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第49話(エピローグ)

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 細い躰を背後から抱き締めたシドは、ハイファの少し速い呼吸と鼓動を聴いていた。衣服も着けない慣れた肌がしっとりと吸い付くように馴染んで、酷く心地いい。

 密着した躰を通してハイファの声が伝わる。

「本当に熱は下がったみたいだね」
「だろ? 俺にはお前が薬だからな」
「そっか、そうだね。でも暫く熱は出るかも」
「何だよ、その予言は?」

 腕の中でハイファが振り向く。潤んだままの若草色の瞳が見上げた。

「あんまりつらいことさせちゃって、貴方って心はともかく躰は正直だから」
「何となく聞き捨てならねぇが。まあ、こうも熱ばっか出してるのも情けねぇよな」
「情けなくはないと思うけどね。それだけ負荷が掛かってるのは確かだし」
「負荷、なあ」
「この期に及んで自覚がないとか言わないよね?」

 口に出させてしまうことでストレスは軽減できる場合もある。それを狙ってハイファが言い出したのはシドにも解っていた。胸に残った傷痕を優しく指でなぞられながら考えたシドは暫しの沈黙ののちに深く溜息をついて降参する。

「合法的な殺しは随分とやってきたが、まさか親殺しになるとはな」
「ごめん。言わせといて何だけど、そんな言い方しないで」
「他に何か言い方があるのかよ?」

 首を傾げ、少し考えてからハイファは何とか言葉を捻り出した。

「ええと……そう、貴方は家族みんなを成仏させたんだよ」
「成仏って、俺もお前と同じく神も仏も信じてねぇんだがな」

「でも志都ちゃんや志尾兄さんはもう死をリピートしない。みんなも生者に干渉しないし、されない。亡霊はいなくなったんだよ。それってやっぱり成仏じゃない?」
「俺は悪霊払いのインチキ祈祷師かよ。『仏に成った』なんて胡散臭ぇ、大体、お前も言ったじゃねぇか、死んだら『無』だ、ゼロだって」

「なら貴方は間違ったことをした、そう思ってるの?」

 暫し切れ長の目を伏せ、シドはそっと首を横に振った。

「……いや」
「でしょう? 紫苑母さんだって貴方を誇りだって言ったじゃない」
「誇り、か」

 と、シドは明るい金髪の頭を抱いて胸に押し付ける。

「そういえば俺って母さんに赦して貰うよりもずっと前に赦して貰ってたんだよな」
「えっ、何それ?」
「ここで、俺とこうなる前にハイファ、お前が言ったんだぞ」

「僕が……?」
「小さくても戦ってちゃんと自分の命を護ったんだって、お前が言ってくれたんだ」
「ああ、そっか。そうだったね」

 それは初めて組んだ事件のさなか、ハイファが暗殺者に射たれる前夜だった。

 怪我の痛みを紛らわせようとシドは薬屋から没収した違法ドラッグに手を出し、バッドトリップした挙げ句に例の悪夢を視て初めてハイファの前で泣いたのだ。
 まさかのシドの涙は男のプライドのために無かったことにしていたので、すっかりハイファも自身の言動を忘れてしまっていたのだった。

 柔らかな若草色の瞳にシドは笑んで見せる。ポーカーフェイスながらハイファにだけ分かる微笑みだ。そして細い躰に巻きつけた両腕に力を込めて抱き締める。

 赦しはもうずっと、この腕の中にあったのだ。

「ハイファ……覚悟しろよ」
「だから、とっくにしてるってば」

 超至近距離で見つめ返してくるハイファの目には、先程の行為の余韻が残って潤んでいた。愛しくて堪らない存在を強く抱き締めているうちに、シドはまたも己の中に衝動が湧いてくるのを感じる。華奢な首筋に顔を埋めてキスを落とした。

 鎖骨まで唇を滑らせきつく挟んで吸い上げると、しなやかに背を反らせて――。

「……っと、くそう。いいところで発振だ」
「ん、こんな時間に、なに?」

 シドがリモータ操作し、発振内容を二人で見る。

「ダイレクトメールだ。ショッピングモールのペットショップからだな」
「ふうん。どれ――」


【ペットロスに効果抜群。あなたの可愛いワンちゃん猫ちゃんが甦る! 大事な家族を完全複製ペット・アンドロイド。サーヴィス開始、データが揃えば実現します!】


「うーん。こっちは赦しどころか、癒しにもなってないよねえ」

 シドとハイファは毛布の足許で丸くなった、気ままな三毛猫を見て溜息をついた。

                                 
                            了

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