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第32話
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いつの間にかシドがハイファの腕を強く掴んでいた。
「アマンダ、まさかこいつは……?」
「ええ、そうね。民間交易宙艦スザク号から回収した個体よ」
「こいつが……こいつが志都を、みんなを食ったのかよっ……!?」
絞り出すような声に、ハイファは自分の腕を掴んだシドの左手を撫でる。どうしてこんな所でこんなつらい過去を突き付けられねばならないのか。理不尽な偶然をハイファは恨む。
「これほど完全に動体化した個体は珍しい。だから是非とも欲しいサンプルだった」
「あの種がこうなることを予測していた、そう言うのか?」
「そこまでじゃないわ。ニュースが流れてから当時の研究者たちも気付いたの。事故のあとスザク号の探査が行われるまで時間があった、その間に回収したと聞いてる」
本当なのかどうかは疑わしく反論は幾らでもできるように思われたが、シドがアマンダを絞め殺さないためにも、ここは信用するしかなかった。銃を持たせなかった判断は正解、レールガンが手許にあったらシドは必ずやダキノカに向けて全弾発射していただろう。
「見て欲しいのはあそこ、白っぽい球体があるの、分かるかしら?」
太い蔓の先の二ヶ所にバスケットボールくらいのものが白く膨らんで光を反射している。腕にシドの指先が食い込むのを意識しながらハイファが訊いた。
「あれは……実?」
「そう、子実体ね。あれが食べた者の個性を再生する、メモリバンクよ」
「個性……メモリバンク?」
「今は分からなくてもいいわ。これ以上の刺激は拙いわね、閉めましょう」
アマンダがシャッターを閉めると、ハイファは知らず溜息をついていた。あまりに禍々しいものを目にしただけでなくシドが腕を握った力を緩めたからだ。そのシドの様子を窺うと、ポーカーフェイスは戻っていたが顔色は悪かった。当然だ。
通路を戻りながら先を行くアマンダにハイファは訊いてみる。
「十八年間もああやって飼ってて、まさかエサとかはやってるの?」
「それについても今はパスさせて頂戴。ううん、すぐに答えはあげるから」
別にエサ、イコール人間だと思った訳ではないが、動物以上に獰猛なあれが十八年間も空腹でいられる筈がないという気がしたのだ。
スライドロードに乗って第六研究所内に戻り、廊下を辿ってエレベーターで移動する。更に歩いて目的の部屋に着くまでの間、ハイファは様々な思いが渦巻いているであろうシドに言葉をかけあぐね、シドも無言を押し通した。
到着したのは三階の一室で、視聴覚室とでもいった雰囲気の端末付き長机が並んだ部屋だった。窓はあったが既に陽は落ちている。だが室内はライトパネルが煌々と照らして明るすぎるくらい、エアコンも少々利きすぎのようにハイファは感じた。
その幾つも並んだ長机の最前列にアマンダは近寄ると、ふたつの端末をブートし、ホロキィボードを叩いた。これもホロのディスプレイが立ち上がる。
「ここの端末は全てスタンドアローン、何処とも接続していない独立した状態にしてあるの。個性が混じってしまわないようにね」
「個性が混じるって、まるでこの端末に個性があるみたいに言うんだね」
「ええ、そう言って差し支えないわ」
「ここにある全部がカスタマイズした端末?」
訊いたハイファに向かってアマンダは首を横に振った。
「違う、個性があるのはソフトウェアの方よ」
そう言って端末の外部メモリセクタを僅かに開けて見せる。五ミリ角のMB――メディアブロック――が一個入っていた。それが自慢のソフトウェアらしい。色からして相当高容量のデータを収められるタイプだ。
「シド、貴方に協力して欲しいのはここからよ。実際には測定機器を用意するけれど今はこれだけ見せてあげるわ。こっちにきて」
端末に向かう形でシドを椅子に座らせ、アマンダはキィ操作する。するとホロディスプレイが像を結んだ。くっきりとしたそれはアニメーションっぽくない、ごく自然な映像の女性の胸像だった。目にしたシドが身を乗り出す。
「まさか、母さん……?」
「って、本当にこれがシドのお母さんなの?」
思わずハイファは訊いたが、その胸像の女性は非常にシドと似ていて明らかに血の繋がりを感じさせた。ハイファに頷いたシドは振り返り不審そうにアマンダを見る。
「いったい何処でこんな映像を手に入れたんだよ?」
それはそうだろう。十八年前に死んだ肉親の映像が存在するなどとは、シドは知らなかった筈だ。家族のポラですらシドは持っていないのである。汎銀河レヴェルで有名なアイドルでもあるまいし、どうしてそんなモノが今までこんな所に仕舞われていたのか。
切れ長の黒い目に真っ直ぐ問われ、アマンダは宥めるような口調で言った。
「落ち着いて聞いて欲しいの。ダキノカは人を一人食べるごとにひとつの子実体を結ぶわ。その子実体は六種の塩基を持っていて、その塩基配列は食べられた人の全ての情報を再現している……容姿・体質・性格・記憶の全てをね」
黙っているシドの代わりにハイファがアマンダに訊く。
「それを読み出してソフトウェアとしてMBに収めた?」
「その通りよ」
「そんな、ありえないよ!」
「どうしてありえないなんて言えるの?」
「だってそれならそのMBは、シドのお母さんそのものってことになるじゃない!」
「わたしはそう言ってるのよ。ここにいるのは若宮紫苑、その人なのよ」
信じる信じないはさておき、ハイファは急激にアマンダへの憎しみを膨らませて青い目を睨みつけた。家族を食ったダキノカなどというつらい過去を突き付け、次にはこんな映像をシドに見せつけた挙げ句に、これがシドの母だという。
その無神経さに腹が立ったのだ。
「ふざけるのもいい加減に……この虚像に体質? おかしいじゃない!」
「勿論このインターフェイスでは限界があるわ。けれど間違いなく全ての情報がMBには入っている。シド、そこの専用フォンを使えば会話も可能よ」
言われるがままにシドはインカム型デバイスを取り上げて装着する。音声をオープンで出力するようアマンダが機器を操作した。ブルーアイがシドを促す。
「何でもいいから喋ってごらんなさい」
「アマンダ、まさかこいつは……?」
「ええ、そうね。民間交易宙艦スザク号から回収した個体よ」
「こいつが……こいつが志都を、みんなを食ったのかよっ……!?」
絞り出すような声に、ハイファは自分の腕を掴んだシドの左手を撫でる。どうしてこんな所でこんなつらい過去を突き付けられねばならないのか。理不尽な偶然をハイファは恨む。
「これほど完全に動体化した個体は珍しい。だから是非とも欲しいサンプルだった」
「あの種がこうなることを予測していた、そう言うのか?」
「そこまでじゃないわ。ニュースが流れてから当時の研究者たちも気付いたの。事故のあとスザク号の探査が行われるまで時間があった、その間に回収したと聞いてる」
本当なのかどうかは疑わしく反論は幾らでもできるように思われたが、シドがアマンダを絞め殺さないためにも、ここは信用するしかなかった。銃を持たせなかった判断は正解、レールガンが手許にあったらシドは必ずやダキノカに向けて全弾発射していただろう。
「見て欲しいのはあそこ、白っぽい球体があるの、分かるかしら?」
太い蔓の先の二ヶ所にバスケットボールくらいのものが白く膨らんで光を反射している。腕にシドの指先が食い込むのを意識しながらハイファが訊いた。
「あれは……実?」
「そう、子実体ね。あれが食べた者の個性を再生する、メモリバンクよ」
「個性……メモリバンク?」
「今は分からなくてもいいわ。これ以上の刺激は拙いわね、閉めましょう」
アマンダがシャッターを閉めると、ハイファは知らず溜息をついていた。あまりに禍々しいものを目にしただけでなくシドが腕を握った力を緩めたからだ。そのシドの様子を窺うと、ポーカーフェイスは戻っていたが顔色は悪かった。当然だ。
通路を戻りながら先を行くアマンダにハイファは訊いてみる。
「十八年間もああやって飼ってて、まさかエサとかはやってるの?」
「それについても今はパスさせて頂戴。ううん、すぐに答えはあげるから」
別にエサ、イコール人間だと思った訳ではないが、動物以上に獰猛なあれが十八年間も空腹でいられる筈がないという気がしたのだ。
スライドロードに乗って第六研究所内に戻り、廊下を辿ってエレベーターで移動する。更に歩いて目的の部屋に着くまでの間、ハイファは様々な思いが渦巻いているであろうシドに言葉をかけあぐね、シドも無言を押し通した。
到着したのは三階の一室で、視聴覚室とでもいった雰囲気の端末付き長机が並んだ部屋だった。窓はあったが既に陽は落ちている。だが室内はライトパネルが煌々と照らして明るすぎるくらい、エアコンも少々利きすぎのようにハイファは感じた。
その幾つも並んだ長机の最前列にアマンダは近寄ると、ふたつの端末をブートし、ホロキィボードを叩いた。これもホロのディスプレイが立ち上がる。
「ここの端末は全てスタンドアローン、何処とも接続していない独立した状態にしてあるの。個性が混じってしまわないようにね」
「個性が混じるって、まるでこの端末に個性があるみたいに言うんだね」
「ええ、そう言って差し支えないわ」
「ここにある全部がカスタマイズした端末?」
訊いたハイファに向かってアマンダは首を横に振った。
「違う、個性があるのはソフトウェアの方よ」
そう言って端末の外部メモリセクタを僅かに開けて見せる。五ミリ角のMB――メディアブロック――が一個入っていた。それが自慢のソフトウェアらしい。色からして相当高容量のデータを収められるタイプだ。
「シド、貴方に協力して欲しいのはここからよ。実際には測定機器を用意するけれど今はこれだけ見せてあげるわ。こっちにきて」
端末に向かう形でシドを椅子に座らせ、アマンダはキィ操作する。するとホロディスプレイが像を結んだ。くっきりとしたそれはアニメーションっぽくない、ごく自然な映像の女性の胸像だった。目にしたシドが身を乗り出す。
「まさか、母さん……?」
「って、本当にこれがシドのお母さんなの?」
思わずハイファは訊いたが、その胸像の女性は非常にシドと似ていて明らかに血の繋がりを感じさせた。ハイファに頷いたシドは振り返り不審そうにアマンダを見る。
「いったい何処でこんな映像を手に入れたんだよ?」
それはそうだろう。十八年前に死んだ肉親の映像が存在するなどとは、シドは知らなかった筈だ。家族のポラですらシドは持っていないのである。汎銀河レヴェルで有名なアイドルでもあるまいし、どうしてそんなモノが今までこんな所に仕舞われていたのか。
切れ長の黒い目に真っ直ぐ問われ、アマンダは宥めるような口調で言った。
「落ち着いて聞いて欲しいの。ダキノカは人を一人食べるごとにひとつの子実体を結ぶわ。その子実体は六種の塩基を持っていて、その塩基配列は食べられた人の全ての情報を再現している……容姿・体質・性格・記憶の全てをね」
黙っているシドの代わりにハイファがアマンダに訊く。
「それを読み出してソフトウェアとしてMBに収めた?」
「その通りよ」
「そんな、ありえないよ!」
「どうしてありえないなんて言えるの?」
「だってそれならそのMBは、シドのお母さんそのものってことになるじゃない!」
「わたしはそう言ってるのよ。ここにいるのは若宮紫苑、その人なのよ」
信じる信じないはさておき、ハイファは急激にアマンダへの憎しみを膨らませて青い目を睨みつけた。家族を食ったダキノカなどというつらい過去を突き付け、次にはこんな映像をシドに見せつけた挙げ句に、これがシドの母だという。
その無神経さに腹が立ったのだ。
「ふざけるのもいい加減に……この虚像に体質? おかしいじゃない!」
「勿論このインターフェイスでは限界があるわ。けれど間違いなく全ての情報がMBには入っている。シド、そこの専用フォンを使えば会話も可能よ」
言われるがままにシドはインカム型デバイスを取り上げて装着する。音声をオープンで出力するようアマンダが機器を操作した。ブルーアイがシドを促す。
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