ラムドリー

ラムドリー

彼は嫌いだと言った　家の窓から洩れる灯りの色合が　何故なら　それは簡単に脆くも壊れるものだから、ということだった

生きていくのに不便な町に幼の時間を過ごし　青春の時分も、生きにくい町にその身を置き　ロックと拳で世の中に物を申すことを試みていた彼は　家庭の温かみというものに失望し　仲間というものに重きを傾けていた

勢力の拡大に余念のない大人達は　猫撫笑いでガキどもをたらし込み　辻の山犬達は溶剤入りの缶を口に当て離ししながら獲物のあたりをつけ　薄弱と呼ばれる者達は町の不便さなどはどこ吹く風という笑顔で言葉を成さない声を高く撒いていた　外周の歩道には違法駐車の片輪が乗り上げていた　時折来るチャルメラの白い発泡容器は、残ったスープごと芝生に投擲された　空缶と煙草も同じだった　そんな町の淀んだ大気の中で、私は時に息を殺し、時に空の粋を張り、彼の後ろに着いていた

忘れもしない体育の日、夜、私は彼から制裁を受けた　殴られて出来た目元の傷に秋風の涼しさが沁みた　彼も身を守らなければならなかったからだ　己が身を置く序列の掟から　だが、それはほんの数千円という金の話だった　殴り疲れて鉄拳を降ろした彼は言った　若い頃というものは、こういうことの繰り返しだと　それは私には受け入れ難かった　　
この骨格、筋肉、頭脳には、現実の男社会、それそのものが重すぎたのだ

彼は憎んでいた　野暮い背広の姿でラッシュアワーに揉まれる年嵩の男達を　だが、それを厭離していた彼を、無言のうちに敷かれた階層の掟が拘束していた　私はすくむだけだった　すくみながら恋をした　しかし叶うものではなかった　彼女は、まだ幼さの余韻がある齢で先行きの見えない結婚をし　私の前から去った

ここを憎む者達が今も、ここに地縛されたかのように棲み続け、見かけるつどの顔は怨みに満ち、報われないない生を紡いでいることがあからさま、背負った火宅、修羅、問題ごと、理由のある老若幼を受け入れるコンクリート固めの孤島　今、切り離されたように独特の老い色を見せるこの孤島で　私は今なお心で呻き　叫び続ける　行き場なき者達の無答を代弁して　

それは他ならぬ私が　答えの言葉を持たざる者だからだ

彼がまごうことなく好きだったもの、愛したものは、不信の念しか持ち得ぬ大人達ではなく　大人への取り入りを図る幼子でもなく　痛みを湛える若稚者達の心だったのだ

1987年、リメンバー