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第四章 ならず者たちの挽歌
第百九十九話 明察むなしく
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「なにをしている、ニコラ! 炎の壁を早く!」
「え!?」
考え事に気を取られていた彼は、ハリルの怒声で我に返った。火吐き鼠はすでに松明の灯りでも確認できる距離にいた。
ニコラは急いで詠唱を始めた。しかしすでに三匹が火球を吐こうと力を溜めていた。
「仕方ない! ジャン! シェリー! 攻めるぞ!」
「「はい!」」
ハリルは機転を利かせ、ジャン、シェリーに指示を飛ばした。三人は一斉に敵との間合いを詰め、火球を放たれる前に敵に打撃を加えた。
「「ギャピッ!」」
火吐き鼠たちはジャンたちの攻撃によってひるんだものの、ダメージは大きくなかった。警戒する野生の魔獣に対して、突きで確実に急所を狙うのは難しい。かといって斬撃や打撃で一撃のもとに打ち倒せるほど、火吐き鼠は弱くない。
「ちくしょう! タフな奴らだぜ!」
「いや、十分だ、ジャン! シェリーも! いったん引け!」
ハリルの指示に従い、ジャンとシェリーは後方に引いた。そこで詠唱を終えたニコラが炎の壁を作り出す。
「よし! これで火球は怖くない! マフムード!」
「おまかせあれ」
続いてすでに準備を済ませていたマフムードが、炎の壁の向こう側めがけて氷の矢を放つ。矢は敵に命中し、数匹の息の根を止めた。
「みなさんが弱らせてくれたおかげで楽ですねぇ。では残りも……」
彼は残っていた氷の矢を放ち、まだ息のある火吐き鼠にとどめを刺した。
敵の魔力が消えたことを確認すると、ニコラは魔法を解除した。
「ニコラよー、おまえらしくねーな」
ジャンはニコラの背中を軽く叩きながらそう言った。
「悪い、ちょっと考え事をしてたんだ。次から気を付ける」
「大丈夫かよー。頼むぜ」
事はそれで収まった。
ハリルはニコラのミスを咎めるでもなく淡々としていた。
「殺気は消えた。このまま直進するぞ」
そして今度は彼が考え事をはじめた。
(このニコラ、もしかして俺たちの……ヒルダ様の思惑に気付いたのではないか? 事前の調査内容も含め、ここまでの行動からして、緊迫した状況で注意が散漫になるような男ではない。怪しい)
彼はニコラに悟られないよう、真っすぐ前を見て先を急いだ。
(しかし重要なのはレッドオーブを手に入れ、ヒルダ様のもとへ持ち帰ることだ。どのみちジャンとシェリーが俺たちを信用している限り、ニコラも俺たちに付き従うしかない。下手に手は打たず、予定通り最下層を目指すことに専念しよう)
ハリルはニコラの考えをほぼ正確に推測した上で、それを捨て置くことに決めた。
対するニコラもハリルの考えを読んでいた。
(余計な邪推をして疑心暗鬼になるのは得策じゃない。でもこのハリルの行動……危機的状況に置かれるかもしれない場面で僕は重大なミスを犯した。にもかかわらず、ハリルは叱責するどころか一瞥もせず先へ進みだした。どう考えても不自然だ)
まだ確信には至らないものの、彼はハリルが見せたわずかなほころびを見逃さなかった。
(向こうも僕の様子に違和感を覚え、警戒している可能性がある。そしてもし僕の予想が正しければ、ハリルのこの行動……、ジャンとシェリーが彼らと同調している限り僕も従うしかないことを理解している)
結局のところ、ニコラはハリルたちの思惑に付き合うしかなかった。チャンスを見計らって撤退することができればと彼は考えた。問題はどのタイミングでジャンとシェリーに撤退を促すかだが、その時点ではよい方法が浮かばなかった。
ニコラにはもう一つ気がかりなことがあった。
(この三人がただの賞金稼ぎで、この先になんらかの金になる財宝がある……とは考えにくい。ただの賞金稼ぎが、わざわざ命の危険を冒してまで軍隊も近寄らないような場所に行くはずがない。命あっての金と考えるのが普通だ。
じゃあ僕たちに話したように、ヒルダさんを助けるためか? それもおかしい。ヒルダさんは誘拐されるそのときまで父親を露骨に罵倒し続け、家族関係は最悪だった。それがたった三年で心変わりするとも思えないし、仮に彼女が改心していたとして、このハリルが情に流されて人助けをしようと考えるか?)
少なくとも彼にとって、ハリルは冷静かつ合理的な人物に見えた。そのハリルがなんのメリットもない人助けを率先して行うとは考えにくい。
(考えたくはないけど、ヒルダさんが邪悪な人で、この三人の悪意が彼女の精神に共鳴したとしたら……。僕たちを利用しようとしている黒幕は彼女で、僕たちのことを調べ上げたのも彼女の差し金……)
ニコラの予想は的中していた。しかし疑惑はまだ疑惑のままだった。
そのときマフムードがなにかを感知した。
「おや? おバカさんが一匹いるようですね」
「下り階段が見つかったのか?」
ハリルが尋ねた。
「はい。群れからはぐれたのでしょうねぇ。どこへ行ったらいいかわからず、とりあえず下の階へ下りた者がいるようです」
「位置はどこだ?」
「ここから右に五十メートルほどです」
「なら壁を壊して行ったほうが早いな。サルマーン」
「うす」
ハリルは例によって、サルマーンに体当たりで壁を壊させた。壁の向こう側には、ちょうど下り階段の方へ向かうと思われる通路があった。
「よし、このまま後ろの敵を撒いて地下四階へ向かうぞ」
ニコラの鋭い読みもむなしく、一行はさらに洞窟の奥深くへ下りて行くこととなった。
「え!?」
考え事に気を取られていた彼は、ハリルの怒声で我に返った。火吐き鼠はすでに松明の灯りでも確認できる距離にいた。
ニコラは急いで詠唱を始めた。しかしすでに三匹が火球を吐こうと力を溜めていた。
「仕方ない! ジャン! シェリー! 攻めるぞ!」
「「はい!」」
ハリルは機転を利かせ、ジャン、シェリーに指示を飛ばした。三人は一斉に敵との間合いを詰め、火球を放たれる前に敵に打撃を加えた。
「「ギャピッ!」」
火吐き鼠たちはジャンたちの攻撃によってひるんだものの、ダメージは大きくなかった。警戒する野生の魔獣に対して、突きで確実に急所を狙うのは難しい。かといって斬撃や打撃で一撃のもとに打ち倒せるほど、火吐き鼠は弱くない。
「ちくしょう! タフな奴らだぜ!」
「いや、十分だ、ジャン! シェリーも! いったん引け!」
ハリルの指示に従い、ジャンとシェリーは後方に引いた。そこで詠唱を終えたニコラが炎の壁を作り出す。
「よし! これで火球は怖くない! マフムード!」
「おまかせあれ」
続いてすでに準備を済ませていたマフムードが、炎の壁の向こう側めがけて氷の矢を放つ。矢は敵に命中し、数匹の息の根を止めた。
「みなさんが弱らせてくれたおかげで楽ですねぇ。では残りも……」
彼は残っていた氷の矢を放ち、まだ息のある火吐き鼠にとどめを刺した。
敵の魔力が消えたことを確認すると、ニコラは魔法を解除した。
「ニコラよー、おまえらしくねーな」
ジャンはニコラの背中を軽く叩きながらそう言った。
「悪い、ちょっと考え事をしてたんだ。次から気を付ける」
「大丈夫かよー。頼むぜ」
事はそれで収まった。
ハリルはニコラのミスを咎めるでもなく淡々としていた。
「殺気は消えた。このまま直進するぞ」
そして今度は彼が考え事をはじめた。
(このニコラ、もしかして俺たちの……ヒルダ様の思惑に気付いたのではないか? 事前の調査内容も含め、ここまでの行動からして、緊迫した状況で注意が散漫になるような男ではない。怪しい)
彼はニコラに悟られないよう、真っすぐ前を見て先を急いだ。
(しかし重要なのはレッドオーブを手に入れ、ヒルダ様のもとへ持ち帰ることだ。どのみちジャンとシェリーが俺たちを信用している限り、ニコラも俺たちに付き従うしかない。下手に手は打たず、予定通り最下層を目指すことに専念しよう)
ハリルはニコラの考えをほぼ正確に推測した上で、それを捨て置くことに決めた。
対するニコラもハリルの考えを読んでいた。
(余計な邪推をして疑心暗鬼になるのは得策じゃない。でもこのハリルの行動……危機的状況に置かれるかもしれない場面で僕は重大なミスを犯した。にもかかわらず、ハリルは叱責するどころか一瞥もせず先へ進みだした。どう考えても不自然だ)
まだ確信には至らないものの、彼はハリルが見せたわずかなほころびを見逃さなかった。
(向こうも僕の様子に違和感を覚え、警戒している可能性がある。そしてもし僕の予想が正しければ、ハリルのこの行動……、ジャンとシェリーが彼らと同調している限り僕も従うしかないことを理解している)
結局のところ、ニコラはハリルたちの思惑に付き合うしかなかった。チャンスを見計らって撤退することができればと彼は考えた。問題はどのタイミングでジャンとシェリーに撤退を促すかだが、その時点ではよい方法が浮かばなかった。
ニコラにはもう一つ気がかりなことがあった。
(この三人がただの賞金稼ぎで、この先になんらかの金になる財宝がある……とは考えにくい。ただの賞金稼ぎが、わざわざ命の危険を冒してまで軍隊も近寄らないような場所に行くはずがない。命あっての金と考えるのが普通だ。
じゃあ僕たちに話したように、ヒルダさんを助けるためか? それもおかしい。ヒルダさんは誘拐されるそのときまで父親を露骨に罵倒し続け、家族関係は最悪だった。それがたった三年で心変わりするとも思えないし、仮に彼女が改心していたとして、このハリルが情に流されて人助けをしようと考えるか?)
少なくとも彼にとって、ハリルは冷静かつ合理的な人物に見えた。そのハリルがなんのメリットもない人助けを率先して行うとは考えにくい。
(考えたくはないけど、ヒルダさんが邪悪な人で、この三人の悪意が彼女の精神に共鳴したとしたら……。僕たちを利用しようとしている黒幕は彼女で、僕たちのことを調べ上げたのも彼女の差し金……)
ニコラの予想は的中していた。しかし疑惑はまだ疑惑のままだった。
そのときマフムードがなにかを感知した。
「おや? おバカさんが一匹いるようですね」
「下り階段が見つかったのか?」
ハリルが尋ねた。
「はい。群れからはぐれたのでしょうねぇ。どこへ行ったらいいかわからず、とりあえず下の階へ下りた者がいるようです」
「位置はどこだ?」
「ここから右に五十メートルほどです」
「なら壁を壊して行ったほうが早いな。サルマーン」
「うす」
ハリルは例によって、サルマーンに体当たりで壁を壊させた。壁の向こう側には、ちょうど下り階段の方へ向かうと思われる通路があった。
「よし、このまま後ろの敵を撒いて地下四階へ向かうぞ」
ニコラの鋭い読みもむなしく、一行はさらに洞窟の奥深くへ下りて行くこととなった。
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