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第25話
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女はずるずると床を這ってドアの傍まできた。
「そうね、何処から話せば解るかしら。……わたしも、他の部屋の人も、某大国がバックアップしているフランセル総合医薬品工業付属病院で生まれたわ。胎児の頃にセロルトキシンという土壌汚染物質から抽出された薬品であるD・Nを投与されてね」
「某大国がフランセルと組んで妊婦に人体実験?」
柳眉をひそめた京哉の問いを霧島に翻訳されて女が頷く。
「そうよ。胎児の頃にセロルトキシン抽出物であるD・Nを過剰摂取した者は、ある意味、脳の奇形を引き起こしてその名の通り『恐れ知らず』となる。通常の人間なら当然ある筈の力の抑制も外れるから、この通りよ」
と、女は結び目を作ったフォークを持ち上げ、投げ捨てた。
「わたしが調べた時には八千九百名中七名の『恐れ知らす』が出現した、そう記録にあったわ。わたしや他の檻の人たちは失敗作ね。でも処分するには勿体ない程度の失敗作よ」
「じゃあ、巷を騒がせている連続企業殺人は……?」
「フランセル総合医薬品工業がD・Nを半ば完成させたってことかしら。リミッタの外れた超人的な力までは発現しないけれど、殺人や人を害することに対して忌避の感情や抑制が外れる……それを投与された者が事件を起こしているんだと思うわ」
「貴女は何でそんなことまで知ってるんですか?」
「わたし、死産として扱われて戸籍を持ってないの。母親にも会ったことがない。ずっと病院とこのラボの中。外の世界を見たくて、自由になりたくて、でも使いでの無い成り損ないの『恐れ知らず』はずっと飼い殺しで……外に飛び出してフランセルと某大国の悪行を公表してやりたかった。だからこっそり調べたのよ」
「そっか。それで?」
「捕まって、終わり。それだけよ」
歌でも歌うかのように淡々と語った女は、肩を竦めて哀しい話を締めた。
そこで今度はレイフが訊く。
「グリーンディフェンダーを知っているか?」
「グリーン……ええ、某大国の軍の人たちが話していたのを聞いたことがあるわ」
霧島と京哉、それにレイフは素早く目配せする。女に先を促した。
「彼らはここで生まれた『恐れ知らず』たちをグリーンディフェンダーに送り込んではテストさせている。もし『使えるレヴェル』なら某大国の特殊部隊入りね。わたしが投与されたのと同じ、初期の頃の『D・N』成功例は殆ど軍入りしたらしいわ。今の即席『D・N』では使い捨ての殺人要員しか生み出せないから皆、警察に捕まっているみたいだけれど」
「なるほど。セロルトキシンが日本の研究で『シンハの土』として挙がったのか」
「じゃあ、グラチェフコーポレーションも知っていますか?」
片言英語の京哉の問いに女は長い髪を弄りながら頷いた。
「よくアキーム=グラチェフ社長がラボに訪ねてきていたわ。ラボに出資しているみたいね。わたしも何度か所長室に呼ばれて見せ物にされたもの」
三人は溜息をつく。これでグリーンディフェンダー、フランセル総合医薬品工業、グラチェフコーポレーション、ジェローム=ビアス議員が一直線に繋がった。
グラチェフはフランセルに命じ、フランセルはグリーンディフェンダーに命じてグラチェフのライバル企業トップを殺させていたのだろう。化学コンビナート建設に立候補する際にも競合他社は少ない方がいい。
ついでにフランセルは自社栽培の『恐れ知らず』、もしくはD・Nそのものを某大国の軍に売り込めて一石二鳥という訳だ。
「それにしても貴女、ずっとここにいる割には色々知ってますね」
「閉じ込められる前は多少自由もあったもの。それにここにもTVくらいあるわ」
背後のベッドの方を女は目で示す。見えないがTVが置かれているようだ。
「日本には某大国経由でD・Nが持ち込まれたのかも知れませんね」
「グリーンディフェンダーが密輸したのかも知れんしな」
「でもまさか某大国の軍が人体実験して人間兵器を作ってるなんてね」
ふと二人が傍の男を見上げると、レイフは茶色い目を細めて何かに耐えるような表情をしていた。復讐すべき相手が明確になったと同時に輪郭がぼやけるほど広がってしまったのだ。何処まで殺せば終わるのか、果てしないまでに……。
唐突に女が透明のドアに縋った。
「お願い、わたしも一緒に外に連れて行って!」
女に証言させれば全てを一挙に叩ける、そう考えたのはレイフだけではなかった。だがそのとき、フロアの出入り口に人の気配が殺到した。
自動ドアが開く。撃発音と共に数発が檻の鉄棒で跳弾して火花を散らした。ほぼ同時に霧島と京哉、レイフは銃を引き抜きざま発砲。複数の人影は廊下の角に頭を引っ込めた。ドアの方に神経と銃口を向けたまま、京哉が女に訊いた。
「貴女、名前は?」
「コーディ、コーディよ!」
「きっと出してあげる、それまで待ってて!」
「お願い、置いて行かないで!」
コーディを連れては脱出できない、また火線が襲ってくる。狙いを定めさせないよう、三人は続けざまに撃つ。男の呻き声が響く。撃ちながら霧島が叫んだ。
「突破するぞ!」
「僕が出ます! 忍さん、レイフ、援護して下さい!」
可能な限り霧島に人を撃たせたくなくて、京哉は腕で顔を庇いつつ走った。その身を掠めるように霧島とレイフが撃つ。
三秒掛からず出入り口に辿り着いた京哉は二人の警備員に九ミリパラを叩き込む。残った一人に足払いを掛けて腹に一発ぶち込んだ。
「いいです、来て下さい!」
「そうね、何処から話せば解るかしら。……わたしも、他の部屋の人も、某大国がバックアップしているフランセル総合医薬品工業付属病院で生まれたわ。胎児の頃にセロルトキシンという土壌汚染物質から抽出された薬品であるD・Nを投与されてね」
「某大国がフランセルと組んで妊婦に人体実験?」
柳眉をひそめた京哉の問いを霧島に翻訳されて女が頷く。
「そうよ。胎児の頃にセロルトキシン抽出物であるD・Nを過剰摂取した者は、ある意味、脳の奇形を引き起こしてその名の通り『恐れ知らず』となる。通常の人間なら当然ある筈の力の抑制も外れるから、この通りよ」
と、女は結び目を作ったフォークを持ち上げ、投げ捨てた。
「わたしが調べた時には八千九百名中七名の『恐れ知らす』が出現した、そう記録にあったわ。わたしや他の檻の人たちは失敗作ね。でも処分するには勿体ない程度の失敗作よ」
「じゃあ、巷を騒がせている連続企業殺人は……?」
「フランセル総合医薬品工業がD・Nを半ば完成させたってことかしら。リミッタの外れた超人的な力までは発現しないけれど、殺人や人を害することに対して忌避の感情や抑制が外れる……それを投与された者が事件を起こしているんだと思うわ」
「貴女は何でそんなことまで知ってるんですか?」
「わたし、死産として扱われて戸籍を持ってないの。母親にも会ったことがない。ずっと病院とこのラボの中。外の世界を見たくて、自由になりたくて、でも使いでの無い成り損ないの『恐れ知らず』はずっと飼い殺しで……外に飛び出してフランセルと某大国の悪行を公表してやりたかった。だからこっそり調べたのよ」
「そっか。それで?」
「捕まって、終わり。それだけよ」
歌でも歌うかのように淡々と語った女は、肩を竦めて哀しい話を締めた。
そこで今度はレイフが訊く。
「グリーンディフェンダーを知っているか?」
「グリーン……ええ、某大国の軍の人たちが話していたのを聞いたことがあるわ」
霧島と京哉、それにレイフは素早く目配せする。女に先を促した。
「彼らはここで生まれた『恐れ知らず』たちをグリーンディフェンダーに送り込んではテストさせている。もし『使えるレヴェル』なら某大国の特殊部隊入りね。わたしが投与されたのと同じ、初期の頃の『D・N』成功例は殆ど軍入りしたらしいわ。今の即席『D・N』では使い捨ての殺人要員しか生み出せないから皆、警察に捕まっているみたいだけれど」
「なるほど。セロルトキシンが日本の研究で『シンハの土』として挙がったのか」
「じゃあ、グラチェフコーポレーションも知っていますか?」
片言英語の京哉の問いに女は長い髪を弄りながら頷いた。
「よくアキーム=グラチェフ社長がラボに訪ねてきていたわ。ラボに出資しているみたいね。わたしも何度か所長室に呼ばれて見せ物にされたもの」
三人は溜息をつく。これでグリーンディフェンダー、フランセル総合医薬品工業、グラチェフコーポレーション、ジェローム=ビアス議員が一直線に繋がった。
グラチェフはフランセルに命じ、フランセルはグリーンディフェンダーに命じてグラチェフのライバル企業トップを殺させていたのだろう。化学コンビナート建設に立候補する際にも競合他社は少ない方がいい。
ついでにフランセルは自社栽培の『恐れ知らず』、もしくはD・Nそのものを某大国の軍に売り込めて一石二鳥という訳だ。
「それにしても貴女、ずっとここにいる割には色々知ってますね」
「閉じ込められる前は多少自由もあったもの。それにここにもTVくらいあるわ」
背後のベッドの方を女は目で示す。見えないがTVが置かれているようだ。
「日本には某大国経由でD・Nが持ち込まれたのかも知れませんね」
「グリーンディフェンダーが密輸したのかも知れんしな」
「でもまさか某大国の軍が人体実験して人間兵器を作ってるなんてね」
ふと二人が傍の男を見上げると、レイフは茶色い目を細めて何かに耐えるような表情をしていた。復讐すべき相手が明確になったと同時に輪郭がぼやけるほど広がってしまったのだ。何処まで殺せば終わるのか、果てしないまでに……。
唐突に女が透明のドアに縋った。
「お願い、わたしも一緒に外に連れて行って!」
女に証言させれば全てを一挙に叩ける、そう考えたのはレイフだけではなかった。だがそのとき、フロアの出入り口に人の気配が殺到した。
自動ドアが開く。撃発音と共に数発が檻の鉄棒で跳弾して火花を散らした。ほぼ同時に霧島と京哉、レイフは銃を引き抜きざま発砲。複数の人影は廊下の角に頭を引っ込めた。ドアの方に神経と銃口を向けたまま、京哉が女に訊いた。
「貴女、名前は?」
「コーディ、コーディよ!」
「きっと出してあげる、それまで待ってて!」
「お願い、置いて行かないで!」
コーディを連れては脱出できない、また火線が襲ってくる。狙いを定めさせないよう、三人は続けざまに撃つ。男の呻き声が響く。撃ちながら霧島が叫んだ。
「突破するぞ!」
「僕が出ます! 忍さん、レイフ、援護して下さい!」
可能な限り霧島に人を撃たせたくなくて、京哉は腕で顔を庇いつつ走った。その身を掠めるように霧島とレイフが撃つ。
三秒掛からず出入り口に辿り着いた京哉は二人の警備員に九ミリパラを叩き込む。残った一人に足払いを掛けて腹に一発ぶち込んだ。
「いいです、来て下さい!」
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