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第六章 父祖の土地へ

第二百六十二話 ジャンの直感

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 クーラン帝国北西部の港に到着した三人は、まず次の目的地を決めることにした。これからの計画については、準備のいい二コラがしっかりと必要な下調べをしていた。彼はフェーブル滞在中の空いた時間にクーラン帝国の現状について事細かに調べ、旅客船での一か月、地図と照らし合わせていくつかのプランを立てていた。

 時刻は午前十一時を回ったばかり。昼には少し早いが、近くに手ごろなレストランを見つけた三人は、そこで今後の予定についてじっくり話し合うことにした。

 店内で注文を済ませ一息つくと、ニコラはまずソフィに会う時期について話した。

「とりあえず暫定での話だけど、ソフィさんに会いに行くのは一か月後ぐらいで考えてるんだ。ちょうどその時期は行政も比較的忙しくないはずだし、今年は式典の予定もほとんど入ってないみたいだから」
「俺はそれでいいぜ。おばさんに迷惑かかんねぇならそれに越したことはねぇし」
「あたしもオッケー。またソフィさんに会えるの、楽しみだな~」

 ジャンもシェリーも特に異を唱えることはなかった。ただ言い出しっぺのニコラはというと、実のところできるだけ早くソフィに会いたいと考えていた。それは憧れの人だからということではなく、フェーブルで見たサイクロプスの目に関わる理由だった。

(あの巨人の目がなくなったのは、おそらくあのとき手が空いていたマフムードが盗み取ったからに違いない。あの場でそれができたのは彼だけだ。そして仮に僕の推理が当たっていたのなら、あの赤い目玉は決して持ち出してはならないなにか。おそらく石板に書かれていた内容に関係のある、この世界の根幹を揺るがすようななにかだろう。おそらくソフィさんはあれがなんなのか知っているはず。クーランの国家機密に関わることならそれ以上僕たちの出る幕はないけれど、報告だけはしないと)

 あのときハリルの思惑に勘付いたのはニコラだけだった。しかもハリルとその背後で糸を引いているであろうヒルダを、ジャンとシェリーは信用しきっている。彼は自分の推理をあれ以来ずっと内にしまいながら、常に頭の片隅に置いていた。

(ヒルダさんが本当にこの件の黒幕だったとして、僕たちがこれ以上関わり合いになる必要はない。それは表向き、火吐きネズミの洞窟で片付いたことだ。それにハリルたちの行動、計画の綿密さを考える限り、彼女は危険だ。人を意のままに操ることに恐ろしく長け、人倫に反することもいとわない。そんな悪女に関わるのに、ジャンとシャリーは純粋すぎる)

 ニコラは二人のことをよく知っているからこそ、絶対にヒルダと関わってはいけないと確信していた。現に二人はいまでもハリルの口にした作り話を信じている。もし本人に直接会うようなことになれば、間違いなく彼女の術中にはまると彼は考えていた。

「ニコラ……。おいニコラ!」
「え? あ、ああ。ごめん。ちょっと他所事を考えてた」
「ねぇ、スープとサラダ来たよ」

 ちょうどそのとき、ウェイターが前菜を運んできた。

「とりあえず食べようぜ」
「……ああ。そうだな」

 ニコラはひとまずヒルダの計画のことは保留することにした。

(いま焦ってもすぐにできることはなにもない。旅を続けながらソフィさんの動向を逐一調べて、コンタクトが取れそうなら僕だけでも会いに行こう)

 彼は事の重大さを鑑みて、単独行動も視野に入れることにした。

 それはそれとして、彼らにはもう一つ面倒なことがあった。アレックスの母を探すことだ。一応シェリーの同意は得られたことになってはいるが、ネートルゲン国王との会食のときの様子からして、今後もやんわりと反対されるのは想像に難くない。

 ジャンとニコラは航海の途上、シェリーのいない時間を使ってジャンとそのことについて話し合った。結論としては、シェリーに悟られないよう、自由行動の時間を使ってニコラが情報を収集することで話がついた。そのときジャンも情報収集に加わりたいと申し出たが、ニコラから「おまえは芝居が下手だからすぐにシェリーに気づかれる」と一蹴された。

 旅のプランの概要は数日前にニコラが数枚の書類にまとめて二人に渡していた。いずれも寄り道をしながら鉄道で主要都市を渡って行くもので、アレックスの母がいるというティンゼルタウンの所在は不明だが、情報を得やすい人口の多い都市が意図的に組み入れられていた。

(恩に着るぜ、ニコラ。なにからなにまで)

 さりげなく優秀な補佐役として動き回るニコラのことを、ジャンは全面的に信頼し任せていた。実際、予算や時間を含め、彼の作成したプランはどれもよく計算されていた。

「おまえからもらった紙を見た感じだと、どれも鉄道の路線に合わせてデカい街を中心に見て回るって感じだよな」
「ああ。だいたいそんな感じで組んである」
「そんじゃ、あとはどれにするかだな」
「あたし、海岸沿いのルートがいい!」

 シェリーの推しは途中まで西部の海岸線に沿って南下し、それから東に向かって内陸を移動するルートだった。このルートはリゾート地も通る。

 シェリーは三人の中で一番、普通の旅を楽しみたいと思っていた。武術の腕試しはサイクロプス戦でもう十分すぎるほどできたし、正直なところこれ以上の危険はまっぴらだった。それにジャンが危険に晒されるのも嫌だった。

「海岸かー。俺たち海は年中見てたしよー、どうなんかなー」
「あたしたちが見てたのは漁港でしょ? ぎょ、こ、う! そんなのじゃなくて、綺麗なビーチが見たいの!」
「綺麗なビーチねぇ……」

 いざ決めるとなると、なかなか話がまとまらない。そんな感じであーだこーだ言っているうち、三人は目の前の料理を平らげていた。

「ふー。食った食った」

 満足げに椅子にもたれかかるジャン。そこにウェイターが皿を下げにやってきた。

「お下げいたしますね」
「うん、ありがとー」

 ウェイターは皿を下げ、テーブルの上を拭いた。スペースができたので、ニコラはそこに持っていた地図を開いた。

「じゃあ地図を見てまとめるか」
「おう。そうだな」

 三人はクーラン帝国全体が描かれた地図を開いた。

「ねぇ、やっぱり海岸沿いが一番よくない? 別のルートってリゾートとかないし」

 シェリーはとにかくリゾートで伸び伸びとバカンスを楽しみたいらしい。

「んー。別にいいけどよー、他のルートだって美味いもんありそうだぜ?」
「あんたのアタマん中、食べることしかないの? もっといろいろあるでしょ? ここまで来たんだから」
「へいへい。食べることしか頭になくてすいませんねー。まあおまえがどうしてもって言うならそれでいいぜ。俺は絶対このルートじゃなきゃ嫌ってのはねぇし」

 ジャンはそう言いながら地図をぼーっと眺めた。すると彼の目に一つの道筋が見えてきた。

「……シェリー。海もいいけどよー、都会を見て回るのも悪くないんじゃねぇか?」

 彼が見ていたのはほぼ真っすぐ東へ横断するルートだった。このルートは、帝国内でも特に栄えている北部の都市を中心に組まれている。彼はなんとなく直感でこのルートがよいと感じた。

「えー。あたし海がいい」

 シェリーはどうしても海に行きたい。しかしジャンも、妙な直感から東の陸路を捨てきれない。

「先にちょっとだけ海に寄って、それから東に行くことってできねぇかな?」
「それなら少し修正すればできる。寄り道はあまりできなくなるけど」

 ニコラはすでに帝国内の鉄道網を暗記していたので、すぐさま頭の中でジャンの案に沿ったルートを叩き出した。

「それにしようぜ。な、シェリー。いいだろ? 海にもちゃんと寄るから」
「うーん……。それなら別にいいけど……」

 ジャンが歩み寄ったので、シェリーはしぶしぶながら彼の案に合意した。

「じゃあ決まりだな。ニコラ、あとはお前の決めた通りにすっから、よろしく頼むぜ」
「ああ、わかった」

 こうして道筋は定まった。
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