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長尾栞の章
第58話 卒塔婆に戒名を書く
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あれから2カ月で私の出産予定日が近づいて来た。
私は臨月となり体を動かすのもだいぶ辛くなってヒーヒー言っている。
夜はそばに遠藤さんがいてくれるようになり、皆も私を心配してくれている。
大きいお腹を抱えた華江先生とあずさ先生と奈美恵さんはセントラル総合病院に出かけている。
妊婦が別行動をしてもゾンビが現れず安全な事が確認できていた。
ただし必ず妊婦さんが3人以上で行動することをルールとしている。
誰が遠藤さんと同じようにゾンビを退けているのかが確定していないためだ。
ただこれまでの動きからおそらくは、妊婦全員が遠藤さんと同じ能力を得ていると考えられた。
そして医療関係者の3人は華江先生がレイプ男から摂取した細胞で、ワクチンを開発するためにセントラル総合病院の研究施設に入り浸っていた。
「ワクチン出来るといいですね。」
「私たちの子供はもしかしたらワクチンがいらないらしいんだけどね。」
私は瞳さんと一緒に食器を洗いながらお話をしていた。
妊婦の二人は軽い日常の家事をして、ガスタンクローリーを回収する作業やガスの補給作業など重労働は、遠藤さんと妊娠していない女性たちがやる事になっている。
「栞ちゃん辛くなったら言ってね。」
「いえ大丈夫です。瞳さんこそ休みたい時に休んでくださいね。」
お昼を終えてみんながガスの補給作業をしに行った。
「あの男はあまりよくないみたいですね。」
全身不随の男の事だ。
「ええ、やはり点滴と栄養の偏る缶詰などでは衰弱してきてるみたい。」
「私、あの部屋に行くの苦手です。」
「おそらく得意な人はいないわ。」
「医療関係者の3人も、そろそろお腹が大きくなっているので男の世話が辛いみたいです。」
「その分を遠藤さんや優美さんがやっているみたいね。」
「あの二人は本当に偉いです。」
「まったくだわ。」
そして私たちは食器を拭いてしまっていく。
「さて少し休憩しましょう。」
「はい。」
二人で椅子に座ってペットボトルから水をそそぐ。
「ふう。」
「水分はきちんととった方がいいわ。」
「そうですね。」
二人で落ち着いていると・・
「あのう」
「あ、里奈ちゃん。あゆみちゃんも。」
「えっと良いですか?」
「どうぞどうぞ、水飲む?。」
私が言うが2人の表情が浮かばない。。
「…ん?どうしたの?」
瞳さんが二人に聞く。少し表情が暗いようだった。
「私たちもできました。」
「え?もしかして?」
「はい。私とあゆみ二人同時に出来たみたいです。」
「そうなの!?それは大変だわ。皆にはまだ伝えてないのよね?」
「はい。」
そう優美さんの提案で次の子作りは、この二人で一度止めることにしていたのだ。
それがやっと妊娠したらしい。
「検査薬?」
「はい。陽性でした。」
「やっと進展するわね!これで栞ちゃんの子が無事に生まれれば一歩前進だわ。」
「本当ですね!」
瞳さんと私が喜んでいるが二人は複雑な顔をする。
「私たち本当に子供なんて育てられるんでしょうか?」
里奈ちゃんが言う。
それもそうだ。女子高生が子供を育てる責任を背負う覚悟が出来ていたかと言うと・・そう簡単に覚悟が決まるわけがない。
私ですらそうだったからだ・・
「わかるわ。でもみんながいるから…」
私が何と言っていいか分からず詰まりながら言う。
「はい。でもこのまま皆がいつまでも一緒にいれるのでしょうか?」
あゆみちゃんも不安でいっぱいらしかった。
・・・私もだんだんテンションが落ちてきた。
でも彼女らの前でそれを出す事は出来ない。
「うん、こんな世界だもん。皆で助け合って生きていかなきゃ!命を繋いでいくために私たちはいるんだと思う。」
「実際のところ私は人類の未来とか・・そんなの考えてなくて、ただただ私と自分の子供の将来が心配になってます。」
「私もそんなに考えてない。」
里奈ちゃんとあゆみちゃんが落ち込んでいる。
「でも可能性の話なんだけどね、おそらくあなたたちは今から出産までの間、ゾンビを一切寄せ付けない体になったのよ。」
瞳さんが毅然と話し始める。
「はい。」
「それは、この世界では自由を手に入れたという証だとおもう。」
「はい。」
「いま妊娠していない人たちは、私たちを守るためにそれを一時待っている状態なの。」
「そうですよね・・」
「優美さん麻衣さん沙織さん愛奈さん翼さん未華さん。彼女ら全員がみんな自分の受胎する番を待ちながらみんなを守るのよ。」
「それは・・」
「17歳で子供が出来ちゃったのは確かに大変。でもね彼女たちの為にもあなたたちに同情なんてしていられない。あなたたち二人の為にみんなは譲ったの、それだけは忘れないで。」
「はい。」
「わかりました。」
厳しいようだけど瞳さんが言う事は正論だった。
正論だから納得ができるというわけでもないと思うけど、マネージャーとして里奈ちゃんを導いて来たという過去がある。
やはり彼女らを導いて行けるのは瞳さんしかいないかもしれない。
「まあだからと言っていきなり理解しろと言うのも無理があるわね。とにかく私はあなた達の妊娠をお祝いさせてもらうわ。」
「はい!」
「がんばります!」
もやもやする気持ちを振り払うように二人は大きい声で言う。
女子高生が計画的に子供を産む。
つらい現実だがこれが私たちの生きる道。
彼女たちの生きる世界。
二人が安心して生きていける世界を作る為、私たちは進まねばならないと思う。
するとレストランの入り口に誰かが入って来た。
「あの。皆展望ルームに来て頂戴。」
華江先生がレストランにやってきて言うのだった。
皆が展望台ルームに集まった。
「死んだわ・・」
華江先生がみんなの前で言う。
「えっ!」
私を含め全員が息をのむ。
どうやらレイプ男は息を引き取ったらしい。
無理もなかった。医療が充実していない状況で栄養を取る事もままならない状態では時間の問題だった。
「そうですか・・」
遠藤さんが言う。
「それならば埋葬してやりませんか?」
「そうね。非道な男だったとしても死んでしまえば償いも全て終わり。丁重に葬ってやることを提案するわ。」
遠藤さんと華江先生が男を葬ってやろうと提案する。
「それでは墓地に埋葬したほうが良さそうですね。」
私が言う。
「郊外に広めの墓地があるわ。しかし都心を出ないといけない。」
バイク便のメッセンジャーだった愛奈さんが言う。
「都心の墓地は狭くて埋葬出来るスペースがなさそうだしね。」
沙織さんが言う。
しかし私には皆のもう一つの気持ちがわかる。
それはあまり近くに埋葬したくないという事だった。
自分たちが関係して人を死なせてしまった事を皆はあまりよく思っていなかった。
「栞ちゃんは臨月だしここに残って、二手に分かれましょうか?」
「でも長時間に分かれるのは不安です。」
あずさ先生の案に私が不安をのべる。
「じゃあ大型バス一台に乗って、全員で墓地にいきませんか?」
沙織さんが言うと皆もそうしようと言う。
「えっと、身重の人たちは座席を倒してゆったりしましょう。車もなるべくゆっくり走って安全なルートを通ればいいんじゃないかしら?」
優美さんがみんなを気遣ってくれる。
「2列広々シートのタイプのバスがありましたよ。」
未華さんが言う。
「よく知ってるわね。」
「実家に帰るとき利用したことがあるんです。」
「そうなのね。それなら楽そうね。」
「シートがかなり倒れるんです。一人分の広さが悠々としていて14人ならゆとりがあると思います。」
「じゃあそれでいきましょう。」
そして私たちはバスを調達して来た。
男の遺体を埋葬するために都心部から離れる事になったのだった。
バスを運転しているのは愛奈さんだった。
相変わらず安定した運転で酔う事もなかった。
バスでは私の隣に遠藤さんが座って反対側には翼さんがいてくれた。
「赤ちゃん動くのね?」
「はい。強く蹴るので、おっ!ってなる事もあります。」
「男の子かしらね。」
「どっちなんでしょう?」
バスの客室の中には男の遺体は無かった。
バスの車体下を空けた貨物置場にシーツにくるんで入れてある。
側にあると具合が悪くなったり、最悪吐いてしまう可能性もあるのでそういう事にしたのだ。
見通しの良い道路に出る。
「この道長い直線ですね。」
遠藤さんが言う。
すると運転席から愛奈さんが答えた。
「どうやら先にゾンビがいるみたいです。」
直線の為1キロメートル先が見渡せた。先にゾンビがウロウロしているのが見えるようだった。
「それでどうかしら?」
「燃えるように消えていきます。間違いなくこのバスの進行でそうなっていると思います。」
「やはり効果は変わらずね。」
華江先生と愛奈さんが話しているのを皆が聴いている。
遠藤さんが席を立って運転席の脇に行った。
「本当だ。消えてますね。この力がまだ続いているのが確認できてよかったです。」
既に誰もが恐怖のかけらも無くなっているようだ。この状況に慣れてしまい冷静に話している。
「こんなに遠くまで来るのは久しぶりじゃないですか?」
「ガス会社より遠いですもんね。」
愛奈さん沙織さんが話している。
「もうすぐ着きます。」
バスは目的地に近づいてきたようだった。
「国道を降りてすぐの所です。」
国道を降りるとお寺が見えてきた。
「あれかしら?」
「そうです。」
「スコップとかお線香とろうそくは途中のスーパーで入手したし大丈夫ね。」
「はい。」
私たちの乗るバスは大きなお寺の前についた。
みなで降りて境内に入っていく。
「広いですね。」
「本当だ。」
「これなら埋葬するスペースがありそう。」
私たちは墓地がある場所とは少し離れたところに穴を掘り始める。
もちろん先に眠っている人たちの眠りの妨げにならないようにしたいという気持ちもあった。
「だいぶ掘れたみたい。」
遠藤さんと優美さん麻衣さん翼さんがシーツにくるまった遺体を運んでくる。
「あ!ちょっとまって今日って六曜なんだったかしら?」
華江先生が直前になっていきなり言う。
「そういえばそういうの気にして無かったです!」
私が言うと未華さんがポツリと言う。
「友引ならだめじゃない!?」
奈美恵さんが言うとすると未華さんが言った。
「先負なのでこの時間帯なら問題ありませんよ。」
「凄い!きちんとしらべていたのね?」
「まあ埋葬するとなれば気になりますから。」
皆が未華さんに尊敬の念を抱く。
そして遺体を穴にいれて土をかけていく。
「えっと墓石とかないですね。」
遠藤さんが言う。
「確かに。」
私が言うと。
「何か立てておきましょう。」
あずさ先生が言う。
いろいろ探してみるとお寺に無地の卒塔婆(そとば)が数本あった。
「あの卒塔婆がありました。」
麻衣さんが言う。
「じゃあ筆を探しましょう。」
華江先生が言った。
お寺なので探すとすぐに筆と炭が見つかった。
「字上手い人いる?」
あずさ先生が聞いてくる。
私が手を上げた。
「私は書道六段です。」
「凄い!」
「でもなんて書いたらいいでしょう?」
私が聞くと皆が黙る。
「男の名前聞いていなかったわね。」
「じゃあ戒名をつけましょう。」
あゆみちゃんが言う。
「戒名?」
「私のお母さんの実家お寺だったんです。詳しくはわかりませんが戒名を。」
「でも戒名の知識ないわよ。」
「確かに。」
華江先生とあゆみちゃんが考え込んでしまう。
「じゃあ。名も無き男でウイルスに感染しないという事から、名無病感染無信士とかどうでしょう?」
遠藤さんが言う。
「そうね私たちが知っている事と言ったらそれぐらいね。」
そして私が卒塔婆に名無病感染無信士と書いて、男を埋めたところに卒塔婆を立てた。
ろうそくと線香に火をつけてみんなで手を合わせた。
しばらくその卒塔婆を見つめていたが華江先生がポツリと言う。
「帰りましょう。」
「ええ。」
「はい。」
「そうですね。」
適当な埋葬を終えて私たちはバスに乗り込んだ。
その時だった。
「うう!」
私はお腹に違和感を覚えた。
「栞ちゃん!大丈夫!?」
華江先生が背中をさすってくれる。
「たぶん生まれそうな気がします!」
「愛菜さん!急いでセントラル総合病院へ!」
葬儀の後すぐ私はバスの中で産気づいてしまったのだった。
私は臨月となり体を動かすのもだいぶ辛くなってヒーヒー言っている。
夜はそばに遠藤さんがいてくれるようになり、皆も私を心配してくれている。
大きいお腹を抱えた華江先生とあずさ先生と奈美恵さんはセントラル総合病院に出かけている。
妊婦が別行動をしてもゾンビが現れず安全な事が確認できていた。
ただし必ず妊婦さんが3人以上で行動することをルールとしている。
誰が遠藤さんと同じようにゾンビを退けているのかが確定していないためだ。
ただこれまでの動きからおそらくは、妊婦全員が遠藤さんと同じ能力を得ていると考えられた。
そして医療関係者の3人は華江先生がレイプ男から摂取した細胞で、ワクチンを開発するためにセントラル総合病院の研究施設に入り浸っていた。
「ワクチン出来るといいですね。」
「私たちの子供はもしかしたらワクチンがいらないらしいんだけどね。」
私は瞳さんと一緒に食器を洗いながらお話をしていた。
妊婦の二人は軽い日常の家事をして、ガスタンクローリーを回収する作業やガスの補給作業など重労働は、遠藤さんと妊娠していない女性たちがやる事になっている。
「栞ちゃん辛くなったら言ってね。」
「いえ大丈夫です。瞳さんこそ休みたい時に休んでくださいね。」
お昼を終えてみんながガスの補給作業をしに行った。
「あの男はあまりよくないみたいですね。」
全身不随の男の事だ。
「ええ、やはり点滴と栄養の偏る缶詰などでは衰弱してきてるみたい。」
「私、あの部屋に行くの苦手です。」
「おそらく得意な人はいないわ。」
「医療関係者の3人も、そろそろお腹が大きくなっているので男の世話が辛いみたいです。」
「その分を遠藤さんや優美さんがやっているみたいね。」
「あの二人は本当に偉いです。」
「まったくだわ。」
そして私たちは食器を拭いてしまっていく。
「さて少し休憩しましょう。」
「はい。」
二人で椅子に座ってペットボトルから水をそそぐ。
「ふう。」
「水分はきちんととった方がいいわ。」
「そうですね。」
二人で落ち着いていると・・
「あのう」
「あ、里奈ちゃん。あゆみちゃんも。」
「えっと良いですか?」
「どうぞどうぞ、水飲む?。」
私が言うが2人の表情が浮かばない。。
「…ん?どうしたの?」
瞳さんが二人に聞く。少し表情が暗いようだった。
「私たちもできました。」
「え?もしかして?」
「はい。私とあゆみ二人同時に出来たみたいです。」
「そうなの!?それは大変だわ。皆にはまだ伝えてないのよね?」
「はい。」
そう優美さんの提案で次の子作りは、この二人で一度止めることにしていたのだ。
それがやっと妊娠したらしい。
「検査薬?」
「はい。陽性でした。」
「やっと進展するわね!これで栞ちゃんの子が無事に生まれれば一歩前進だわ。」
「本当ですね!」
瞳さんと私が喜んでいるが二人は複雑な顔をする。
「私たち本当に子供なんて育てられるんでしょうか?」
里奈ちゃんが言う。
それもそうだ。女子高生が子供を育てる責任を背負う覚悟が出来ていたかと言うと・・そう簡単に覚悟が決まるわけがない。
私ですらそうだったからだ・・
「わかるわ。でもみんながいるから…」
私が何と言っていいか分からず詰まりながら言う。
「はい。でもこのまま皆がいつまでも一緒にいれるのでしょうか?」
あゆみちゃんも不安でいっぱいらしかった。
・・・私もだんだんテンションが落ちてきた。
でも彼女らの前でそれを出す事は出来ない。
「うん、こんな世界だもん。皆で助け合って生きていかなきゃ!命を繋いでいくために私たちはいるんだと思う。」
「実際のところ私は人類の未来とか・・そんなの考えてなくて、ただただ私と自分の子供の将来が心配になってます。」
「私もそんなに考えてない。」
里奈ちゃんとあゆみちゃんが落ち込んでいる。
「でも可能性の話なんだけどね、おそらくあなたたちは今から出産までの間、ゾンビを一切寄せ付けない体になったのよ。」
瞳さんが毅然と話し始める。
「はい。」
「それは、この世界では自由を手に入れたという証だとおもう。」
「はい。」
「いま妊娠していない人たちは、私たちを守るためにそれを一時待っている状態なの。」
「そうですよね・・」
「優美さん麻衣さん沙織さん愛奈さん翼さん未華さん。彼女ら全員がみんな自分の受胎する番を待ちながらみんなを守るのよ。」
「それは・・」
「17歳で子供が出来ちゃったのは確かに大変。でもね彼女たちの為にもあなたたちに同情なんてしていられない。あなたたち二人の為にみんなは譲ったの、それだけは忘れないで。」
「はい。」
「わかりました。」
厳しいようだけど瞳さんが言う事は正論だった。
正論だから納得ができるというわけでもないと思うけど、マネージャーとして里奈ちゃんを導いて来たという過去がある。
やはり彼女らを導いて行けるのは瞳さんしかいないかもしれない。
「まあだからと言っていきなり理解しろと言うのも無理があるわね。とにかく私はあなた達の妊娠をお祝いさせてもらうわ。」
「はい!」
「がんばります!」
もやもやする気持ちを振り払うように二人は大きい声で言う。
女子高生が計画的に子供を産む。
つらい現実だがこれが私たちの生きる道。
彼女たちの生きる世界。
二人が安心して生きていける世界を作る為、私たちは進まねばならないと思う。
するとレストランの入り口に誰かが入って来た。
「あの。皆展望ルームに来て頂戴。」
華江先生がレストランにやってきて言うのだった。
皆が展望台ルームに集まった。
「死んだわ・・」
華江先生がみんなの前で言う。
「えっ!」
私を含め全員が息をのむ。
どうやらレイプ男は息を引き取ったらしい。
無理もなかった。医療が充実していない状況で栄養を取る事もままならない状態では時間の問題だった。
「そうですか・・」
遠藤さんが言う。
「それならば埋葬してやりませんか?」
「そうね。非道な男だったとしても死んでしまえば償いも全て終わり。丁重に葬ってやることを提案するわ。」
遠藤さんと華江先生が男を葬ってやろうと提案する。
「それでは墓地に埋葬したほうが良さそうですね。」
私が言う。
「郊外に広めの墓地があるわ。しかし都心を出ないといけない。」
バイク便のメッセンジャーだった愛奈さんが言う。
「都心の墓地は狭くて埋葬出来るスペースがなさそうだしね。」
沙織さんが言う。
しかし私には皆のもう一つの気持ちがわかる。
それはあまり近くに埋葬したくないという事だった。
自分たちが関係して人を死なせてしまった事を皆はあまりよく思っていなかった。
「栞ちゃんは臨月だしここに残って、二手に分かれましょうか?」
「でも長時間に分かれるのは不安です。」
あずさ先生の案に私が不安をのべる。
「じゃあ大型バス一台に乗って、全員で墓地にいきませんか?」
沙織さんが言うと皆もそうしようと言う。
「えっと、身重の人たちは座席を倒してゆったりしましょう。車もなるべくゆっくり走って安全なルートを通ればいいんじゃないかしら?」
優美さんがみんなを気遣ってくれる。
「2列広々シートのタイプのバスがありましたよ。」
未華さんが言う。
「よく知ってるわね。」
「実家に帰るとき利用したことがあるんです。」
「そうなのね。それなら楽そうね。」
「シートがかなり倒れるんです。一人分の広さが悠々としていて14人ならゆとりがあると思います。」
「じゃあそれでいきましょう。」
そして私たちはバスを調達して来た。
男の遺体を埋葬するために都心部から離れる事になったのだった。
バスを運転しているのは愛奈さんだった。
相変わらず安定した運転で酔う事もなかった。
バスでは私の隣に遠藤さんが座って反対側には翼さんがいてくれた。
「赤ちゃん動くのね?」
「はい。強く蹴るので、おっ!ってなる事もあります。」
「男の子かしらね。」
「どっちなんでしょう?」
バスの客室の中には男の遺体は無かった。
バスの車体下を空けた貨物置場にシーツにくるんで入れてある。
側にあると具合が悪くなったり、最悪吐いてしまう可能性もあるのでそういう事にしたのだ。
見通しの良い道路に出る。
「この道長い直線ですね。」
遠藤さんが言う。
すると運転席から愛奈さんが答えた。
「どうやら先にゾンビがいるみたいです。」
直線の為1キロメートル先が見渡せた。先にゾンビがウロウロしているのが見えるようだった。
「それでどうかしら?」
「燃えるように消えていきます。間違いなくこのバスの進行でそうなっていると思います。」
「やはり効果は変わらずね。」
華江先生と愛奈さんが話しているのを皆が聴いている。
遠藤さんが席を立って運転席の脇に行った。
「本当だ。消えてますね。この力がまだ続いているのが確認できてよかったです。」
既に誰もが恐怖のかけらも無くなっているようだ。この状況に慣れてしまい冷静に話している。
「こんなに遠くまで来るのは久しぶりじゃないですか?」
「ガス会社より遠いですもんね。」
愛奈さん沙織さんが話している。
「もうすぐ着きます。」
バスは目的地に近づいてきたようだった。
「国道を降りてすぐの所です。」
国道を降りるとお寺が見えてきた。
「あれかしら?」
「そうです。」
「スコップとかお線香とろうそくは途中のスーパーで入手したし大丈夫ね。」
「はい。」
私たちの乗るバスは大きなお寺の前についた。
みなで降りて境内に入っていく。
「広いですね。」
「本当だ。」
「これなら埋葬するスペースがありそう。」
私たちは墓地がある場所とは少し離れたところに穴を掘り始める。
もちろん先に眠っている人たちの眠りの妨げにならないようにしたいという気持ちもあった。
「だいぶ掘れたみたい。」
遠藤さんと優美さん麻衣さん翼さんがシーツにくるまった遺体を運んでくる。
「あ!ちょっとまって今日って六曜なんだったかしら?」
華江先生が直前になっていきなり言う。
「そういえばそういうの気にして無かったです!」
私が言うと未華さんがポツリと言う。
「友引ならだめじゃない!?」
奈美恵さんが言うとすると未華さんが言った。
「先負なのでこの時間帯なら問題ありませんよ。」
「凄い!きちんとしらべていたのね?」
「まあ埋葬するとなれば気になりますから。」
皆が未華さんに尊敬の念を抱く。
そして遺体を穴にいれて土をかけていく。
「えっと墓石とかないですね。」
遠藤さんが言う。
「確かに。」
私が言うと。
「何か立てておきましょう。」
あずさ先生が言う。
いろいろ探してみるとお寺に無地の卒塔婆(そとば)が数本あった。
「あの卒塔婆がありました。」
麻衣さんが言う。
「じゃあ筆を探しましょう。」
華江先生が言った。
お寺なので探すとすぐに筆と炭が見つかった。
「字上手い人いる?」
あずさ先生が聞いてくる。
私が手を上げた。
「私は書道六段です。」
「凄い!」
「でもなんて書いたらいいでしょう?」
私が聞くと皆が黙る。
「男の名前聞いていなかったわね。」
「じゃあ戒名をつけましょう。」
あゆみちゃんが言う。
「戒名?」
「私のお母さんの実家お寺だったんです。詳しくはわかりませんが戒名を。」
「でも戒名の知識ないわよ。」
「確かに。」
華江先生とあゆみちゃんが考え込んでしまう。
「じゃあ。名も無き男でウイルスに感染しないという事から、名無病感染無信士とかどうでしょう?」
遠藤さんが言う。
「そうね私たちが知っている事と言ったらそれぐらいね。」
そして私が卒塔婆に名無病感染無信士と書いて、男を埋めたところに卒塔婆を立てた。
ろうそくと線香に火をつけてみんなで手を合わせた。
しばらくその卒塔婆を見つめていたが華江先生がポツリと言う。
「帰りましょう。」
「ええ。」
「はい。」
「そうですね。」
適当な埋葬を終えて私たちはバスに乗り込んだ。
その時だった。
「うう!」
私はお腹に違和感を覚えた。
「栞ちゃん!大丈夫!?」
華江先生が背中をさすってくれる。
「たぶん生まれそうな気がします!」
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