37 / 49
第37話
しおりを挟む
「そう単純な問題じゃないんだよ。それに例えば死なない人は死刑も長期刑も怖がらないでしょ。そうしたら犯罪は増える一方だよ」
「あー、そいつは困るかもな。でもそれに即した労働刑にでもすればいいだろ?」
「まあね。でも全体的に見てやっぱりショートサイクルで生きてきたテラ人に、アンドロイド社会は受け入れられざるモノなんだよ」
「ショートサイクルだとだめなのかよ?」
「うーん……ショートサイクルのテラ人が、アマンダが言うところの『魂』をアンドロイドに載せ替え始めるとどうなると思う?」
「アンドロイドは長命だからな、どんどん比率は高くなっていくよな」
「でしょう? そうするとアンドロイドの絶対数は多くなっていくよね? そうなると新しく生まれてくるテラ人が少なくなるじゃない?」
「まあ、アンドロイド同士で子供を作れないなら、そうなるな」
「そうすると社会の発展性がなくなるんだよ。これはどんな動物社会にも共通する決定事項だから、どうしてって訊かれても困るんだけど」
シドはまた煙草に火を点けながら考える。確かにそうかも知れない、蟻社会だろうが象社会だろうが新たな生命の誕生なくして『より良き社会』を望み、実行に向けて行動する力は生まれないように思われた。
その力、ダイナミズムを失えば、種は進化のどん詰まりを吹き飛ばす爆薬を失ったも同然だ。
「その現象はテラ人を衰退させる。これが滅びへのシナリオだよ」
「なるほど。風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話だが、筋は通ってるかもな」
紙コップの中に目を落として呟き、シドはいきなり熱い液体を一気飲みした。コップを捻り潰し、煙草を消すと立ち上がる。
「リフレッシャ、先にいいか?」
「うん。ゆっくりしてきていいから」
バスルームにシドが消えると、ハイファはコーヒーを飲み干して紙コップをダストシュートに始末し、寝室でショルダーバッグからシドの着替えを出した。下着と綿のシャツをバスルーム前のダートレスに置いてドア越しに声を掛ける。
「ねえ、洗浄液は入ってる?」
「ん、大丈夫みたいだぞ」
どうやらコンビニまで走らずに済んだようだ。
寝室のベッドには滅菌パックされた毛布とシーツが積まれていて、開封すると軍隊仕込みのベッドメイキングをして納得する。クローゼットから出したハンガーに二人分のジャケットを掛け、ロウテーブルにレールガンとテミスコピーを並べた。
あれこれと動いたのち、二人掛けソファに腰を下ろすとショルダーバッグから銃の整備用具を引っ張り出す。撃ってしまったので愛銃の分解清掃だ。
フィールドストリッピングという簡易分解をし、ニトロソルベントで銃口通しをしてパーツにガンオイルを吹きつける。硝煙やスラッグという金属屑を丁寧に拭い取った。隙を見つけてやっておかねば、ときに命に関わる。
このように旧式銃は維持管理に手間が掛かるが、馴染んだものは手放しがたい。
納得して組み上げホルスタに収めるとシドが出てきて交代だ。
「冷蔵庫にジンジャーエールが入ってるから。お腹空いたらお菓子もあるからね」
「ん、了解」
夕食も進まなかったシドが早速キッチンで冷蔵庫を漁り始めるのを見て安心し、ハイファはバスルームに向かう。脱いだものをシドの分と一緒にしてダートレスの洗剤を確認してからスイッチを入れ、バスルームでリフレッシャを浴びた。
ドライモードで全身を乾かし、ドレスシャツと下着だけ身に着けて居間に戻ると、シドは半分に減らした保冷ボトルを前にして毛布にくるまりホロTVを眺めていた。見れば煙草も吸っていないのは珍しい現象だ。
「そんなに寒ければエアコン調節して……シド、貴方もしかして?」
後ろから片手で長めの前髪をかき上げ片手を額に当てた。それだけでシドはズルズルと二人掛けソファに崩れ落ちる。
「ちょっと貴方、酷い熱じゃない! 何で言わないのサ!?」
病室でなく居住区にしたのは間違いだったかと後悔したがもう遅い。シドは高熱を発しながらも白い顔をしてハイファを見上げた。荒い息をつきながらポーカーフェイスの中にもハイファにだけ分かる笑みを浮かべて見せる。
「平気、平気」
「そんなに寒気までしてて、平気じゃないでしょう! 冷凍庫に氷もないし、どうしよう?」
「大丈夫だって。たぶん知恵熱だ」
「知恵熱って、そんな……」
「昔から家族みんなに笑われてさ。バカが真面目に考えると熱、出しやがるって」
「貴方、スキップして十六でポリアカ入ったくらいだもん、バカじゃないよ」
などとまともに返しつつ、部屋の中を探るも所定の位置にファーストエイドキットはなかった。仕方なく毛布ごと支えてベッドにシドをつれて行く。
素直に横になったシドは潤んだ切れ長の黒い目をハイファに向けた。その目はハイファを通してもっと遠く大きな何かに向けられているようだった。
ふと若草色の瞳から目を逸らし、独白のように口にする。
「アンドロイドになりたくてなるんじゃねぇ、普通の一生でいいから欲しい……そういう奴に与えることさえもだめなのか?」
「それは――」
「喩え本物でも再生は罪なのか? 特例は認められねぇのか? 事故だったんだ……いきなり人生ぶった切られて、兄貴は八歳、志都は四歳だったんだ」
「……そっか」
「志尾兄貴は俺より正義感が強かった。何でも自分の目で確かめなきゃ気が済まなくて、それで真っ先にあんなことになっちまって……兄貴の夢は警察官だった――」
「そう、だったんだ……」
「志都はダキノカとやらの蔓で絞め殺されるために生まれてきたのか? あの牙で引き裂かれるための四年の命だったのか?」
「……」
「アキラ叔父は本星に帰ったら結婚する筈だった。親父の最期の言葉知ってるか?『じゃあ』って……『じゃあ』って何だよそれは……チクショウ!」
「……シド」
「俺は母さんの言ったことを何ひとつ護れなかった。一生、謝れねぇと思ってた。だから明日は謝って……あの指でもう一度、撫でて貰えたら……くそう、何言ってんだ俺は――」
「シド、分かったから、もう眠って」
「母さんと父さんに会えた、明日みんなに会える……なのに何で俺は、あの九十二時間の続きみたいな気分になってんだよ?」
「シド、もう……」
「俺はもう一度家族を殺すためにこんな星にきたのかよ!?」
誰にともなく訴えるシドに、ハイファは掛ける言葉もなく黙り込んだ。
何事かを考え続けていたシドは悟っていたのだ、別室が単にミカエルティアーズの流通ルートを潰すためだけに自分たちを送り込んだのではないことを。
「あー、そいつは困るかもな。でもそれに即した労働刑にでもすればいいだろ?」
「まあね。でも全体的に見てやっぱりショートサイクルで生きてきたテラ人に、アンドロイド社会は受け入れられざるモノなんだよ」
「ショートサイクルだとだめなのかよ?」
「うーん……ショートサイクルのテラ人が、アマンダが言うところの『魂』をアンドロイドに載せ替え始めるとどうなると思う?」
「アンドロイドは長命だからな、どんどん比率は高くなっていくよな」
「でしょう? そうするとアンドロイドの絶対数は多くなっていくよね? そうなると新しく生まれてくるテラ人が少なくなるじゃない?」
「まあ、アンドロイド同士で子供を作れないなら、そうなるな」
「そうすると社会の発展性がなくなるんだよ。これはどんな動物社会にも共通する決定事項だから、どうしてって訊かれても困るんだけど」
シドはまた煙草に火を点けながら考える。確かにそうかも知れない、蟻社会だろうが象社会だろうが新たな生命の誕生なくして『より良き社会』を望み、実行に向けて行動する力は生まれないように思われた。
その力、ダイナミズムを失えば、種は進化のどん詰まりを吹き飛ばす爆薬を失ったも同然だ。
「その現象はテラ人を衰退させる。これが滅びへのシナリオだよ」
「なるほど。風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話だが、筋は通ってるかもな」
紙コップの中に目を落として呟き、シドはいきなり熱い液体を一気飲みした。コップを捻り潰し、煙草を消すと立ち上がる。
「リフレッシャ、先にいいか?」
「うん。ゆっくりしてきていいから」
バスルームにシドが消えると、ハイファはコーヒーを飲み干して紙コップをダストシュートに始末し、寝室でショルダーバッグからシドの着替えを出した。下着と綿のシャツをバスルーム前のダートレスに置いてドア越しに声を掛ける。
「ねえ、洗浄液は入ってる?」
「ん、大丈夫みたいだぞ」
どうやらコンビニまで走らずに済んだようだ。
寝室のベッドには滅菌パックされた毛布とシーツが積まれていて、開封すると軍隊仕込みのベッドメイキングをして納得する。クローゼットから出したハンガーに二人分のジャケットを掛け、ロウテーブルにレールガンとテミスコピーを並べた。
あれこれと動いたのち、二人掛けソファに腰を下ろすとショルダーバッグから銃の整備用具を引っ張り出す。撃ってしまったので愛銃の分解清掃だ。
フィールドストリッピングという簡易分解をし、ニトロソルベントで銃口通しをしてパーツにガンオイルを吹きつける。硝煙やスラッグという金属屑を丁寧に拭い取った。隙を見つけてやっておかねば、ときに命に関わる。
このように旧式銃は維持管理に手間が掛かるが、馴染んだものは手放しがたい。
納得して組み上げホルスタに収めるとシドが出てきて交代だ。
「冷蔵庫にジンジャーエールが入ってるから。お腹空いたらお菓子もあるからね」
「ん、了解」
夕食も進まなかったシドが早速キッチンで冷蔵庫を漁り始めるのを見て安心し、ハイファはバスルームに向かう。脱いだものをシドの分と一緒にしてダートレスの洗剤を確認してからスイッチを入れ、バスルームでリフレッシャを浴びた。
ドライモードで全身を乾かし、ドレスシャツと下着だけ身に着けて居間に戻ると、シドは半分に減らした保冷ボトルを前にして毛布にくるまりホロTVを眺めていた。見れば煙草も吸っていないのは珍しい現象だ。
「そんなに寒ければエアコン調節して……シド、貴方もしかして?」
後ろから片手で長めの前髪をかき上げ片手を額に当てた。それだけでシドはズルズルと二人掛けソファに崩れ落ちる。
「ちょっと貴方、酷い熱じゃない! 何で言わないのサ!?」
病室でなく居住区にしたのは間違いだったかと後悔したがもう遅い。シドは高熱を発しながらも白い顔をしてハイファを見上げた。荒い息をつきながらポーカーフェイスの中にもハイファにだけ分かる笑みを浮かべて見せる。
「平気、平気」
「そんなに寒気までしてて、平気じゃないでしょう! 冷凍庫に氷もないし、どうしよう?」
「大丈夫だって。たぶん知恵熱だ」
「知恵熱って、そんな……」
「昔から家族みんなに笑われてさ。バカが真面目に考えると熱、出しやがるって」
「貴方、スキップして十六でポリアカ入ったくらいだもん、バカじゃないよ」
などとまともに返しつつ、部屋の中を探るも所定の位置にファーストエイドキットはなかった。仕方なく毛布ごと支えてベッドにシドをつれて行く。
素直に横になったシドは潤んだ切れ長の黒い目をハイファに向けた。その目はハイファを通してもっと遠く大きな何かに向けられているようだった。
ふと若草色の瞳から目を逸らし、独白のように口にする。
「アンドロイドになりたくてなるんじゃねぇ、普通の一生でいいから欲しい……そういう奴に与えることさえもだめなのか?」
「それは――」
「喩え本物でも再生は罪なのか? 特例は認められねぇのか? 事故だったんだ……いきなり人生ぶった切られて、兄貴は八歳、志都は四歳だったんだ」
「……そっか」
「志尾兄貴は俺より正義感が強かった。何でも自分の目で確かめなきゃ気が済まなくて、それで真っ先にあんなことになっちまって……兄貴の夢は警察官だった――」
「そう、だったんだ……」
「志都はダキノカとやらの蔓で絞め殺されるために生まれてきたのか? あの牙で引き裂かれるための四年の命だったのか?」
「……」
「アキラ叔父は本星に帰ったら結婚する筈だった。親父の最期の言葉知ってるか?『じゃあ』って……『じゃあ』って何だよそれは……チクショウ!」
「……シド」
「俺は母さんの言ったことを何ひとつ護れなかった。一生、謝れねぇと思ってた。だから明日は謝って……あの指でもう一度、撫でて貰えたら……くそう、何言ってんだ俺は――」
「シド、分かったから、もう眠って」
「母さんと父さんに会えた、明日みんなに会える……なのに何で俺は、あの九十二時間の続きみたいな気分になってんだよ?」
「シド、もう……」
「俺はもう一度家族を殺すためにこんな星にきたのかよ!?」
誰にともなく訴えるシドに、ハイファは掛ける言葉もなく黙り込んだ。
何事かを考え続けていたシドは悟っていたのだ、別室が単にミカエルティアーズの流通ルートを潰すためだけに自分たちを送り込んだのではないことを。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
基本中の基本
黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。
もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる