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第30話
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そこはただの廊下だった。だが左右に二室ずつ四つのドアがあった。
それらを片端からルームクリアリングし、ここには霧島と京哉以外に誰もいないのを確かめる。足音を忍ばせて二階への階段を上がった。
造りからいって二階が来訪者の宿泊施設になっているらしく、小さな個室のドアが左右に三枚ずつ等間隔で並んでいた。左側一番手前のドアノブを京哉は確信して回す。ロックは掛かっていない。引き開けるなり二人は同時に飛び込んで銃を向ける。
「動くな! ……瑞樹」
天井の蛍光灯が白々しいような光を投げる部屋で、瑞樹はベッドに腰掛けていた。金髪の催眠術師は見当たらず、瑞樹もちゃんと衣服を身に着けてはいたが、縛っていた長い赤毛が解かれて肩に掛かるままとなっている。
濡れて乱れたシーツから京哉は目を逸らし、霧島を残してそっと部屋を出た。
残った部屋のルームクリアリングを一人で終えた京哉は、階下に降りると再び監視局に携帯で連絡した。返事は《午前一時に人員が到着予定》というものだった。象の被害現場からの連絡はちゃんと受理されていたらしい。
現在時、零時四十六分。約十五分のリミットを霧島に携帯連絡したのち家捜ししてファーストエイドキットを見つけ出す。こういった環境故か内容は充実していた。
拭き取りきれなかった返り血をこれも探し出したタオルを濡らして拭き取る。霧島が撃った六人の呻きの大合唱を聞きながら納得するまで拭いたところで霧島が降りてきた。
「瑞樹は?」
「自衛官とはいえ、ただの情報士官でしかない。これは見せない方がいいだろう」
「うーん、確かにそうかも知れませんね」
二人の死体と六人の男が流す血で、部屋には薄まらない異臭が濃く立ち込めていた。
「催眠術師のお兄さんは?」
「やるだけやって、さっさと逃げたらしいな」
表面的にはポーカーフェイスを取り戻して、霧島はあっさりと言い放った。
「じゃあ、こっちにきて座って。手首の傷だけでも処置させて下さい」
下手に出られて素直に霧島は従いソファに腰を下ろす。両手首が目茶苦茶に裂けた上に火傷で手が全体的に赤く腫れていた。おまけに弾が掠めたこめかみと切った額からの出血で端正な顔は凄絶である。
湯で絞ったタオルで丁寧に血を拭き取り、まずは消毒をした。酷いのでなるべく触らず、瓶から直接出して消毒液で洗い流した。
消毒薬が乾くのを待っていると出入り口の扉が開けられた。
真っ先に入ってきたのはパークレンジャーに密猟者の存在を警告したキャップの男だった。自分と同じ作業服の二人に痛ましそうな視線を向け、次には肩を撃たれた五人と這いながら泣き叫ぶ一人に気付いて唖然とする。
あとから入ってきた五名も同様で、一人混じっていた女性が小さく悲鳴を上げた。
「密猟者がいたとは聞いた。追加でそいつらを捕まえたとも聞いた。だがその密猟者全員が怪我人になったとは聞いていないんだが」
「全員ではない、一人は逃げた」
事のあらましを京哉がなるべく穏やかに語り、それを霧島が通訳する。監視局員の男性でも吐き気を催し外に走り出る者もいる中、気丈な女性局員が二階へと上がって行った。
その間も京哉は霧島の裂傷を丹念に処置する。手首には傷薬を塗ったガーゼを当て包帯を巻いた。あれだけ殴られ蹴られたのだ、躰も酷いことになっているだろう。
「肩の脱臼もあるし、監視局に戻ったら医務室に行かなきゃだめですよ」
「ん、ああ、分かった。ところでこの場の責任者は……あんたか?」
頷いたのはキャップの男だった。
それらを片端からルームクリアリングし、ここには霧島と京哉以外に誰もいないのを確かめる。足音を忍ばせて二階への階段を上がった。
造りからいって二階が来訪者の宿泊施設になっているらしく、小さな個室のドアが左右に三枚ずつ等間隔で並んでいた。左側一番手前のドアノブを京哉は確信して回す。ロックは掛かっていない。引き開けるなり二人は同時に飛び込んで銃を向ける。
「動くな! ……瑞樹」
天井の蛍光灯が白々しいような光を投げる部屋で、瑞樹はベッドに腰掛けていた。金髪の催眠術師は見当たらず、瑞樹もちゃんと衣服を身に着けてはいたが、縛っていた長い赤毛が解かれて肩に掛かるままとなっている。
濡れて乱れたシーツから京哉は目を逸らし、霧島を残してそっと部屋を出た。
残った部屋のルームクリアリングを一人で終えた京哉は、階下に降りると再び監視局に携帯で連絡した。返事は《午前一時に人員が到着予定》というものだった。象の被害現場からの連絡はちゃんと受理されていたらしい。
現在時、零時四十六分。約十五分のリミットを霧島に携帯連絡したのち家捜ししてファーストエイドキットを見つけ出す。こういった環境故か内容は充実していた。
拭き取りきれなかった返り血をこれも探し出したタオルを濡らして拭き取る。霧島が撃った六人の呻きの大合唱を聞きながら納得するまで拭いたところで霧島が降りてきた。
「瑞樹は?」
「自衛官とはいえ、ただの情報士官でしかない。これは見せない方がいいだろう」
「うーん、確かにそうかも知れませんね」
二人の死体と六人の男が流す血で、部屋には薄まらない異臭が濃く立ち込めていた。
「催眠術師のお兄さんは?」
「やるだけやって、さっさと逃げたらしいな」
表面的にはポーカーフェイスを取り戻して、霧島はあっさりと言い放った。
「じゃあ、こっちにきて座って。手首の傷だけでも処置させて下さい」
下手に出られて素直に霧島は従いソファに腰を下ろす。両手首が目茶苦茶に裂けた上に火傷で手が全体的に赤く腫れていた。おまけに弾が掠めたこめかみと切った額からの出血で端正な顔は凄絶である。
湯で絞ったタオルで丁寧に血を拭き取り、まずは消毒をした。酷いのでなるべく触らず、瓶から直接出して消毒液で洗い流した。
消毒薬が乾くのを待っていると出入り口の扉が開けられた。
真っ先に入ってきたのはパークレンジャーに密猟者の存在を警告したキャップの男だった。自分と同じ作業服の二人に痛ましそうな視線を向け、次には肩を撃たれた五人と這いながら泣き叫ぶ一人に気付いて唖然とする。
あとから入ってきた五名も同様で、一人混じっていた女性が小さく悲鳴を上げた。
「密猟者がいたとは聞いた。追加でそいつらを捕まえたとも聞いた。だがその密猟者全員が怪我人になったとは聞いていないんだが」
「全員ではない、一人は逃げた」
事のあらましを京哉がなるべく穏やかに語り、それを霧島が通訳する。監視局員の男性でも吐き気を催し外に走り出る者もいる中、気丈な女性局員が二階へと上がって行った。
その間も京哉は霧島の裂傷を丹念に処置する。手首には傷薬を塗ったガーゼを当て包帯を巻いた。あれだけ殴られ蹴られたのだ、躰も酷いことになっているだろう。
「肩の脱臼もあるし、監視局に戻ったら医務室に行かなきゃだめですよ」
「ん、ああ、分かった。ところでこの場の責任者は……あんたか?」
頷いたのはキャップの男だった。
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