恋するピアノ

紗智

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6.キレエ

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日本の少年にしては、肌の色が薄い気がするな。
僕らは、他の子と話している彼の横顔を見ながらぼんやり思った。
東アジアのひとらしい顔立ちで、明るめの茶色の切れ長の目をしてて、すごく目に力があるのに優しげな雰囲気が漂っている。
多分面倒見のいいリーダータイプだ。
ちょっと姿勢がよくなくて、背中が丸い。
話が終わったらしくて彼は席に戻ってきた。
『なんか、すみませんね』
突然彼が英語でそう言ったので、僕らは首をかしげる。
『『なにが?』』
『みんなジロジロ見て。あなた方の容姿が珍しいんでしょうね』
するすると彼の口から出てくる英語は、発音しにくそうではあったけど、僕らには十分安心できた。
『僕ら双子だし、小さい頃から見られ慣れてるから、気付かなかった』
『そうですか』
彼はぺこりとお辞儀をすると、言った。
『甲斐芳明と言います。カイと呼んでください。国都海の中学部2年生です』
あれ……中学2年なら、同学年だ。
少し年上かなと思っていたのに。
僕らはそれぞれ名前を名乗って、よろしく、とカイに笑いかけた。
「カイ」
隣の席で本を広げていた少年がカイに話しかけた。
「おまえ、エイゴはなせたんだな」
「やってみればできるものですねえ」
日本語で少し彼と話したカイは、彼を紹介してくれた。
『ヨシミちゃんです。同じ歳ですよ』
「ちょっとまて、カイ。いまヨシミってショウカイしただろ」
「ばれましたか」
「それくらいはわかる」
カイは笑って説明してくれた。
『彼の本当の名前は、ヨシサネっていうんですけど、ヨシミとも読める漢字なのでみんなヨシミって呼んでるんですよ』
言いながら、カイは紙に『良実』という字を書いてくれた。
『『へええええええ……』』
僕らは感心した。
『『なんか面白いね。この字がサネともミとも読むの?』』
『そうです。面白いって言ってもらえるとうれしいですね、私は日本語が好きなんです』
『『そうだ』』
『え?』
もう一人の僕は、僕より先にカイに話しかけた。
『質問してもいい?』
『どうぞ?』
今度は僕が訊ねる。
『『キレエ』ってどういう意味?』
『は? ……ああ、『キレエ』ではなく、『キレイ』が正しい発音でしょう。どこかで言われたんでしょう?』
カイは僕ら二人を見ながら、クスクスと笑った。
『うん……さっき僕らの方を見て、言ってる人が何人かいたんだ』
『そうでしょうねえ。『キレイ』と発音して、こう書くんですよ』
カイはやたら複雑なその『綺麗』という文字をさらさらと書きつけた。
『難しい字だね……』
『意味は美しい、といったところですね』
『『はあ!?』』
『日本にいたら、きっとうんざりするほど言われますよ、あなた方』
しばらくこのロングレッグスハウスとカイについての話を聞いた。
カイは小学校2年の時に、国立校である国都海に編入してきたんだそうだ。
横浜出身で、両親とも公務員。4人兄弟の三番目。
編入とともに、このロングレッグスハウスに入った。
ここは、やっぱり施設も兼ねている国都海の学生寮で、2000人以上が暮らしてるらしい。
僕らが、2週間後にトサキガクインの編入試験を控えていて、覚は日本語の面接がある話をしたら、カイは急に言いだした。
『じゃあ、英語でおしゃべりしてる場合じゃないでしょう。今、日本語どれくらい話せるんですか』
『『えっとね』』
『日本語で答えて』
「「コンニチハ……」」
『要するに挨拶しかできないんですね?』
『ひらがなとカタカナは書けるよ』
『漢字も500個くらい覚えたよ』
『おや、書く方は結構できるんですね。でも、面接は話せなきゃしょうがないですからね』
『『うん……』』
『訳してあげますから、ヨシミちゃんと話してください』
「えっ」
ヨシミちゃんがカイに引っ張られて、驚いて声を上げた。
「びっくりさせるなよ、カイ」
もうそこからカイは通訳を始めた。
「えっと、双子なんだよね? 同じ歳だっけ」
『『うん、双子。13歳だよ』』
「どこから来たの?」
『『ベルリンだよ。生まれたのはウィーンだけど、生後半年くらいでベルリンに引っ越したんだ』』
「へえ、ベルリンかあ。あれ、ベルリンならドイツ語じゃないの? 英語話してただろ」
『『ドイツ語ももちろん話せるけど』』
「すごいなあ、その歳で2か国語か」
『『あ、ううん。フランス語も話せるから、3か国語だね』』
「はあ……すごすぎる」
よく見ると、ヨシミちゃんも色白だ。
髪は真っ黒で、目もかなりダークな茶色だけど。
身長はまあまああるけど身体は細い。
爪の形が変形してるから、きっと心臓に病気を持ってる。
「日本に来たのは、お父さんの仕事の都合とかで?」
『『ううん、母さんの家の都合なんだ』』
「そうなのか。じゃあ、もしかしてお父さんは一緒に日本に来たわけじゃないのか」
『『父さんも一緒だよ。父さんは音楽家で世界中に行くから、住むところは結構どこでもいいみたい』』
「あれ……」
『『どうしたの?』』
「もしかして、音楽家のお父さんって、クサヴァ・エンゲル?」
『『うん』』
甲斐がびっくりした顔で僕らを見た。
『そうなんですか!?』
『『うん、そうだけど。みんな知ってるの?』』
『ニュースになってましたよ』
「ワイドショーで見たよ」
『クサヴァ・エンゲルのご子息なら、あなた方も音楽をやってるんですか?』
カイが訊ねてくる。
『『ピアノが好きなんだ。声楽とバイオリンもやってたけど』』
『ここにもピアノがあるから、そのうち弾いてくださいよ』
『『うん』』
話の合間に日本語についてカイに訊ねたりして、なんとなく会話に慣れてきた頃、突然元気のいい声が後ろからかかってきた。
「ヨシミ!! ただいま!」
急にヨシミちゃんの表情が無表情に近くなった。
「ヤス。はやかったじゃないか」
どうやら『ヤス』という名前らしいその子は小柄で、睫毛が長くて大きい目が印象的な綺麗な女の子に見えた。
「とっととノルマこなしたら、かえっていいっていわれたんだよ」
でも声は男の子の声に聞こえる。
身体も女の子らしさはかけらもないし、仕草も男の子だ。
「ふうん」
ヨシミちゃんは興味なさそうに本のページをめくりはじめた。
僕らは、『とっとと』の意味をカイに訊ねて、教えてもらった。
「ところでさ」
ヤス(?)がこっちをちらっと見た後、ヨシミちゃんの顔を覗きこんで不思議そうに言った。
「そこのヤタラスゲエキレエなふたり、いったいなに?」
カイがヤス(?)に説明を始めた。
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