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橋本里奈の章

第119話 救える命

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結局、私たちは当面いままで通りの生活を続けることになった。回収や遠征先でゾンビ感染をしている人を見つけた場合、常に血清を持ち歩いて打ってあげる事にしたのだった。感染してからゾンビになるまでは理性もあるため、こちらの言う事も聞いてくれるだろう。

だが、遠藤さんや男児を連れて遠征した場合は、感染者に遭遇する事も無いだろうという結論になった。新しい場所に遠征をするときなどは彼らが必ず同行する為、生きている人間に会う可能性は低いだろうと思う。その時は最初から生存者にあうのは未感染の人と言う事になる。それでも生きた人間を救えるのだからいいと言う事になった。

それから数ヵ月はそんな状態で進んだ。

「遠藤さん。」

「なんだい、里奈ちゃん。」

今回の遠征で私は遠藤さんに聞いてみたいことがあった。丁度、車の後部座席に二人になったので話をしていた。運転席には瞳マネ、助手席には吉永さんが乗っている。聞いてみるには好都合なタイミングだ。

「千葉の事覚えてます?」

「ああ覚えてるよ。先生の新しい研究所を探しに行った時だろ?」

「そうです。」

「それがどうかした?」

「あの時、コンビナートから狙撃して来た人が居たの覚えてます?」

「もちろん。」

「恐らく私達がエネルギーを奪いに来た人間だと思われたんですよね?」

「たぶんね。」

「彼らはまだ生きてますかね?」

「‥‥。」

遠藤さんは少し沈黙した。そして何かを考えるように答える。

「東京のコンビナートや食糧倉庫には人が来てないんだよね。もちろん東京の人口から考えてゾンビが大量にいるかもしれないと思えば来ないよね。でも向こう側で食料はどうしてるんだろうって思うんだ。」

「そうですよね。食糧倉庫なども確かにありましたけど、東京近郊よりは数は少ないはずです。かなりの田舎でしたから。」

「もし生きていれば、海を渡ってくる可能性があるかもね。」

「ボートを入手できたらですよね。」

「そうだね。大型船舶じゃあ動かす事が出来るかどうかわからないし。」

「私は、再度確認しに行く必要があるんじゃないかと思うんです。」

私が言う。

あれからだいぶ時が経っているため、人間は全滅してしまったかもしれないし、さすがに弱って歩み寄ってくるかもしれない。人間はいつまでも争っていては、この世界を生きてはいられないと思うのだった。

「だけど、備蓄なんかがあればそれを守るために、攻撃してくる可能性はあるよな。」

「はい。ですが、今生存している可能性があるとすれば、あの時の人間だと思うんです。」

とはいえ、何人いるのか?どんな集団なのか?男女の比率は?何も分からないので、近寄るのは危険かもしれなかった。もしかすると遠藤さんのような力を持っている人が居るかもしれない、とも考えたのだが、それならば絶対東京に進出してくるはずだった。しかしあれから東京で人間と出会う事も無くなった。

「今度一度、みんなで話し合ってみる必要がありそうだね。」

「はい。」

そんな俺達の会話を聞いて吉永さんが話してくる。

「こちらも武装をしているのだし、それはいい考えだと思うわ。いざとなれば応戦すればいい事だし、万が一相手を殺してしまってもその時はお互い様と言う事かしら。」

吉永さんならそう言うと思った。彼女は生きるための術に関してはエキスパートだった。自分たちに害をなす人間なら排除してもやむを得ないと言う。

「しかし、里奈は逞しくなっちゃったわね。女優やってた時は右も左も分からないお嬢様だったのに。」

「瞳マネ。私だって生きるために必死だもの当り前よ。」

「そうね…。」

瞳マネが悲しそうな目をした。それもそのはずだった、彼女は時折、私と二人で話す時には平和な世界で女優業をさせてあげれなかった悔しさを話してくる。どんな女優にしたかったのかとか、世界に通用する女優にしたかったとかの夢を語る。

私も悔しくない訳じゃないが、子供を育てゾンビの世界を生きるうちにその気持ちは無くなってしまった。いまは一番生き残るのに確率の高い方法と、子供達の未来のための人間の確保を最優先に考えている。

「とにかく今度話しましょう。」

「わかった。」

私が言うと遠藤さんが頷く。

そして私たちは新しい場所へとたどり着いた。

京浜コンビナートだった。

丹沢に鹿を獲りに行った帰りに、次はここに来ようと言う事になっていたのだった。

「もしかするとここに人間がいる可能性もありますよね。」

「そうだな。」

道路には相変わらず乗り捨てられた車がたくさんあり、工業地帯に入っていくときもマイクロバスを進めるのに苦労した。

「こんなに道が荒れてるって事は…。」

「使われていないって事ですね。」

「恐らく人間が活動拠点にしていないのかもしれない。」

「ゾンビにやられてしまったとか。」

「もちろんそうも考えられる。」

視界が通った道路の1キロ以上先にはなんとなく動く者がいるような気がする。しかし私たちが進むと消滅してしまうので間違いなくゾンビだった。

「ゾンビはいますけどね。人間がいるかどうか。」

「感染してれば消えるのよね?」

吉永さんが言う。

「そうなります。」

「どのみち助からないって事ならしかたがないか。」

吉永さんはだいぶドライな考えをする。合理的と言った方が良いかもしれない、割り切った考えをした方が生き延びる可能性が高いのだとか。

私はそこまで割り切れない。

甘いかもしれないが、救える命があるのなら救いたいと思うのだった。
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