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第31話・まだ夜(全員、マイナス元上司)

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 車を停めたのは雑木林の中をうねる道だった。この雑木林を抜けると広大な土地があり、ど真ん中に滝本組本家が陸の孤島状態で建っている。踏み固めた土から砂利になり、コンクリートで整地されて、正門をぐるりと囲むは三メートル近い鉄筋コンクリート製の防護壁だ。それらをクリアしなければ滝本本家へのカチコミは成功を見込めない。

 降車する前に薫は恭介からカチコミ計画(キッズ救出計画)(他、建前は色々)を聴いていた。思い付きの付け焼刃とも知らずに。恭介は人前で笑顔を見せるタイプではないので大概、マトモに考え抜かれたプランに聞こえるのだ。

 それに依ると十五名の若い衆を五名ずつ三班に分け、そのうち一人を残して四人は夜闇に紛れ滝本本家の最初の警戒網であるサーチライトの照らす範囲寸前まで這い寄る。そこで合図し残る一人が陶製手榴弾を満載したトラックで突撃して先行四名に追いつき、火力で反攻を蹴散らしてSAT支援の許、正面突破というものだった。

 初めからトラックを察知されたら終わり、敵の得物によっては全員が数千発の陶製手榴弾で爆死も有り得る。それを避ける為の、恭介の押し出した泥船の如きプランだが、実際問題、子供二人を拉致られて命も危うく時間との戦いでもあるのだ。

「あいつらは先に集まってる筈……ちょっと、焦げ臭くない?」

 確かに車のエアコンの風に焦げた臭いが混じっている。

「もしかして、あいつら先走って始めちゃったのかも! どうしよう!?」
「落ち着け、薫。これは硝煙の匂いじゃない」
「じゃあ何だって……あ、あれ? 香ばしくて美味しそうかも」
「そうだな、焼き魚だ。敢えて言うなら秋刀魚サンマの塩焼きだと俺はみた。旬だしな」

 こんな場面、こんな場所で秋刀魚を焼く馬鹿は若い衆以外に考えられないと、薫ですら認めざるを得なかった。お蔭で自分がやった訳でもないのに薫は恭介とSATの面々を前に、やや小さくなって車から真っ先に飛び降りた。
 割とすぐに匂いの許には辿り着く。赤々と焚火が燃え盛っていたのが目印だ。
 焚火の傍には七輪で炭も爆ぜている。

「お前ら、何やってんのさ! あっ、珍宝楼の親父さんにガキんちょたちまで……!」

 勢揃いした皆の前で薫は絶句する。そんな、ある意味上司に対し若い衆らがサンマの脂でギトギト光る口で説明を始める。

「朝、組を出てくる時に『うお安』の奥さんから秋刀魚貰ったんス」
「そいつを忘れてて、食えるかどうか珍宝楼の親父さんに電話で訊いたんスよね」
「そしたら塩と箸まで持って駆け付けてくれて」
「事情を話したらガキどもも『仲間を助ける』っつって。泣けますよねえ」

 もう薫はしゃがみこんでしまっていた、恥かしくて。状況を把握していないにも程があるだろうという、背後からの恭介と、既に身を隠すことも放棄したSATたちの視線が痛かった。

「薫さんと、そちらの彼氏さんたちも食います?」
「食わないよっ!」

 キッと珍宝楼の親父を八つ当たりで睨むと、親父は身を縮めて詫びた。

「あい、すみません。秋刀魚には付き物のスダチもレモンも仕入れておりませんで、塩だけで我慢して貰っております、はい」

 誰もが泉という食欲菌に感染したかのようだった。
 呆れて眺めていても事は進まない。無表情の恭介が声を発する。

「それより薫、これだけ盛大に火を焚けば目立つ。目標まで約七百メートル、仕掛けてこないのは何故だ? 最低でも偵察の下っ端くらいは寄越す筈だろう」

「そう言われればそうだけど、向こうの都合なんて僕に分かる訳ないじゃん。むしろ恭介の方がサツのパイプを通して探れないの?」
「俺はただの探偵だ。何でも押し付ければ解決すると思うなよ、極道が」
「だって恭介が立案したんじゃんか、この吸血鬼野郎……むぐ!」

 二人の言い争いがエスカレートしていく間に若い衆らとキッズはコンビニで調達したらしいカップ焼きそばを食い始め、主演が放棄した舞台、いや部隊の中でSATの十五名だけは動き始めていた。何故なら鍛え上げたスペシャル・アサルト・チームであれどサラリーマンと変わらない。仕事を終えないと帰れないからである。

 結果、五階建てマンション風の滝本組本家周辺を照らすライトの範囲に入れば、裏手から偵察の下っ端が出てくるという、やはり至極ユルい警備体制のようだった。
 だが下っ端と言えど拳銃付きで物騒らしい。本当に撃ち方を知っているのか怪しいのが何より怖いでアリマスとSATの偵察も報告した。

 そうしているうちに某有名ハンバーガーチェーン店のバイクが皆の傍を往復していく。

 おかしかった。オカシイし、アヤシイ。

 大体、陸の孤島に本家を構えるのも滝本がカチコミを警戒している証左である。常日頃から警察の動きにも神経をとがらせパイプをこさえてはガサ入れにも身構えている筈なのに、今日に限って何故こうも緩いのか……。

 しかし考えてばかりいても仕方ない。SATリーダーと恭介が協議している間にキッズの急かす声が高まり、カップ焼きそばと秋刀魚で腹を満たした若い衆は、恭介の初案も聴かされていなかったために、トラックの荷台によじ登ったかと思うと、ガーと出発してしまった。

 おまけで珍宝楼の親父とキッズまでが分乗していて、気付いたSATは慌てて駆け足でトラックを追う。彼らに科された至上命令は『一般人を護る事』だ。本当に一般人かどうかは、これも怪しい処だったが、とにかく仕事だ。

 口喧嘩の続きをしながら恭介と薫も後を追いかけた。まもなく『パァン!』と陶製手榴弾の破裂音が聴こえ出し、対して屋外発砲の乾いた撃発音も混じり出す。相手もそれなりに反撃しているらしい。景気良く投げて貰って数千発もの廃棄物を処理してくれればと恭介は内心思っていたが、横顔をじっと見上げてくる薫の手前、口元を更に引き締めた。
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