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第8話

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 面倒を持ち込んだ自衛隊幹部と一緒に黙っていても仕方ない。霧島が訊く。

「そもそもどうやってネイチャーディフェンダーは竹下明生に目を付けたんだ?」
「竹下技官は昨年米軍に技術留学している。その際に情報が洩れたと思われる」

 堂本一佐の言葉に相変わらず機嫌の悪い霧島は鼻を鳴らした。

「ふん、お手軽すぎて話にならんな。そこでネイチャーディフェンダーは怪しまれないよう三人の幹部を留学という形で日本に潜伏させ、竹下明生を電話やメールで脅して、まんまと技本から機密文書を持ち出させることに成功したという訳か」

 機嫌の悪い約一名を刺激しないよう、そっと京哉が挙手して発言権を得た。

「でもどうして三人は殺されたんでしょうか。竹下技官が逆襲したんですかね?」
「可能性は否定できんな。技本の技術屋ならば液体爆薬も信管その他の材料も手に入るだろう。更に遠隔で可能な爆破という手も怯えている人間なら取りそうな手段だ」
「じゃあ竹下が今回の帳場のホシですか?」
「おそらく違うな」

 即、切り返されて京哉も口が勝手に動く。

「何故言い切れるんですか?」
「それだと爆殺された留学生三人のヤサにあれだけ執拗なガサを掛けたチンピラたちの説明がつかないからだ」
「あ、そっか。ネイチャーディフェンダーは末端構成員のチンピラを使って三人の部屋をガサ入れした。ってことは三人が機密文書を隠したんですよね?」
「本当に手に入れたか否かは分からん。別人、まだ竹下が持っている可能性もある」
「とすると誰が三人を爆殺したんでしょう?」

 ぬるくなった紅茶をひとくち飲んでから霧島は答える。

「爆殺という手を使いたがる輩は他にもいる。例えばテロリストとかな」
「ネイチャーディフェンダーの内部分裂、三人は裏切り者ってことですか?」
「ああ。ここでお前も言った仲間割れだ。ミリタリバランスを崩すほどのネタを手にした三人が『自然を守れ』より『世界の覇権』に転向してもおかしくはあるまい。これは完全に私の予断だが、事実として三人は同じネイチャーディフェンダーに疑われた挙げ句にガサ入れされた」
「実際、霧島警視は爆殺された三人が機密文書を手に入れて、更にチンピラのガサ入れを経てネイチャーディフェンダーの手に渡ってしまったと思いますか?」
「それも分からん、五分と五分だな。あとはガサ入れしたチンピラを締め上げることだ。それとテロリストの相手こそハムの仕事だと私は認識している」

 聞こえているクセに一ノ瀬本部長は都合の悪い部分だけ綺麗に無視し、耳打ちする秘書官と何事かやり取りして大きく頷いた。

「先程、爆殺された三人のアパートに鑑識が入った。もし指紋でも出ればおそらくチンピラたちの特定は可能だろう。前科まえがまるで無いとは思えんからね。再度アパート隣室の女性にも聴取すべく捜査員が向かっている」
「簡単に割れればいいんですけどね。誰を追えばいいのかくらいは知りたいですし」

 京哉の呟きを聞いて霧島が驚いたように振り返り、その顔をじっと見る。

「鳴海、お前はこんな馬鹿馬鹿しい任務を受ける気なのか?」
「えっ、受けないんですか? だって今回はある意味大ごとではありますけど、いつもと違って命懸けじゃない、タダの人探しなんですよ? それに聞いちゃった以上は一抜けもできないでしょうし」

 特別任務を受ける気満々らしい部下に霧島が大きく溜息を洩らし、それも聞こえなかったふりで一ノ瀬本部長は話を逸らすため、どうでもいい情報を開陳していた。

「この近辺の暴力団の末端を中心に、ネイチャーディフェンダーは集中的に勧誘をして回っているらしい。チンピラは案外インテリに弱いのかも知れんね」

 ふいに訪れた話の切れ目に堂本一佐が口を開く。

「ともかく残りの五分を捨て置く訳にはいかない。竹下技官を追って貰いたい」

 予想通りのロクでもない案件を持ち込んだ相手に霧島は返事をせず、京哉は上司を肘でつついた。その様子を面白そうに眺めていた本部長が不意に言い出す。

「霧島くん、先般の選挙で五選目を果たした山口やまぐち議員を知っているかね?」
「元自衛隊幹部の議員ですね?」
「その通りだ。国防に力を入れている山口議員は対テロにも一家言を持っている関係上、警察官僚とも親しい付き合いをしている。そしてその山口議員は今回の重大機密文書漏洩に関して心を痛め、元警察庁サッチョウ長官の塩谷しおや議員に相談したのだよ」
「そうですか、機密事項もダダ洩れですね」
「そう尖らずに、霧島くん。わたしの言いたいことは分かると思うのだがね」

 霧島は先程の三倍は深くて長い溜息で気分を表現してから言った。

「件の塩谷議員の発言は例の如く警察内部でも通りが良く、私と鳴海という『知りすぎた二人』の今後の在り方に多大な影響を与えると仰るのですね?」
「話が早くて助かる。今回も霧島くんと鳴海くんに動いて貰いたい。小田切くんには隊長不在の機捜を預かって貰いつつ、二人のバックアップを務めて貰う」
「たまには我々二人がバックアップで小田切に任務を与えるのはどうですか?」

 投げ出すように言った霧島に本部長はにこにこと笑った。

「わたしはね、霧島くん。きみと鳴海くんには現場運というものがあると看破しているのだ。それに大変期待しているのだよ。だからきみたちを外せないのだ」
「……現場運ですか?」
「そうだ。常に何かと引き合う出会う力、ぶち当たる能力のことだね」
「非科学的だ」
「わたしもオカルトなど信じていない。だがこれは経験則だよ。では、霧島警視以下三名に特別任務を下す。技本から持ち出された機密文書の回収に従事せよ」

 命令とあらば仕方ない。鋭い霧島の号令で機捜の三人は立ち上がる。

「気を付け、敬礼! 霧島警視以下三名は特別任務を拝命します。敬礼!」

 三人はピシリと揃って身を折る敬礼をした。一ノ瀬本部長は満足そうに頷く。

「君たちの流儀でやってくれて構わんが可及的速やかに任務に着手してくれたまえ」
「あとはこれが竹下技官と機密文書についての資料になります」

 江崎二尉がUSBフラッシュメモリをロウテーブルに置く。そして忙しいらしいスーツを着た自衛官二名は冷えた紅茶を飲み干して本部長室を出て行った。

 彼らの背を見送ってから本部長が後出しジャンケンの如く言い出す。

「そうそう、今回の敵のネイチャーディフェンダーは米国で仕入れた武器弾薬を我が国に流している形跡がある。霧島くんと鳴海くんは現在所持している銃では心許ないだろう。これも例のように別のものを交換・貸与する」

 職務外でも常に銃携帯を特別許可されている霧島と京哉が所持するのは機捜隊員が職務中に携帯するシグ・ザウエルP230JPなる、薬室チャンバ一発マガジン八発のフルロードなら合計九発の三十二ACP弾を連射可能なセミ・オートマチック・ピストルだ。

 だが通常弾薬は五発しか貸与されない上に三十二ACP弾は威力が弱い。

 そこで秘書官がロウテーブルに置いたのは二人が以前の特別任務でも貸与されたことのある代物でシグ・ザウエルP226なるフルロードなら十六発の九ミリパラベラムを連射可能な銃だった。おまけに十五発満タンのスペアマガジンを二本ずつ支給される。
 二人で都合九十二発というとんでもない重装備に京哉はドン引きした。

「誰かが命懸けではないと言っていた気がするのだがな」
「嫌味は結構です。でも本部長の言う現場運じゃないけれど、九十二発も持ち歩いていたら、幾ら平和を愛する僕らでも厄介事の方から寄ってくる気がしますよね」

 どんよりとした霧島と京哉は、だが仕方なくスーツのジャケットを脱ぐとショルダーホルスタごと元のP230JPを外し、新たにP226の入ったショルダーホルスタを身に着ける。
 スペアマガジン二本はパウチに入れて特殊警棒や手錠ホルダーの付いた帯革に装着し、ベルトの上に巻いて締め直すとジャケットを着直した。

 装備の重さの分だけ沈み込んだ気分に、一ノ瀬本部長がダメ押しの一言を添える。

「何はともあれ生きて帰ってきてくれたまえ。これは至上命令だ」
「了解です」

 霧島が今回の経費として税金の詰まったクレジットカードを預かると、三人は再度身を折る敬礼をして本部長室を辞し、二階の機捜の詰め所に戻った。
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