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現実世界
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ヒロは東京行きの高速バスに揺られていた。さっきまでいたフェリーでの優越感はなく、再び現実世界に放り出された孤独感を感じた。
「昨日の出来事は夢だったのかな。」そう呟くと、窓の外を眺めた。たしかに現実世界についたとき、時間は昨日フェリーに乗った午前10時に戻っていた。外はなぜか明るかった。サラに言われたことを疑うわけではないが、ヒロはこれまで起きたことは「本当は夢だった」と片付けるほうが自然だと思った。そう考えつつも、逃島での不思議な体験や、サラにかけてもらった言葉を思い出し、懐かしんでいた。
「さあ、明日からがんばるぞ!」
そう、心の中のサラに向かい、力強く誓った。
ヒロは東京に戻ってからというもの、それまでとはうって変わって色々な会社の説明会に参加した。人事担当や会社で働く人の話を聞きながら、自分が働く未来を想像した。就職活動を始めた頃は億劫だった自分が嘘のように、自分が働く会社、未来を選ぶことが楽しく感じられた。
ヒロは就職活動中、サラからもらった
"明日の陽が沈む前、今日来た船着き場のフェリーに乗ること"
と書かれたメモ書きを、お守り代わりに持ち続けた。
就職活動の末、ヒロはホテル関係の仕事に就き、大学卒業後はホテルマンとして働きはじめた。
ホテルでの仕事は大変なことも多かった。お客様に満足していただくための心を込めたおもてなしはもちろん、若手時代はルームクリーニングからフロント、レストランのウェイターなど、幅広くこなした。しかし、大変だったこともいずれやりがいに変わっていった。お客様にいかに満足して楽しんでいただくことができるか、考えながら働くことが、ヒロにとっての生き甲斐になった。
それから年月が経ち、ヒロは支配人として、ホテルの先頭にたち、働いていた。社会人になってからというもの順風満帆で、天職に出会えたことに感謝していた。嫌なことがあっても自分の生涯の趣味になったバドミントンをやったり、過去に逃島で経験したことと同じように、海辺に寝転び、ボーッと過ごしたりすることでうまく現実逃避できるようになった。
そんなある日、レストラン部門で働くシェフが、茶色の紙袋を持ってきた。
「先ほどうちを訪れた営業の女性が持ってきました。コーヒーの提案だったんですが、これはぜひ、支配人に味を見てもらいたいと言って置いていきました。どうやら、コーヒーに合うとのことです。」
ヒロは紙袋を開けると、中にはきれいな焼き目がついたバターロールが三個入っていた。
「ほぉ、美味しそうじゃないか。」
ヒロはそのうちの一つを口に運んだ。すると、上質なバターの香りにしっとりとした食感、それと、味わいの奥の方に懐かしい焚き火の記憶が蘇った。
「間違いない。サラさんだ!」
そう確信すると、ヒロはすぐさまサラのことを探しに外に出た。とにかくあの時のお礼がしたかった。
「今、あの時サラさんに励ましてもらったお陰で、とても充実しています!」と、伝えたかった。しかし、もうサラだと思われる人物は見当たらなかった。
ヒロはサラにもう一度会えるかもしれない期待を裏切られ、肩を落として事務所に戻った。そして、もう一度紙袋を見ると、中には小さなメモ用紙が入っていた。そこには、
"ヒロさんがキラキラと働く姿をお伺いできて、本当によかったです。これからも応援しています"
と書かれていた。ヒロの目からは自然と涙がこぼれ落ちた。二度と会えない、そう思っていたから尚更泣けた。
"また、会いに来てくれてありがとう。お陰様で充実しています"
ヒロはそう書き記した手紙をシェフに預けた。そして、
「これを、この前の営業さんに渡しておいて」とお願いした。
「これ、手紙ですか?」とシェフは不思議そうな顔をしていた。
「やっと、19年前のお礼を伝えることができるんだよ」ヒロは満足そうに微笑むと、普段の仕事へと戻っていった。
「昨日の出来事は夢だったのかな。」そう呟くと、窓の外を眺めた。たしかに現実世界についたとき、時間は昨日フェリーに乗った午前10時に戻っていた。外はなぜか明るかった。サラに言われたことを疑うわけではないが、ヒロはこれまで起きたことは「本当は夢だった」と片付けるほうが自然だと思った。そう考えつつも、逃島での不思議な体験や、サラにかけてもらった言葉を思い出し、懐かしんでいた。
「さあ、明日からがんばるぞ!」
そう、心の中のサラに向かい、力強く誓った。
ヒロは東京に戻ってからというもの、それまでとはうって変わって色々な会社の説明会に参加した。人事担当や会社で働く人の話を聞きながら、自分が働く未来を想像した。就職活動を始めた頃は億劫だった自分が嘘のように、自分が働く会社、未来を選ぶことが楽しく感じられた。
ヒロは就職活動中、サラからもらった
"明日の陽が沈む前、今日来た船着き場のフェリーに乗ること"
と書かれたメモ書きを、お守り代わりに持ち続けた。
就職活動の末、ヒロはホテル関係の仕事に就き、大学卒業後はホテルマンとして働きはじめた。
ホテルでの仕事は大変なことも多かった。お客様に満足していただくための心を込めたおもてなしはもちろん、若手時代はルームクリーニングからフロント、レストランのウェイターなど、幅広くこなした。しかし、大変だったこともいずれやりがいに変わっていった。お客様にいかに満足して楽しんでいただくことができるか、考えながら働くことが、ヒロにとっての生き甲斐になった。
それから年月が経ち、ヒロは支配人として、ホテルの先頭にたち、働いていた。社会人になってからというもの順風満帆で、天職に出会えたことに感謝していた。嫌なことがあっても自分の生涯の趣味になったバドミントンをやったり、過去に逃島で経験したことと同じように、海辺に寝転び、ボーッと過ごしたりすることでうまく現実逃避できるようになった。
そんなある日、レストラン部門で働くシェフが、茶色の紙袋を持ってきた。
「先ほどうちを訪れた営業の女性が持ってきました。コーヒーの提案だったんですが、これはぜひ、支配人に味を見てもらいたいと言って置いていきました。どうやら、コーヒーに合うとのことです。」
ヒロは紙袋を開けると、中にはきれいな焼き目がついたバターロールが三個入っていた。
「ほぉ、美味しそうじゃないか。」
ヒロはそのうちの一つを口に運んだ。すると、上質なバターの香りにしっとりとした食感、それと、味わいの奥の方に懐かしい焚き火の記憶が蘇った。
「間違いない。サラさんだ!」
そう確信すると、ヒロはすぐさまサラのことを探しに外に出た。とにかくあの時のお礼がしたかった。
「今、あの時サラさんに励ましてもらったお陰で、とても充実しています!」と、伝えたかった。しかし、もうサラだと思われる人物は見当たらなかった。
ヒロはサラにもう一度会えるかもしれない期待を裏切られ、肩を落として事務所に戻った。そして、もう一度紙袋を見ると、中には小さなメモ用紙が入っていた。そこには、
"ヒロさんがキラキラと働く姿をお伺いできて、本当によかったです。これからも応援しています"
と書かれていた。ヒロの目からは自然と涙がこぼれ落ちた。二度と会えない、そう思っていたから尚更泣けた。
"また、会いに来てくれてありがとう。お陰様で充実しています"
ヒロはそう書き記した手紙をシェフに預けた。そして、
「これを、この前の営業さんに渡しておいて」とお願いした。
「これ、手紙ですか?」とシェフは不思議そうな顔をしていた。
「やっと、19年前のお礼を伝えることができるんだよ」ヒロは満足そうに微笑むと、普段の仕事へと戻っていった。
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