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第三章 亡国の系譜
第百六十五話 心根の優しい男
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馬車がホテルに着くころ、ジャンはシェリーを起こした。
「シェリー、着いたぜ」
「う……うーん……」
目を軽くこするシェリー。
「少しは落ち着いたか?」
「うん。心配かけてごめん」
「よせよ、謝るなんて。おまえらしくもねぇ」
「うん……」
眠る前に比べれば、気持ちの高ぶりはだいぶ収まったようだ。しかし、シェリーの表情はまだ暗かった。ジャンは彼女の肩に優しく手をかけ、ホテルへ入っていった。
フロントでカードを提示し、部屋の鍵をもらった二人は、特にこれといって会話をすることもなく、まっすぐソフィの部屋へ戻った。魔法が苦手なジャンは灯りに火を灯せないため、日が差し込むリビングでシェリーを休ませることにした。
「とりあえず座れよ。なんか飲み物とってくるから」
「うん」
ジャンは彼女をソファに座らせ、キッチンに向かった。キッチンの脇には、おそらくホテル側のサービスであろう、炭酸水の瓶が数本置いてあった。彼は瓶の蓋を開け、適当なグラスに注ぎ、それを手にリビングに戻った。
「ほら、飲めよ」
彼はグラスをテーブルに置いた。
「うん」
グラスに口をつけるシェリー。しかしさっきから「うん」以外の言葉をほとんど発していない。彼はどうしたらいいかわからず、自分もソファに座り、炭酸水を一気に飲み干した。
「このタンサンっての、イールにも去年入ってきたんだよな。父さんが気に入って何本も買ってたぜ」
「うん」
ジャンはシェリーの気を紛らわせようと、当たり障りのない話をしたが、彼女の反応は薄いままだった。慣れない小細工を弄したところで意味はない。彼は思い切ってヴァレーズ家の話をすることにした。
「……親父さんたち、本当に残念だったよな。なんでこんなことになっちまったのか……」
「……」
「ヒルダさんを探し出せたとしても、帰る場所がないんじゃどうしようもねぇ。やるせないよな」
「……」
シェリーは黙り込んだままさらにうつむいた。ジャンはその様子を見て、少し声のトーンを明るくした。
「でもよ、ヒルダさんはまだどこかで生きてるかもしれねぇんだ。見つけ出して、俺たちと友だちになることならできる」
「!!」
シェリーは顔を上げ、ジャンのほうを見た。
「住む場所はイールのどこかに用意すりゃいい。またギルドで適当な依頼を受けて稼げばよー、俺たちでヒルダさんの居場所を作れるだろ?」
「……うん……そうだよね」
「だからシェリー。親父さんたちのことはもうどうしようもないけどよー、希望がなくなったわけじゃねぇ。だから、元気出せよ」
「……ありがとう、ジャン」
シェリーの顔に、ほんの少しだけ笑顔が戻った。ジャンもそれを見て笑い返した。気持ちが完全に晴れたわけではない。ヒルダの家族があのような不幸に見舞われたことが、彼らの心に暗い影を落としていることに変わりはない。しかしジャンも、シェリーも、もちろんニコラも、もはや旅に出る前とは違う。彼らの中には、自分たちで考え、困難に立ち向かう、強い意志が芽生えはじめていた。
「ごめん、ひとりで勝手に暗くなって」
「気にすんなよ。おまえがしおらしくしてると調子狂うしよー。持ちつ持たれつってやつだよ」
「うん、ありがとう」
なんだかんだ言っても、ジャンは心根の優しい男。こういうときは頼りになる。シェリーはやっと落ち着きを取り戻した。
「シェリー、着いたぜ」
「う……うーん……」
目を軽くこするシェリー。
「少しは落ち着いたか?」
「うん。心配かけてごめん」
「よせよ、謝るなんて。おまえらしくもねぇ」
「うん……」
眠る前に比べれば、気持ちの高ぶりはだいぶ収まったようだ。しかし、シェリーの表情はまだ暗かった。ジャンは彼女の肩に優しく手をかけ、ホテルへ入っていった。
フロントでカードを提示し、部屋の鍵をもらった二人は、特にこれといって会話をすることもなく、まっすぐソフィの部屋へ戻った。魔法が苦手なジャンは灯りに火を灯せないため、日が差し込むリビングでシェリーを休ませることにした。
「とりあえず座れよ。なんか飲み物とってくるから」
「うん」
ジャンは彼女をソファに座らせ、キッチンに向かった。キッチンの脇には、おそらくホテル側のサービスであろう、炭酸水の瓶が数本置いてあった。彼は瓶の蓋を開け、適当なグラスに注ぎ、それを手にリビングに戻った。
「ほら、飲めよ」
彼はグラスをテーブルに置いた。
「うん」
グラスに口をつけるシェリー。しかしさっきから「うん」以外の言葉をほとんど発していない。彼はどうしたらいいかわからず、自分もソファに座り、炭酸水を一気に飲み干した。
「このタンサンっての、イールにも去年入ってきたんだよな。父さんが気に入って何本も買ってたぜ」
「うん」
ジャンはシェリーの気を紛らわせようと、当たり障りのない話をしたが、彼女の反応は薄いままだった。慣れない小細工を弄したところで意味はない。彼は思い切ってヴァレーズ家の話をすることにした。
「……親父さんたち、本当に残念だったよな。なんでこんなことになっちまったのか……」
「……」
「ヒルダさんを探し出せたとしても、帰る場所がないんじゃどうしようもねぇ。やるせないよな」
「……」
シェリーは黙り込んだままさらにうつむいた。ジャンはその様子を見て、少し声のトーンを明るくした。
「でもよ、ヒルダさんはまだどこかで生きてるかもしれねぇんだ。見つけ出して、俺たちと友だちになることならできる」
「!!」
シェリーは顔を上げ、ジャンのほうを見た。
「住む場所はイールのどこかに用意すりゃいい。またギルドで適当な依頼を受けて稼げばよー、俺たちでヒルダさんの居場所を作れるだろ?」
「……うん……そうだよね」
「だからシェリー。親父さんたちのことはもうどうしようもないけどよー、希望がなくなったわけじゃねぇ。だから、元気出せよ」
「……ありがとう、ジャン」
シェリーの顔に、ほんの少しだけ笑顔が戻った。ジャンもそれを見て笑い返した。気持ちが完全に晴れたわけではない。ヒルダの家族があのような不幸に見舞われたことが、彼らの心に暗い影を落としていることに変わりはない。しかしジャンも、シェリーも、もちろんニコラも、もはや旅に出る前とは違う。彼らの中には、自分たちで考え、困難に立ち向かう、強い意志が芽生えはじめていた。
「ごめん、ひとりで勝手に暗くなって」
「気にすんなよ。おまえがしおらしくしてると調子狂うしよー。持ちつ持たれつってやつだよ」
「うん、ありがとう」
なんだかんだ言っても、ジャンは心根の優しい男。こういうときは頼りになる。シェリーはやっと落ち着きを取り戻した。
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