ちたことをきっかけに、自分が前世で読んだ中華風ファンタジー小説『玲玉記』の世界に転生していたことに気付く。 小説『玲玉記』の主人公である皇太后・夏玲玉(か れいぎょく)は、皇帝と皇后を暗殺して自らが皇位に着くという強烈キャラ。 玲玉に殺される運命である皇帝&皇后の身に起こる悲劇を阻止して、二人を添い遂げさせてあげたい!そう思った明凛は後宮妃として入内し、二人を陰から支えることに決める。 明凛には額に花鈿のようなアザがあり、その花鈿で毒を浄化できる不思議な力を持っていた。 この力を使って皇帝陛下のお毒見係を買って出れば、とりあえず毒殺は避けられそうだ。 しかしいつまでたっても皇后になるはずの鄭玉蘭(てい ぎょくらん)は現れず、皇帝はただのお毒見係である明凛を寵愛?! そんな中、皇太后が皇帝の実母である楊淑妃を皇統から除名すると言い始め……?! 毒を浄化できる不思議な力を持つ明凛と、過去の出来事で心に傷を負った皇帝の中華後宮ラブストーリーです。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

処理中です...