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第四章 ならず者たちの挽歌
第二百十四話 アレックスの最期
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「ぐわああぁっ!」
アレックスは顔を歪め、悲痛な叫び声を上げた。彼は両足を失い体勢を崩し、ドワイトの遺体も地面に落としてしまった。
「お頭ぁ!」
ロナルドがアレックスに駆け寄る。そしてすぐ近くにいたセオドアも。
「お頭……。アレックス!」
セオドアはアレックスのことを名前で呼んだ。そして下半身を失った彼を抱きかかえた。
「アレックス! しっかりしろ! アレックス!」
光線で焼かれた箇所は熱傷で一瞬血流が止まったが、すぐに大量の血液が吹き出した。
「アレックス!!」
セオドアは混乱していた。通常、脚の出血は鼠径部(脚の付け根のくぼみ)を圧迫すれば止められる。しかしアレックスの脚はその付け根付近まで焼かれてしまった。止めようとしても止められる状態ではない。
そしてもう一人、混乱を通り越して放心状態の男が一人いた。ジャンだ。彼は自分を完膚なきまでに叩きのめした男が、その強さを尊敬しライバルと目した男が、あっけなく瀕死の状態に追い込まれたことが受け入れられなかった。
そんな彼をよそに、サイクロプスは勝ち誇った顔で追い打ちの準備をはじめる。また魔力を瞳に集中させはじめた。
その直後のことだった。ジャンは放心状態のまま、決して速くない動きでサイクロプスの左足に近付いた。それに真っ先に気付いたのはシェリーだった。
「え? ジャン?」
彼女はジャンの周りに異様なオーラを見た気がした。まるで誰もが畏れる偉大な将軍のような威圧感。それは普段の飄々とした彼の雰囲気とは一線を画すものだった。少し遅れてニコラとハリルもジャンの異変に気が付いた。
そしてジャンがサイクロプスの左足を射程に捉えたとき、魔力を溜めることに集中していたサイクロプス本人も、やっとジャンの接近に気が付いた。
次の瞬間、ジャンは光と見まがうほどの速さで横一線にサイクロプスの左足を斬り付けた。長剣の刃はサイクロプスの肉を裂き、骨まで一刀両断にした。
わずかな肉だけで繋がったサイクロプスの脛は、彼の重い体重を支え切れずに折れ曲がり、傷口からは夥しい量の血が吹き出た。
「グオオオォォォォガァァァァッッッ!」
サイクロプスは大広間を揺るがすほどの雄たけびを上げ、地面を激しくのたうち回った。
ジャンにとって、そんなことはもうどうでもよかった。彼は長剣にこびりついた血を振り払うと、すぐにそれを鞘に収めた。そしてアレックスのほうを振り返る。
「アレックス!」
ジャンはアレックスのほうへ全力で走りだした。そしてあっという間に彼の近くまで来た。アレックスは息も絶え絶えの状態だった。
「……強いな」
彼はジャンがサイクロプスの脚を一刀両断したのをちゃんと見ていた。
「んなこたどーでもいいんだよ! 死ぬなよ! 勝ち逃げなんてずりぃぜ!」
ジャンも、アレックスがもう助からないことはわかっていた。出血多量。もってあと一分といったところだろう。だがアレックスは微かに笑っているようだった。
「おまえ……ジャンっていったか……」
「ああ」
「俺のこと……尊敬して……くれるのか」
「ああ。おまえは俺なんかよりずっと強い」
いまにも泣きだしそうなジャン。それとは反対に、アレックスの表情は柔らかかった。
「じゃあ……後生だ。俺の頼み……聞いてくれ」
「言ってみろ」
「俺の母親が……東の大陸……ティンゼルタウンって……町にいる。……メリッサ・タイラーって名だ。……人相は俺に似てる。俺の母親を……探して、アレックスは……仲間と幸せに……暮らしてるって……伝えて……くれ」
「わかった。おまえの頼み、引き受けたぜ」
「泥棒……やってることは、黙ってて……くれ」
アレックスの頼みは母親への伝言だった。ジャンはそれを素直に受け入れた。
「ロナルド……いままで、ありがとな」
「お頭! なんでだよ! お頭!」
アレックスはロナルドに別れの言葉を言うと、今度はセオドアのほうに顔を向けた。
「セオドア……おじさん。あんたの……おかげ……ここまで、生きて……これた。……ありが……とう……」
「アレックス! もういい! 喋るな!」
セオドアはいかつい顔をあふれる涙で濡らした。
そして最後にアレックスはジャンの目を見た。
「ジャン……。あいつを……倒せ……。生きて……帰る……ん……」
そう言い切ろうとしたところで、アレックスは静かに息を引き取った。ジャンはそれを無言で見届けた。
「アレックス! アレックス!」
「お頭! お頭!」
セオドアとロナルドが泣き叫ぶ。それを前に立ち尽くすジャン。
「安心しろ、アレックス。おまえの仇は俺がとる」
そう静かに呟くと、彼は後ろを振り返ってサイクロプスを睨みつけた。サイクロプスは折れた左足を地面に突き立て、残った右足と両手で全身を支えた。
「次で終わりだ……。てめぇ!! 覚悟しやがれ!!」
ジャンは鬼気迫る表情で怒号を発し、再び剣を抜いた。
アレックスは顔を歪め、悲痛な叫び声を上げた。彼は両足を失い体勢を崩し、ドワイトの遺体も地面に落としてしまった。
「お頭ぁ!」
ロナルドがアレックスに駆け寄る。そしてすぐ近くにいたセオドアも。
「お頭……。アレックス!」
セオドアはアレックスのことを名前で呼んだ。そして下半身を失った彼を抱きかかえた。
「アレックス! しっかりしろ! アレックス!」
光線で焼かれた箇所は熱傷で一瞬血流が止まったが、すぐに大量の血液が吹き出した。
「アレックス!!」
セオドアは混乱していた。通常、脚の出血は鼠径部(脚の付け根のくぼみ)を圧迫すれば止められる。しかしアレックスの脚はその付け根付近まで焼かれてしまった。止めようとしても止められる状態ではない。
そしてもう一人、混乱を通り越して放心状態の男が一人いた。ジャンだ。彼は自分を完膚なきまでに叩きのめした男が、その強さを尊敬しライバルと目した男が、あっけなく瀕死の状態に追い込まれたことが受け入れられなかった。
そんな彼をよそに、サイクロプスは勝ち誇った顔で追い打ちの準備をはじめる。また魔力を瞳に集中させはじめた。
その直後のことだった。ジャンは放心状態のまま、決して速くない動きでサイクロプスの左足に近付いた。それに真っ先に気付いたのはシェリーだった。
「え? ジャン?」
彼女はジャンの周りに異様なオーラを見た気がした。まるで誰もが畏れる偉大な将軍のような威圧感。それは普段の飄々とした彼の雰囲気とは一線を画すものだった。少し遅れてニコラとハリルもジャンの異変に気が付いた。
そしてジャンがサイクロプスの左足を射程に捉えたとき、魔力を溜めることに集中していたサイクロプス本人も、やっとジャンの接近に気が付いた。
次の瞬間、ジャンは光と見まがうほどの速さで横一線にサイクロプスの左足を斬り付けた。長剣の刃はサイクロプスの肉を裂き、骨まで一刀両断にした。
わずかな肉だけで繋がったサイクロプスの脛は、彼の重い体重を支え切れずに折れ曲がり、傷口からは夥しい量の血が吹き出た。
「グオオオォォォォガァァァァッッッ!」
サイクロプスは大広間を揺るがすほどの雄たけびを上げ、地面を激しくのたうち回った。
ジャンにとって、そんなことはもうどうでもよかった。彼は長剣にこびりついた血を振り払うと、すぐにそれを鞘に収めた。そしてアレックスのほうを振り返る。
「アレックス!」
ジャンはアレックスのほうへ全力で走りだした。そしてあっという間に彼の近くまで来た。アレックスは息も絶え絶えの状態だった。
「……強いな」
彼はジャンがサイクロプスの脚を一刀両断したのをちゃんと見ていた。
「んなこたどーでもいいんだよ! 死ぬなよ! 勝ち逃げなんてずりぃぜ!」
ジャンも、アレックスがもう助からないことはわかっていた。出血多量。もってあと一分といったところだろう。だがアレックスは微かに笑っているようだった。
「おまえ……ジャンっていったか……」
「ああ」
「俺のこと……尊敬して……くれるのか」
「ああ。おまえは俺なんかよりずっと強い」
いまにも泣きだしそうなジャン。それとは反対に、アレックスの表情は柔らかかった。
「じゃあ……後生だ。俺の頼み……聞いてくれ」
「言ってみろ」
「俺の母親が……東の大陸……ティンゼルタウンって……町にいる。……メリッサ・タイラーって名だ。……人相は俺に似てる。俺の母親を……探して、アレックスは……仲間と幸せに……暮らしてるって……伝えて……くれ」
「わかった。おまえの頼み、引き受けたぜ」
「泥棒……やってることは、黙ってて……くれ」
アレックスの頼みは母親への伝言だった。ジャンはそれを素直に受け入れた。
「ロナルド……いままで、ありがとな」
「お頭! なんでだよ! お頭!」
アレックスはロナルドに別れの言葉を言うと、今度はセオドアのほうに顔を向けた。
「セオドア……おじさん。あんたの……おかげ……ここまで、生きて……これた。……ありが……とう……」
「アレックス! もういい! 喋るな!」
セオドアはいかつい顔をあふれる涙で濡らした。
そして最後にアレックスはジャンの目を見た。
「ジャン……。あいつを……倒せ……。生きて……帰る……ん……」
そう言い切ろうとしたところで、アレックスは静かに息を引き取った。ジャンはそれを無言で見届けた。
「アレックス! アレックス!」
「お頭! お頭!」
セオドアとロナルドが泣き叫ぶ。それを前に立ち尽くすジャン。
「安心しろ、アレックス。おまえの仇は俺がとる」
そう静かに呟くと、彼は後ろを振り返ってサイクロプスを睨みつけた。サイクロプスは折れた左足を地面に突き立て、残った右足と両手で全身を支えた。
「次で終わりだ……。てめぇ!! 覚悟しやがれ!!」
ジャンは鬼気迫る表情で怒号を発し、再び剣を抜いた。
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