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第三章 亡国の系譜
第百五十六話 『物質の生成と無属性魔法』その1
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そのあとジャンとニコラは、ソフィの付き添いのもと、脱衣所で鉢合わせになった二人の研究員の部屋へ順番に謝りに行った。ソフィが事情を説明したことで、二人とも先ほどのことをすんなり許した。
自分の部屋でソフィから説明を受けたロザリーは、ジャンたちに別の意味で興味を抱いたようだった。
「そういうことなら仕方ないですね。それに、二人ともよく見たらなかなかイケメンみたいだし……。ねぇ君、今度お姉さんと遊ばない?」
「あ、いや、そのー……」
ジャンはロザリーの態度にたじたじだった。
「こらこら、人の甥っ子を誘惑しないの」
「冗談ですよ、所長。そんなことより、なんでそんなことが起こったんですかね?」
「わからないわ。でも、どうあれ危険が迫ってきたらすぐに逃げるのよ。あとはわたしがなんとかするから」
「はい、わかりました」
ロザリーに怯えた様子はないし、ソフィもそこまで動じているようには見えない。彼女の実力は、あのおぞましい殺気の主より遥かに上だとでも言うのだろうか。ニコラもソフィがいれば心配いらないと言っていた。しかし、それでもジャンは腑に落ちなかった。あの殺気は人間のものでも魔獣のものでもない。いわば悪魔の殺気。それも尋常ではない強さの。
人間でそのような殺気を放つ者がいるとしたら、それはどんな人間か。少なくとも、気が遠くなるほど膨大な数の人を殺したことのある人物だろう。それを想像したジャンは、恐ろしさのあまり全身を震わせた。
「それじゃあロザリー、明日もがんばってね。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい、所長。ジャンくん、ニコラくん、おやすみ」
「「おやすみなさい」」
覗きの疑いは晴れたものの、あの殺気の気持ち悪さは晴れなかった。そのあとジャンたちは部屋に戻り、表面上はなにごともなかったかのように寝床に就いた。ソフィはキングサイズとクイーンサイズのベッドを三人に譲り、一人別室のシングルベッドで寝た。
「みんな、ごめんなさい……」
その日もいつもと変わらず、静かに夜が更けていった。
翌朝、四人は昨夜のことなどなかったかのようにふるまった。実際のところ被害らしい被害はなかったのだから、これ以上考えても仕方がないというのが正直なところだった。
ジャンたちは着替えを済ませると、一階の食堂で研究員たちと一緒に朝食を食べ、それが終わると部屋に戻った。
「それじゃあ、わたしは先に出るから、またあとでね」
「うん、いってらっしゃい、おばさん」
ソフィは三人を残して先に会場へ向かった。
その日は講義の時間がかぶっていたため、ジャンたちは互いに別行動をすることにした。ニコラはソフィが魔法の講義、ジャンはバーンスタイン氏の政治経済史の講義が目的だった。シェリーは特にこれといった目的がなかったので、ジャンと一緒に回ることにした。
午前最後の講義、ニコラは昨日の大教室の半分ほどの広さの教室で、ソフィの講義を受けていた。『物質の生成と無属性魔法』と題されたその講義は、非常に難解であることがパンフレットに明記されていた。受講者も大半がその道の人といった雰囲気で、昨日のソフィの講義を聞きに来ていた受講者とは、少し構成が違っていた。
「みなさんもご存じの通り、冷気系の魔法で氷柱を作り出すとき、その氷柱の大きさは明らかにその場にある水の量、空気中の水分を含めた総量を遥かに越えています。しかしあまりの手掛かりのなさに、この謎の解明は数千年の長きにわたって進展がありませんでした。その間、石板に記された詠唱文の解読だけが進み、無属性魔法が発見され、同時に物理学が大きな発展を遂げました。そこに至って初めて、この謎の解明の糸口がつかめたのです」
ニコラは配られた冊子を見ながらソフィの話に耳を傾けた。ここまでの話は彼もおおよそ知っている内容だった。
「無属性魔法は、この世界を形作る根源的な仕組みに関与している可能性が高いと我々は見ています。その根源的な仕組みのひとつに、雷などによる電気の発生があります。これが魔法の謎と関係しているのではないかと、私たちは予測しました」
ソフィは黒板に図版を描きながら、話を先へ進めた。
「最近、無属性魔法を用いずに電気を発生させられるようになったことで、電気にはプラスとマイナスの極性があることが発見されました。もちろん当研究所でもこれらの研究が日々行われています。そして電気に関するある実験の中で、偶然にも魔法の謎を解明するヒントを得たのです。六ページ、七ページを見てください」
六ページには、限りなく真空に近い状態を人工的に作り出す方法が図解で示されていた。そして七ページには、真空に近い状態にした容器に電流を流す実験の図が描かれていた。
「七ページの実験は、『無』から『有』を生むことが可能かどうか調べるための実験でした。限りなく真空に近い状態にした容器の質量を測り、それを様々な状況下に置いて質量の変化を見ました。当然、ほぼすべての状況で質量の変化はなかったのですが、最後に無属性魔法で電流を流したとき、容器の質量が一時的に増加したのです」
受講者は静かな驚きを示した。
「同時期に行われた魔法に関する実験で、強力な魔法を使用する際にロッドの先の気圧が急激に変化し、すぐ元に戻ることを発見していた我々は、この二つの実験になんらかの関連があるのではないかと推測しました。そしてそれを確かめるべく、もう一つの実験を行ったのです。それが次のページにある実験です」
ページをめくると、そこには先ほどの実験よりも大きな密閉容器の中に、強力な熱系魔法で炎を発生させる実験の図が描かれていた。
「この実験では、平時と同じ気圧に調整した密閉容器を用意しました。密閉された容器の中では、火を起こしてもすぐに酸素が尽きて消えてしまいます。しかし強力な熱系魔法で炎を作り出すとき同時に酸素と熱源が生み出されていれば、密閉容器の中でも炎は生じるはずです。そして実験の結果はそこにある通りです。容器の中に炎は生じ、質量も微増しました。そして炎が消えると、質量はまた元に戻ったのです」
あまりに不可解な結果に受講者たちは少々困惑していた。
「ここからはあくまで仮説ですが、この世界を構成している物質をプラスの物質とすると、わたしたちが感知できないマイナスの物質がこの世界には存在しており、特定の場……たとえば真空状態の場に強い電流を流すと、プラスの物質とマイナスの物質の両方が生じる。そしてその二種類の物質は、一定時間が経過すると互いに打ち消し合って消滅する。これなら強力な魔法を使用する前後で物質の総量が変化することも説明がつきます」
講義はいよいよ難解な局面に達する。ニコラは他の受講者同様、そのの内容をなんとかものにしようと真剣に耳を傾けた。
自分の部屋でソフィから説明を受けたロザリーは、ジャンたちに別の意味で興味を抱いたようだった。
「そういうことなら仕方ないですね。それに、二人ともよく見たらなかなかイケメンみたいだし……。ねぇ君、今度お姉さんと遊ばない?」
「あ、いや、そのー……」
ジャンはロザリーの態度にたじたじだった。
「こらこら、人の甥っ子を誘惑しないの」
「冗談ですよ、所長。そんなことより、なんでそんなことが起こったんですかね?」
「わからないわ。でも、どうあれ危険が迫ってきたらすぐに逃げるのよ。あとはわたしがなんとかするから」
「はい、わかりました」
ロザリーに怯えた様子はないし、ソフィもそこまで動じているようには見えない。彼女の実力は、あのおぞましい殺気の主より遥かに上だとでも言うのだろうか。ニコラもソフィがいれば心配いらないと言っていた。しかし、それでもジャンは腑に落ちなかった。あの殺気は人間のものでも魔獣のものでもない。いわば悪魔の殺気。それも尋常ではない強さの。
人間でそのような殺気を放つ者がいるとしたら、それはどんな人間か。少なくとも、気が遠くなるほど膨大な数の人を殺したことのある人物だろう。それを想像したジャンは、恐ろしさのあまり全身を震わせた。
「それじゃあロザリー、明日もがんばってね。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい、所長。ジャンくん、ニコラくん、おやすみ」
「「おやすみなさい」」
覗きの疑いは晴れたものの、あの殺気の気持ち悪さは晴れなかった。そのあとジャンたちは部屋に戻り、表面上はなにごともなかったかのように寝床に就いた。ソフィはキングサイズとクイーンサイズのベッドを三人に譲り、一人別室のシングルベッドで寝た。
「みんな、ごめんなさい……」
その日もいつもと変わらず、静かに夜が更けていった。
翌朝、四人は昨夜のことなどなかったかのようにふるまった。実際のところ被害らしい被害はなかったのだから、これ以上考えても仕方がないというのが正直なところだった。
ジャンたちは着替えを済ませると、一階の食堂で研究員たちと一緒に朝食を食べ、それが終わると部屋に戻った。
「それじゃあ、わたしは先に出るから、またあとでね」
「うん、いってらっしゃい、おばさん」
ソフィは三人を残して先に会場へ向かった。
その日は講義の時間がかぶっていたため、ジャンたちは互いに別行動をすることにした。ニコラはソフィが魔法の講義、ジャンはバーンスタイン氏の政治経済史の講義が目的だった。シェリーは特にこれといった目的がなかったので、ジャンと一緒に回ることにした。
午前最後の講義、ニコラは昨日の大教室の半分ほどの広さの教室で、ソフィの講義を受けていた。『物質の生成と無属性魔法』と題されたその講義は、非常に難解であることがパンフレットに明記されていた。受講者も大半がその道の人といった雰囲気で、昨日のソフィの講義を聞きに来ていた受講者とは、少し構成が違っていた。
「みなさんもご存じの通り、冷気系の魔法で氷柱を作り出すとき、その氷柱の大きさは明らかにその場にある水の量、空気中の水分を含めた総量を遥かに越えています。しかしあまりの手掛かりのなさに、この謎の解明は数千年の長きにわたって進展がありませんでした。その間、石板に記された詠唱文の解読だけが進み、無属性魔法が発見され、同時に物理学が大きな発展を遂げました。そこに至って初めて、この謎の解明の糸口がつかめたのです」
ニコラは配られた冊子を見ながらソフィの話に耳を傾けた。ここまでの話は彼もおおよそ知っている内容だった。
「無属性魔法は、この世界を形作る根源的な仕組みに関与している可能性が高いと我々は見ています。その根源的な仕組みのひとつに、雷などによる電気の発生があります。これが魔法の謎と関係しているのではないかと、私たちは予測しました」
ソフィは黒板に図版を描きながら、話を先へ進めた。
「最近、無属性魔法を用いずに電気を発生させられるようになったことで、電気にはプラスとマイナスの極性があることが発見されました。もちろん当研究所でもこれらの研究が日々行われています。そして電気に関するある実験の中で、偶然にも魔法の謎を解明するヒントを得たのです。六ページ、七ページを見てください」
六ページには、限りなく真空に近い状態を人工的に作り出す方法が図解で示されていた。そして七ページには、真空に近い状態にした容器に電流を流す実験の図が描かれていた。
「七ページの実験は、『無』から『有』を生むことが可能かどうか調べるための実験でした。限りなく真空に近い状態にした容器の質量を測り、それを様々な状況下に置いて質量の変化を見ました。当然、ほぼすべての状況で質量の変化はなかったのですが、最後に無属性魔法で電流を流したとき、容器の質量が一時的に増加したのです」
受講者は静かな驚きを示した。
「同時期に行われた魔法に関する実験で、強力な魔法を使用する際にロッドの先の気圧が急激に変化し、すぐ元に戻ることを発見していた我々は、この二つの実験になんらかの関連があるのではないかと推測しました。そしてそれを確かめるべく、もう一つの実験を行ったのです。それが次のページにある実験です」
ページをめくると、そこには先ほどの実験よりも大きな密閉容器の中に、強力な熱系魔法で炎を発生させる実験の図が描かれていた。
「この実験では、平時と同じ気圧に調整した密閉容器を用意しました。密閉された容器の中では、火を起こしてもすぐに酸素が尽きて消えてしまいます。しかし強力な熱系魔法で炎を作り出すとき同時に酸素と熱源が生み出されていれば、密閉容器の中でも炎は生じるはずです。そして実験の結果はそこにある通りです。容器の中に炎は生じ、質量も微増しました。そして炎が消えると、質量はまた元に戻ったのです」
あまりに不可解な結果に受講者たちは少々困惑していた。
「ここからはあくまで仮説ですが、この世界を構成している物質をプラスの物質とすると、わたしたちが感知できないマイナスの物質がこの世界には存在しており、特定の場……たとえば真空状態の場に強い電流を流すと、プラスの物質とマイナスの物質の両方が生じる。そしてその二種類の物質は、一定時間が経過すると互いに打ち消し合って消滅する。これなら強力な魔法を使用する前後で物質の総量が変化することも説明がつきます」
講義はいよいよ難解な局面に達する。ニコラは他の受講者同様、そのの内容をなんとかものにしようと真剣に耳を傾けた。
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