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第48話
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「は、ハックシュン! 課長、『出張』から只今戻りました……ヘックショイ!」
増血剤と胃薬の瓶を前にヴィンティス課長はハンカチを口に当てた。
「う、ご苦労だった。だが帰ってきたその足で出勤とはどうかして……いや、もう十七時二十五分、あと五分で定時だ。今日はもういいから帰りたまえ」
体調はともかく嫌がらせ成功にシドは心で快哉を叫び、自分のデスクに着いてどっかりと椅子に腰掛け、煙草に火を点ける。ハイファが懐かしの泥水を運んできた。
「そんなに具合が悪いのにワープラグを押してまで出勤するなんて」
「俺の趣味にケチをつけるな……ハックシュン!」
「貴方の体調考えて、せっかくユーフェがゼナス製薬の宙艦で高陽宙港直行便を都合つけてくれたのにサ。早く帰れたのに寝てなきゃ一緒じゃない」
「ハックシュン、ずびび……そいつは単なる下心、結局タイタンまでくっついてきやがって、振り切っちまうまでにどれだけ俺が繊細な神経をすり減らしたと、ずびび」
「繊細ねえ。いいからもう、さっさと帰るからね。買い物もしなきゃだし」
「へいへい……ヘックショイ!」
先日来の熱に加え雨に濡れ、すっかり風邪を引いてしまったシドは他星の悪性感冒をデカ部屋に撒き散らしてからハイファにせっつかれて腰を上げた。
ちなみにハイファは宇宙を駆け巡るスパイ時代に免疫チップを躰に埋めているので風邪を引かない。シドも一度はチップを埋めたが体質に合わず弾き出してしまった。
くしゃみを連発しつつ単身者用官舎ビルまで歩き、地下ショッピングモールでもテロ並みに風邪の細菌だかウイルスだかを振り撒いて、けれど何とかノーストライクで自室へと帰り着く。
「ゲホゲホ、ゴホッ……ハイファ、晩メシは何だ? ゲホッ!」
「そんなのでちゃんと食べられるの?」
「ゲホ、ずびび……食う食う、大丈夫、ハックシュン!」
「ん、もう。大丈夫を言い張るならタマを回収してリフレッシャ浴びてきて」
ヨロヨロとシドは廊下に出て隣室のパネルの音声素子に向かって声を張り上げた。
「先生、マルチェロ先生……ヘックション! ゲホゴホ」
十秒もしないうちにドアが開けられ、マルチェロ医師がのっそりと顔を出す。
「おう、帰ってきたのか。胸の具合はどうだ?」
「お蔭様で上々だ……ハックシュン! これ、土産で、ゲホゴホ」
「ほう、シンノー星系産の煙草ですか。有難いですねえ……って、お前さん本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって……ゲホゲホ、ゴホッ、ずびび」
顔をしかめたマルチェロ医師から煙草のカートンと引き換えに、豪華尾頭付き鍋になり損ねたタマ入りキャリーバッグを受け取った。タマは猫袋から顔を出すと、ばりばりとシドの綿のシャツに爪を立てて肩に這い昇る。
「世話になった。んじゃ、またな……ゲホゲホゴホ」
「ああ、お大事に」
ヨロヨロと自室に戻り、タマに夕食の猫缶を与えてからリフレッシャを浴びた。
全身を乾かし寝室でグレイッシュホワイトのパジャマを身に着けてキッチンに出て行くと、既に夕食の準備は整っていた。いつも通りにシドはカトラリーを出してから着席する。
人間様の夕食はショートパスタのアラビアータとベーコンレタスサラダにスープだった。食してコーヒーを一杯ずつ飲むとハイファはリフレッシャを浴びに一時帰宅である。
一人になったシドはホロTVで不在中のニュースをチェックしつつ、キッチンの椅子に前後逆に腰掛けて灰皿を片手に煙草タイムだ。
珍しく機嫌のいいタマが足にじゃれついてくる。茫洋とTVを眺めているうちに紺色のパジャマを身に着けたハイファが戻ってきた。
「あっ、また吸ってる。煙は喉に悪いよ。熱はどう?」
「ん……ああ……何か、地面が揺れて――」
頬を滑らかな指で包まれてするりと撫でられた瞬間、シドの天地が逆転する。
「わっ、わあっ、シド!」
物凄い音が湧いた。シドは椅子ごと引っ繰り返っていた。タマが驚いてすっ飛んで逃げた。すんでのところで煙草と灰皿をキャッチしたハイファが覗き込む。
「ちょっと、シド、大丈夫?」
「……に、見えるか?」
「見えないよ。うわあ、すんごい熱じゃない。何で言わないのサ! 全くもう!」
寝室に連行され、ベッドに寝かしつけられて毛布をキッチリ被せられる。ファーストエイドキットからハイファが体温計の試験紙を出し、シドの口に突っ込んだ。
「うーん、また四十度クラスだよ。ちょっと待ってて」
踵を返そうとするハイファの上衣の裾をシドは掴む。
「離して。風邪薬も効かないんだから、マルチェロ先生に点滴貰ってくるよ」
「一番効く薬はお前が持ってるだろうが」
「またそんな、根本的な解決に……や、あっ!」
細い腰に腕を巻き付けて引き寄せ、シドはハイファをベッドに引きずり込んだ。
のしかかり、襟元から覗いた肩口に顔を埋める。抗う手を軽くいなし、華奢な鎖骨から耳の下までを舐め上げた。口づけ柔らかな舌を吸い上げる頃には抵抗も止む。
「んっ……シド、だめっ! 今日こそ僕がしてあげるんだから!」
増血剤と胃薬の瓶を前にヴィンティス課長はハンカチを口に当てた。
「う、ご苦労だった。だが帰ってきたその足で出勤とはどうかして……いや、もう十七時二十五分、あと五分で定時だ。今日はもういいから帰りたまえ」
体調はともかく嫌がらせ成功にシドは心で快哉を叫び、自分のデスクに着いてどっかりと椅子に腰掛け、煙草に火を点ける。ハイファが懐かしの泥水を運んできた。
「そんなに具合が悪いのにワープラグを押してまで出勤するなんて」
「俺の趣味にケチをつけるな……ハックシュン!」
「貴方の体調考えて、せっかくユーフェがゼナス製薬の宙艦で高陽宙港直行便を都合つけてくれたのにサ。早く帰れたのに寝てなきゃ一緒じゃない」
「ハックシュン、ずびび……そいつは単なる下心、結局タイタンまでくっついてきやがって、振り切っちまうまでにどれだけ俺が繊細な神経をすり減らしたと、ずびび」
「繊細ねえ。いいからもう、さっさと帰るからね。買い物もしなきゃだし」
「へいへい……ヘックショイ!」
先日来の熱に加え雨に濡れ、すっかり風邪を引いてしまったシドは他星の悪性感冒をデカ部屋に撒き散らしてからハイファにせっつかれて腰を上げた。
ちなみにハイファは宇宙を駆け巡るスパイ時代に免疫チップを躰に埋めているので風邪を引かない。シドも一度はチップを埋めたが体質に合わず弾き出してしまった。
くしゃみを連発しつつ単身者用官舎ビルまで歩き、地下ショッピングモールでもテロ並みに風邪の細菌だかウイルスだかを振り撒いて、けれど何とかノーストライクで自室へと帰り着く。
「ゲホゲホ、ゴホッ……ハイファ、晩メシは何だ? ゲホッ!」
「そんなのでちゃんと食べられるの?」
「ゲホ、ずびび……食う食う、大丈夫、ハックシュン!」
「ん、もう。大丈夫を言い張るならタマを回収してリフレッシャ浴びてきて」
ヨロヨロとシドは廊下に出て隣室のパネルの音声素子に向かって声を張り上げた。
「先生、マルチェロ先生……ヘックション! ゲホゴホ」
十秒もしないうちにドアが開けられ、マルチェロ医師がのっそりと顔を出す。
「おう、帰ってきたのか。胸の具合はどうだ?」
「お蔭様で上々だ……ハックシュン! これ、土産で、ゲホゴホ」
「ほう、シンノー星系産の煙草ですか。有難いですねえ……って、お前さん本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって……ゲホゲホ、ゴホッ、ずびび」
顔をしかめたマルチェロ医師から煙草のカートンと引き換えに、豪華尾頭付き鍋になり損ねたタマ入りキャリーバッグを受け取った。タマは猫袋から顔を出すと、ばりばりとシドの綿のシャツに爪を立てて肩に這い昇る。
「世話になった。んじゃ、またな……ゲホゲホゴホ」
「ああ、お大事に」
ヨロヨロと自室に戻り、タマに夕食の猫缶を与えてからリフレッシャを浴びた。
全身を乾かし寝室でグレイッシュホワイトのパジャマを身に着けてキッチンに出て行くと、既に夕食の準備は整っていた。いつも通りにシドはカトラリーを出してから着席する。
人間様の夕食はショートパスタのアラビアータとベーコンレタスサラダにスープだった。食してコーヒーを一杯ずつ飲むとハイファはリフレッシャを浴びに一時帰宅である。
一人になったシドはホロTVで不在中のニュースをチェックしつつ、キッチンの椅子に前後逆に腰掛けて灰皿を片手に煙草タイムだ。
珍しく機嫌のいいタマが足にじゃれついてくる。茫洋とTVを眺めているうちに紺色のパジャマを身に着けたハイファが戻ってきた。
「あっ、また吸ってる。煙は喉に悪いよ。熱はどう?」
「ん……ああ……何か、地面が揺れて――」
頬を滑らかな指で包まれてするりと撫でられた瞬間、シドの天地が逆転する。
「わっ、わあっ、シド!」
物凄い音が湧いた。シドは椅子ごと引っ繰り返っていた。タマが驚いてすっ飛んで逃げた。すんでのところで煙草と灰皿をキャッチしたハイファが覗き込む。
「ちょっと、シド、大丈夫?」
「……に、見えるか?」
「見えないよ。うわあ、すんごい熱じゃない。何で言わないのサ! 全くもう!」
寝室に連行され、ベッドに寝かしつけられて毛布をキッチリ被せられる。ファーストエイドキットからハイファが体温計の試験紙を出し、シドの口に突っ込んだ。
「うーん、また四十度クラスだよ。ちょっと待ってて」
踵を返そうとするハイファの上衣の裾をシドは掴む。
「離して。風邪薬も効かないんだから、マルチェロ先生に点滴貰ってくるよ」
「一番効く薬はお前が持ってるだろうが」
「またそんな、根本的な解決に……や、あっ!」
細い腰に腕を巻き付けて引き寄せ、シドはハイファをベッドに引きずり込んだ。
のしかかり、襟元から覗いた肩口に顔を埋める。抗う手を軽くいなし、華奢な鎖骨から耳の下までを舐め上げた。口づけ柔らかな舌を吸い上げる頃には抵抗も止む。
「んっ……シド、だめっ! 今日こそ僕がしてあげるんだから!」
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