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第18話

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「ああ、ああ、お前さんらはいったい何なんですかね、全く」

 完膚無きまでに破壊された室内を見てマルチェロ医師は呆れ声を出した。
 原形を留めているのは廊下の壁で護られた洗面所にトイレとバスルームだけ、あとは何もかもが銃弾を食らい、または手投げ弾で木っ端微塵だ。

「それより先生、シドが……」
「情けねぇ顔するな。あちこち掠り傷はあるが旦那は生きてる。バイタルサインは正常だ。キスのひとつでもしてやりゃあ、目ぇ覚ますだろうさ」
「先生っ!」
「冗談言ってる訳じゃないぞ。刺激与えりゃ起き上がりますって」

 廊下に伸びていたシドはハイファのキスではなく近づく緊急音で目を開けた。身を起こしながら端正な顔を歪める。その顔も半ば血に染まっていて、かなり凄絶だ。

「くそう、カチコミとは、やってくれたぜ。おい、ハイファ?」
「うん、もうすぐ署からくるよ。逃げたBELにも緊急配備キンパイかけたから」

 言っている傍からシドのリモータに発振が入る。ビルの受動警戒システムがまだ対応できずに捜査員が立ち入れないとのことで、取り敢えずは深夜番二名をシドの個人的来客として登録し官舎内に招き入れた。
 数分と経たずに駆け付けたのはマイヤー警部補とヤマサキのバディだ。

「これはこれは、非常にイヴェントストライカらしいヤマと言う他、ありませんね」

 と、マイヤー警部補が涼しい顔ながら感慨深く呟く。一方のヤマサキは、

「シド先輩、イヴェントストライカはいったいどの件の誰に恨み、買ったんスか?」

 などと朗らかに言い、起き上がったシドに関節技をキメられる。

「がが、ぐげっ……ギヴです、ギヴっ!」

 じゃれ合いをしているうちにビルの警備部が動いたらしく、捜査一課の面々や鑑識班などが室内になだれ込んできて、一気にお祭り騒ぎの様相を呈した。

「おっ、シド。綺麗な顔が悲惨になってるぞ」
「捜一はヘイワード警部補ですか」
「ああ、今週二度目の深夜番だ。おまけにイヴェントストライカの持ち込んだタタキと通り魔の裏取りも計五件だぞ。これで連勤十三日目だ、ムゴいだろうが」
「同情誘おうったってムダですよ。いい加減に博打に手を出すの、やめたらどうです?」

 カードゲームに負けて深夜番を背負ったヘイワード警部補は肩を竦める。
 見事に瓦礫の山と化したキッチンで鑑識が作業するのを横目にマイヤー警部が仕切った。

「被害状況確認のため、シドとハイファス、貴方がたは病院ですね。救急機要請しますか?」
「ハイファ、お前は大丈夫か? なら救急は要りません」
「そうですか。無理や痩せ我慢はなさらないで下さいね……っと、失礼」

 発振の入ったマイヤー警部補はリモータ操作、深夜番への連絡とは何事かと捜査員が注視した。だが内容を告げられる前にその場の殆ど全員に次々と発振が入る。
 パターンは指令部からの同報、ここではマル害の二人も例外でなくリモータを見た。

「コンスタンスホテル十五階一五〇三号室にサブマシンガンと手投げ弾で襲撃――」

 思わずシドとハイファは顔を見合わせる。

「シド、まさか……?」

 別室関連の詳しい話はここではできない、シドはハイファに頷くに留まった。
 だが察しのいいマイヤー警部補やヘイワード警部補を相手に、この襲撃が無関係などと言い張ることは非常に困難で、シドは逃げ出すことに決める。

「ホシが手掛かりを残してるかも知れねぇな。ここは預けていいですか?」
「構いませんよ、機捜担当として向こうに回って貰えれば助かります」

 ハイファから受け取った対衝撃ジャケットを羽織り、シドは手早く執銃した。洗面所で顔の血だけ洗い流す。ハイファも執銃するとリビングの二人掛けソファに投げ出してあったソフトスーツの上着を取り上げて、ばさばさと埃を払ってから袖を通した。

「緊急機、一機借ります」

 揃って二人は残留人員に対しラフに敬礼、ソファの下から出てこないタマをマルチェロ医師に頼んで、玄関から飛び出した。エレベーターホールまで走る。
 エレベーターの中でハイファが呟く。

「ジョン、生きてるのかな?」
「さあな。それよりお前、本当に大丈夫か?」
「うん。ちょっと躰が吃驚しただけ、もう平気。貴方こそ脳震盪に身体中の傷、本当に無理はしないでよね」

 誰も乗ってこないまま屋上に着くと三機駐まっていた緊急機の一機に乗り込んだ。ハイファが信号波を出して風よけのドームを開けさせ即刻テイクオフ。
 コンスタンスホテルは七分署管内でも似たようなビジネスホテルが数多く建ち並ぶ地区にある。緊急機なら五分も掛からない。

 ここでも屋上に駐機すると、他にも緊急機が二機、既に到着していた。
 ありふれたチェーン経営ビジネスホテルの一室には議員センセイが住んでいる訳でもないので、リモータチェッカをクリアしただけで現着する。そこには捜一のグレン警部の他、呼び出されたのか機捜課のゴーダ主任とバディのナカムラの姿があった。
 
 こいつは逆に拙いぞとシドが思った矢先に怒声が飛ぶ。

「どうなってんだ、イヴェントストライカ!」

 開口一番ゴーダ主任に吼えられ、背中をどつかれてシドは咳き込んだ。

「ゴホ、ゲホッ、知りませんよ。それより状況は?」
「マル被はBELで窓から襲撃、この狭い部屋にサブマシンガンで五十発以上の四十五口径をぶちかました挙げ句、手投げ弾を放り込んで逃げた。不幸中の幸いでマル害は食事から帰ったばかり、出口に近かった。弾が腕を掠めただけ、今、病院に送ったところだ」

 と、前を開けた対衝撃ジャケットを眺める。血を滲ませたシドのシャツを見て、

「ここはもういい、お前もハイファスもセントラル・リドリー病院、行ってこい」

 その口調は今回も人には言えない何かをシドとハイファが背負っているのに気付いているようだった。シドはラフな挙手敬礼、ハイファは有難くも申し訳ない気持ちで頭を下げる。
 再び緊急機でセントラル・リドリー病院に向かった。

 天井を高く取った五階の駐機場に緊急機を滑り込ませ、救急機の間に駐める。降りてオートドアから踏み入ると、そこはいつもながらに戦場の救急救命フロアだ。
 馴染みとなった医療スタッフたちを縫っているうちに看護師から声が掛かる。

「あら、シド。今日は何処が折れたの?」
「何処も折れてねぇよ。腕、やった奴がきただろ」
「ああ、あの美形の眼鏡さんね。こっちよ、きて」

 誘導して貰うとフロア隅の処置室で、ジョン=ウェズリーは医師の前の椅子に座っていた。その膝には鞄を抱えたまま、既に怪我の処置は済んだらしく無惨に切り裂かれたワイシャツの左腕には白い圧着包帯が巻かれている。だが細面の顔色は酷く悪い。

「で、何がどうだって?」

 訊かれてこれも馴染みの若い医師が答えた。

「掠り傷ですよ。消毒と合成蛋白接着剤で固めて終わり、あとで署に正式な所見を送ります」
「いやに具合が悪そうだが、再生槽に放り込まなくてもいいのかよ?」
「だから掠り傷、ハサミで服を切ったら貧血を起こされましてね」
「あ、ジョンってば先端恐怖症だっけ……」

 顔をこわばらせてジョンは頷いた。それこそ災難だったようだ。

「あとはシド、貴方の方が患者らしく見えるんですけど、どうなさいますか?」

 そこに押しかけてきた看護師三名にシドとハイファは上衣をあっさり引き剥がされ、全身の簡易スキャンを受けさせられた。結果、何処にも骨折などはなく、しかしハイファは背に三ヶ所の打撲痕を発見されて、消炎スプレーまみれにされる。

 一方のシドは十ヶ所近い傷を医師に丹念に処置された。
 小一時間ほどを治療に費やして医師がようやく頷く。

「さてと、これで無罪放免です。喩えワープしても、もう大丈夫ですから。ハイファスはこれを持って帰って下さい」

 渡された消炎スプレーをシドは対衝撃ジャケットのポケットに仕舞い、ジョンを促して処置室を出た。緊急機に乗り込んで七分署までは五分ほどだ。
 機捜課のデカ部屋には、マイヤー警部補たちはまだ戻っていなかった。

 自室での実況見分が待っているので呆けてもいられないが、マル害であり狙われてもいるジョンを放っておく訳にもいかない。取り敢えずハイファは沸いていた泥水コーヒーを紙コップ三つに注いで配給した。シドは自分のデスクの引き出しから煙草を出して封切り、そこらに放置してあった使い捨てライターで火を点ける。

「で、だ。どうして俺たちが狙われるんだ?」
「やっぱり夕月総研だよね?」

「俺だけなら思い当たるフシは有りすぎるくらいだが、ジョンにまでカチコミ食らわすのは夕月、もしくは分離主義の議員連中しかねぇだろ。だが何故こんなに立ち上がりが早い?」

 確かに狙われること自体はおかしくない。
 これまで別室のワイルドカードとして派手に動いてきたシドとハイファが、今回も別室長の密命を受けて動くのを予測するのは簡単、テラ連邦議会議員ともなれば知り得ることだ。
 しかしここでFC情報部門のジョンまでが狙われた、それは今日のリンデンバウムでの三人の密談が外部に洩れたことを示している。

 敵は自分たちに目を付けた三人を早々に捻り潰そうと強攻策に出たのだ。

「……申し訳ありません、私の失態です。鞄の底にこれが――」

 歯の隙間から悔しげに言葉を押し出したジョンを二人は注視する。ジョンは傍のデスクに紙コップを置くと、左側に垂れた金髪の束を五月蠅そうに払いながら膝の鞄を開けた。
 取り出して見せたのは黒くて小指の爪くらいの大きさの物体だった。完全に潰れているものの、元はもっと小さいものだったようだ。だが明らかに盗聴器と分かるシロモノである。

「いつ気付いた?」
「食事をしているときです。鞄を膝から落としかけて気付きました」
「やられたな」
「本当に申し訳ありません、情報部門に身を置く自分がこのような……」

 踏み潰して用をなさない盗聴器を睨みつけてからジョンはシドに手渡した。
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