上 下
25 / 72

第25話

しおりを挟む
 ソファに向かい合って座り直し、コーヒーを啜り煙草を吸いながら落とした夕月R&Dの資料に二人で目を通したものの、これといって不審な箇所を見出すことはできなかった。

「くそう、俺たちにはドンパチやるより難しいぜ」
「うーん、確かにね。どうしよっか?」
「あとはR&Dを直接訪問するくらいだな」

 と、資料にあった夕月R&Dの所長のポラをリモータ、ホロスクリーンで映し出す。

「コンラッド=ワイエス、結構なロマンスグレイじゃない?」
「そうか? スケベそうなオッサンに見えるが」
「貴方の先入観はともかく、顧客として行く?」

「何をネタにするんだよ?」
「何だっていいんだよ、FCからの依頼なら。例えばこの星の住人の端末使用率でも」
「なるほど」

 だがそんなものを依頼して何が探れるのかと云えば、望み薄だと云わざるを得ないだろう。R&Dの事務所にテンダネスの予測を狂わせた何かが鎮座しているとも思えない。
 そんなシドの気分を察したハイファはコーヒーを飲み干すと勢いよく立ち上がった。

「何処行くんだよ?」
「ネタを仕込みにね。ジョンを通してFCからR&Dに打診しようと思って」
「専務サンは社員の顔も立ててやる、と」
「まあね。明日のアポなら早い方がいいから」

 チェーンスモークした煙草はまだ点けたばかりでシドは「あとで行く」と目で言い振って見せる。ハイファは軽く頷いて部屋を出て行った。外からの操作でロックが掛かる。
 独りになってみると更に寒々しい気がして、シドはそそくさと煙草を吸い終えると紙コップに半分だけコーヒーを注ぎ足し、一気飲みして腹を温めてから立ち上がった。用心のためにハイファのショルダーバッグを肩に掛ける。ジョンの部屋はすぐそことはいえ弾薬を盗まれては洒落にならない。そこらで買う訳にもいかないのだ。

 部屋を出てロックしロビーを横目に廊下を歩いて一五〇七号室の前に立った。ドア脇のパネル、音声素子が埋まっている辺りに声を掛ける。

「ジョン、俺だ」
《はい、今、出ます》

 数秒でロックが解けてジョンが顔を出した。そのドアの隙間から室内を覗いたが、見える範囲にハイファはいなかった。白く曇った窓の外でもなければトイレにでも入っているのか。

「ハイファはどうした?」
「は? 専務がどうかされましたか?」
「ってことは、いねぇんだな? チッ、ハイファを捜せ、俺はフロントに回る!」
「えっ、はあ、承知しました」

 間抜けたジョンの返事など聞いてはいなかった。シドは脱兎の如く飛び出すとエレベーターホールまでを駆け抜ける。四基あるエレベーターのひとつが十七階で停止していて、すぐにやってきた。下降する箱の中でもハイファに発振し続ける。
 何度やっても開封確認が返ってこず、音声発信も繋がらない。

 自動メッセージで相手のリモータに電源が入っていない、などとほざいた自身のリモータこそを、叩き壊したい衝動に駆られた。この状況でハイファが電源を切るなどということは有り得ない。おまけにこれは僅かな振動や光、果ては装着した人間の生体エネルギーまでエサにする、着けているだけで腹が減るという貪欲な機器だ。電源がないなどとは笑止だった。

 足踏みをしたいような気持ちで一階に着くと、フロントまでダッシュする。

「俺たちの連れ、眼鏡を掛けてない方だが、外に出て行かなかったか?」

 訊かれたフロントマンは大きく頷いて、

「若草色の目をされたお連れ様ですね? 出て行かれたのをわたくしは見ておりません。他の者も……見てはいないそうですが」

 礼も言わずにシドは身を翻し、裏口があると思しき場所に走り出した。
 裏口付近には制服の警備員が一人、行きつ戻りつをしていて、捕まえてここでも訊く。

「いや、見かけませんでしたが」

 念のために裏口を開けさせて貰う。だがオートドアを開けるも足元に積もった五十センチほどもある雪には誰の足跡もついてはいなかった。
 そのままシドはホテルを出て周囲をぐるりと巡ってみる。すると裏口のような出入り口は全部で七ヶ所もあり、こちらは足跡がありすぎてハイファのものかどうかなど判別不能だった。

 吹雪に躰半分が凍った頃、焦る気持ちを抑えに抑えて車寄せのある正面エントランスからブルックスホテル内へと一旦戻る。
 フロントカウンターの前にはジョンが待ち受けていた。

「シド、専務は!?」

 勢い込んで訊いたジョンだったがシドの顔色で悟ったらしい。

「誘拐でしょうか?」
「さあな、誘拐ならいいんだが」

 誘拐ならば何かの要求がなされるだろう。だが敵がサブマシンガンで四十五口径弾をバラ撒いた輩と同じだったら……そう考えて寒気を感じた。素肌の腹を冷たい手で撫でられたように身をこわばらせ、次には時間を見ようとして別室リモータに目をやった。

「ジョン、トレーサーシステムだ!」

 叫んでおいてシドは素早くリモータ操作、上空の軍事通信衛星MCSの支援でハイファのリモータ位置をホロスクリーンに映し出す。果たして輝点が現れた。マップを重ねる。

 ――目標はアルゴーナ中心部に向かって移動中。

「チクショウ、高度がある、BELだ!」

 駆け出しながらシドはフロントのチェックパネルに瞬間、リモータを翳してホテルマンが驚くほどの高額を移し、エントランスから車寄せに飛び出した。丁度老夫婦が降車したばかりのタクシー、ステアリングのついた前席に滑り込む。
 座標指定のモニタパネルに警察手帳を押し付けて認識させ、コマンドを打ち込んでオート操縦を解除、ステアリングを握った。

「待って、待って下さい、シド!」

 追い縋るジョンがナビシートに転がり込むなり発進させる。荒っぽい運転にジョンはまともに座り直すのですら容易ではない。やっとシートに収まってシドの横顔を見た。

「専務は無事でしょうか?」
「俺とあんたの情報量は殆ど同じだ」
「あ、はい、そうですね」

 質問を封殺されてジョンは何となくスピードメーターに目を向けた。途端に元々白い相貌から血の気が引く。この荒天で前も後ろも分からないのに時速百キロ以上出ていたのだ。
 シドは神経を張り詰め、吹き付けてくる雪の流れの変化で僅かな気流を読み、大通りのコイル群を縫うようにしてタクシーを走らせている。時折トレーサーシステムに目をやりながらのこれは、まさにタイトロープのような神経戦でもあった。

 ジョンにとっても神経戦である。時化しけの海に浮かぶ小舟のように、右に左にローリングするタクシーでシートを掴み、ただただ唾を飲んで酔いに耐えるしかない。
 そんなシドの神業的な運転も二十分ほどで終わりを告げた。意外にも目標との距離が縮まって左に曲がり、大通りの車列から抜けたのだ。

 ホッとしたジョンにも余裕ができてシドのトレーサーシステムを眺める余裕が出てきた。

「専務のリモータ、さっきからあまり動いていませんね」
「場所、ナビしてくれるか?」
「もう殆ど現在位置なんですが」
「何がある?」
「橋と運河があるだけで――」

 ふとシドは雪の降り方の変化に気付いて上空を仰いだ。小型BELが滞空しているのが見えてタクシーを急停止、シドは接地を待たずに飛び降りた。そこは石造りの橋のたもとだった。
 上空を仰ぎ見ながら架かった橋を半ばまで渡る。吹雪を顔に受けながら高度二十メートルくらいで滞空する警戒色に塗られた小型BELを再度視認。レールガンを引き抜きざまに仰角発射。速射で五射をBELの腹に叩き込む。ぐらりとBELが傾いだ。

 腹の反重力装置をぶち抜かれたBELはそれでもG制御装置が稼働、スタビライザをフル作動させて飛び去ろうとする。だが続けざまにシドが放ったマックスパワーのフレシェット弾にフェイルセーフもやられ、ガクンと高度を下げたかと思うと斜めに墜ちてきた。

「ちょ、そんな、シド、専務が――」
「分かってる!」

 叫び返す間にも小型BELはシドとジョンのいる橋の真上を掠めて運河に突っ込んだ。雪が吸い取ったか、派手な音はしなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

花鈿の後宮妃 皇帝を守るため、お毒見係になりました

秦朱音@アルファポリス文庫より書籍発売中
キャラ文芸
旧題:花鈿の後宮妃 ~ヒロインに殺される皇帝を守るため、お毒見係になりました 青龍国に住む黄明凛(こう めいりん)は、寺の階段から落ちたことをきっかけに、自分が前世で読んだ中華風ファンタジー小説『玲玉記』の世界に転生していたことに気付く。 小説『玲玉記』の主人公である皇太后・夏玲玉(か れいぎょく)は、皇帝と皇后を暗殺して自らが皇位に着くという強烈キャラ。 玲玉に殺される運命である皇帝&皇后の身に起こる悲劇を阻止して、二人を添い遂げさせてあげたい!そう思った明凛は後宮妃として入内し、二人を陰から支えることに決める。 明凛には額に花鈿のようなアザがあり、その花鈿で毒を浄化できる不思議な力を持っていた。 この力を使って皇帝陛下のお毒見係を買って出れば、とりあえず毒殺は避けられそうだ。 しかしいつまでたっても皇后になるはずの鄭玉蘭(てい ぎょくらん)は現れず、皇帝はただのお毒見係である明凛を寵愛?! そんな中、皇太后が皇帝の実母である楊淑妃を皇統から除名すると言い始め……?! 毒を浄化できる不思議な力を持つ明凛と、過去の出来事で心に傷を負った皇帝の中華後宮ラブストーリーです。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

処理中です...