恋するピアノ

紗智

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92.招待チケット

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※※※明日生視点です。



7月末に『ZOKKOH』のライブがあった。
さらに8月始めから半ばに『ラファエル』の全国ツアーがある。
二人は大丈夫だろうか。
『ZOKKOH』は甲斐さんと行ったんだけど、今回はチケットが取れなかった。
悔しい。
地方なら取れるだろうか。
新曲の初披露もあったのになあ。
悲しくてついつい『ラファエル』ばかり聴いてしまう。
談話室でみんなといる時でさえアイポッドを手放さない始末だ。
黙々と数式を解いていると、急に何か周りの気配が変わった気がした。
顔を上げると、何やら夜穂先輩が笑いをこらえている。
何だろうと振り向こうとした時、聴いていた曲が突然消えた。
「「明ー日生っ! こんにちはっ!」」
「えっ!?」
諒さんが僕のイヤホンを外して、覚さんが僕の頭を撫でていた。
び、びっくりした……。
夜穂先輩が馬鹿笑いする。
「あ、明日生、全然気付かねえんだもん!!」
「だって、曲聞いてたから音聞こえないし……!」
夜穂先輩はここのところやたらテンションが高い。
もともと高い人なのに……。
まあ、無理もないけどね。
夜穂先輩が国都海にきたときから好きだったらしいから、10年越しの思いが実ったってことだ。
僕だったら、もっともっと浮かれるだろう。
「何聴いてたの?」
諒さんが手にしてたイヤホンに耳を近づけた。
「あ……」
なんだか恥ずかしい気がして止めようとしたけど、遅かった。
「ラファエル?」
「そうなんだ、明日生ラファエル聴いてたのか」
「はい……」
いたたまれなくて、うつむいた。
「そうそう、ラファエルは今週末に東京でコンサートなんだよ」
「新曲もやるからよかったら聴きに来てよ」
今ばかりは二人の朗らかさがつらい。
「……どうしたの、明日生?」
「すっかり下向いちゃって?」
今度は夜穂先輩が僕の頭を撫でた。
「明日生、ラファエルのツアーのチケットが取れなかったから落ち込んでるんだよなー」
「夜穂先輩!」
夜穂先輩に怒ってから、恐る恐る二人の顔を見た。
きょとんとしてる。
「明日生、ラファエルのチケット取るつもりだったの?」
競争率が高いのはわかってるけど、取るつもりだったんですよ。
「えー、早く言えばいいのに。東京のでいいの? 何日目?」
「えっ」
「二日とも来る?」
覚さんがかばんから書類ケースを取り出した。
「あ、私も行きます!」
甲斐さんがパソコンから顔を上げてすかさず挙手した。
「はい」
覚さんが甲斐さんにチケットを手渡す。
え?
「はい、明日生」
二枚、チケットを手渡された。
見ると、『御招待チケット』と書かれていた。
嘘……。
「あ、ありがとうございます……!」
諒さんと覚さんは僕ににこっと微笑みかけると、良実先輩たちのほうを向いた。
「夜穂ちゃんと良実ちゃんは?」
「え、俺ライブとかコンサートとか行ったことねえよ?」
「あ、俺もだ」
「「ないんだったら来てみよーう!」」
それぞれに覚さんはチケットを渡した。
「着てく服もねえけど……」
「あ、そういえばそうだね」
「「服? あげようか?」」
「いいよ、そこまでは」
「明日生から奪うからいいよ」
良実先輩が可瀬美姫が可愛いから楽しみだと言った。
夜穂先輩は苦笑してる。
二人はきょとんとして聞いていた。
少なくとも可瀬美姫は二人の好みじゃないようだ。
「たっだいまーぁ」
あれ?
「貴也じゃん、おかえり」
「どうしたの? 帰ってくるには早いけど」
貴也先輩は長期休みには必ず帰省して、いつも休みが終わるぎりぎりに帰ってくる。
「あははは、成績落ちすぎてオヤ怒ってて、いづらいから帰ってきた! 勉強するって口実でね」
その割には機嫌は良さそうだ。
「口実あってよかった、夏休みなんか絶対こっちにいたほうが面白いよな」
「「貴也の実家ってどこだっけ?」」
「船橋だよ」
「「フシブシ……??」」
フとシはあってる。
「シップ・ブリッジ!!」
地名を英訳しても意味ないから……。
「千葉県ですよ、東京の隣の県」
「「そうなんだ、割と近いのかな」」
「んー、そうだね、結構近いかも」
貴也先輩は夜穂先輩の手からチケットを取り上げた。
「なにこれ……ラファエル? へー、そういえばツアーだったな」
「貴也もおいでよ?」
「俺、『ZOKKOH』の方が好きなんだよなあ」
「ごめん、『ZOKKOH』は先週ライブ終わっちゃったよ。次やる時にあげるね」
それにしても、こんなにたくさんチケットを配ってしまってもいいものなんだろうか。
「なんか、大丈夫なんですか? こういうチケットって音楽関係の人に配るものなんじゃなくて?」
諒さんと覚さんは笑った。
「平気平気! 他の友達にも配ってるし。康成なんか諒の友達なのに来るんだよ?」
ああ、康成さんって、徒咲の国際科の金髪の人だっけ。
前に話してたなあ。
「ラファエルって、秋に終わるんだっけ。やっぱ俺も行きたいな」
覚さんが貴也先輩にもチケットを渡した。
結局みんなで行くことになるのか。
貴也先輩がなんだか楽しそうに訊いてきた。
「何着て行こうかなあ、明日生、ラファエルのファンってどういう服装が多い?」
「え……スタンダードというかクラシカルな正装の人も結構いるかなあ」
「買いに行こ?」
みんなが見蕩れると評判の微笑で貴也先輩はねだってきた。
「今からですか!?」
このひとが来てくれている時に出かける気になんてなれない。
「「あ、俺たちも行く!」」
「えっ」
いや、それだけは無理ですから。
あなた方が渋谷の街中へ現れたらどんな騒ぎになるやら。
結局、貴也先輩と二人で行きたがる二人を説得した。
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