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第34話

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 小田切を通し一ノ瀬本部長と連絡を取って海上保安庁に探りを入れて貰った結果、カイロスⅡの母港は判明した。
 それは真城市とは反対側で白藤市に隣接する貝崎かいざき市のマリーナだった。素直に母港に向かうとは限らないが手掛かりは他に何もない。

 まんまとしてやられた二人は落ち込むヒマもなく八重市の市街地に戻って派出所の巡査に軽自動車を返し礼を言うと、すぐに近くの八重市北駅から特急電車に飛び乗った。順調に乗り継ぎができれば約三時間半で貝崎マリーナに一番近い駅まで辿り着ける計算である。

 特急電車の二人掛けシートに腰掛けて、窓外を眺める霧島を京哉はそっと窺った。

「でも、どうして僕らがあんな所にいるって分かったんでしょうね?」
「余程鼻の利く犬のような奴がいるんだろう」
「理由になっていませんよ」

 不機嫌そうに霧島は溜息をついて京哉を見返す。

「だからだな、昨夜私たちが水上シャトルに乗り損ねたのは当然、水上シャトルや八重市側の港で張っていた奴らにはバレている訳だろう?」
「それはそうですよね。事実、僕らは漁船に個人交渉で乗っちゃったんですから」
「だが私たちが何故八重市に向かおうとしたのかくらい予想はつくだろうが」
「あの近辺であの時間にやってるペット病院は一軒だけだったし、そうでしょうね」
「それも間に合わなかったが、私たちがミケ連れで泊まれる宿も一軒だけだった」

 そこで制服のお姉さんが飲み物や弁当などを載せたワゴンを押してきた。京哉はお姉さんを呼び止め、紙箱入りの温かいカツサンドやコーヒーなどを購入する。
 差し出されたカツサンドに噛みついた霧島は咀嚼して呑み込み、続けた。

「私たちが泊まれるのは『居酒屋旅館・近江』だけ、更に即日手術してくれるペット病院もたった二軒だけだった。どれも検索すれば分かる程度の事実だ」
「もしかしてそこまで張られてたってことですか?」
「まず間違いない。メールなどで各地に点在するネイチャーディフェンダー構成員を動かしているのだろう。だが私ばかりかお前まで行確に気付かなかった。二度もだ」
「僕ら二人の目を誤魔化して行動確認なんて敵を舐める訳にはいきませんね」

 冷めないうちに京哉もカツサンドをひとくち食べる。結構美味しい。

「時間がもっとあれば、あの竹輪リーマンを捜して絞め上げたかったのだがな」
「竹輪って、まさか先回りしてあそこで飲んでたって言うんですか?」
「竹下が受けた脅迫電話曰く、『人類の抑圧から動植物を解放する』などという理念を標榜しているんだ。護るべき動物のミケを傷つけず捕獲するためのリサーチだったのだろう」
「それなら手っ取り早くミケを殺して機密文書を取り出そうとはしませんよね?」
「もし貝崎マリーナがアタリでも敵に遅れること約一時間、祈るばかりだな」

 過剰に腹が立ってカロリー消費した霧島はバリバリとカツサンドを食し、更に往復してきたワゴンのお姉さんから弁当も買い込んでかき込み始めた。瞬く間に食い終えて冷めたコーヒーを飲むと、内心は苛立ちながらも落ち着いたふりくらいはできるようになる。

 一方で京哉は足下のキャリーバッグを眺めては繰り返し溜息をついていた。

 自分自身も苛立ちながら隣で見守る霧島は、静かな京哉の方が余程苛立っているのに気が付いている。喫煙欲求もあるだろうし、少しは特別任務の機密文書も頭にあるに違いない。だが何よりも空っぽのキャリーバッグが淋しいのだ。それくらい霧島には分かる。

 暗殺スナイパーを強要され、刑事もやってきて、同じ歳のどんな男より沢山の犯罪者を見てきた筈なのに、悲惨な末路を辿った無辜の者も、のさばって嗤う悪人も見てきた筈なのに、自身の心の一部をそれで壊していながらも京哉は絶望していない。

 人を、モノを、世界を愛するのを止めない。傍にいる生きた者たちを護ろうとするのを止めない。猫一匹にすら心を傾けるのを止めないのだ。

 少々普通でなくとも誰より真っ当だった。愛おしい想いで霧島は年下の恋人のノーブルな横顔を見つめる。そのとき京哉の携帯が振動した。メールは小田切経由で一ノ瀬本部長からである。

「貝崎マリーナに自衛隊の私服警務隊員が配備を完了したらしいです」
「そうか。だがあの程度のクルーザーなら漁港でも何処でも停泊可能だからな」
「まあ、そうでしょうけど、こっちにはトレーサーシステムもありますしね」

 それきり二人は黙って窓外を眺め続けた。やがて特急電車は貝崎東駅に着いて二人は構内を駆け抜けるとギリギリで海方面行きの電車に飛び乗る。これであとは海岸通りに向かうバスかタクシー、もしくはレンタカーに乗り換えるだけだ。

 白藤市駅に向かって県警本部に駆け込み覆面を使う手も考えたが、本部まで行く約二十分が勿体ない。先に小田切に貝崎マリーナに覆面を持って来させる案も検討したが、貝崎マリーナには自衛隊が張っているのと可能性も半々で、もしもの時のために小田切は温存と決めた。

 電車は貝崎市内のささやかな市街地をぐるりと迂回し海岸通りに向かおうとしていた。もはや気分的に座れもせず霧島と京哉はトレーサーのモニタを見つめている。果たして乗り換え前に輝点がピコピコと現れた。二十キロ圏内に入ったのだ。

「取り敢えずビンゴでしたが、これって海の近くじゃなくて白藤市の市街地ですよ」
「計算以上にクルーザーが速かったか」
「じゃあ、降りて白藤市駅行きに乗り換えなきゃ」
「白藤市駅から約十三キロ、対地高度が約十八メートル、ビルの中か」

 まもなく駅に着いて二人は電車を降りた。ここからはレンタカーを使うと決め、急いで駅から出ると同時に雨が降り出す。あっという間に周囲が鈍色に染まった。霧島がショルダーバッグから二人分のトレンチコートを出す。
 袖を通した二人はまたトレーサーシステムのモニタを注視した。ピコピコの光に動きはない。マップを拡大モードにする。

「地図上では二十五階建ての雑居ビルですね」
「結構な所にテロリストが巣食っているものだな」
「で、どうするんですか?」
「引き取りに行く。邪魔が入れば叩く」
「うーん、単純にカチコミですか。援護要請は?」
「小田切か。弾除け代わりにいいかも知れん。だが本当に穴が開くと更にフットワークが重くなる。香坂に恨まれても敵わんしな。バディのお前がいれば上等だ」
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