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第三章 亡国の系譜
第百五十七話 『物質の生成と無属性魔法』その2
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「ではもう一枚ページをめくってください。ご存じの通り、魔法の適正は熱系、生物系、拡散系のグループと、冷気系、物質系、凝縮系のグループに分けられます。しかし無属性魔法を使いこなせる魔術師の場合、これら六種類の魔法すべてを同等に使いこなすことができます。実はこの分類が、先ほどの実験に関連している可能性があるのです」
ソフィはそう言ってまた図を描きだした。
「そのページに書かれている通り、熱系の三系統は分子の動きを加速させ、冷気系の三系統は減速させます。ここで無属性魔法の力を借りない場合、どの属性魔法も新たなエネルギーを生み出せません。熱系魔法はただその場にある分子の動きを加速させ、冷気系魔法は減速させるだけです。そこで新たな物質を生み出し、エネルギーを増幅させるのが無属性魔法というわけです」
それから彼女は、無属性魔法が属性魔法にどう影響しているのか、具体的な詠唱文を例に解説をした。どうやら属性魔法の詠唱文の中には、無属性魔法の詠唱文のアナグラムが含まれており、それが魔法の強さに影響を及ぼしているらしい。
「このように、属性魔法の詠唱文の中には、無属性魔法の詠唱文のアナグラムが巧妙に組み込まれています。属性魔法の強さは先天的な才能の影響が大きいと言われていますが、詠唱文に含まれるアナグラムを正確に認識することで、ある程度は増幅可能です。すなわち学習による無属性魔法の習得とアナグラムの解析によって、属性魔法の強さを向上させることができるわけです」
ニコラはなんとなく思い当たるふしがあった。彼は優秀で冷気系三系統もそれなりに使えるが、熱系三系統に比べると、詠唱文の認識が浅い感覚がある。そのわずかな差が威力や精度に大きく影響していることは薄々感づいていたが、この講義によってその問題が明確になった。
(これなら改善計画も立てやすいな。魔法自体が今後使われなくなっていくにしても、冷気系の使途は完全にはなくならないだろうし、ちょっと試してみるか)
彼は相変わらず堅実に将来のことを考えていた。
講義は終盤に差し掛かり、冊子の内容をひと通り解説し終えたソフィは、最後に昨日の講義に関連する話を付け加えた。
「ところで、この中に昨日の私の講義を聞きに来た方はいますか? ええ、挙手でかまいません。……だいたいそうみたいですね。ではその話に関連した最新の仮説について簡単にお話しします。まず、みなさんはエントロピー増大則をご存じでしょうか?」
受講者の大半は頷いた。エントロピー増大則とは、熱力学などの分野で使われる用語で、分子の位置が固定された状態からバラバラの状態になるのは簡単だが、その逆は限られた条件下でなければ困難という法則のことだ。これは氷と水蒸気を想像するとわかりやすい。氷は水分子が規則的に配列された状態で安定しているが、水蒸気はひとつひとつの水分子が自由に空気中を飛び回る。そのため氷を熱して水、さらに水蒸気に変化させたあと、また氷に戻しても、各分子が元あった位置に戻ることは、ほぼ不可能と言える。
ソフィは熱力学におけるエントロピー増大則について簡単におさらいしたあと、本題に入った。
「さて、エントロピー増大則は熱力学に限った話ではありません。たとえば割れた皿が自然に元通りにならないように、多くのものは不可逆的な法則に則った変化をします。しかし魔法はそうではありません。もうおわかりかと思いますが、冷気系の三系統はエントロピーに逆行するかのような働きを示します。もちろん、物質魔法で割れた皿を完全に元通りに直すことが困難なことからもわかるように、属性魔法によるエントロピーの減少には多少の無理が生じます。しかし純粋無属性魔法であれば、あるいはそれが可能になるかもしれません」
そこまで話したところで、ソフィは一瞬、壁にかかっている時計のほうを見た。
「時間も残り僅かなので少し端折りますが、もし強力な無属性魔法によってエントロピーを無視することが可能になるなら、それによって世界の一部を書き換えることも可能になるかもしれない。この世界が高度な演算装置によって創り上げられたものだとすれば、これは理論上可能だと言えます」
教室は静まり返っていた。世界の一部を書き換える。そんなことが可能だとして、それがなんらかの問題を引き起こすことはないのか。世界の法則性が崩壊したりしないのか。ニコラを含め受講者たちの多くは、「世界の一部を書き換える」という魅力的な言葉の中に、重大な危険を感じ取っていた。しかしソフィは受講者の反応を予想していたかのように、さりげなく補足する。
「しかしこれは、人間の魔力ではとうてい不可能なことです。あくまで仮説でしかないのでご安心ください。時間になりましたので、講義はこれまでにします。みなさん、お疲れ様でした」
ソフィは時間が来たのでそのまま講義を終了した。彼女は軽くお辞儀をし、受講者たちは拍手をした。
そのときニコラは、ソフィの言動を少し不審に思った。ソフィはなにか重大なことを隠しているのではないか。人間の魔力では不可能という点に嘘偽りはないとしても、それ以外の方法をなにか知っているのではないか。そんな印象を直感的に感じ取っていた。しかしソフィはクーラン帝国の要人でもある。機密事項があっても不思議ではない。このことに関してはあまり深入りすべきではないと、聡明なニコラはあえて違和感を飲み込んだ。
ソフィはそう言ってまた図を描きだした。
「そのページに書かれている通り、熱系の三系統は分子の動きを加速させ、冷気系の三系統は減速させます。ここで無属性魔法の力を借りない場合、どの属性魔法も新たなエネルギーを生み出せません。熱系魔法はただその場にある分子の動きを加速させ、冷気系魔法は減速させるだけです。そこで新たな物質を生み出し、エネルギーを増幅させるのが無属性魔法というわけです」
それから彼女は、無属性魔法が属性魔法にどう影響しているのか、具体的な詠唱文を例に解説をした。どうやら属性魔法の詠唱文の中には、無属性魔法の詠唱文のアナグラムが含まれており、それが魔法の強さに影響を及ぼしているらしい。
「このように、属性魔法の詠唱文の中には、無属性魔法の詠唱文のアナグラムが巧妙に組み込まれています。属性魔法の強さは先天的な才能の影響が大きいと言われていますが、詠唱文に含まれるアナグラムを正確に認識することで、ある程度は増幅可能です。すなわち学習による無属性魔法の習得とアナグラムの解析によって、属性魔法の強さを向上させることができるわけです」
ニコラはなんとなく思い当たるふしがあった。彼は優秀で冷気系三系統もそれなりに使えるが、熱系三系統に比べると、詠唱文の認識が浅い感覚がある。そのわずかな差が威力や精度に大きく影響していることは薄々感づいていたが、この講義によってその問題が明確になった。
(これなら改善計画も立てやすいな。魔法自体が今後使われなくなっていくにしても、冷気系の使途は完全にはなくならないだろうし、ちょっと試してみるか)
彼は相変わらず堅実に将来のことを考えていた。
講義は終盤に差し掛かり、冊子の内容をひと通り解説し終えたソフィは、最後に昨日の講義に関連する話を付け加えた。
「ところで、この中に昨日の私の講義を聞きに来た方はいますか? ええ、挙手でかまいません。……だいたいそうみたいですね。ではその話に関連した最新の仮説について簡単にお話しします。まず、みなさんはエントロピー増大則をご存じでしょうか?」
受講者の大半は頷いた。エントロピー増大則とは、熱力学などの分野で使われる用語で、分子の位置が固定された状態からバラバラの状態になるのは簡単だが、その逆は限られた条件下でなければ困難という法則のことだ。これは氷と水蒸気を想像するとわかりやすい。氷は水分子が規則的に配列された状態で安定しているが、水蒸気はひとつひとつの水分子が自由に空気中を飛び回る。そのため氷を熱して水、さらに水蒸気に変化させたあと、また氷に戻しても、各分子が元あった位置に戻ることは、ほぼ不可能と言える。
ソフィは熱力学におけるエントロピー増大則について簡単におさらいしたあと、本題に入った。
「さて、エントロピー増大則は熱力学に限った話ではありません。たとえば割れた皿が自然に元通りにならないように、多くのものは不可逆的な法則に則った変化をします。しかし魔法はそうではありません。もうおわかりかと思いますが、冷気系の三系統はエントロピーに逆行するかのような働きを示します。もちろん、物質魔法で割れた皿を完全に元通りに直すことが困難なことからもわかるように、属性魔法によるエントロピーの減少には多少の無理が生じます。しかし純粋無属性魔法であれば、あるいはそれが可能になるかもしれません」
そこまで話したところで、ソフィは一瞬、壁にかかっている時計のほうを見た。
「時間も残り僅かなので少し端折りますが、もし強力な無属性魔法によってエントロピーを無視することが可能になるなら、それによって世界の一部を書き換えることも可能になるかもしれない。この世界が高度な演算装置によって創り上げられたものだとすれば、これは理論上可能だと言えます」
教室は静まり返っていた。世界の一部を書き換える。そんなことが可能だとして、それがなんらかの問題を引き起こすことはないのか。世界の法則性が崩壊したりしないのか。ニコラを含め受講者たちの多くは、「世界の一部を書き換える」という魅力的な言葉の中に、重大な危険を感じ取っていた。しかしソフィは受講者の反応を予想していたかのように、さりげなく補足する。
「しかしこれは、人間の魔力ではとうてい不可能なことです。あくまで仮説でしかないのでご安心ください。時間になりましたので、講義はこれまでにします。みなさん、お疲れ様でした」
ソフィは時間が来たのでそのまま講義を終了した。彼女は軽くお辞儀をし、受講者たちは拍手をした。
そのときニコラは、ソフィの言動を少し不審に思った。ソフィはなにか重大なことを隠しているのではないか。人間の魔力では不可能という点に嘘偽りはないとしても、それ以外の方法をなにか知っているのではないか。そんな印象を直感的に感じ取っていた。しかしソフィはクーラン帝国の要人でもある。機密事項があっても不思議ではない。このことに関してはあまり深入りすべきではないと、聡明なニコラはあえて違和感を飲み込んだ。
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