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第六章 父祖の土地へ

第二百五十一話 嫌味な王妃

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 ほどなくしてアリソンがダイニングに到着した。彼女はいかにも王妃らしい貴婦人だったが、それ相応にツンとした雰囲気を醸し出していた。そして開口一番、そのいでたちに違わぬ嫌味が口から出た。

「あら。高貴な場に相応しくない、土臭い臭いがするわね」

 この言い回しには鈍感なジャンも少しカチンときた。シェリーもそうだ。ニコラだけは高貴な人物なら多少は仕方ないと割り切っていたが、当然気分のいいものではなかった。

「これこれ、アリソンよ。客人に失礼だぞ」

 国王は諭す気があるのかないのかわからない、淡々とした調子で王妃に言った。王妃は反省する様子もなく、ふんと鼻を釣り上げ、無言のまま国王の隣の席へ歩いて行こうとした。

 そこでゲディが静かに、絶妙なタイミングで席を立ち、王妃に向かって一礼をした。

「陛下、お久しゅうございます」
「あら、あなたはたしか外務省の……」
「フェーブルの大使館に勤めております、ゲディでございます。この度は休暇のため一時帰国いたしました」
「あら、そう」

 王妃はあまり興味がないようだったが、ゲディはそのまま話を続けた。

「フェーブルを出る数日前に彼……旧アナヴァン帝国皇族の子孫、ジャン=リュック・シャロンにたまたま出くわしまして。国王陛下が日頃旧アナヴァン帝国の末裔のことを気にかけておいでなのを思いだし、私が勝手に彼らとコンタクトを取ったのです。もちろん、国王陛下がお気に召さないようなら取り下げるつもりで」

 すると王妃は国王のほうを見た。

「あらまあ。ネートルゲン国王ともあろう御方が、すでに亡んだ国になんのご興味がおありで? アナヴァンの者に会いたいのならウジェーヌが……」
「アリソン!」

 彼女がなにか言いかけたところで、国王はやや語気を強めてその言葉を遮った。

「やいのやいの言うでない。この会食は私の個人的な興味から承諾したのだ。国は関係ない。客人よ。妻の無礼をお許しいただきたい」

 国王は頭を下げた。礼式を知らないジャンも、一国の王に謝罪されるのは恐れ多いと感じたのか、王妃に対する不快感などどこかへ行ってしまった。

「と、とんでもないぜ! 王様に謝られたら、俺、どうしていいか……」

 そこでニコラがフォローに入る。

「国王陛下。私たちは事実辺境の田舎者ですし、王妃陛下のお言葉も気にしておりません。どうかお顔をお上げください」
「そう申すのなら。いや、本当に申し訳ない」
「とんでもございません。このような席に呼んでいただけただけでも光栄に思います」

(ニコラ、ナイス)

 ジャンはニコラに感謝した。王妃は国王にたしなめられて少々ご機嫌斜めだったが、なにはともあれ全員席に着いた。

「うむ。では料理を運んでくれ」

 国王はダイニングの脇に待機していた給仕に指示を出した。

「かしこまりました」

 給仕は速やかにその場を離れた。

 場が静かになると、国王はふうとため息をつき、肩の力を抜いた。

「してジャン=リュック殿。貴殿はなぜこのような遠方まで旅をしているのかね?」
「え? あー、そのー……」
「よいよい。形式ばった会話が苦手なのはわかっておる。この場は無礼講だ。普段通りに話すがよい」
「あ、はい」

 国王は寛容だった。彼はジャンの性質を見抜き、話しやすいよう配慮した。

「あらまあ。ずいぶんなことをおっしゃいますわね」
「アリソン!」
「……」

 国王は王妃の嫌味を制した。

「さあ、気にせず話すがよい」

 彼はわずかに笑みを浮かべ、改めてジャンに振った。ジャンは少しためらったが、横にいたゲディがうんと頷いたので、開き直っていつも通り気にせず話すことにした。

「そのー。俺、ずっとイールから出たことが無くって、それがすごく窮屈で……。いつも外に出たかったんだ。なんつーか、六十か七十で死ぬとしたら、これから四、五十年、ずっと同じ景色ばかり見て過ごさなきゃいけないんだなって。そう思ったら、なにがなんでもここを出なきゃって気分なったんだ」
「なるほど」

 ジャンははじめて、旅に出たいと思っていた本当の理由を口にした。横にいたシェリーは、想像していた以上に彼が自分の将来を真剣に考えていたことを知り、故郷にいたころの自分の行いを省みた。

(あたし、ジャンのこと、本当はぜんぜんわかってなかったのかも。ちゃんと考えて行動してたのに、外面ばっか見て、わかろうともしてなかった……)

 決してそんなことはなかった。シェリーはジャンの前でつい意地を張ってしまうところがあっただけで、彼が本当は自分のことも周りの人のことも考えられる優しい男だと、心の底ではちゃんとと理解していた。

 しかし自分の気持ちに素直になれないシェリーは、ジャンに対して意地を張る自分を本当の自分だと思い込み続けていた。

「それで俺、島を出たいって何度も母さんにごねて、でもぜんぜん聞き入れてもらえなくて。そしたら、五カ月ぐらい前かな。父さんが急に旅に出てもいいって言って、それで……」
「なるほどな。貴殿ぐらいの年の男児らしい考えではあるな。まあ、よい判断であろう。経験豊富な者は物事の本質をよく見抜くものだ。若いうちに見聞を広めるに越したことはない」

 国王から好意的な反応を得られたことで、ジャンの表情が緩んだ。するとそれまでツンとしていた王妃がくすりと笑った。

「あら、どんな生意気な子かと思ったら、中々かわいらしい顔するのねぇ」
「は、はは。いやー」

 ジャンは恥ずかしそうに頭をかいた。

 そこに先ほどとは別の給仕がトレイに水瓶を乗せてやってきた。

「失礼いたします」

 給仕は伏せてあったグラスを返し、キンキンに冷えた水を注いでいった。一通り注ぎ終えると、給仕は部屋の隅に待機した。

「もうしばらくしたら食前酒とオードブルが来る。君ら三人はノンアルコールだがね」

 国王は先ほどに比べ、少しだけ顔がにこやかになっていた。
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