恋するピアノ

紗智

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45.身近

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※※※明日生視点です。


「明日生、どこ行くんだ?」
夜穂先輩に見つかった。
「大学部の寮に行くところです」
ロングレッグスハウスから大学部の寮に行くこの道は、体育館から寮に向かう道でもある。
部活で何かあって、抜けてきたんだろう。
「誰の部屋?」
「木野先輩」
「木野ちゃん? 珍しいな」
木野先輩は子ども好きらしくて年が離れた僕たちの面倒もよく見てくれた、去年まで高等部にいた先輩だ。
でもたしかに仲が良くてもあまり部屋まで行ったことはなかった。
「だって安田先輩は帰省してるし葉月先輩はバイトで忙しいし佐藤先輩は旅行行ってるし香山先輩はなんか連絡つかないし……」
しまった、なんかこれじゃ会えれば誰でもよかったって言ってるようなものだ。
「お前、どれだけ交流あるんだよ? 葉月って誰?」
「葉月先輩は去年まで英会話クラブの会長でした」
「ああ……。まあ、いいや。木野ちゃんとこなら俺も行く」
「うん」
「半分持つぞ」
僕が持っていたスーパーの袋を夜穂先輩は奪うように取り上げた。
「……いつも謎なんだけど、お前どうやって酒なんか買ってんの?」
袋の中を覗き込んで、不思議そうに夜穂先輩が言う。
まあ、夜穂先輩のルックスじゃどんな格好でどこへ行っても売ってもらえないんだろう。
「今日はコートとスラックスで買いに行きましたけど……」
「そのために服買ったのか?」
「いえ、まさか」
今日買い物に出掛けた時に着た地味なコートは、2年くらい前に買ってもらったものだ。
そういえば2年前から僕はあまり背が伸びてない。
元から高すぎるくらいの身長だから、困ることはないけど……。
木野先輩の部屋に入ると、先客がいた。
「あれ、香山先輩。電話したのに」
香山先輩は一昨年までロングレッグスハウスにいた。
僕は数カ月しか一緒じゃなかったけど、僕みたいに身長が可愛くなくても頭を撫でてくれるから好きだ。
「おう、明日生。俺の携帯おととい水没したんだよ。元気か?」
「すごく元気です」
夜穂先輩が後ろからぼそっと言った。
「嘘つけ、昨日も一昨日も飯残してるくせに」
「…………夜穂先輩、やっぱり帰ってください」
「明日生が帰れって言っても木野ちゃんとウシちゃんはいてもいいって言うぞ」
夜穂先輩にわざと背中を向けて、袋をテーブルの上に置いた。
「夜穂先輩にはお酒あげない。先輩方、どうぞ」
「サンキュ」
「いただきます」
結局夜穂先輩も自分が持ってた袋から缶を取り出して飲みはじめた。
「で、お子様方は何悩んでんの?」
「先輩には秘密」
「ウシちゃん、ひとくくりにすんなよ」
夜穂先輩がわざとらしく文句をつけて、香山先輩が笑って僕たちを指差した。
「夜穂のが小さいじゃん。で? 相談じゃないなら、何しに来たんだよ?」
「お酒飲みに来ました」
「俺、12年あの寮にいたけど、小学部で酒飲んでたやつ明日生しか見たことないぞ」
「ばれたら小学部でも停学になるんですか?」
「試してみろよ」
「反省文とか書かされたら嫌ですね」
しょうもない話で笑いながら飲んでる間に、木野先輩が立って窓を開けた。
ついて行って、先輩にねだる。
「僕も」
「外から見えないようにしろよ」
しゃがみこんで、借りたライターでもらったタバコに火をつけた。
「明日生! せめて上着着て吸えよ! 臭いでばれるぞ」
夜穂先輩はタバコが嫌いだから、臭いにはうるさい。
「戻ったらすぐシャワー浴びるもん!」
「反抗的じゃん、明日生。何、また食欲ないのか? せっかく肉付いたのにな」
「別に痩せてないです。木野先輩、最近何か面白いことありました?」
「また、そうやって話変えようとする」
木野先輩は僕の頭をくしゃくしゃと掻き乱した。
「彼女まだできないんですか?」
「悲しい切り口だな……」
「あれ? 木野先輩って、好きな人いましたっけ? そういう話聞いたことない」
「そりゃいるよ。お前らには話せなかったからな」
「どうして話せなかったんですか? みんなそういう話してるじゃないですか」
「もうバレてもいっか。清水先生だよ」
「シミズ……?」
僕が眉をひそめると、夜穂先輩が笑った。
「木野ちゃん、明日生は女の名前は覚えてないよ。うちの寮母の清水のことだろ? 高等部担当の」
首を捻っていると、木野先輩と香山先輩が大笑いした。
「明日生、寮母くらい覚えろよ。賢いんだからさあ」
「はあ……寮母さんが相手じゃあまり言えないですよね。でも身近にいていいなあ」
夜穂先輩が不機嫌そうに言った。
「いいわけねえだろ」
「え?」
香山先輩が珍しくちょっと真面目な顔をした。
「打ち明けられない相手で身近すぎたら、逆につらいだろ」
「……そうなんですか?」
そういえば、夜穂先輩だって好きな相手はすごく身近にいるけど、打ち明けられないでいる。
「手え出せねえし」
それで夜穂先輩は最近煮詰まってるのか。
「明日生、一昨年まで共学だったんだろ? 好きな子いなかったのか」
「僕、子どもは嫌いなんです」
「明日生は老け専なんだよな!」
夜穂先輩がまた変なこと言いだしたと思って、とっさに普通に返してしまった。
「そんなことないもん!」
夜穂先輩が何かに気付いた顔をした時、僕の後ろのポケットで携帯がバイブした。
メールだ。
「良実先輩ですね」
夜穂先輩の顔を見て、報告する。
「……なんて?」
「双子来たよ、って。僕もう帰りますね。木野先輩、香山先輩、また来ます」
「俺も帰ろっかなあ」
「夜穂先輩は来なくていいです。どうもお邪魔しましたぁ」
先輩たちは腑に落ちない顔で、またなと言って手を振った。
夜穂先輩がやっぱり後からついてきた。
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