恋するピアノ

紗智

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93.コーヒーを飲みに

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※※※貴也視点です。


明日生がうらやましい。
どんな服でも着こなせるから。
あらゆるスーツを試着したけど、結局グラデーションカラーのバラと蝶模様の T シャツを着ていくことにした。
俺がスーツを着ると七五三になってしまう。
レディーススーツの方がましだと言われる始末だ。
夜穂は明日生のお下がりでビジュー飾りのあるアクセサリー柄のカットソー。
良実はターコイズブルーのドットが入ったカッターに、白のネクタイ。
甲斐は意外にもリクルートのようなスーツだけど、髪が長いからそんなに堅く見えない。
明日生はパールホワイトの柔らかいシャツを選んだ。
ボトムはグレーのストライプのスラックスにするそうだ。
康成もスーツはよく似合いそうだ。
どんな服装で来るんだろう。




きらめくブロンドが視界に飛び込んできて、ドキッとする。
会場はロビーまですごい人混みだったけど、俺はあの髪ならどこにいても見つけ出せると確信した。
みんなを置き去りにして人をかき分けて近付いていって呼びかけた。
「康成!」
紺色のスーツを着てる。
地味なデザインだけど、顔立ちが派手だからそうは見えない。
よく似合ってる。
「えっ……貴也!?」
「久しぶりだな」
康成は少し戸惑ったような顔を見せた後、微笑んだ。
「正直、こんなに早く再会できるとは思ってなかったから、びっくりした」
まあ、康成に会わなかったら俺はまだ実家にいただろうから、当たってるのかもしれない。
「この前は、ごめん。カフェで最後、片付けさせちゃったね」
「え? ああ。そんなの、全然」
気にしてなさそうだ。
「どうもありがとう」
笑いかけると、康成は俺の顔をじっと見つめた。
あれ、もしかして悪くない反応なのかな。
「貴也ぁ?」
みんなが俺に追いついて、声をかけてきた。
「ああ、先に行っちゃってごめん。ほら、諒たちの友達の康成だよ」
康成が頭を下げた。
「はじめまして」
「「「はじめまして」」」
「ほんとに金髪なんだな」
「わーお、美形だねー」
「真面目そうですねえ」
「クラシック詳しいんですか? 話をしてたって聞きましたよ」
ああ、もう見世物だ……。
ひとつ、咳払いをしてから注意する。
「先にみんな自己紹介しなよ?」
すると、康成はなんだか楽しそうに言った。
「いや、わかるよ。当てて見せようか?」
「え?」
「一番左にいるのが明日生くんだよね」
「えっ、はい、篠原明日生です、どうぞよろしく」
「よろしく」
明日生が頭を下げて、康成も頭を下げた。
「その隣が甲斐くん」
「当たりです! おめでとうございます!」
「その右が良実ちゃんだろ?」
「え、うん。名越良実なごしよしさねって言うんだけどね」
「そうなんだ。フルネームまでは知らなかったなあ。で、一番右が夜穂ちゃんだね」
「おう、よろしくな。それにしても双子はいったいどれだけ俺たちの話をしてるんだよ」
夜穂が苦笑して、康成が笑った。
「諒と覚はロングレッグスハウスがすごく好きみたいだね」
「逆に、徒咲であの二人がうまくいってないみたいで心配ですねえ」
甲斐がきっぱりと言った。
「まあ……あの二人は成績がいいから、やっかみはあると思うんだけどね。本人たちはそんなに気にしてないみたいだよ?」
「そうですか……何事もないといいんですけど」
明日生が腕時計を見ながら言う。
「そろそろ時間ですよ。席に向かいましょうか」
みんなで歩き出すと、康成は自然に俺の隣を歩いた。
話しかける。
「あの本、もう読んだ?」
「え? ああ、貸す約束してるんだったね。どの本だったっけな、ここのところ本ばかり読んでるから」
「文学で、新人だって言ってた」
「ああ、弘前懐ひろさきかいか。しっとりした話で面白かった。もう読んだよ」
甲斐が一瞬振り向いた。
『懐』が『甲斐』に聞こえたんだろう。
「じゃあ、今度貸してね」
「うん」
具体的じゃないけど、次会う約束は出来た。
今日のうちに電話番号くらいは聞いておきたいな。
指定席にたどり着いて、連番だったのをいいことに俺はちゃっかり康成の隣に座った。
甲斐はパンフレットを眺める明日生と、夜穂は良実と話している。
「康成、『ラファエル』はよく聴くのか?」
「うん、かなり好きかな。『ZOKKOH』より『ラファエル』の方が好きかも」
ありゃ、俺と逆だ。
「でもこの前『ZOKKOH』のライブも行った。音楽は好きなんだ。亡くなった祖父が趣味でバイオリンを弾くような人でね。影響されてるのかも」
お洒落なかっこいい年配の男性を想像した。
でも、『川端』って苗字なら、日本人なのかな。
ああ、そうだ。
連絡先を聞かなくちゃ。
ううん、それよりも。
「康成、門限はあるのか?」
「え? うちはとくにないよ」
「今日これが終わったら、またコーヒー飲みに行こうよ」
時間になったらしくて、ふっと照明が落ちた。
会場内がどよめく。
「うん」
見ると、暗い中でも康成の髪は僅かな光にきらめいている。
康成は笑っている。
「行こうか。でも貴也、コーヒー飲める?」
「まあ、俺はココアだけどなぁ」
少しため息をつきながら、やっぱり笑った。
『Ladys and gentlemen,welcome to our summer tour in TOKYO!! We're the Raphael!!』
覚の声のアナウンスが流れた。
悲鳴のような歓声が押し寄せるように響いて、俺たちは黙った。
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