恋するピアノ

紗智

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7.またね

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「「ヤタラスゲエキレエ……」」
意味は解らないけど、なんとなく僕らのことを形容してる言葉だとわかったので、呟いてみた。
カイが気付いて、顔をしかめた。
『ヤホちゃんの日本語は真似しないでくださいね』
『『ヤホチャン?』』
『こう書いて、ヤスオと読むんですが、ヤホとも読めるのでみんながそう呼んでるんです』
カイは、『夜穂』と紙に書いた。
『『へえ……どうして真似するなって?』』
『あまり丁寧な言葉遣いではないので』
『『そうなんだ。で、さっきの『ヤタラスゲエキレエ』は『キレエ』の親戚なの?』』
『そんなようなものです』
この女の子かどうかわからないくらい綺麗とか可愛いとかの言葉がぴったりの人物に、美しいなんて言われるのは心外だ。
『『ヤホちゃんは男の子なの? 女の子なの?』』
僕らがカイに訊くと、ヤホちゃんが突然日本語で言った。
「ここはダンシリョウだ、オトコしかいねえんだよ!」
僕らがびっくりしてヤホちゃんを見ると、不機嫌そうな顔をしていた。
言った言葉の意味がわからず戸惑っていると、カイが英語に訳してくれた。
「「ゴメンナサイ……」」
僕らが日本語で謝ると、ヤホちゃんは屈託なく笑った。
「おもしろいやつらだなあ。ニホンゴおぼえたいのか、いくらでもおしえるぞ」
カイに訳してもらって、僕らはヤホちゃんに訊ねる。
『『ヤホちゃんは英語が話せるの?』』
「ジュギョウでやったハンイくらいならなあ。あれ、エイゴといえば、アツキはどうしたんだよ?」
ヨシミちゃんがぼそっと言った。
「タカヤとカイモノいったよ。こんどはナツモノだってさ」
「またか。あいつらあきねえな」
その時、遠くから僕らの名前を呼ばれた。
見ると、マサキさんが手を振っている。
『お母さんが迎えに来たよ』
『『はあい』』
僕らが立ち上がると、ヤホちゃんがニッと笑って、たどたどしい英語で言った。
『また来るんだろ?』
『『うん……多分』』
『待ってるぜ』
カイも英語で、お待ちしてますよ、と言い、ヨシミちゃんは日本語で言った。
「またね」
お礼と挨拶を告げて、建物の入り口まで行くと母さんが待っていて、また家まで歩いた。
『母さん、教えて』
『『またね』ってどういう意味?』
『あら、言われたの?』
『『うん』』
『よかったわね』
『『? どういう意味?』』
母さんは振り向くと、微笑んだ。
『まずは自分で調べてみなさい。訊くのはそれからよ』
『『はーい……』』
家へ帰って調べるとすぐ意味は分かって、『またね』と言ったヨシミちゃんの顔を思い出すと、またすぐにロングレッグスハウスを訪ねたくなった。
訪ねる前に、もっと日本語を覚えておきたくて、夜更かししてネットで日本語会話を調べていた。



みんなに話したいことや訊きたいことがあって、日本語でどういうのか調べるのは結構面白い。
父さんが僕らに、これから大変になる、と言ったことがまだ腑に落ちない。
カイに、どうやったらそんな急に話せるようになるんですか? と言われて、もっと驚かしてやりたい、とわくわくした。
そんな中、トサキガクインの編入試験があって、無難に終わらせた。
結果が届くのを待つだけだ。
離れも完成して、僕らは二人でそっちに移った。
家にいる時がほとんど二人だけの生活になってしまったけど、二人だから寂しくはない。
交替でピアノの練習をしていた夕方、内線電話が鳴った。
『母屋の応接間に来なさい。お話があるの』
母さんがそう言うので行くと、知らない男性と女性が座っていた。
「「こんばんは。いらっしゃいませ」」
「こんばんは」
挨拶をかわして、母さんの指示通りに僕らも席に着いた。
表情はいつも通りだけど母さんの雰囲気がいつもとちょっと違う。
なにかに戸惑っているような、そんな感じだ。
『こちらは杉山さんと竹内さん。この前のコンクールであなたの演奏を聞いたそうよ』
「「ああ……」」
今日、『覚』になっている僕は、日本語で二人に笑いかけた。
「どうも、ありがとうございます」
「一位、おめでとうございます」
もう一度ありがとうございますと言おうとしたら、母さんが言った。
『それで、あなたに映画に出演してほしいそうよ』
『『え?』』
『ピアニストの卵の役ですって』
『『はあ……でも、僕ら日本語もっと勉強したいし……』』
『私は日本語が上手くなる絶好の機会だと思うわ』
『『そうかな……でも、学校も始まると思うし』』
映画の撮影なんて、きっとかなりの時間をとられる。
同じ勉強なら、ロングレッグスハウスにもっと行きたい気持ちが大きい。
『あなたの演奏を聴いて、この音がいいと思ったそうよ』
『『……』』
二人の顔を見た。
「僕のピアノは、どうでしたか?」
「え……クラシックには詳しくないのですが……心地が良くて、リラックスできました」
詳しい人が批評をしてくれたなら、たぶん僕らは難しい言葉が多くて意味がわからなかっただろう。
率直な意見を聞けて、じんわり胸が熱くなった。
映画に出たらこういう意見を聞ける機会も多くなるのだろうか。
だとしたら、とてつもなく魅力的だった。
「……日本語が、僕はまだ全然できないです」
「……そうなんですか」
「日本語の指導をしていただけるなら」
「……はい」
「そうならば、やります」
「! ありがとうございます!」
男性の方が映画監督で、女性の方は芸能プロダクションのひとだった。
母さんに通訳してもらいながら話を進めて、芸能プロダクションの人に通訳の手配を頼んだ。
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