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第4話

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 身を起こした霧島は濡れた髪をかき上げながら京哉の白い肌に未練を残しつつも、言質を取ったことでひとまずは納得したようだった。
 身繕いする京哉に灰色の目で婀娜っぽいような視線を寄越して念を押す。

「ならば約束だからな。夜までは我慢してやる」

 年上の男の我が儘はいつものことで、拒めず京哉は頬を僅かに染めながらも頷いた。

「じゃあ、そろそろ帰らないと副隊長がむくれて……」

 そこで「ドォン!」という爆音が京哉の言葉をかき消した。
 咄嗟に二人は目を上げる。フロントガラス越しに大学ビルの窓がこなごなに割れて吹き飛んだのを見た。ガラスと共に大量の紙切れが宙を舞う。
 次の瞬間その窓から黒煙が吐き出され、叫びが聞こえた。

「爆発……事故でしょうか?」
「分からん。だが怪我人が出ているかも知れん」

 すぐさま霧島が車載無線を取り、機捜本部に一報を入れる。指令センターを通じて同報を流させるよう命じ、そして二人は覆面を飛び出し爆発のあった大学ビルの前庭まで走った。
 アスファルトの駐車場を駆け抜け、芝生を踏んで辿り着いたビルのふもとは足元がモザイク模様のブロック敷きになっていた。

 そこには点々と傘が転がり飛散物を浴びた学生が倒れ、しゃがみ込んでいる。京哉は改めて携帯で消防及び救急の複数出動要請をすると受令機を耳に嵌めた。
 霧島も同様にしつつ被害状況の把握に努めている。

 小雨が降る中でまだ宙には無数の紙切れが舞っていた。

 しかしそんなものに目を奪われている場合ではない。負傷者は十名以上に及んでいた。あちこちで啜り泣きが上がっている。
 けれど傘を差していたのが幸いしたか、重篤な怪我人はいないように見受けられた。

 京哉はビルを仰ぎ見る。爆発したのは三棟並んだビルの向かって一番左側、八階建ての六階部分だった。窓が吹き飛び素通しになった六階の一室からは、まだ薄く黒い煙が吐き出されている。炎は見えない。
 これも幸いなことに大火災・大惨事に発展する心配はなさそうだった。

 まもなく救急車が三台現着する。次に消防車が四台やってきた。

 現着した救急隊員らが迅速に怪我人の応急手当をして救急車に収容しては病院へと出発する。同時に消防車が梯子を伸ばし爆発のあった部屋に消火剤を撒き始めた。
 ここで自分たちに出来ることがないのを知った霧島が京哉を促す。

「現場に行ってみよう」
「はい。上にも怪我人がいるかも知れませんしね」

 エントランスからビル内に入り、正面のエレベーターは使わず傍の階段を上った。
 階段は遅まきながら避難してくる学生たちが多数いた。滝の如く流れてくる人波に逆らい押し分けて六階を目指す。
 五階辺りから焦げ臭さを感じ始めた。六階の廊下はうっすら煙が漂っている。

 爆発のあった部屋はすぐに分かった。廊下に降り注ぐスプリンクラー式消火装置でびしょ濡れになるにも関わらず、野次馬が結構な数いたからだ。

 まずは爆発のあった部屋のひとつ手前を二人は覗いた。部屋のドアはスムーズに開く。無人の室内は棚が幾つも並び、パソコンやプリンターその他の機器が置かれた倉庫のようだった。異状といえば爆発の衝撃で窓ガラスにヒビが入っているくらいだ。

 次に爆発のあった部屋へと向かう。まだ止まらないスプリンクラーのシャワーを浴びつつ、二人は野次馬の輪をかき分けた。
 ドアは二ヶ所あったが両方共に歪み、手前側は吹き飛んで廊下に倒れている。爆発は結構な衝撃だったらしい。顔を突っ込んでみたが、内部は真っ黒かと思えばそうでもない。
 火災が起きなかったためだろう。

 室内のシャワーも窓外からの消火剤注入も止まっていた。煙が完全に収まっているのを見取って霧島と京哉は内部に足を踏み入れる。
 煤混じりの消火剤で滑らないよう自然と霧島は京哉に手を差し出した。それをしっかり握った京哉は腕時計を見て時間を確かめ、口に出して脳内に叩き込む。

 異動前に所轄署刑事課にいた頃、身に付いたクセだった。

「十五時四十二分、臨場と。ここも隣と同じ、倉庫っぽいですね」
「収納品は殆ど紙か」

 将棋倒しになったスチール棚の間には焦げた紙束の包みが転がっている。全てがずぶ濡れだった。窓が破壊された状況で設置された二酸化炭素消火装置が作動しなかったらしい。
 大した広さではないが天井の蛍光灯は破壊され、折れ曲がったスチール棚が積み重なっていて足元が悪く奥に辿り着くまで難儀する。

 つるつるベタベタに障害物の山で片づけるのも大変そうだと京哉は思った。
 苦労していると消防署員が直接、窓枠を乗り越えて入ってきた。

「ご苦労様です。県警機動捜査隊の者です」

 手帳を翳し声を掛けておいて、ようやく棚の海を泳ぎ渡り窓際に辿り着く。消防署員と直接話せる状況に持ち込んだ訳だが、当の消防署員は口を開かず困ったような顔をして二人に目顔で奥を指し示した。当然ながら二人もそちらを注視する。

「奥の方は結構燃えたみたいですね……あ。発見しちゃいました」

 同時に霧島も京哉と同じものを見ていた。多分三人分の死体だと思われた。臆さず近づいたが、どう見てもこれは救急車に乗せて貰えそうにない状態である。

「やられたな、それも複数とは」

 死体から目を逸らした京哉は、まだ困った顔をしている消防署員に訊いてみた。

「こんな所でガス爆発はないですよね?」
「はあ、おそらく。調べてみないと分かりませんが偶然これを拾いまして」

 銀色の手袋を嵌めた消防署員はその手を差し出して見せる。掌に載っているのは小さな金属部品の欠片だ。振り返って霧島も注視する。
 京哉と眺めてから首を傾げた。

「これはいったい何なんだ?」
「はあ、確たることは言えませんが、多分信管の一部だと思われます」
「信管とは爆弾の起爆部品の、か?」
「ええ、まあ、そうなりますかね」
「なるほど、これは爆殺事件ということか……」

 外からは第一報を受けて出動したパトカーの緊急音が近づいてきていた。
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