恋するピアノ

紗智

文字の大きさ
上 下
29 / 93

29.代わりに

しおりを挟む
※※※双子視点です。



Amadeo! 早く戻ってきて!!
明日生と1対1だと心臓の音が余計うるさいんだ。
今の心境をどうやってあとでお前に伝えればいいかもわからない。
明日生はさっきから黙ったままで服を選ぶのに熱中してるみたいだし。
『あ、これ、いいんじゃないですか?』
いくつか僕に服を当ててる中で、明日生はやっとそう言った。
『ほら、鏡見てください』
背中を押されて鏡の方を向いた。
背中にあるままの明日生の手に気を取られて、服がラベンダー色だってことしか頭に入ってこない。
『瞳の色が引き立ちますよ』
明日生はふわりと微笑んで、やっぱりなんか色っぽい。
『……』
『覚さん?』
『引き立てても……僕らこの目好きじゃないんだ』
『そうなんですか? そんなに綺麗なのに? どうしてですか?』
『人間らしくない気がするし』
『まあ……ファンタジーの登場人物っぽい感じもありますよね』
『子どもにはよく怖いって泣かれる。大人だって怖いって言う人いるよ』
明日生はクスッと笑った。
『僕は怖くないですよ。だってお二人がちゃんと人を気遣える人だって知ってますから』
『そうかな』
『そうなんです。これ、どうします?』
『着てみるよ』
そのシャツを着て試着室のカーテンを開けると、明日生は目の前で待っていた。
『やっぱりいいですね、それ』
『サイズ大丈夫だしこれにしようかな』
僕がそう言うと、明日生はさらにニコニコ顔になった。
あまりに可愛すぎて、苦しくなってくる。
『ほんとに服好きなんだね』
『はい。もしよかったら……また服買いに行くとき呼んでくださいね』
明日生はオニキスの瞳に期待に満ちた光を灯して言ったけど、毎度面倒をかけるのもどうかと思う。
『時間を取らせるのも申し訳ないからなあ……』
『そんなこと言われたら、僕の方こそまたピアノ弾いてもらおうって思ってるのに』
僕を窺うような上目遣いの瞳。明日生って甘え上手かも知れない。
『ピアノは本当に毎日来てくれても構わないんだよ? どうせ毎日弾いてるんだし、聴いてくれる人がいた方が勉強になる』
『じゃあ、弾いてもらう代わりに、僕なんでもしますから、言ってくださいよ』
なんでもするなら、もっと仲良くなってほしい。
もっと明日生のこと知りたいし、好きになってほしい。
でもそんなこと言うわけにはいかない。
『……ピアノ、好きなんだ?』
『自分でもこんなに好きだなんて思ってなかったんですけどね。あ、諒さんもピアノ弾くんですよね? やっぱり覚さんの方が上手なんですか?』
『え……いや、変わらないよ。あいつも僕と同じくらい練習してるからね』
『へえ……お二人は本当に仲がいいですよね。いつも一緒ですもんね』
そういえば、あいつ今頃何やってるんだろう。
まだ戻ってこないのかな。
買い物に来て、一緒じゃないなんて初めてだ。
『うん……』
『僕、一人っ子だからちょっとうらやましいかも?』
へえ……一人っ子なんだ……。
でも、なんて返せばいいのかわからない。
普通なら『そのうち弟か妹が生まれるかもね?』くらい返すけど、お母さんが亡くなってるんじゃそんなことは言えない。
『でも、あの寮にいるんじゃ全然寂しくなんてないんですけどね』
『そうかも知れないね。にぎやかだもん』
少しの沈黙の後、明日生はそろそろと僕の名前を呼んだ。
『覚さん……』
『なに?』
『ほんとに、またピアノ聴かせてくれるんですか? 毎日でもいいって本当ですか?』
念を押されて、笑ってしまった。
『本当だよ。もうすぐ撮影も終わるから、ほんとに毎日来てもいい』
『じゃあ、電話番号とメアド、教えてもらえませんか?』
『ああ、うん』
制服の胸ポケットから、携帯電話を取り出して自分の情報を出して明日生に見せた。
明日生は自分の携帯に情報を打ち込んで、すぐ返信をくれた。
『atsu910511@…』
アドレスの6桁の数字に目が行く。
僕らは1989年生まれだから、2歳下の明日生は1991年生まれだ。
『5月11日生まれなの?』
訊ねて顔を上げると、明日生との距離が近いのに気付いてドキッとした。
『はい』
5月は終わったばかりだな、ちょっと残念だ。
『お二人の誕生日はいつなんですか?』
『9月6日だけど?』
『あれ……明日じゃないですか!』
『そうだね』
明日生の瞳って、結構潤みがちだ。
だからオニキスみたいに見えるんだろう。
『そんな他人事みたいに。明日来るんですか!?』
『明日は行けないんだ。映画の録音があってね』
『次いつ来るんですか!?』
『いつだっけ……あれ? 土日は空いてないんだけど』
『え――、お祝いしましょうよー』
今にも縋り付いてきそうな明日生の勢いに、心臓が持ちそうにない気がしてしまった。
『あの、今月の三連休に、僕らロングレッグスハウスに泊まりに行くんだ。祝ってくれるなら、その時にね』
『え、泊まり……ですか?』
『うん。あれ、なんかまずかった?』
明日生の表情が少し曇ったから、訊いてみた。
『来てくれてる間はピアノ、弾いてもらえないのかなって思って』
『昼間家に帰って練習しようと思ってたんだけど』
『そうなんですか?』
『ついて来てもいいし、娯楽室で少し弾けるなら弾いてもいいしね』
満面の笑みで明日生が笑って、胸が痛んだ。
どうしてだろう。
ピアノに嫉妬してる? そんな、まさかね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

ショタ18禁読み切り詰め合わせ

ichiko
BL
今まで書きためたショタ物の小説です。フェチ全開で欲望のままに書いているので閲覧注意です。スポーツユニフォーム姿の少年にあんな事やこんな事をみたいな内容が多いです。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

身体検査が恥ずかしすぎる

Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。 しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。 ※注意:エロです

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

処理中です...