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第19話
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「ユーフェ、もしかして貴女、足が痛いんじゃない?」
「痛いわよ、もう泣きたいわ!」
履いているのはハイヒールだ。そのストッキングに包まれた伸びやかな足は少々むくんでいるようにも見える。
「中に入れば休める所もあるだろうけど、貴女はどうするの?」
暫しユーフェは迷っているようだった。その表情は一変して真剣である。
そんなユーフェにハイファは手を差し出した。
「シドと喧嘩しないなら一緒においでよ。きっと面白いものが見られるから」
「面白いものって?」
「それは見てのお楽しみ。喧嘩しないなら二人でエスコートしてあげるから。ねえ、シド?」
初志貫徹するド根性は割と気に入り、シドも武士の情けで頷いてやる。
「どうすんだ、俺たちは入るぞ」
「……待って。あたしも行くわ」
笑えば相当の美人なのだ、それもナイスバディの。元々、いや、現在もストレート性癖を標榜するシドもエスコートするのにやぶさかではない。左腕を差し出す。
「足が痛いなら掴まってろ。但し、俺たちの仕事を邪魔するなよ」
「仕事って何をしてるの?」
「惑星警察の刑事だが、今は休暇中だ」
「休暇なのに仕事?」
「駆り出されてパートタイムだ、無給のな」
「なあに、それ? 変なの」
シドとハイファに挟まれて二人の腕に縋り、エスコートされるユーフェはまんざらでもない様子だ。頬を紅潮させ目を輝かせている。
「では、中にどうぞ、お姫様」
芝居がかったハイファの科白にユーフェはクスクスと笑った。
そうして三人はセンサ感知して開いたオートドアからカジノへと足を踏み入れた。意外な静けさは三歩まで、四歩目でさざ波のように音が復活し、五歩目でそれは三人の耳を聾せんばかりに押し包んだ。
「音声キャンセラ素子でも埋めてあったのかもね」
「防音フィールド発生装置かも知れんな」
機器の作動音や人々のざわめき、アップテンポのフロアミュージックなどに負けず、シドとハイファも大声を出す。そうでなければ聞こえない。
カジノの入り口に立った三人は広い広いフロアを見渡した。
金色の粉が舞う中に熱帯魚が揺らめいている、シドはそんな印象を抱いた。
床は毛足の短い赤絨毯が敷き詰められ、高い天井には大型で精緻な作りのシャンデリアが二桁も下がって虹色の光を投げていた。
その光のシャワーを浴びている人間の八割方が盛装している。男はタキシードかダークスーツで色鮮やかなカクテルドレスのご婦人たちを一層引き立てていた。まるで上流階級者の社交場といった雰囲気だ。
フロア中央にはルーレットの賭け台が並び、囲んだ人々が勝負を愉しんでいる。
他に目立つのはブラックジャックやポーカーなどのカードゲーム台で、動いているのはハンパな額ではないのか、たびたびオーディエンスがどよめく。
もっと大金が動くバカラなどは見当たらず、次の間か上階にあるのだろう。
そんなスリルに身を浸さずとも遊べるように壁沿いには少額から賭けられるスロットマシンがずらりと並べられている。ゲーム機を相手に一喜一憂する人々の中には普段着の旅行者らしき人影もあるが、これはこれでカモなのかも知れない。
フロアのコーナー三ヶ所にはバーカウンターがしつらえられていて、人々がグラスを揺らしながらスツールで穏やかに疲れを癒していた。
「ロニアに勝るとも劣らずじゃない?」
「首都のコーヨウは淋しげだったが、連中はこういう遊びをしてたんだな」
「かも知れないね。じゃあそろそろ始めてよ」
「博打は好きじゃねぇんだがな」
「博打みたいな人生だもんねえ」
「分かってるなら、こういう方法はナシにしてぇんだが」
「まあ、そう言わずに。仕事だと思って、ほら」
急かされてシドはしぶしぶ壁際のスロットマシンの一台に近づいた。リモータから三十クレジットを移してレバーを引く。デジタル映像の数字や絵柄が下方に流れてゆくのを三つのボタンを適当に押して止めた。チェリーが揃いもう一度レバーを引く。
次にボタンを押すと7が三つ揃った。三十クレジットが三万クレジットに化けた。
「きゃあっ、シド、すごいじゃない!」
「ユーフェ、見ててごらん。こんなモノじゃないんだから」
「つーか、この機械がおかしいんじゃねぇのか?」
首を捻りつつ驚異の確率男は二度目の7を揃えている。刑事の給料一ヶ月分を十五分足らずで吐き出させ、次の台に移った。
「ねえねえ、どうやってるのよ、シド。種明かししてくれないの?」
「種があったら芽が出る前に捻り潰してるさ」
「あっ、また揃ったわ! すごい、すごい!」
手を叩いて喜ぶユーフェは、どうやら何かのトリックがあると思い込んでいるようだ。賑やかにはしゃぎながらもシドの一挙一動を食い入るように見つめている。
トリックがあるのならどんなに楽な人生だろうか、誰か見破ってくれよとシドはリモータに払い戻しの三万クレジットを受けながら投げやりにまたレバーを引いた。
「やればやるほど気分が悪くなるのは何でだろうな?」
「急に厭世的にならないでよ。羽振りのいいとこを見せなきゃ」
「今、共有ドライヴに嫌な単語が流れ込んできたんだが」
「気のせい、気のせい。次、行こうよ、次!」
嫌気が差し始めた自分を鼓舞するためにハイファがわざとらしいテンションの高さを維持しているのにもシドは妙な疲れを感じる。だがこれもミカエルティアーズ工場への迂遠な第一歩と思えばこそ手元はせっせとクレジット生産機を操作するのだ。
「痛いわよ、もう泣きたいわ!」
履いているのはハイヒールだ。そのストッキングに包まれた伸びやかな足は少々むくんでいるようにも見える。
「中に入れば休める所もあるだろうけど、貴女はどうするの?」
暫しユーフェは迷っているようだった。その表情は一変して真剣である。
そんなユーフェにハイファは手を差し出した。
「シドと喧嘩しないなら一緒においでよ。きっと面白いものが見られるから」
「面白いものって?」
「それは見てのお楽しみ。喧嘩しないなら二人でエスコートしてあげるから。ねえ、シド?」
初志貫徹するド根性は割と気に入り、シドも武士の情けで頷いてやる。
「どうすんだ、俺たちは入るぞ」
「……待って。あたしも行くわ」
笑えば相当の美人なのだ、それもナイスバディの。元々、いや、現在もストレート性癖を標榜するシドもエスコートするのにやぶさかではない。左腕を差し出す。
「足が痛いなら掴まってろ。但し、俺たちの仕事を邪魔するなよ」
「仕事って何をしてるの?」
「惑星警察の刑事だが、今は休暇中だ」
「休暇なのに仕事?」
「駆り出されてパートタイムだ、無給のな」
「なあに、それ? 変なの」
シドとハイファに挟まれて二人の腕に縋り、エスコートされるユーフェはまんざらでもない様子だ。頬を紅潮させ目を輝かせている。
「では、中にどうぞ、お姫様」
芝居がかったハイファの科白にユーフェはクスクスと笑った。
そうして三人はセンサ感知して開いたオートドアからカジノへと足を踏み入れた。意外な静けさは三歩まで、四歩目でさざ波のように音が復活し、五歩目でそれは三人の耳を聾せんばかりに押し包んだ。
「音声キャンセラ素子でも埋めてあったのかもね」
「防音フィールド発生装置かも知れんな」
機器の作動音や人々のざわめき、アップテンポのフロアミュージックなどに負けず、シドとハイファも大声を出す。そうでなければ聞こえない。
カジノの入り口に立った三人は広い広いフロアを見渡した。
金色の粉が舞う中に熱帯魚が揺らめいている、シドはそんな印象を抱いた。
床は毛足の短い赤絨毯が敷き詰められ、高い天井には大型で精緻な作りのシャンデリアが二桁も下がって虹色の光を投げていた。
その光のシャワーを浴びている人間の八割方が盛装している。男はタキシードかダークスーツで色鮮やかなカクテルドレスのご婦人たちを一層引き立てていた。まるで上流階級者の社交場といった雰囲気だ。
フロア中央にはルーレットの賭け台が並び、囲んだ人々が勝負を愉しんでいる。
他に目立つのはブラックジャックやポーカーなどのカードゲーム台で、動いているのはハンパな額ではないのか、たびたびオーディエンスがどよめく。
もっと大金が動くバカラなどは見当たらず、次の間か上階にあるのだろう。
そんなスリルに身を浸さずとも遊べるように壁沿いには少額から賭けられるスロットマシンがずらりと並べられている。ゲーム機を相手に一喜一憂する人々の中には普段着の旅行者らしき人影もあるが、これはこれでカモなのかも知れない。
フロアのコーナー三ヶ所にはバーカウンターがしつらえられていて、人々がグラスを揺らしながらスツールで穏やかに疲れを癒していた。
「ロニアに勝るとも劣らずじゃない?」
「首都のコーヨウは淋しげだったが、連中はこういう遊びをしてたんだな」
「かも知れないね。じゃあそろそろ始めてよ」
「博打は好きじゃねぇんだがな」
「博打みたいな人生だもんねえ」
「分かってるなら、こういう方法はナシにしてぇんだが」
「まあ、そう言わずに。仕事だと思って、ほら」
急かされてシドはしぶしぶ壁際のスロットマシンの一台に近づいた。リモータから三十クレジットを移してレバーを引く。デジタル映像の数字や絵柄が下方に流れてゆくのを三つのボタンを適当に押して止めた。チェリーが揃いもう一度レバーを引く。
次にボタンを押すと7が三つ揃った。三十クレジットが三万クレジットに化けた。
「きゃあっ、シド、すごいじゃない!」
「ユーフェ、見ててごらん。こんなモノじゃないんだから」
「つーか、この機械がおかしいんじゃねぇのか?」
首を捻りつつ驚異の確率男は二度目の7を揃えている。刑事の給料一ヶ月分を十五分足らずで吐き出させ、次の台に移った。
「ねえねえ、どうやってるのよ、シド。種明かししてくれないの?」
「種があったら芽が出る前に捻り潰してるさ」
「あっ、また揃ったわ! すごい、すごい!」
手を叩いて喜ぶユーフェは、どうやら何かのトリックがあると思い込んでいるようだ。賑やかにはしゃぎながらもシドの一挙一動を食い入るように見つめている。
トリックがあるのならどんなに楽な人生だろうか、誰か見破ってくれよとシドはリモータに払い戻しの三万クレジットを受けながら投げやりにまたレバーを引いた。
「やればやるほど気分が悪くなるのは何でだろうな?」
「急に厭世的にならないでよ。羽振りのいいとこを見せなきゃ」
「今、共有ドライヴに嫌な単語が流れ込んできたんだが」
「気のせい、気のせい。次、行こうよ、次!」
嫌気が差し始めた自分を鼓舞するためにハイファがわざとらしいテンションの高さを維持しているのにもシドは妙な疲れを感じる。だがこれもミカエルティアーズ工場への迂遠な第一歩と思えばこそ手元はせっせとクレジット生産機を操作するのだ。
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