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第17話
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「ご当地ヴァージョンなんだよ、きっと」
「何だっていい、腹減った。入るぞ」
「お皿が飛んでなきゃいいけどね」
緑と赤のストライプになった透明樹脂の外壁を透かし見て、店内が満員ではないのを確かめてからシドがセンサ感知した。ガーとオートドアが開く。途端に白いプレートが本当に唸りを上げて飛んできて、シドとハイファはダッキングで軽く避けた。
「大した歓迎だな」
「これもご当地流なのかもね」
店内では若い男の三人連れ同士での喧嘩が始まっていた。六名ともにセンスとガラが悪く、首には一様にゴールドチェーンを下げ、嵌めたリモータはピカピカのギラギラだ。明らかに何処かのファミリーの三下以下だったが持ち合わせたパッションだけはクラス委員長並みだった。
掴み合い、殴り合っている者がいる。怒号を互いに浴びせる者がいる。彼らが着いていたのであろうテーブルは目茶苦茶だった。
シドとハイファは互いの目球にギリギリとフォークを刺そうとしている男たちの傍を通り、女が一人座っているだけで空いている喫煙可のカウンター席に着地した。
「いらっしゃいませー」
明るい声がして水の入ったタンブラーが目前に置かれる。二人は電子メニュー表をざっと見てアンチョビのピザとスパゲッティ・ボローニャ風のボタンを押した。両方セットでサラダとスープ、食後にコーヒーが付くようだ。
背後では怒号が呻きに取って代わりつつある。
「ちょっと騒々しいけど外よりはマシかもね。寒くないし」
「落ち着かねぇ気はするが腹の虫にはもう勝てねぇよ」
ブンッと飛来したフォークを二人は身を傾がせて避けた。それは二人の間を飛び去り、カウンター内でシェフの構えたフライパンに当たって落下する。
何事もなかったようにシドは煙草を咥え、オイルライターで火を点けた。
「今晩中にビューラーファミリーの分家と渡りをつけられるかどうかだな」
「ナイトリーだね。あ、タクシーでそれらしいお店を検索しておけば良かったかも」
「今頃言うなよ」
「ごめん。でも貴方が歩けば自然に辿り着くんじゃないかなあ」
「俺を棒に当たる犬扱いするな。取り敢えず妥当な線でカジノ巡りでもするかな」
「あーたが出張ると、必ず揉め事になるから……」
いい加減にしろと切れ長の目が言っていてハイファは黙って水を飲んだ。
スープとサラダが出されてシドは煙草を消す。
「ドレッシングは何がいい?」
「酸っぱくねぇヤツ」
「シーザーとサウザンアイランド、どっち?」
「赤い方」
ハイファは食事時に仕事の話をしたがらないので、雑談に切り替えてシドはサラダをフォークでつついた。酸っぱいもの嫌いな上に元々生野菜は得意じゃないのだ。
ミネストローネとコーンスープを啜っているうちにパスタとピザが出てきた。シェアして食べ始める。背後の喧嘩は飽かず続いていた。何となく怒号を聞いていると、どうやらマフィアファミリーのクレイトンとバークレーの手下同士の小競り合いのようだ。
「惜しかったね、ナイトリーにストライクじゃなくて」
「お前がそこまで命を粗末にする奴だとはな」
「……スミマセン」
一応は有名チェーンの店ということか味は悪くなかった。
あっという間にプレートを綺麗にし、シドは出されたコーヒーを飲みながら煙草を咥える。オイルライターで火を点けようと僅かに俯いたとき撃発音がして頭上を弾丸が通過した。軽く叩かれた程度の衝撃波を食らってシドは頭を振る。
「危ないなあ、大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇよ、俺はご立腹だぞ」
腹が満たされて余裕のできたシドは、二発目はユルサナイぞと心に決めて待った。だがそれきり乱射するバカは現れなかった。決着がついたらしい、ヨレヨレの三人が互いを支え合いながら店を出て行った。
「ふん、つまんねぇな」
「でも次のシークエンスに移行したみたいだよ、ほら」
争いの種だったのか、カウンターに一人で腰掛けた若い女にクレイトンのチンピラ三人組が絡み始めていた。格好つけて口説いているようだが、過剰な光沢のある太いストライプという素敵チョイスな男たちのスーツはケチャップまみれである。
「ちょっとそこまで付き合ってくれよ」
「いい店、知ってんだ。いいだろう?」
「そう気取ってやがると攫っちゃうぜ」
取り囲まれた女をシドは何気なく眺めた。かなり若い、シドやハイファと同じくらいに見える。肩までの栗色の髪を巻き、瞳はヘイゼルだ。グレイに白のピンストライプのスカートスーツを身に着け、すんなり伸びたハイヒールの脚を組んでいた。
食事は終えたのかビールのピルスナーのみを置き、細巻きを指に挟んで燻らせている。
つれもいないようだがチンピラに囲まれても、ひとことも口を利かなかった。怯えているのではなく、その様子はどう見ても鬱陶しがっているだけだ。なかなかに胆が据わっている。
男たちはチンピラとはいえ職業柄、空気を読むのには長けている筈で、女の態度を前にして徐々にヒートアップしつつあった。
シドとハイファはクレジット清算して、残りのコーヒーを静かに味わう。
最後のひとくちを飲み干したとき、またダミ声で怒号が湧いた。
「つんけんしやがって、このスベタがっ!」
「風穴空けられたくなかったら大人しく立てよコラ!」
とうとう撃発音と共に爆発的にシドの手にしたカップが割れる。取っ手だけになったカップをシドはカウンターにカシャンと置き、次にはキレてレールガンを引き抜くなり発砲した。
コンマ数秒で放った三射は狙いたがわず男たちの安物銃の機関部を撃ち壊す。銃はバラバラになって吹き飛んだ。瞬時に収めたレールガンの存在を知らないチンピラたちは、いったい何が起こったのか把握できない。だが敵がシドだということだけは見抜いたようだった。
当然ながらチンピラたちは矛先を女からシドに変えて詰め寄った。
「この野郎!」
「ふざけやがって!」
「喧嘩売ってんのか、コラ!」
対衝撃ジャケットの胸を掴みかけた手を払いながら立ち上がり、その手を逆に掴んで背に捻り上げた。逮捕術に逆らった男の肩が外れると同時に突き飛ばし、殴りかかってきたこぶしをスリッピングで避けつつ、みぞおちにフックを叩き込む。
「シド、危ない!」
宙を薙いだ銀光をナイフと認める前にスウェーバックで躱し、一歩後退して体勢を立て直すと上段蹴りで手首に打撃、刃物を叩き落として男の腹に回し蹴りを食らわした。
そこに左肩を外した男が突っ込んでくる。殴りかかるその腕と胸ぐらを掴んで躰を返すと、相手の勢いを利用して腰に体重を載せ、背負い投げてファイバの床に叩き付けた。
床に転がって呻くチンピラたちを素早く後ろ手に結束バンドで捕縛する。
「何だっていい、腹減った。入るぞ」
「お皿が飛んでなきゃいいけどね」
緑と赤のストライプになった透明樹脂の外壁を透かし見て、店内が満員ではないのを確かめてからシドがセンサ感知した。ガーとオートドアが開く。途端に白いプレートが本当に唸りを上げて飛んできて、シドとハイファはダッキングで軽く避けた。
「大した歓迎だな」
「これもご当地流なのかもね」
店内では若い男の三人連れ同士での喧嘩が始まっていた。六名ともにセンスとガラが悪く、首には一様にゴールドチェーンを下げ、嵌めたリモータはピカピカのギラギラだ。明らかに何処かのファミリーの三下以下だったが持ち合わせたパッションだけはクラス委員長並みだった。
掴み合い、殴り合っている者がいる。怒号を互いに浴びせる者がいる。彼らが着いていたのであろうテーブルは目茶苦茶だった。
シドとハイファは互いの目球にギリギリとフォークを刺そうとしている男たちの傍を通り、女が一人座っているだけで空いている喫煙可のカウンター席に着地した。
「いらっしゃいませー」
明るい声がして水の入ったタンブラーが目前に置かれる。二人は電子メニュー表をざっと見てアンチョビのピザとスパゲッティ・ボローニャ風のボタンを押した。両方セットでサラダとスープ、食後にコーヒーが付くようだ。
背後では怒号が呻きに取って代わりつつある。
「ちょっと騒々しいけど外よりはマシかもね。寒くないし」
「落ち着かねぇ気はするが腹の虫にはもう勝てねぇよ」
ブンッと飛来したフォークを二人は身を傾がせて避けた。それは二人の間を飛び去り、カウンター内でシェフの構えたフライパンに当たって落下する。
何事もなかったようにシドは煙草を咥え、オイルライターで火を点けた。
「今晩中にビューラーファミリーの分家と渡りをつけられるかどうかだな」
「ナイトリーだね。あ、タクシーでそれらしいお店を検索しておけば良かったかも」
「今頃言うなよ」
「ごめん。でも貴方が歩けば自然に辿り着くんじゃないかなあ」
「俺を棒に当たる犬扱いするな。取り敢えず妥当な線でカジノ巡りでもするかな」
「あーたが出張ると、必ず揉め事になるから……」
いい加減にしろと切れ長の目が言っていてハイファは黙って水を飲んだ。
スープとサラダが出されてシドは煙草を消す。
「ドレッシングは何がいい?」
「酸っぱくねぇヤツ」
「シーザーとサウザンアイランド、どっち?」
「赤い方」
ハイファは食事時に仕事の話をしたがらないので、雑談に切り替えてシドはサラダをフォークでつついた。酸っぱいもの嫌いな上に元々生野菜は得意じゃないのだ。
ミネストローネとコーンスープを啜っているうちにパスタとピザが出てきた。シェアして食べ始める。背後の喧嘩は飽かず続いていた。何となく怒号を聞いていると、どうやらマフィアファミリーのクレイトンとバークレーの手下同士の小競り合いのようだ。
「惜しかったね、ナイトリーにストライクじゃなくて」
「お前がそこまで命を粗末にする奴だとはな」
「……スミマセン」
一応は有名チェーンの店ということか味は悪くなかった。
あっという間にプレートを綺麗にし、シドは出されたコーヒーを飲みながら煙草を咥える。オイルライターで火を点けようと僅かに俯いたとき撃発音がして頭上を弾丸が通過した。軽く叩かれた程度の衝撃波を食らってシドは頭を振る。
「危ないなあ、大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇよ、俺はご立腹だぞ」
腹が満たされて余裕のできたシドは、二発目はユルサナイぞと心に決めて待った。だがそれきり乱射するバカは現れなかった。決着がついたらしい、ヨレヨレの三人が互いを支え合いながら店を出て行った。
「ふん、つまんねぇな」
「でも次のシークエンスに移行したみたいだよ、ほら」
争いの種だったのか、カウンターに一人で腰掛けた若い女にクレイトンのチンピラ三人組が絡み始めていた。格好つけて口説いているようだが、過剰な光沢のある太いストライプという素敵チョイスな男たちのスーツはケチャップまみれである。
「ちょっとそこまで付き合ってくれよ」
「いい店、知ってんだ。いいだろう?」
「そう気取ってやがると攫っちゃうぜ」
取り囲まれた女をシドは何気なく眺めた。かなり若い、シドやハイファと同じくらいに見える。肩までの栗色の髪を巻き、瞳はヘイゼルだ。グレイに白のピンストライプのスカートスーツを身に着け、すんなり伸びたハイヒールの脚を組んでいた。
食事は終えたのかビールのピルスナーのみを置き、細巻きを指に挟んで燻らせている。
つれもいないようだがチンピラに囲まれても、ひとことも口を利かなかった。怯えているのではなく、その様子はどう見ても鬱陶しがっているだけだ。なかなかに胆が据わっている。
男たちはチンピラとはいえ職業柄、空気を読むのには長けている筈で、女の態度を前にして徐々にヒートアップしつつあった。
シドとハイファはクレジット清算して、残りのコーヒーを静かに味わう。
最後のひとくちを飲み干したとき、またダミ声で怒号が湧いた。
「つんけんしやがって、このスベタがっ!」
「風穴空けられたくなかったら大人しく立てよコラ!」
とうとう撃発音と共に爆発的にシドの手にしたカップが割れる。取っ手だけになったカップをシドはカウンターにカシャンと置き、次にはキレてレールガンを引き抜くなり発砲した。
コンマ数秒で放った三射は狙いたがわず男たちの安物銃の機関部を撃ち壊す。銃はバラバラになって吹き飛んだ。瞬時に収めたレールガンの存在を知らないチンピラたちは、いったい何が起こったのか把握できない。だが敵がシドだということだけは見抜いたようだった。
当然ながらチンピラたちは矛先を女からシドに変えて詰め寄った。
「この野郎!」
「ふざけやがって!」
「喧嘩売ってんのか、コラ!」
対衝撃ジャケットの胸を掴みかけた手を払いながら立ち上がり、その手を逆に掴んで背に捻り上げた。逮捕術に逆らった男の肩が外れると同時に突き飛ばし、殴りかかってきたこぶしをスリッピングで避けつつ、みぞおちにフックを叩き込む。
「シド、危ない!」
宙を薙いだ銀光をナイフと認める前にスウェーバックで躱し、一歩後退して体勢を立て直すと上段蹴りで手首に打撃、刃物を叩き落として男の腹に回し蹴りを食らわした。
そこに左肩を外した男が突っ込んでくる。殴りかかるその腕と胸ぐらを掴んで躰を返すと、相手の勢いを利用して腰に体重を載せ、背負い投げてファイバの床に叩き付けた。
床に転がって呻くチンピラたちを素早く後ろ手に結束バンドで捕縛する。
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