4 / 43
第4話
しおりを挟む
身を起こした霧島は濡れた髪をかき上げながら京哉の白い肌に未練を残しつつも、言質を取ったことでひとまずは納得したようだった。
身繕いする京哉に灰色の目で婀娜っぽいような視線を寄越して念を押す。
「ならば約束だからな。夜までは我慢してやる」
年上の男の我が儘はいつものことで、拒めず京哉は頬を僅かに染めながらも頷いた。
「じゃあ、そろそろ帰らないと副隊長がむくれて……」
そこで「ドォン!」という爆音が京哉の言葉をかき消した。
咄嗟に二人は目を上げる。フロントガラス越しに大学ビルの窓がこなごなに割れて吹き飛んだのを見た。ガラスと共に大量の紙切れが宙を舞う。
次の瞬間その窓から黒煙が吐き出され、叫びが聞こえた。
「爆発……事故でしょうか?」
「分からん。だが怪我人が出ているかも知れん」
すぐさま霧島が車載無線を取り、機捜本部に一報を入れる。指令センターを通じて同報を流させるよう命じ、そして二人は覆面を飛び出し爆発のあった大学ビルの前庭まで走った。
アスファルトの駐車場を駆け抜け、芝生を踏んで辿り着いたビルのふもとは足元がモザイク模様のブロック敷きになっていた。
そこには点々と傘が転がり飛散物を浴びた学生が倒れ、しゃがみ込んでいる。京哉は改めて携帯で消防及び救急の複数出動要請をすると受令機を耳に嵌めた。
霧島も同様にしつつ被害状況の把握に努めている。
小雨が降る中でまだ宙には無数の紙切れが舞っていた。
しかしそんなものに目を奪われている場合ではない。負傷者は十名以上に及んでいた。あちこちで啜り泣きが上がっている。
けれど傘を差していたのが幸いしたか、重篤な怪我人はいないように見受けられた。
京哉はビルを仰ぎ見る。爆発したのは三棟並んだビルの向かって一番左側、八階建ての六階部分だった。窓が吹き飛び素通しになった六階の一室からは、まだ薄く黒い煙が吐き出されている。炎は見えない。
これも幸いなことに大火災・大惨事に発展する心配はなさそうだった。
まもなく救急車が三台現着する。次に消防車が四台やってきた。
現着した救急隊員らが迅速に怪我人の応急手当をして救急車に収容しては病院へと出発する。同時に消防車が梯子を伸ばし爆発のあった部屋に消火剤を撒き始めた。
ここで自分たちに出来ることがないのを知った霧島が京哉を促す。
「現場に行ってみよう」
「はい。上にも怪我人がいるかも知れませんしね」
エントランスからビル内に入り、正面のエレベーターは使わず傍の階段を上った。
階段は遅まきながら避難してくる学生たちが多数いた。滝の如く流れてくる人波に逆らい押し分けて六階を目指す。
五階辺りから焦げ臭さを感じ始めた。六階の廊下はうっすら煙が漂っている。
爆発のあった部屋はすぐに分かった。廊下に降り注ぐスプリンクラー式消火装置でびしょ濡れになるにも関わらず、野次馬が結構な数いたからだ。
まずは爆発のあった部屋のひとつ手前を二人は覗いた。部屋のドアはスムーズに開く。無人の室内は棚が幾つも並び、パソコンやプリンターその他の機器が置かれた倉庫のようだった。異状といえば爆発の衝撃で窓ガラスにヒビが入っているくらいだ。
次に爆発のあった部屋へと向かう。まだ止まらないスプリンクラーのシャワーを浴びつつ、二人は野次馬の輪をかき分けた。
ドアは二ヶ所あったが両方共に歪み、手前側は吹き飛んで廊下に倒れている。爆発は結構な衝撃だったらしい。顔を突っ込んでみたが、内部は真っ黒かと思えばそうでもない。
火災が起きなかったためだろう。
室内のシャワーも窓外からの消火剤注入も止まっていた。煙が完全に収まっているのを見取って霧島と京哉は内部に足を踏み入れる。
煤混じりの消火剤で滑らないよう自然と霧島は京哉に手を差し出した。それをしっかり握った京哉は腕時計を見て時間を確かめ、口に出して脳内に叩き込む。
異動前に所轄署刑事課にいた頃、身に付いたクセだった。
「十五時四十二分、臨場と。ここも隣と同じ、倉庫っぽいですね」
「収納品は殆ど紙か」
将棋倒しになったスチール棚の間には焦げた紙束の包みが転がっている。全てがずぶ濡れだった。窓が破壊された状況で設置された二酸化炭素消火装置が作動しなかったらしい。
大した広さではないが天井の蛍光灯は破壊され、折れ曲がったスチール棚が積み重なっていて足元が悪く奥に辿り着くまで難儀する。
つるつるベタベタに障害物の山で片づけるのも大変そうだと京哉は思った。
苦労していると消防署員が直接、窓枠を乗り越えて入ってきた。
「ご苦労様です。県警機動捜査隊の者です」
手帳を翳し声を掛けておいて、ようやく棚の海を泳ぎ渡り窓際に辿り着く。消防署員と直接話せる状況に持ち込んだ訳だが、当の消防署員は口を開かず困ったような顔をして二人に目顔で奥を指し示した。当然ながら二人もそちらを注視する。
「奥の方は結構燃えたみたいですね……あ。発見しちゃいました」
同時に霧島も京哉と同じものを見ていた。多分三人分の死体だと思われた。臆さず近づいたが、どう見てもこれは救急車に乗せて貰えそうにない状態である。
「やられたな、それも複数とは」
死体から目を逸らした京哉は、まだ困った顔をしている消防署員に訊いてみた。
「こんな所でガス爆発はないですよね?」
「はあ、おそらく。調べてみないと分かりませんが偶然これを拾いまして」
銀色の手袋を嵌めた消防署員はその手を差し出して見せる。掌に載っているのは小さな金属部品の欠片だ。振り返って霧島も注視する。
京哉と眺めてから首を傾げた。
「これはいったい何なんだ?」
「はあ、確たることは言えませんが、多分信管の一部だと思われます」
「信管とは爆弾の起爆部品の、か?」
「ええ、まあ、そうなりますかね」
「なるほど、これは爆殺事件ということか……」
外からは第一報を受けて出動したパトカーの緊急音が近づいてきていた。
身繕いする京哉に灰色の目で婀娜っぽいような視線を寄越して念を押す。
「ならば約束だからな。夜までは我慢してやる」
年上の男の我が儘はいつものことで、拒めず京哉は頬を僅かに染めながらも頷いた。
「じゃあ、そろそろ帰らないと副隊長がむくれて……」
そこで「ドォン!」という爆音が京哉の言葉をかき消した。
咄嗟に二人は目を上げる。フロントガラス越しに大学ビルの窓がこなごなに割れて吹き飛んだのを見た。ガラスと共に大量の紙切れが宙を舞う。
次の瞬間その窓から黒煙が吐き出され、叫びが聞こえた。
「爆発……事故でしょうか?」
「分からん。だが怪我人が出ているかも知れん」
すぐさま霧島が車載無線を取り、機捜本部に一報を入れる。指令センターを通じて同報を流させるよう命じ、そして二人は覆面を飛び出し爆発のあった大学ビルの前庭まで走った。
アスファルトの駐車場を駆け抜け、芝生を踏んで辿り着いたビルのふもとは足元がモザイク模様のブロック敷きになっていた。
そこには点々と傘が転がり飛散物を浴びた学生が倒れ、しゃがみ込んでいる。京哉は改めて携帯で消防及び救急の複数出動要請をすると受令機を耳に嵌めた。
霧島も同様にしつつ被害状況の把握に努めている。
小雨が降る中でまだ宙には無数の紙切れが舞っていた。
しかしそんなものに目を奪われている場合ではない。負傷者は十名以上に及んでいた。あちこちで啜り泣きが上がっている。
けれど傘を差していたのが幸いしたか、重篤な怪我人はいないように見受けられた。
京哉はビルを仰ぎ見る。爆発したのは三棟並んだビルの向かって一番左側、八階建ての六階部分だった。窓が吹き飛び素通しになった六階の一室からは、まだ薄く黒い煙が吐き出されている。炎は見えない。
これも幸いなことに大火災・大惨事に発展する心配はなさそうだった。
まもなく救急車が三台現着する。次に消防車が四台やってきた。
現着した救急隊員らが迅速に怪我人の応急手当をして救急車に収容しては病院へと出発する。同時に消防車が梯子を伸ばし爆発のあった部屋に消火剤を撒き始めた。
ここで自分たちに出来ることがないのを知った霧島が京哉を促す。
「現場に行ってみよう」
「はい。上にも怪我人がいるかも知れませんしね」
エントランスからビル内に入り、正面のエレベーターは使わず傍の階段を上った。
階段は遅まきながら避難してくる学生たちが多数いた。滝の如く流れてくる人波に逆らい押し分けて六階を目指す。
五階辺りから焦げ臭さを感じ始めた。六階の廊下はうっすら煙が漂っている。
爆発のあった部屋はすぐに分かった。廊下に降り注ぐスプリンクラー式消火装置でびしょ濡れになるにも関わらず、野次馬が結構な数いたからだ。
まずは爆発のあった部屋のひとつ手前を二人は覗いた。部屋のドアはスムーズに開く。無人の室内は棚が幾つも並び、パソコンやプリンターその他の機器が置かれた倉庫のようだった。異状といえば爆発の衝撃で窓ガラスにヒビが入っているくらいだ。
次に爆発のあった部屋へと向かう。まだ止まらないスプリンクラーのシャワーを浴びつつ、二人は野次馬の輪をかき分けた。
ドアは二ヶ所あったが両方共に歪み、手前側は吹き飛んで廊下に倒れている。爆発は結構な衝撃だったらしい。顔を突っ込んでみたが、内部は真っ黒かと思えばそうでもない。
火災が起きなかったためだろう。
室内のシャワーも窓外からの消火剤注入も止まっていた。煙が完全に収まっているのを見取って霧島と京哉は内部に足を踏み入れる。
煤混じりの消火剤で滑らないよう自然と霧島は京哉に手を差し出した。それをしっかり握った京哉は腕時計を見て時間を確かめ、口に出して脳内に叩き込む。
異動前に所轄署刑事課にいた頃、身に付いたクセだった。
「十五時四十二分、臨場と。ここも隣と同じ、倉庫っぽいですね」
「収納品は殆ど紙か」
将棋倒しになったスチール棚の間には焦げた紙束の包みが転がっている。全てがずぶ濡れだった。窓が破壊された状況で設置された二酸化炭素消火装置が作動しなかったらしい。
大した広さではないが天井の蛍光灯は破壊され、折れ曲がったスチール棚が積み重なっていて足元が悪く奥に辿り着くまで難儀する。
つるつるベタベタに障害物の山で片づけるのも大変そうだと京哉は思った。
苦労していると消防署員が直接、窓枠を乗り越えて入ってきた。
「ご苦労様です。県警機動捜査隊の者です」
手帳を翳し声を掛けておいて、ようやく棚の海を泳ぎ渡り窓際に辿り着く。消防署員と直接話せる状況に持ち込んだ訳だが、当の消防署員は口を開かず困ったような顔をして二人に目顔で奥を指し示した。当然ながら二人もそちらを注視する。
「奥の方は結構燃えたみたいですね……あ。発見しちゃいました」
同時に霧島も京哉と同じものを見ていた。多分三人分の死体だと思われた。臆さず近づいたが、どう見てもこれは救急車に乗せて貰えそうにない状態である。
「やられたな、それも複数とは」
死体から目を逸らした京哉は、まだ困った顔をしている消防署員に訊いてみた。
「こんな所でガス爆発はないですよね?」
「はあ、おそらく。調べてみないと分かりませんが偶然これを拾いまして」
銀色の手袋を嵌めた消防署員はその手を差し出して見せる。掌に載っているのは小さな金属部品の欠片だ。振り返って霧島も注視する。
京哉と眺めてから首を傾げた。
「これはいったい何なんだ?」
「はあ、確たることは言えませんが、多分信管の一部だと思われます」
「信管とは爆弾の起爆部品の、か?」
「ええ、まあ、そうなりますかね」
「なるほど、これは爆殺事件ということか……」
外からは第一報を受けて出動したパトカーの緊急音が近づいてきていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
エイリアンコップ~楽園14~
志賀雅基
SF
◆……ナメクジの犯人(ホシ)はナメクジなんだろうなあ。◆
惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart14[全51話]
七分署機捜課にあらゆる意味で驚異の新人がきて教育係に任命されたシドは四苦八苦。一方バディのハイファは涼しい他人顔。プライヴェートでは飼い猫タマが散歩中に出くわした半死体から出てきたネバネバ生物を食べてしまう。そして翌朝、人語を喋り始めた。タマに憑依した巨大ナメクジは自分を異星の刑事と主張、ホシを追って来たので捕縛に手を貸せと言う。
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】
【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
やんごとなき依頼人~Barter.20~
志賀雅基
キャラ文芸
◆この航路を往かねばならぬ/準備万端整えたなら/荒れてもスリル日和だろう◆
キャリア機捜隊長×年下刑事バディPart20[全53話]
釣りを愉しむ機捜隊長・霧島と部下の京哉。電波の届かない洋上で連休を愉しんでいた。だが一旦帰港し再びクルーザーで海に出ると船内で男が勝手に飲み食いし寝ていた。その正体は中央アジアで富む小国の皇太子。窮屈なスケジュールに飽き、警視庁のSPたちをまいて僅かなカネで辿り着いたという。彼の意向で二人がSPに任命された。
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能な仕様です】
【Nolaノベル・小説家になろう・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
織りなす楓の錦のままに
秋濃美月
キャラ文芸
※鳴田るなさんの”身分違いの二人企画”に参加しています。
期間中に連載終了させたいです。させます。
幕藩体制が倒れなかった異世界”豊葦原”の”灯京都”に住む女子高生福田萌子は
奴隷市場に、”女中”の奴隷を買いに行く。
だが、そこで脱走した外国人の男奴隷サラームの巻き起こしたトラブルに巻き込まれ
行きがかり上、彼を買ってしまう。
サラームは色々ワケアリのようで……?
僕の四角い円~Barter.17~
志賀雅基
キャラ文芸
◆神サマを持つと人は怖い/神の為なら誰にも/神にも折れることを許されないから◆
キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart17[全48話]
高級ホテルの裏通りで45口径弾を七発も食らった死体が発見される。別件では九ミリパラベラムを食らった死体が二体同時に見つかった。九パラの現場に臨場した機捜隊長・霧島と部下の京哉は捜索中に妙に立派ながら覚えのない神社に行き当たる。敷地内を巡って剣舞を舞う巫女と出会ったが、その巫女は驚くほど京哉とそっくりで……。
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】
【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
Golden Drop~Barter.21~
志賀雅基
キャラ文芸
◆Mission is not my cup of tea.◆
キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart21【海外編】[全62話]
紅茶に紛れてのヘロイン密輸が発覚、機捜隊長・霧島と部下の京哉のバディに特別任務が下った。だが飛んだアジアの国の紅茶の産地は事前情報とは全く違い、周囲と隔絶された西部劇の舞台の如き土地でマフィアが闊歩・横行。たった一人の老保安官は飲んだくれ。与えられた任務は現地マフィアの殲滅。もはや本気で任務遂行させる気があるのか非常に謎でザルな計画が始動した。
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】
【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる