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第六章 父祖の土地へ
第二百七十六話 救いたい
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「実はアレックスのいた窃盗団、誘拐事件も起こしてて……」
「ふむ」
ジャンはフェーブル王国で起こった一連の誘拐事件の話、それにヒルダのことも話した。シェリーがそのことについて非常に敏感であることも。
「そういうことがあったから、複雑なんだ。俺も」
「ふむ」
ニールはひとまず余計な言葉を差し挟まず、話すがままにさせた。
「シェリーがあいつのことを嫌うのも、もっともだって思う。それに、あいつは犯罪を犯したんだから悪い奴には違いないんだ。……でもよー、俺はあいつのこと、初めて会ったときから根っからのワルじゃないって感じてたんだ。あいつは自分の仲間をなによりも大切にしてたし、仲間もあいつを慕ってた。たぶん根っからのワルって、もっと嫌な奴だろ?」
「まあ、そうだろうな」
「あのとき俺、あいつはそうじゃないって思ったんだ。それでいま、あいつの過去を知って、その……」
ジャンは言葉を詰まらせた。
「やっぱり彼はいい奴だった、と」
ニールはジャンの言いたいことを推察し、言葉を補った。
「……そこははっきり言えねぇ。あいつは人さらいまでしてたんだから。俺も、シェリーとは違った意味でモヤモヤしてるんだ」
「ふむ」
ジャンは普段見せないような苦い表情を見せた。
「済んじまったことは仕方ねぇよ。ただ、次にあいつみたいな、根っからのワルじゃないのに運悪く犯罪者になっちまった奴を見たら、そいつのことを救ってやりたいって思うんだ」
彼の言葉にはある種の後悔が混じっていた。もし数年早くアレックスに出会っていたら、窃盗団を解散させて、罪を償ってカタギになるよう説得できたかもしれない。そんな気持ちがにじみ出ていた。
「なるほど」
「でもよー。もっかい冷静になって考えたら、やっぱだめかなとも思うんだ」
ジャンは少しトーンダウンしてうつむいた。
「なぜ?」
「だって犯罪者なんだから、俺が俺の気分だけで救うとか、許されないっていうか……。その……世間が許さないと思うんだ」
「世間……ね」
そこで話はいったん途切れた。それまで集中していて耳に入って来なかったさざ波の音が、再び二人を包み込んだ。
少し間を置いて、次に口を開いたのはニールだった。
「たしかに、一般人が個人的に犯罪者を救おうとするのは、常識的に考えて間違いだろう。理《ことわり》に沿って言えば、その国の警察組織が正当な手続きでもって犯罪者を確保し、法に基づいて裁判で裁くのが妥当だ」
「……」
「だが君がそういう人を救いたいと思うことに、後ろ暗さを感じる必要はないんじゃないか?」
「え?」
意外だった。話の流れから、ジャンはニールに否定されると思っていた。しかしそうではなかった。
「ある犯罪者を見て、それが避けられない不運によって犯罪に手を染めた者かどうかを判断するのは難しい。だからこそ公的機関が彼らを捕らえ、裁判で法と判例に基づいて量刑を判断する必要がある。……しかしそのことと、君が彼らに対してどう思うかは別問題だろう?」
「それは……」
ニールは先ほどとは打って変わって、力強く持論を語りだした。
「君の内心は何者にも侵されるものではない。もし不運から犯罪に手を染めてしまう人を救いたいのであれば、君自身の力で彼らが道を誤るのを未然に防げばいい。実体のはっきりしない『世間』が君になにを言おうと、君は君が救いたいと思う人を救えばいいじゃないか」
彼の口ぶりは非常に力強かった。しかしその言葉には前向きな優しさがあった。
「……できるかな? 俺に……」
「簡単ではないだろう。並大抵の人間にはまず無理だ。しかし君はまだ十代だろう? 自分の可能性を見限る年齢ではない。……いや、年齢は関係ない。私だって同じだ」
「ニールさん……」
ジャンはニールの顔を見た。ニールはそれに応えるようにジャンの瞳を直視した。
「たとえば君は自動車に興味があるのだろう? なら君が将来会社を作って、一般市民向けの自動車を量産すればいい。貧困と犯罪率には相関がある。君が多くの労働を生み出し、彼らに仕事と十分な給与を与えることができれば、望まぬ犯罪に手を染める人は減る。そういうやり方だって考えられるだろう?」
「……そうか。そうだよな! 俺だって、死ぬ気で努力すればできるよな!」
ジャンは身を乗り出してそう言った。表情からは迷いが消え、このところずっと目の奥に留まっていた微かな淀みも消えた。
「そうさ。そしてそれは君自身が決めることだ。他人や世間は関係ない。なにを言われても胸を張って、自分が正しいと信じる道を進めばいい。君は道を踏み外すような人間じゃないだろう?」
「それはわかんねぇけど、俺は真っすぐに生きたい。甘いのかもしれねぇけどよー」
「甘くてもなんでもいいさ。遠大な目標を成し遂げようとするとき、最初は誰だって未熟だ。君の人生はまだまだこれからなんだから、気にする必要はない」
二人の顔から笑みがこぼれた。
「ありがとう、ニールさん」
「礼には及ばないさ」
夜だというのに昼間のように晴れやかな気分だった。月の光、波の音、ランタンの火は、まるでジャンの将来を祝福しているかのようだった。
「ふむ」
ジャンはフェーブル王国で起こった一連の誘拐事件の話、それにヒルダのことも話した。シェリーがそのことについて非常に敏感であることも。
「そういうことがあったから、複雑なんだ。俺も」
「ふむ」
ニールはひとまず余計な言葉を差し挟まず、話すがままにさせた。
「シェリーがあいつのことを嫌うのも、もっともだって思う。それに、あいつは犯罪を犯したんだから悪い奴には違いないんだ。……でもよー、俺はあいつのこと、初めて会ったときから根っからのワルじゃないって感じてたんだ。あいつは自分の仲間をなによりも大切にしてたし、仲間もあいつを慕ってた。たぶん根っからのワルって、もっと嫌な奴だろ?」
「まあ、そうだろうな」
「あのとき俺、あいつはそうじゃないって思ったんだ。それでいま、あいつの過去を知って、その……」
ジャンは言葉を詰まらせた。
「やっぱり彼はいい奴だった、と」
ニールはジャンの言いたいことを推察し、言葉を補った。
「……そこははっきり言えねぇ。あいつは人さらいまでしてたんだから。俺も、シェリーとは違った意味でモヤモヤしてるんだ」
「ふむ」
ジャンは普段見せないような苦い表情を見せた。
「済んじまったことは仕方ねぇよ。ただ、次にあいつみたいな、根っからのワルじゃないのに運悪く犯罪者になっちまった奴を見たら、そいつのことを救ってやりたいって思うんだ」
彼の言葉にはある種の後悔が混じっていた。もし数年早くアレックスに出会っていたら、窃盗団を解散させて、罪を償ってカタギになるよう説得できたかもしれない。そんな気持ちがにじみ出ていた。
「なるほど」
「でもよー。もっかい冷静になって考えたら、やっぱだめかなとも思うんだ」
ジャンは少しトーンダウンしてうつむいた。
「なぜ?」
「だって犯罪者なんだから、俺が俺の気分だけで救うとか、許されないっていうか……。その……世間が許さないと思うんだ」
「世間……ね」
そこで話はいったん途切れた。それまで集中していて耳に入って来なかったさざ波の音が、再び二人を包み込んだ。
少し間を置いて、次に口を開いたのはニールだった。
「たしかに、一般人が個人的に犯罪者を救おうとするのは、常識的に考えて間違いだろう。理《ことわり》に沿って言えば、その国の警察組織が正当な手続きでもって犯罪者を確保し、法に基づいて裁判で裁くのが妥当だ」
「……」
「だが君がそういう人を救いたいと思うことに、後ろ暗さを感じる必要はないんじゃないか?」
「え?」
意外だった。話の流れから、ジャンはニールに否定されると思っていた。しかしそうではなかった。
「ある犯罪者を見て、それが避けられない不運によって犯罪に手を染めた者かどうかを判断するのは難しい。だからこそ公的機関が彼らを捕らえ、裁判で法と判例に基づいて量刑を判断する必要がある。……しかしそのことと、君が彼らに対してどう思うかは別問題だろう?」
「それは……」
ニールは先ほどとは打って変わって、力強く持論を語りだした。
「君の内心は何者にも侵されるものではない。もし不運から犯罪に手を染めてしまう人を救いたいのであれば、君自身の力で彼らが道を誤るのを未然に防げばいい。実体のはっきりしない『世間』が君になにを言おうと、君は君が救いたいと思う人を救えばいいじゃないか」
彼の口ぶりは非常に力強かった。しかしその言葉には前向きな優しさがあった。
「……できるかな? 俺に……」
「簡単ではないだろう。並大抵の人間にはまず無理だ。しかし君はまだ十代だろう? 自分の可能性を見限る年齢ではない。……いや、年齢は関係ない。私だって同じだ」
「ニールさん……」
ジャンはニールの顔を見た。ニールはそれに応えるようにジャンの瞳を直視した。
「たとえば君は自動車に興味があるのだろう? なら君が将来会社を作って、一般市民向けの自動車を量産すればいい。貧困と犯罪率には相関がある。君が多くの労働を生み出し、彼らに仕事と十分な給与を与えることができれば、望まぬ犯罪に手を染める人は減る。そういうやり方だって考えられるだろう?」
「……そうか。そうだよな! 俺だって、死ぬ気で努力すればできるよな!」
ジャンは身を乗り出してそう言った。表情からは迷いが消え、このところずっと目の奥に留まっていた微かな淀みも消えた。
「そうさ。そしてそれは君自身が決めることだ。他人や世間は関係ない。なにを言われても胸を張って、自分が正しいと信じる道を進めばいい。君は道を踏み外すような人間じゃないだろう?」
「それはわかんねぇけど、俺は真っすぐに生きたい。甘いのかもしれねぇけどよー」
「甘くてもなんでもいいさ。遠大な目標を成し遂げようとするとき、最初は誰だって未熟だ。君の人生はまだまだこれからなんだから、気にする必要はない」
二人の顔から笑みがこぼれた。
「ありがとう、ニールさん」
「礼には及ばないさ」
夜だというのに昼間のように晴れやかな気分だった。月の光、波の音、ランタンの火は、まるでジャンの将来を祝福しているかのようだった。
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