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第12話

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 定期BELの座席でハイファは膝のショルダーバッグの紐を弄び、ベルトに着けた二本のマガジンパウチを撫でていた。
 ダブルカーラムマガジンは二本とも十七発フルロードで銃本体にロードした分と合わせ五十二発という重装備である。

「ねえ。本当にこんな着替えとか、このスペアマガジンとか要ると思う?」
「あの細目野郎が、ただ『見舞いに来い』なんて言うと思うか? 署の方もいつの間にか勝手に『出張』扱い、絶対に何か企んでやがる」
「そうかなあ? でもあの負傷でタイタンまで搬送なんて無茶よくやったよねえ」

 昨夜のシドの言葉でエアハート一佐は即断、誰にも見られないように土星の衛星タイタンにある基地病院に別室長ユアン=ガードナーを搬送したというのだ。

 土星の衛星タイタンまではショートワープを一回経なければならない。そして怪我の治療を怠ってのワープは通常、厳禁である。亜空間で血を攫われて、着いてみれば真っ白な死体が乗っていたということにもなりかねないからだ。

 だが今回の室長の怪我は火傷や骨折こそあったものの切創などは殆どなく応急処置をした上で、敢えてこれ以上の身の危険を回避せんとタイタン基地という場所を室長の極秘の療養地として選んだらしい。

「あれでワープしても死なねぇどころか、何か企んでんだ。大した憎まれ者だぜ」

 吐き捨てるように言ったシドはコットンパンツと綿シャツの上に対衝撃ジャケットといういつもの刑事ルックだ。勿論ハイファも惑星警察の制服から着替え、ドレスシャツにソフトスーツでノータイといういつもの恰好である。

 外出時の鉄則として執銃しているが、目的はただの見舞いだ。

 その『ただの見舞い』を疑って掛かったシドは、数日間なら行動できるだけの支度を調え、各星系法務局共通の武器所持許可証まで署の捜査戦術コンから引き出してきたのだった。

 今は定期BELで宙港に向かっている。BELの高々度での巡航速度はマッハ二以上という超速だが、この定期BELは低空・低速で停機場を巡るので一時間半の行程だ。直行なら三十分なのだが署の緊急機を使うほど急ぐ義理もないというシドの判断である。

「やっぱりヤマサキか誰かに緊急機で送らせれば良かったか?」
「でも何か赤ちゃんが風邪引いたとかって、大変みたいだったよ」
「へえ、サヤカ嬢だっけか? 娘が命だもんな、あいつは」

 喋っている間に大きなパラボラアンテナや管制塔、宙港面の白い広大な土地が見えてくる。どっしりとした質量感の超高層ビルが二棟あり、何本かのスカイチューブで繋がっていた。管制塔に近い方が二人も幾度となく利用している宙港メインビルだ。

 それらを窓外に見て定期BELは宙港管制の誘導波にコントロールを渡し、大きく迂回してから風よけドームが開いた宙港メインビルの屋上に接地した。二人は他の客に混じって降機する。エレベーターで二階ロビーフロアに降りた。

 タイタン行きのシャトル便は毎時間出ている。自販機でチケットを買い、シートを連番でリザーブした。列に並んでチェックパネルにリモータを翳し、ロビーフロアに直接エアロックを接続したシャトル便へと乗り込む。

 キャビンアテンダントが配るワープ宿酔止めの白い錠剤を飲み下して出航を待つ。このシャトル便は二十分の通常航行でショートワープ、更に二十分の計四十分でタイタンに着く。だが第一宙港に着くのでそこからも惑星、いや、衛星内移動しなければならない。

 タイタンのハブ宙港は第一から第七まであり、このどれかを経由しなければ太陽系内外の何処にも行けないシステムになっていた。テラ連邦議会のお膝元であるテラ本星の最後の砦という訳だ。

 タイタンには巨大テラ連邦軍基地があり、テラの護り女神・第二艦隊が睨みを利かせている。ちなみに攻撃の雄・第一艦隊は火星の衛星フォボス駐留だ。

 アナウンスが入り出航する。今はAD世紀の昔と違いジェットの噴射もない。反重力装置とG制御で巨大な艦はしずしずと上昇してゆくだけだ。

 窓外がクリアな漆黒となり星々がシンチレーションなしで煌めき始める瞬間がシドは好きで、それを知っているハイファは窓側に座る愛し人の端正な横顔を黙って見ている。
 それぞれに考えを巡らせているうちに、ふっと躰が砂の如く四散するような不思議な感覚を味わう。ショートワープだ。

「ふう。班長も良く決断したよね。あの状態の室長にショートワープなんてサ」
「けど今朝の発令では大目玉食らうと俺は見たぜ」
「大目玉かどうかは知らないけど室長って静かに激怒するから却って怖いんだよね」
「静かに激怒か。ネチこそうだよな、あのタイプは」
「そういうとこ、シドは似てるかもね」
「なっ、俺が何であの細目野郎に似てるんだよ?」
「何となくだけど」
「何となくであんな野郎と一緒にするな。ところで腹、減らねぇか?」

 ここタイタンも本星同様一日二十四時間制、リモータを見れば十二時前だった。

「じゃあ第一宙港で何かお腹に入れようか?」
「急いでもあんな怪我人逃げやしねぇからな。また狙われて今度こそ成功したら別だけどさ。まあエアハート一佐だっけか、お前の上官が言ってたし、誰かサイキ持ちが護衛についてんだろうけどな」
「そう言えばそんなこと言ってたよね。誰が付いてるんだろ?」
「誰でもいいが飯のついでに繁華街に寄って見舞いらしく花でも買ってくか?」
「ええっ、シドが室長にそこまで?」
「『根つく』イコール『寝付く』っつーから鉢植えの花を、ドーンとさ」
「……やっぱり貴方、室長に似てるよ」

 シャトル便は正午にタイタン第一宙港に到着した。ここでもシャトルは宙港メインビルの二階に直接エアロックを接続する。星系外に出る訳でもないので面倒な通関もない。

 二人は人々の列に加わりエアロックを抜けると時間の掛かる定期BELではなく、タイタン基地付属軍港行き宙艦便に乗るべく艦に一番近い第七ゲートを目指して二階ロビーフロアから一階へと降りた。そこで意外な人物を見つける。

「あっ、フォッカー=リンデマン一等特務技官?」
「え、マジかよ?」

 フロアのソファに腰掛けて長い脚を組み、今どき珍しいニューズペーパーを広げていたその人物に近づくとハイファは声を掛けた。

「お久しぶりです、フォッカー=リンデマン一等特務技官」
「ああ、来たかハイファス。それにシドも元気そうで何よりだ」

 ニューズペーパーの角をきっちり合わせて折りたたむその男は、過去の別室任務でシドとも面識のある別室員であり、サイキ持ちだった。

 今日も以前と変わらずセピア色のダブルのスーツにヒヤシンスブルーのクレリックシャツ、タイはシルバーに茶のピンドットでポケットチーフはシャツに合わせて水色という少々古風ながらも隙もない姿をしている。

 四肢が長く顔立ちは非常に整っていて浅黒く日に灼けている。緩くウェーヴの掛かった黒髪をオールバックにし、スチルブルーの目は二人を見て笑んでいた。

 だが、その目がときに透徹として感情を消すのをシドは知っている。

「フォッカーさんは待機命令じゃないんですか? それに今は――」

 何処まで本人たちが知らされているのか分からない以上、シドも危険を警告したものか迷った。全別室員への発令だったが、そもそもこの強力なサイキ持ちに警告が要るのか。

 そんな迷いを知ってか知らずか優雅な物腰でフォッカーは立ち上がる。外見だけはテラ標準歴で四十過ぎ、だが実年齢の量れないサイキ持ちの男は喫煙ルームに向かいながら、

「まあ、待機中といえばそうなんだがね」

 などと暢気なものだ。更に暢気に喫煙ルームのオートドリンカでコーヒーを三本買って二人に配ると、フォッカーは細い葉巻の吸い口をシガーカッターでカットする。ライターで火を点けて深々と吸い、紫煙を吐きながら目に笑みを溜めて言った。

「『最優先でやれ』などという無粋な指令を受けて、ここで待っていたという訳さ」

 大仰に肩を竦める。こちらも煙草を咥えて火を点けたシドが訊いた。

「その指令は俺たちのことですか?」
「その通りだ。だが子供の遠足でもあるまいに、既にこのタイタンにも慣れた君たちが迷子になる筈もないものを……しかしどうやら今回の件において君たちは大切なエース・イン・ザ・ホールらしい。ということで一服したらご一緒して貰えるかな?」
「構いませんよ」

 どうやらすぐに昼食にはありつけないのを悟り、諦め気分でシドは軽く答えた。

 タイタン基地付属病院はシドも入院していたことがあって勝手は知っている。病院にはレストランもあった。そこに辿り着くまでコーヒーと紫煙で空腹を紛らわすことにする。
 それにフォッカーもサイキ持ちでそのサイキがとんでもなく強力だといえ、あんな人目につく場所に座っているよりも基地内にいた方が安全だろう。

 などと只人の自分には心配無用、すべき心配は自分たちのごく近い将来だ。

 それにしても自分たちを『最後の切り札』などと呼ぶとは、やはりシドの読み通りに何かが企まれているようだと、二人は顔を見合わせて溜息をついた。
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