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遠藤近頼の章2 日本一のハーレム男

第131話 ハーレム男はつらいよ

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きっと、こんなゾンビの世界になる前ならば…今の俺の立場を、羨ましいと思う男は大勢いたのではないだろうか?

羨ましい事なんて何一つないのに…

男はゾンビウイルスに対して感染率が高く、発症率も高かったためほとんどが死滅してしまった。女は噛まれないとゾンビにならないため、比較的生き残っている人が多いのだ。

羨ましいと思ってくれるような男が、生きててくれた方がましだったかもしれない。もしくは、俺と同じような男が数人でもいれば…

「ふう」

俺は皇居の雑木林周辺と敷地内の畑を散歩しながら、一つため息をついた。本拠地であるホテルから皇居に移り、しばらくはここで生活をすることになっている。

「どうしたの?」

菜子様のSPである吉永奈穂美が聞いてくる。散歩とはいえ、俺一人になる事は出来ない。ホテルの周りに設けたバリケード内でもだ。こうして皇居の塀の中を散歩するのにも、吉永さんと数人の女がついてまわる。一人になれるのは時々で、トイレか風呂か休み日の夜だけ。後は大抵近くに女がいるのだった。

「男児も妊娠している女の人もいるから、俺が一人でうろついても大丈夫だと思うんだけどね」

「いいえ。それはゾンビに対してだけの事、万が一人間の襲撃にあった場合、あなたを守らないといけないわ」

「吉永さんもあまり、娘と一緒に過ごしていないんじゃないですか?」

「まあそれぞれに得意な役割というものがあるし、しかたないんじゃないかしら」

「まあ…」

俺はそれ以上何も言えなかった。

吉永さんはもう出産するには年齢が過ぎているので、既に子作りのローテーションから外れている。さらに男っぽい性格なのもあって、ある程度本音が話せる相手だった。

「まあ分からなくもないけどね。一人の時間が無いのと、異性だけとしか話す事が出来ないのはストレスかもね」

「息子らと話すのは面白いけど、まだ子供だしスポーツを一緒にやるわけでもないから物足りないんだ」

「子供達は筋トレとかしないから、ジムとかいかないわね」

「そう…」

「スポーツか。そういえば川村さんと梨美ちゃんはテニス部だったんじゃない?」

「そう言えば…栞と夏希もだった。彼女らはほとんどやってないみたいだけど」

「川村さんは結構な腕前みたいよ」

「そう聞いてる」

「ここにはテニスコートもあるしやってみたら?」

「テニスか…いいかも!発散できそう」

「善は急げだわ」

吉永さんに連れられて畑に行くと、そこで農作業をやっている女たちがいた。

「川村さーん!」

吉永さんが呼ぶ。

「はーい」

川村みなみが俺達の下にやって来た。農作業をしていたので顔に泥がはねている。

「ごめんね。あの…テニスに付き合ってくれないか?」

「テニスですか!是非!」

「でも、農作業中じゃなかった?」

俺が言うと、吉永さんが言う。

「いやいや…遠藤君のストレス発散は最重要課題なのよ。それを差し置いて農作業なんてあり得ないわ」

ふうっ‥‥この特別待遇もなんとなくストレスになっているんだが、あまり我儘を言っても仕方がないので黙っておく。

「ではテニス一式が建物にありましたので」

川村みなみが生き生きとしてきた。彼女は大学でも大会に出場していい線いってたみたいなので、テニスは大好きなのだろう。

「まあ俺はテニスした事無いんだけどね、教えてくれるとうれしいんだ」

「わかりました」

すでに彼女との間には1歳半の子供がいる。男児でゾンビ消去遺伝子を持っていた。今は子供と一緒に皇居で暮らしている。

「じゃあ先にテニスコートに行っているわ」

吉永さんが言った。

「はい」

みなみちゃんが走ってテニスグッズを取りに行った。

俺達がテニスコートに行くと、草が生えて荒れていた。

「あっ荒れてるね」

「あら、じゃあ私たちが草をとるわ。遠藤君は見てて」

「俺も手伝うさ」

「そう?じゃあ準備運動も兼ねてやる?」

「ああ」

そして俺と数人の女性でテニスコートの草むしりを始めた。しばらくむしっていると川村みなみも合流したので、一緒になってコート1面分の草を無くす。

「ふう」

「じゃあやります?」

「お願いします!先生」

「軽くストレッチしましょ、特に足の筋を傷めないように」

「了解」

体を密着させて川村みなみと一緒にストレッチをする。テニスコートの周りには、吉永さんと数名が護衛をするように立って見ていた。はじめてなので下手だと思うが、あんまり見ないでほしい。

「じゃあサーブから」

「ああ」

まずは下打ちのサーブから教えてもらう。

「そうそう!それは大丈夫そう」

「まあこれくらいは」

「じゃあ上に球を上げて打ってみましょう」

「わかった」

まずは川村みなみがお手本を示す。上に球を上げてパコーン!と気持ちのいい音をたてサーブを決める。

「こんな感じです」

「わかった」

俺が球を上に投げてサーブをしようとする。

スカッ!

「あ!」

「どんまい!普通はそんな感じ」

「なるほどなるほど」

それからしばらくは、みなみにサーブを教えてもらった。普段ジムで体を鍛え上げているので、筋肉や柔軟性に問題はないがどうやらセンスがないらしい。

「じゃあアンダーサーブでいいので、打ちあってみましょうか?」

「それがいい」

みなみは軽ーくサーブを打ってくれる。俺がその球に追いついて打ち返すが、ネットにひっかかってしまった。なかなかに難しく、タイミングも合わない。

「もういっかーい」

みなみが球を打ってくれる。俺が走って追いつくが、今度は力みすぎて相手コートを超えてしまった。

「むずいな」

「大丈夫!いい線いってる!」

みなみが俺を励ます。

「うまい!」

「よ!」

「それ」

小一時間もやっているうちに、少しはラリーが続くようになった。日ごろから体を鍛えていてよかったと思う。

「はあはあ」

俺が汗をかいて脇にあった、ちょっと錆びたベンチに座ると吉永さんがペットボトルの水を持ってきてくれた。

「ありがとう」

「はい、みなみちゃんも」

「すいません」

二人で水を飲んだ。

「どう?」

「やっぱスポーツは良いね。ジムとは違う汗をかいたよ」

「よかった」

「みなみちゃん、これからもよろしく頼むよ」

「よろこんで!」

彼女とはあまり話してこなかった気がするが、テニスと言う共通点からもっと仲良くなれそうな気がした。これからもテニス仲間が増やせたら面白いと思う。

「では、せっかくなので今日はみなみちゃんが加わってはいかが?」

「ん?」

「私、今日の担当じゃないですけど」

「遠藤君、どうかしらね?」

「お願いしたいな」

「ありがとうございます」

本来は今日、川村みなみと過ごす日では無かった。だがここ皇居…特に吉永さんは、女たちの都合よりも俺の都合を最優先してくれる。毎日のルーティーンさえ外さなければ、俺が自由に決めて良い所もあるのだ。吉永さんに相談した結果だが、皆も納得するしかないらしい。

「でも…」

みなみが口ごもる。

「なんだい?」

「なんだか特別扱いのようで気がひけます」

「そこは仕方がないんじゃないかしら?」

吉永さんが言う。

「彼はこの世界の希望なのだし、皆も納得済みでいるはずよ」

「ちなみに今日のお相手は誰だったんだろう?」

「永田芽郁ちゃんね」

「うわー、今日が最初の人か。一応彼女にも聞いてみようかな」

永田芽郁は半年前に救出した人で、ようやく決心がついた女の子だった。23才でもちろん初めてではないが、俺の相手は初めてなのだった。
  
「いや、私が遠慮しますよ」

みなみが言う。

「いいえ、遠藤さんがそうしたいならいいんじゃない?」

「まずは話を」

そして俺達は永田芽郁のいるところに行く事になった。彼女は皇居の住居内で今日の為に準備をしているらしい。俺の相手になる日は基本非番になるのだ。しかもまだ一度も夜を過ごした事のない女性なので、もしかしたらナーバスになっている可能性がある。

「ここ?」

「そう」

彼女がいる部屋の前に行き、ノックする。

「はい!」

中から女の子が出て来た。癒し系の顔立ちで、笑顔が素敵な色白で可愛い女性だ。髪は中分けにしており、きゅっと髪を後ろに結って爽やかな感じがする。

「失礼します」

「えっ!えっ!遠藤さん!まだ時間になってませんよ!」

「あ、違うんだ」

永田芽郁は突然の訪問に慌てていた。夜に備えて気持ちの整理でもつけていたのかもしれない。彼女の緊張気味の顔を見て悪い事をしたなと思えて来た。

「何かありましたか?」

「ごめんね。ちょっと気持ちを聞かせてもらってもいいかな?」

「はい」

「じゃあ皆さん。二人きりで話をしますのでおまちください」

そう言って俺は一人永田芽郁の部屋に入っていく。流石は皇居の一室だけあって、なかなかに豪華な部屋だった。彼女はその部屋で一人何をしていたのだろう?

「どうしました?」

「もしかしたら緊張してる?」

「はい」

「リラックスして良いよ」

「はい」

永田芽郁とも何度か話をした事はある。彼女は女数人と一緒に隠れ逃げ回って、ゾンビの世界を生き残って来た人だった。彼氏がゾンビになる間際まで一緒にいたらしく、トラウマになっているようだった。というよりも助けた中に、永田芽郁と同じような境遇の子は結構いる。

「どうかな?気持ちは」

「ようやく定まってきました」

「そうか。その決意を揺らがせるつもりはないんだけど、今日で良かったかな?」

「あの…」

「何かな?」

「やっぱり今日じゃなくても?」

「もしかしたらまだ怖い?」

「はい」

そう…彼女は自分の彼氏がゾンビになって襲い掛かって来たのだった。その時の恐怖がなかなか消えずに、ずっと引きずっていたのだ。なんとか逃げ延びて今に至る。

「俺は変わらない。遺伝子的にゾンビにはならないし、ゾンビを滅ぼす能力が身についている」

「分かっています。実際にこの目で見ましたから」

「まあ、そう言っても怖いよね?いまこの瞬間、俺と一緒の部屋に居ても汗をかいている」

「す、すみません!」

「謝る事じゃないよ。もしかしたらそうなんじゃないかと思って聞きにきたんだ。そしてもし芽郁さんが怖いなら、また日にちをずらしたっていいんだよ」

「……」

永田芽郁は考え込んでしまった。やはり二人きりになってみて思う、彼女は無理だ。

「どうしようか?」

「あの…もう少し考える時間をもらった方がよさそうです」

「そのようだね。答えはいつでもいいんだ。思いつめないでね」

「ありがとうございます」

「今日はゆっくり休んで、俺はまだこの拠点にいるし、3ヵ月もしたら戻ってくるから」

「いいんですか?」

「いつでもいい」

「優しいんですね」

「いや、身勝手なところもあるよ」

「でもいろんな人に気を使って」

「それくらいしかすることがないだけさ」

そして永田芽郁に別れを告げて部屋を出る。もし彼女の決心が揺るがなかったら、川村みなみと一緒に居るのをあきらめて彼女と二人になる事にした。だが彼女は決心が揺らいでいたらしく、今日の所は断念する事にしたらしい。

「どうだった?」

「今日はやめにすると」

「そうですか…わかりました」

「ごめんね。俺が我儘言ったみたいで」

「いや私はうれしいですけど」

「ならいいんだ」

と、俺達が立ち去ろうとした時だった。

ガチャ

再び永田芽郁の部屋のドアが開いた。

「あの!」

「えっ?」

永田芽郁が焦ったように出て来る。

「どうした?」

「えっと、もし可能なら!遠藤さんと二人きりじゃなくて…その…」

俺達は彼女の気持ちが痛いほどわかった。

「ああ、そう言う事なら大丈夫よ」

吉永さんが言う。

「え?」

「いままでもそう言う人いっぱいいたから、普通なのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。華江先生が言っていたけど、PTSDだから克服するには、そういうやりかたもありなのよ」

「でも、私と一緒で良い人なんていますか?」

永田芽郁が不安そうに言う。

「私が」

川村みなみが答えた。

「みなみさん?いいんですか?」

「全然大丈夫よ。むしろ私でもいいかしら?」

「はい!」

どうやら永田芽郁はみなみちゃんが一緒で嬉しそうだった。むしろ最初から、そういう相談を持ち掛けた方が良かったのかもしれない。

まあ結果オーライだ。

「じゃあ3人の食事を用意してもらわないとね。どうせなら一緒に食事をしたらいいんじゃない?」

吉永さんが言う。皇居はある程度、野菜の自由が利くため、こういう時は一緒に食事がとれた。それぞれの拠点で特性があり、それをよく知っているのは俺だけなのだが、ここはここで良いところがある。

高層ホテルの管理者は優美
皇居の管理者は吉永さん
セントラル総合病院の管理者は華江先生
ガスエネルギー施設の管理者は北原愛奈

それぞれにルールが若干違っていて、その変化が俺のマンネリ化を防いでくれていると言っても過言ではない。

「じゃあ」

そして俺達は食堂に連れられて行く、すると数人が料理を作ってくれていた。

「あ、遠藤さん」

「菜子さん」

俺が声をかけたのは皇族だった菜子様だ。皆は菜子様と呼んでいるが、俺だけは菜子さんと呼んでいる。

「早いですね」

「ちょっと予定より早くきたのです」

吉永さんが言う。

「まもなく準備ができますよ」

「では座って待ってます」

俺とみなみちゃんと永田芽郁が席に座る。

「3人分お願いします」

「はーい」

しばらくまっていると3人分の料理が運ばれて来た。野菜中心の体にいい料理。ここでも俺の体調を気遣った料理が出されるのだった。

「では頂きます」

「どうぞー」

菜子さんが言う。

料理は塩分控えめだが、野菜の味が感じ取れてとてもうまかった。3人は体に良さそうな料理を食べ終わって一息ついた。

「では少しの休憩の後、3人で軽く体操などをしましょう」

吉永さんに言われる。ここでもやはりルーティーンは守らなければならないのだった。俺達は体操が出来る広いダンスルームに行くと、そこには子供たちがいた。

「まんま!」

みなみちゃんと吉永さんの所に子供が二人駆けつける。もちろん俺と二人の子供だった。

「パパも来てるわよ」

子供はちょっとだけキョトンとして、ニコリと笑う。

「パパ!」

みなみちゃんとの子供が俺に近づいて来たので抱っこしてあげる。もちろん俺のことをあまりパパだと思っていないみたいだが、みなみちゃんが言う事でパパと認識したようだ。

「あらー、パパにだっこしてもらっていいわねー」

するともう一人の女の子も羨ましそうに見ていた。吉永さんの娘だった。

「よし!抱っこしてあげるよ」

反対側の腕で抱き上げてやった。二人ともキャッキャと笑って喜んでいる。やはり子供と接するのはいい!とにかく幸せしか感じない。

その姿を脇から永田芽郁が見ている。

「彼らがいるから、この土地は安全なんだよね」

「不思議ですね」

「俺も信じられないよ」

「妊娠しても、男児が生まれてもあの力があるんですよね?」

「そうなんだ」

「不思議…」

永田芽郁は子供達をじっと見つめている。その眼差しは羨ましいのか、どういう眼差しかは分からないが、決して悪い意味ではないような気がする。

「じゃあ一緒に遊びながら体操しますよー」

みなみちゃんが言った。

「わーい」
「やったー」
「あそぼー」

子供達が集まりみんなで体操を始める。みなみちゃんは大学卒業後は教育系の仕事に進むつもりだったらしく、子供達の扱いが上手い。本部には元保育士だった白岩麻衣がいるが、皇居での担当はみなみちゃんともう一人いた。

子供達に混ざって手遊びのような物や、簡単な遊びを交えたダンスをする。子供達はあちこちに動き回るので、それを見ながらだと結構な体力を使うのだった。俺も汗をかきながら子供達の面倒を見る。幸せだ。

「じゃあ、今日の体操はおわりー。お昼寝の時間でーす」

もう一人の子育て担当の女性が言った。

「パパ、バイバーイ」
「バイバーイ」

子供達が手を振る。

「バイバーイ」

子供達は女たちに連れられて、他の部屋に行ってしまった。昼寝をするのだそうだ。

「たまに来ないと、父親だって思ってもらえなさそうだよ」

「そうね、私たちが写真を見せたり、パパだって教えてあげないと忘れちゃうのよね」

「やっぱりそうか」

どうやら彼女らなりに涙ぐましい努力をしてくれているようだ。そうでなければ3カ月に1回来る人を父親だなんて思えないだろう。たまたま男が俺だけなので、珍しくて覚えていてくれる子もいるようだが。

「まあ仕方のない事だわ。総数百名以上いるのだから、あなたが父親として居られる時間なんてわずかだし、とにかく来た時はなるべく子供に会ってもらえるとうれしいわね」

吉永さんが言う。

「わかった」

そして俺達はそのまま浴室へと向かう事にした。そこそこ広い浴室があり数人で入る事が出来る。脱衣所には既に3人分のローブが用意されていた。

「ふぅ」

「子供って、けっこう体力使いますよね」

「ああ」

俺とみなみが話をしながら服を脱ぎ始めた。既に慣れっこなので違和感は無かった。だが永田芽郁はなかなか服を脱ぐことができないでいる。

「あ、はずかしいかな?」

「あの‥そうですね」

「じゃあ俺達は先に入ってるから、後から来たらいいよ」

「わかりました」

浴室に入ると、既にお湯が満たしてありすぐに入れるようになっている。俺とみなみちゃんは軽く汗を流してから湯船に入った。すると遅れてタオルを巻いた永田芽郁が入ってくるのだった。

「タオル巻いて、そのまま入ったら?」

俺は恥ずかしいと思い永田芽郁に言う。

「いえ」

そして彼女は入る直前にタオルを外して湯船につかった。3人はいると結構狭いので体が密着する。すると永田芽郁が緊張しているのが伝わって来た。俺は緊張させないように話をし始める。しばらく話を続けているといい感じに体があったまってきた。

「あー、気持ちよかった。上がろうかな」

「私と芽郁ちゃんはまだ」

「わかった。そこで涼んでるよ」

「ええ」

そして俺は先に上がり、体を拭いた。高層ホテルとは違って発電機がそこらじゅうにおいてある。浴室内の灯りとドライヤーの為に発電機が回っていた。

軽く髪を乾かして、鏡をみる。

「おい俺。お前、何年か前にこんなこと想像してたか?」

もちろん鏡の中の俺は答えない。男のいないこの世界で唯一話せる男が、この鏡の中の俺だけだった。

「今日は…二人が相手だよ。でもな…過去のお前に言いたいんだ。それは決していいものではない。むしろ仕事を毎日淡々とこなし、週末に業務スーパーに行って買いだめをする。そんな事が幸せだったと本気で思えるよ。おまえはどちらかと言うと、一人の女性と知り合って、一生添い遂げたいという夢があったはずだろ?ところが毎日、自分の周りに女がいて、甲斐甲斐しく俺の世話をして、その人達と毎日のように子作りをしなければならないんだ」

なんだか鏡の中の俺が、哀れな俺を見て笑っているような気がしてくる。

ちょっと危ない感じになっていると思うだろうが、いったん本来の自分を思い出し、それから複数の女を相手にしても平気な自分を作るための作業なのだ。いつもは自分一人だけの部屋でこれを行っているのだが、今日はここから3人になるので彼女らが上がってくる前に行う。

「でもやれる。俺はきっと楽しんでいるんだ。そして彼女らを満足させることができる。俺はやれる人間になったんだよ。女性みんなに成長させてもらったんだ。だからお前も心配するな、今日の俺も必ずうまくやるさ」

カラカラカラカラ

俺がそんなことをやっていると、中から二人が上がって来た。

「気持ちよかったー芽郁ちゃんは?」

「リラックス出来ましたー」

「よかったー!」

みなみちゃんが上手くやってくれたらしい。二人は手早く体を拭いて、ローブを着た。

「毎日入れないから得した気分、芽郁ちゃんがOKを出してくれたおかげかな」

「私は‥むしろ、みなみさんが一緒で良かった」

「ありがとう」

髪を乾かし3人で部屋に上がる。風呂上がりの水分補給をしてホッと一息ついた。3人で軽く話し合いを始める。昔の楽しかった事や、最近の出来事。

「さっき子供達を見て、私も前向きになりました。私もやっぱり子供が欲しいです」

「うんうん!子供は良いよぉ、すっごく気持ちが落ち着くし、元気に育ってくれていると安心する。そして遠藤さんの力を引き継いでくれていると思うと、凄く心強いの」

「それ、わかります」

「それがみんなの原動力にもなっていると思うの、遠藤さんだってかなり大変だけど私達に付き合ってくれているわ」

みなみちゃんはどうやら俺の気持ちを察しているようだ。

「はい」

「俺は…そんなに大変じゃないけど…」

うーむ。歯切れが悪いぞ、俺。

「おそらく古参のみんなは気付いてる」

「えっ?そうなの?」

俺が聞く。

「それはそうですよ。だって無理がありますもん、もちろん華江先生が言う事も分かるけど、遠藤さんも機械じゃないですからね。だから私たちは極力無理をさせないように心がけてますよ」

「そうだったんだ」

「すみません。遠藤さんや古株の皆さんの気持ちも知らずに、私ったら自分の事ばかり」

「いやいや芽郁さん、それは違うよ。ここに集まったみんなが心に傷を負っているんだ。そこを無理して精神が壊れたりしたら意味が無いんだよ」

「はい。でも今日踏み切ったのは、過去を忘れたいという気持ちも大きいんです」

「わかるわ。実は私も遠藤さんと子供をもうける事で、過去を振り切ったようなところがあるもの」

「そうなんですね?」

「そう。だからみんなの気持ちは一緒なの、結構それで今の生きがいを見出してる人もいるし」

「わかりました」

なるほど。むしろ今日は川村みなみを誘って正解だったのかもしれない。彼女のおかげで永田芽郁の心がセットされた。俺もどこまでこんなことを続けられるか分からないので、可能ならばなるべく今日が良かった。華江先生は心臓に負担をかけるといけないので、クスリを使う事を許してはいない。とにかく20代のうちにどれだけ子供を作るかが勝負だと思っている。

「じゃあ、遠藤さん…リラックスしてください」

みなみちゃんが俺のローブを脱がしてくれた。

その後で二人は自分のローブをゆっくりと下ろしていくのだった。こうして俺達の希望の未来が紡がれていくと信じて。
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