上 下
214 / 283
第四章 ならず者たちの挽歌

第二百十四話 アレックスの最期

しおりを挟む
「ぐわああぁっ!」

 アレックスは顔を歪め、悲痛な叫び声を上げた。彼は両足を失い体勢を崩し、ドワイトの遺体も地面に落としてしまった。

「お頭ぁ!」

 ロナルドがアレックスに駆け寄る。そしてすぐ近くにいたセオドアも。

「お頭……。アレックス!」

 セオドアはアレックスのことを名前で呼んだ。そして下半身を失った彼を抱きかかえた。

「アレックス! しっかりしろ! アレックス!」

 光線で焼かれた箇所は熱傷で一瞬血流が止まったが、すぐに大量の血液が吹き出した。

「アレックス!!」

 セオドアは混乱していた。通常、脚の出血は鼠径部そけいぶ(脚の付け根のくぼみ)を圧迫すれば止められる。しかしアレックスの脚はその付け根付近まで焼かれてしまった。止めようとしても止められる状態ではない。

 そしてもう一人、混乱を通り越して放心状態の男が一人いた。ジャンだ。彼は自分を完膚なきまでに叩きのめした男が、その強さを尊敬しライバルと目した男が、あっけなく瀕死の状態に追い込まれたことが受け入れられなかった。

 そんな彼をよそに、サイクロプスは勝ち誇った顔で追い打ちの準備をはじめる。また魔力を瞳に集中させはじめた。

 その直後のことだった。ジャンは放心状態のまま、決して速くない動きでサイクロプスの左足に近付いた。それに真っ先に気付いたのはシェリーだった。

「え? ジャン?」

 彼女はジャンの周りに異様なオーラを見た気がした。まるで誰もが畏れる偉大な将軍のような威圧感。それは普段の飄々ひょうひょうとした彼の雰囲気とは一線を画すものだった。少し遅れてニコラとハリルもジャンの異変に気が付いた。

 そしてジャンがサイクロプスの左足を射程に捉えたとき、魔力を溜めることに集中していたサイクロプス本人も、やっとジャンの接近に気が付いた。

 次の瞬間、ジャンは光と見まがうほどの速さで横一線にサイクロプスの左足を斬り付けた。長剣の刃はサイクロプスの肉を裂き、骨まで一刀両断にした。

 わずかな肉だけで繋がったサイクロプスのすねは、彼の重い体重を支え切れずに折れ曲がり、傷口からはおびただしい量の血が吹き出た。

「グオオオォォォォガァァァァッッッ!」

 サイクロプスは大広間を揺るがすほどの雄たけびを上げ、地面を激しくのたうち回った。

 ジャンにとって、そんなことはもうどうでもよかった。彼は長剣にこびりついた血を振り払うと、すぐにそれを鞘に収めた。そしてアレックスのほうを振り返る。

「アレックス!」

 ジャンはアレックスのほうへ全力で走りだした。そしてあっという間に彼の近くまで来た。アレックスは息も絶え絶えの状態だった。

「……強いな」

 彼はジャンがサイクロプスの脚を一刀両断したのをちゃんと見ていた。

「んなこたどーでもいいんだよ! 死ぬなよ! 勝ち逃げなんてずりぃぜ!」

 ジャンも、アレックスがもう助からないことはわかっていた。出血多量。もってあと一分といったところだろう。だがアレックスは微かに笑っているようだった。

「おまえ……ジャンっていったか……」
「ああ」
「俺のこと……尊敬して……くれるのか」
「ああ。おまえは俺なんかよりずっと強い」

 いまにも泣きだしそうなジャン。それとは反対に、アレックスの表情は柔らかかった。

「じゃあ……後生だ。俺の頼み……聞いてくれ」
「言ってみろ」
「俺の母親が……東の大陸……ティンゼルタウンって……町にいる。……メリッサ・タイラーって名だ。……人相は俺に似てる。俺の母親を……探して、アレックスは……仲間と幸せに……暮らしてるって……伝えて……くれ」
「わかった。おまえの頼み、引き受けたぜ」
「泥棒……やってることは、黙ってて……くれ」

 アレックスの頼みは母親への伝言だった。ジャンはそれを素直に受け入れた。

「ロナルド……いままで、ありがとな」
「お頭! なんでだよ! お頭!」

 アレックスはロナルドに別れの言葉を言うと、今度はセオドアのほうに顔を向けた。

「セオドア……おじさん・・・・。あんたの……おかげ……ここまで、生きて……これた。……ありが……とう……」
「アレックス! もういい! 喋るな!」

 セオドアはいかつい顔をあふれる涙で濡らした。

 そして最後にアレックスはジャンの目を見た。

「ジャン……。あいつを……倒せ……。生きて……帰る……ん……」

 そう言い切ろうとしたところで、アレックスは静かに息を引き取った。ジャンはそれを無言で見届けた。

「アレックス! アレックス!」
「お頭! お頭!」

 セオドアとロナルドが泣き叫ぶ。それを前に立ち尽くすジャン。

「安心しろ、アレックス。おまえの仇は俺がとる」

 そう静かに呟くと、彼は後ろを振り返ってサイクロプスを睨みつけた。サイクロプスは折れた左足を地面に突き立て、残った右足と両手で全身を支えた。

「次で終わりだ……。てめぇ!! 覚悟しやがれ!!」

 ジャンは鬼気迫る表情で怒号を発し、再び剣を抜いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

お姫様と愉快な仲間たちの珍道中

ライ
ファンタジー
放浪癖が目立つお姫様が、いろいろな土地を旅しながら、その土地の問題を次々と解決し、伝説を作っていくお話です。 愉快な仲間とは彼女のげぼ、こほん、従者たちのことです。 初めは、短編にしようと思っていたのですが、思ったよりも下準備がかかってしまったので長編に変更させていただきました。 誤字脱字が目立つでしょうが、何卒ご容赦を 楽しんで書きますので、お読みくださる方も楽しんでいただけたら幸いです。 意見がある方はぜひ感想でお聞かせください。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

処理中です...