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第四章 ならず者たちの挽歌

第二百十二話 レッドオーブの在処

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 ジャン、アレックス、シェリーがサイクロプスと対峙している最中、ハリルたちは大広間を壁伝いに探索し、レッドオーブの在処を探っていた。

 ハリルはジャンたちが守護聖獣を相手にここまで食い下がるなどとは思っていなかった。彼はジャンたちの実力に内心敗北感すら感じていた。

(ジャンの力量は底が読めない。しかしそれは旧アナヴァン帝国皇室の血統を考えれば合点がいく。だがシェリーと、それにあのアレックスとかいう男の強さはどういうことだ? 認めたくはないが、一対一では勝てる自信が持てない)

 貧民街から義兄弟とともに這い上がってきたハリルをして、三人の強さは異常なものだった。しかしそれはハリルたちにとってむしろ好都合でもあった。

(潜在能力を加味するなら、俺もマフムードもサルマーンも奴らには遠く及ばない。いま後方支援に回っているニコラもこちら側・・・・だろう。あの三人は次元が違う。だがこの場においてはそれがいい。奴らがサイクロプスを足止めしている間にレッドオーブを回収する)

 ハリルは岩で塞がれた出入口を見た。

(あれならサルマーンのタックルで四発……いや、五発あれば破壊できる。所要時間は一分といったところか。ジャンたちがサイクロプスを足止めしている状況ならなんとかなる。奴らがやられる前に早くレッドオーブを見つけ出し、脱出しなければ)

 依然、緊張の解けない状況には変わりないが、そんな中でもハリルは冷静に活路を見出そうとしていた。しかし問題はレッドオーブの在処が未だ不明なことだ。床、壁、天井、石板の周辺……。見える場所はだいたい確認したが、それらしいものはどこにも見当たらない。球体はどこにもないし、赤い物体もない。

(なにか仕掛けがあるのだろうか? まさかサイクロプスの衣服に付いているのでは?)

 そう思ってサイクロプスのほうを見るハリル。

(ま、まさか……!)

 いままさに起き上がろうとするサイクロプスの瞳が赤く染まっている。眼球の中心、レンズの部分は球体ではないが、この場にあるもののうち、赤いものはそれしかない。

 そこでマフムードが耳打ちする。

「兄者、途轍もない魔力ですよ。これは私でも出せないレベルですねぇ」
「やはりそういうことか」

 尋常ならざる強力な魔力。その発生源である赤い瞳。最早それ以外の可能性が考えられないほど、ハリルの頭の中でサイクロプスの瞳とレッドオーブが合致していた。そしてそれゆえ、ハリルは大きく動揺した。

(くそったれ! あんな怪物を倒さねばならんだと!? できるわけがない! あの三人だって時間を稼ぐのが精一杯なんだぞ!)

 ここで死ぬかもしれない。彼はヒルダからこの任務を仰せつかった時点で覚悟してはいた。しかしここまでのサイクロプスの戦いぶり、そしてそれ以上のことがこれから起きるという予測から、かつてないほどの恐怖を感じていた。

 恐怖を感じていたのは彼らだけではない。ジャンたちの後方に退避していたニコラも大量の冷や汗をかいていた。

(なんだこの異常な魔力は!? サイクロプスの目の中心、あの一点だけが強力な魔力を帯びているぞ!)

 ニコラは焦った。サイクロプスの瞳が発する魔力は、彼の遥か上を行くレベル。まともに太刀打ちできるような生易しいものではなかった。

「ジャン! シェリー! 次の攻撃は絶対に避けろ! 死ぬぞ!」

 彼はジャンたちに向かって大声で叫んだ。

「なんだって!? どういうことだよ、ニコラ!」

 ジャンがニコラに聞き返す。

「説明してる暇はないんだ! とにかく集中して避けるんだ!」

 そう言うとすぐ、ニコラは身体強化の呪文を詠唱しはじめた。自分とジャンの二人にかけるためだ。シェリー、アレックスの二人はもともと敏捷性が高いため、次の攻撃も瞬時に避けることができるだろう。しかしニコラとジャンは少しでも反応が遅れれば避けきれなくなる可能性がある。

 ニコラは身体強化の魔法を自分とジャンにかけた。

「おっ! 身体が!」

 ジャンは魔法の効果を感じ取った。詠唱を終えたニコラは急いで状況の説明をはじめた。

「いいか!? ジャン! シェリーも聞くんだ! 次の攻撃はおそらくあの赤い瞳から一直線に来る! だから目が合った瞬間、横に飛び避けるんだ!」

 ジャンとシェリーはニコラの汗のかきようを見て状況を察した。

「……ああ、わかった! 忠告ありがとな!」
「あたしも、わかったわ!」

 アレックスも、言葉こそ発しなかったがニコラの忠告には耳を傾けた。もっとも、彼だけは事前に危機を予測していたが。

 サイクロプスは傷ついた足裏を地面につけないよう、ゆっくりと膝立ちの姿勢になった。その表情は怒りと苦痛でひどく歪んでいた。皮膚表面の切り傷とはいえ、両足の裏をさんざ切り刻まれたのだ。痛くないはずがない。

「ウガアアアアァァァァ!」

 彼は自分に喝を入れるかの如く、地鳴りのような雄たけびをあげた。

「こっからが本番ってわけだな! 上等じゃねぇか! 行くぜ!」

 頬を伝う冷たい汗を感じながら、ジャンも一発、気合を入れた。
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