恋するピアノ

紗智

文字の大きさ
上 下
70 / 93

70.会いたくて

しおりを挟む
※※※双子視点です。



2月に入る頃からさらに忙しくなった。
ラファエルの仕事がぎっしりの上に、ZOKKOHは夏テーマの曲の録音だけじゃなくてバレンタインに特別ライブがあった。
合間に雑誌のインタビューやテレビ番組の撮影が入る。
2月下旬に学年末試験もある。
『覚』は仕事で学校を休む日もあったから、試験はしっかり点を取らなきゃいけない。
その上、日本で国際コンクールがまたあるから申し込んでしまった。
ちょっと後悔している。
連日睡眠時間が3時間くらいになってしまっている。
顔色が悪いと言ってメイクを施される始末だ。
きっと明日生に会ったら元気になって顔色もよくなる。
そう思って、何とか時間を作ってロングレッグスハウスへ行くことにした。


雪でもちらついてきそうな空の色だ。
自由が丘駅で迎えを待つって結構楽しい。
やっぱり甲斐やほかのメンツは来ないのかなとか、明日生は今日はどんな服を着てくるのかなとか、談話室に今日は誰がいるかなとか考えながら、通り過ぎていく人たちの様子を眺める。
映画が公開されてから、遠巻きに俺たちを指さして何か言っている人も目につくようになったけど、特に気にならない。
明日生が来ると、遠くてもすぐわかる。
周囲の女の人がちらちら見てるし、すごく目につく姿だからだ。
もちろん特別に派手な格好をしてるわけじゃない。
今日は黒いブーツにラフな黒いパンツにカーキのミリタリージャケットを着ている。
恰好もおしゃれだけど、それよりあんなに綺麗に動く人間って、他にはいない。
「この寒いのに、コート着ないんですか? 今夜は降るかもしれませんよ?」
ジャケットの下にセーターを着ているし、マフラーもしているから寒くない。
徒咲の冬の制服は生地が厚いから春先や秋口に暑くて困るくらいだ。
「「そんなに寒く感じないけど?」」
「風邪、ひかないでくださいね。ああ、でも」
「「?」」
「やっぱりちゃんと手は大事にしてるんですね」
明日生は俺たちの手袋に覆われた手を見て微笑んだ。
胸がキュウってなる。
「手袋はさすがにないとね」
「今日は二枚重ねなんだよ」
毛糸の手袋をめくって、下にも手袋を着けているのを明日生に見せた。
「他のところも暖かくしてくれると、心配せずに済むんですけど」
その少し心配そうな笑顔もやっぱり色っぽくて、もう笑うしかない。
最近の明日生は一体どうなってるんだろうか。
色っぽくない時なんてあるのかな。
ああ、一昨年は眠っているときは年相応に見えた。
今でもそうなんだろうか。
またあんな機会がないかな。
驚いてる明日生を、抱きしめて眠った。
すごくドキドキしながら、夏なのに暖かさに安心した。
今度泊まりに来たら一緒に寝ようかって誘ってみようかな。
良くも悪くも男同士なんだから、問題はないはずだ。
「最近本当に忙しそうですよね。大丈夫ですか?」
「うん」
「平気だよ」
明日生の顔を見て元気が出た。
まだまだ俺たち余裕で頑張れる。
俺たちは一人じゃないし、こんな素敵な好きなひとがいる。
ロングレッグスハウスへ行って、良実ちゃんと世間話をして甲斐とふざけ合って、帰ることにした。
明日生が送ってくれて、うちへ寄ってピアノを聴いてお茶を飲んで帰っていった。
明日生が家を出て十分くらいあとに窓を見ると外が白く霞んでいた。
慌てて、明日生の携帯に電話をかける。
『雪、降ってきちゃったけど、大丈夫?』
『ああ、平気ですよ。綺麗ですね! お二人に似合いそうだなあ』
なんだかはしゃいでいるような声だ。
『え? 何が似合うの?』
『雪景色がね、お二人に似合いそうですよ!』
楽しそうに、何を言ってるのかと思ったら。
明日生の方がずっと似合いそうだ。
艶のあるサラサラな黒髪に、静かな夜の闇、降り積もる白い結晶。
ただでさえ元から絵にも描けないような姿なのに、幻想的なシーンになるんだろう。
見たかったな、雪に喜ぶ明日生。
むしろ、もし何でもできるのなら、明日生のために雪を降らせたい。
医師の家系じゃなくて気象予報士とかでもよかったのに。
『ああ、訊き忘れてたんですけど』
『なに?』
『明日、土曜じゃないですか。やっぱりお忙しいですか?』
雪が多くなってきたんだろうか。
雑音を吸収してるらしくて、明日生の声がいつもよりはっきり聞こえる。
『明日はね、一日仕事なんだ。でも遅くても夜7時には帰ってると思う』
だから、会いに来て、明日生。お願いだ。
俺たち忙しくなってからというもの、お前に会いたくて会いたくて。
会いたいんだ、そればかりなんだ。
『じゃあ、その頃お邪魔してもいいですか?』
少し浮かれたような明日生の声音。
『……うん。雪積もってるかもしれないけど』
『平気、平気!』
明日もきっと会える。
嬉しくて泣けてきそう。
この涙もどうせなら雪に変わって、明日生の上に降るといいのに。
そうしたら、明日生は雪一粒分、喜びが増すかもしれない。
ひとかけらでも多く、お前が幸せでありますように、明日生。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~

草野猫彦
ライト文芸
恵まれた環境に生まれた青年、渡辺俊は音大に通いながら、作曲や作詞を行い演奏までしつつも、ある水準を超えられない自分に苛立っていた。そんな彼は友人のバンドのヘルプに頼まれたライブスタジオで、対バンした地下アイドルグループの中に、インスピレーションを感じる声を持つアイドルを発見する。 欠点だらけの天才と、天才とまでは言えない技術者の二人が出会った時、一つの音楽の物語が始まった。 それは生き急ぐ若者たちの物語でもあった。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

本当は、だいじょばない【ピュアBLショート】

立坂雪花
BL
「大丈夫」って君は言う。 本当に大丈夫? 君の本音を知りたい。 男子校の寮で同じ部屋になった 高校生のストーリー ショートショート ✩.*˚ お読みくださり ありがとうございます!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

好きだから

葉津緒
BL
総長(不良)に片想い中の一途な平凡少年。 を、面白がってからかうチャラ男なNO.2(副総長/不良)。 不良×平凡

処理中です...