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第10話

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 予想通りに葛葉市まではかなりの時間が掛かった。
 おまけに私立恒宝大学の直近である葛葉北駅は特急が停まらない駅だったのと、乗り換えに一度失敗したために準急電車でゴトゴトと一時間も揺られる羽目になってしまう。

 葛葉市も真城市と同様に隣接した市が栄えた都市部になっているので、ベッドタウンとして位置づけられているらしい。お蔭で最終電車は時間帯の割に意外なほどの人数が乗り合わせていた。その殆どが学生と思しき若者である。

 何とか座る場所を確保した霧島と京哉は改めて資料を眺めてみた。資料といっても内容は非常に薄くてA4のコピー用紙にたった二枚というものである。

「竹下明生の実家は葛葉市、だが転勤族の父親の都合であちこち転々としていたと」
「そのようですね。でも高校から大学時代は葛葉市に戻ってます」
「両親は健在。親を質にネイチャーディフェンダーに脅されたのかも知れんな」
「本人は独身だし、あり得ますよね」
「しかし大学付近に潜伏しているというのは可能性にすぎないんだぞ?」
「構いませんよ。まあ、本部長曰く僕らには現場運があるそうですし、偶然にもぶち当たるかも知れませんし。当然ハズレなら公費で旅行気分を満喫するだけですから」

 そう言って京哉は笑ったが霧島は勘に頼ってここまで来たものの、今更自分たちにできることなど残り少ないと冷静に判断していた。
 捜査に携わる人間なら霧島と同じ思考をすることは容易に考えられる。自分や京哉が口にした通りに空港と同じく葛葉市にも自衛隊の警務隊員らが張っている筈だが、それでも見つけられないのだ。

 本部長の言った現場運など欠片も信じてはいなかった。

 それでも人一倍正義感の強い警察官の霧島は、危険極まりない機密文書は何としてでも回収せねばならないと考えていた。その存在を知るテロリスト集団がいるのである。
 彼らがセコくも仲間割れして奪い合っているうちは、はっきり言って勝手に殺し合っていればいいが、カネ目当てにテロ支援国家にでも流されたら堪らない。

 A4の資料、二枚目にプリントされた探し物の立体図を見た。機密文書は特異な形状をしている。ほんの小さな直径五ミリ・長さ三センチくらいの金属の円筒だ。
 片側の先端に立て爪があって自衛隊の技本独自の仕様らしいロック機構が嵌っていた。その円筒の中に機密文書のメモリが収まっている。

 特殊ロックのコードプロテクトを破らなければ機密文書のメモリは取り出せない。喩え金属の円筒を破壊して取り出せたとしても、メモリは特殊なデバイスがなければ読み出しができないという幾重もの保険が掛けられていた。

 それでも人知が作り出したものだ。人知で解除される可能性がある。

 地球上のミリタリバランスを破壊するほどの兵器とはどんなものなのか、悪い想像しか浮かばない。それが既にネイチャーディフェンダーの手に渡っている可能性も高かった。
 だが捜査のモチベーションを維持するため、ネガティヴな発言は二人とも控えている。

 午前一時近くなって電車は葛葉北駅のホームに滑り込み停止した。開いたドアから人々がどっと吐き出される。ショルダーバッグを担いだ京哉の手を霧島は握った。

 ホームに立った二人は人波に押されるようにして改札への階段を下る。

「予想以上に時間が掛かったな」
「僕はともかく忍さんは普段から電車に乗らないから、疲れたんじゃないですか?」
「いや。大丈夫だ、問題ない。それに私は少し疲れたくらいの方が都合いいんだ」

 霧島の言葉に京哉は少々赤くなりながら自動改札に向かってぐいぐいと歩いた。改札は何列もあったが改札自体は中央に一ヶ所しかなかったので悩まずに済む。

 二十メートルほどコンコースを歩いて駅から出ると幸い雨は降っていなかった。

 それでも何となく湿った冷たい空気を吸い込みながら、京哉は街灯に照らされた光景を眺める。目前はちょっとした広場で右側にはバスやタクシーの乗り場があり人々が列を作っている。左側から真正面にかけてL字型に繋がった建物があった。

 クローズ中でショーウィンドウだけがライトアップされたそれは大型ショッピングモールらしい。まだ新しめのそれが視界の半分以上を遮っていた。

 そこで京哉は携帯を出してマップを表示してみる。

「ここから南に五キロくらいで学校が密集している学園都市みたいな雰囲気になってますね。そこに恒宝大学もあるようです。その学園都市から更に南下すると海になってます」
「それより今夜の宿は確保できそうか?」

 検索をかけてみたが近辺でホテルはショッピングモールの裏に一件しかなかった。割と不便な土地柄のようである。ロクに下調べもしてこなかったのだから仕方ない。
 だが迷うことを知らない霧島はホテルなど一軒あれば上等だとばかりに夜道を歩き始めた。勿論、京哉の歩調に合わせることは忘れていない。

 巨大なショッピングモールをぐるりと迂回して裏手に出るまで、たっぷり十分ほどもかかる。ただ街灯は充分に灯っていて足元に不自由はなかった。

 しなやかな足取りで二人は歩を進め、カラオケボックスやパチンコ店に居酒屋などが軒を連ねた裏通りで意外と瀟洒な造りの『葛葉セントラルホテル』を見つける。

「一軒だけしかない上に特急も止まらない駅で、セントラルもないですよね」
「命名センスには難があるな。まあいい、入ろう」

 自動ドアから入るとエアコンの利いた乾いた空気が暖かく心地良かった。目前にはロビーフロアとして鉢植えのグリーンとソファのエリア、右側には終日営業らしいカフェテリアがあり、左側にフロントカウンターという配置だ。
 フロントマンに霧島が訊いた。

「喫煙でダブル一室、空いているだろうか?」
「お待ち下さい。七階の七〇二号室になりますが宜しいでしょうか?」

 ダブルという単語に照れてあらぬ方向を見ていた京哉もフロントマンの事務的応対にホッとする。自腹を切る訳ではないが霧島が訊いた料金設定が至極妥当だったのにも伝統ある耐乏官品は安堵した。

 宿泊カードを霧島が書いている間に京哉がカードキィを受け取る。高級ホテルでもないのでポーターも現れなかったが不満もなく二人はエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーター内の表示で二人はこのホテルが八階建てだと知る。

「ふうん、十二時までにチェックアウトすればいいんですね」
「だからといってのんびり寝かせんぞ。『着いてから』と約束したからな」

 ほんのり京哉が目元を染めて俯いた。反応に満足して霧島はエレベーターを降り、通路を辿って七〇二号室に入る。すると室内は思っていたよりも広かった。

「わあ、すごく綺麗じゃないですか!」
「まだ新しいようだな」
「インフォメーションの冊子に依ると去年オープンしたばかりだそうですよ」

 天井には花弁を模したシーリングライト、壁紙はごく淡いグレイにピンクの小花がエンボスになっている。デスクとチェアにクローゼットなどの調度はブラックだ。
 それにダブルベッドの傍にはロウテーブルを挟んで独り掛けソファが二脚ある。ソファは座面と背凭れがピンググレイのゴブラン織りで結構高価そうな代物だった。

 早速京哉はバスルームやクローゼットの中まで見分し、納得するとトレンチとジャケットを脱いで二人分のトレンチをハンガーに掛けて干す。
 次にチェアに腰掛け、数時間ぶりの煙草にありついた。

 咥え煙草のまま思いついて電気ポットを洗って水を張り電源プラグを繋いでと非常に忙しい。ようやく何も思いつかなくなると二本目の煙草に火を付けながら同じくドレスシャツとスラックス姿になった霧島に報告する。

「お風呂はユニットバスで残念ながら狭かったです」
「まあ、そうだろうな。二人一緒は無理か」
「忍さん、先に入ってきていいですよ。僕は温かいお茶でも飲みたいですから」
「ならば言葉に甘えるとしよう」

 言って霧島はその場でさっさと脱ぎ始めた。帯革を外してベルトを抜き、ショルダーホルスタごと銃も外す。タイを解くとドレスシャツやスラックスを脱いでクローゼットに掛け、下着類まで脱いで着痩せする堂々たる躰を晒した。
 鍛えられた躰にバランス良くついた筋肉、体毛の薄い滑らかな象牙色の肌を京哉に見せておいて抱き締め、耳元で囁く。

「京哉、約束だからな」
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