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第三章 亡国の系譜
第百五十一話 ヤキモチ
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ジャンは目の前にある料理をただひたすら喰らっていく。一流シェフが作った料理は絶品で、彼の手は止まらなかった。
「ちょっとジャン、もうちょっと行儀よく食べなさいよ」
シェリーは苦言を漏らした。
「いいじゃない。美味しいんだもの、仕方ないわ。ジェラールも十代のころはこんな風によく食べてたわよ」
シェリーとは逆に、ソフィは料理を貪り食うジャンの姿を微笑ましく眺めていた。
「ジェラールさんが? 嘘でしょ?」
「嘘じゃないわよ。もちろんフォーマルな会食ではちゃんとしてたけどね。戦争に駆り出されるようになって、責任ある立場に就いてからね、彼が落ち着いたのは」
「えー、意外ー。いまじゃ全然そんな素振りも見せないのに」
「あら、そう? 余計なこと喋ったかしらね」
ジェラールの話をするソフィはどこか楽しげだった。講義のときも、馬車で談笑していたときも見せなかった、素の状態の彼女なのかもしれない。
ジャンは二人の会話を聞いてはいたが、目の前のごちそうが大事だったので特に返答はしなかった。
(あの父さんがねぇ。ま、昔のことなんか正直どうでもいいけど。てゆーかこの肉うまいな!)
土地がら海産物ばかり食べてきた彼にとっては、父の過去より上質な肉料理のほうが重要だった。
みな談笑しながら楽しい夕食の時間を過ごしていた。皿をあけた者は次の料理を取りに行き、シェフが新たな料理を提供すると、列を作った。そうしているうち、ジャンたちは研究員とも打ち解けていった。
「君は旧アナヴァン帝国の皇族の血筋なんだって?」
ある研究員が、料理を皿に盛りながらジャンに尋ねた。
「そうみたいです。つっても実感わかないんスけどねー」
「そうか。明日私の講義で旧アナヴァン帝国の内政の話をするんだが、もし君が自分の祖先について知りたければ聞きにくるといい。もっとも、旧アナヴァン帝国の失敗についての話だから無理強いはしないが」
ジャンは自分の祖先が紡いできた歴史に興味がないわけではなかった。しかしその反面、知ってしまうことでなにかが変わってしまうんじゃないか、そのことに振り回されてしまうんじゃないかという不安も、わずかながらあった。
「おじさん、名前はなんてーの?」
「カート。カート・バーンスタインだ。明日の講義は『旧アナヴァン帝国後期の失政と崩壊への道』。気が向いたら聞きにきなさい」
「……そんじゃ、気が向いたら行きます」
返答は素っ気なかった。しかしジャンは半ば腹を決めていた。自分が亡国の系譜に連なる人間であることを知ってしまった以上、過去を無視し続けることはできない。そこに絶好の機会が転がり込んできたのだ。無意識下ではむしろ、これを逃す手はないと思っていたのかもしれない。
料理を皿によそったジャンがテーブルに戻ると、シェリーとノーマンが楽しそうに会話をしていた。
「へー、ノーマンさんすごいですねー。超エリートじゃないですかー」
「そんなことないよ。周りにはもっとすごい奴だっていたし、子どものころからあれだけみっちり教え込まれれば誰だってできるさ。それから、同い年なんだしノーマンでいいよ。敬語も使わなくていい」
「そう? じゃあ、ノーマン……って、いきなりだと変な感じね」
「すぐに慣れるよ、シェリー」
二人は和気あいあいとしていて、いかにも気の合う二人といった感じだった。ジャンはそのことがなぜか気に入らなかった。
「おばさん、悪いけど席代わってくんない?」
「え? いいわよ。でもなんで?」
「なんとなく」
ソフィはジャンの申し出を不思議に思いながら、席をひとつずれた。ジャンは彼女に譲ってもらった席――シェリーの隣の席――に座り、皿をテーブルに置くと、少々不機嫌そうな調子でノーマンに言った。
「それはちょっと馴れ馴れしすぎんじゃねーの?」
唐突なジャンの言葉にシェリーはドキっとした。
「ちょっとジャン、いきなりなに言い出すのよ」(やだ、もしかして、ヤキモチ妬いてんの?)
「別に。ただちょっと気になっただけだよ」(俺、なに言ってんだろ?)
ジャンは自分でもなにをやっているのかよくわかっていなかった。しかしノーマンから見れば言いがかりをつけられたようなもの。怒ってはいなかったが、黙ってやり過ごすわけにもいかない様子だった。
「僕はただ普通にシェリーと会話したかっただけなんだけど、いけなかったかな?」
「そんなこと言ってねーよ。言葉通りだよ。ちょっと馴れ馴れしいと思っただけだ」
二人が少し険悪なムードになる中、間に挟まれたシェリーは不安とはまったく別の感情を抱いていた。
(なにこの状況!? ベルナールに喧嘩売られたときと違って自分から行ってるし! 二人があたしのことを取り合ってるみたい! いいじゃない、いいじゃない! きゃー、やだー! 二人ともあたしのために喧嘩しないでー、とか言ってみたいし!)
彼女は自分の痛い妄想を口に出したくてたまらなかった。
「ちょっとジャン、もうちょっと行儀よく食べなさいよ」
シェリーは苦言を漏らした。
「いいじゃない。美味しいんだもの、仕方ないわ。ジェラールも十代のころはこんな風によく食べてたわよ」
シェリーとは逆に、ソフィは料理を貪り食うジャンの姿を微笑ましく眺めていた。
「ジェラールさんが? 嘘でしょ?」
「嘘じゃないわよ。もちろんフォーマルな会食ではちゃんとしてたけどね。戦争に駆り出されるようになって、責任ある立場に就いてからね、彼が落ち着いたのは」
「えー、意外ー。いまじゃ全然そんな素振りも見せないのに」
「あら、そう? 余計なこと喋ったかしらね」
ジェラールの話をするソフィはどこか楽しげだった。講義のときも、馬車で談笑していたときも見せなかった、素の状態の彼女なのかもしれない。
ジャンは二人の会話を聞いてはいたが、目の前のごちそうが大事だったので特に返答はしなかった。
(あの父さんがねぇ。ま、昔のことなんか正直どうでもいいけど。てゆーかこの肉うまいな!)
土地がら海産物ばかり食べてきた彼にとっては、父の過去より上質な肉料理のほうが重要だった。
みな談笑しながら楽しい夕食の時間を過ごしていた。皿をあけた者は次の料理を取りに行き、シェフが新たな料理を提供すると、列を作った。そうしているうち、ジャンたちは研究員とも打ち解けていった。
「君は旧アナヴァン帝国の皇族の血筋なんだって?」
ある研究員が、料理を皿に盛りながらジャンに尋ねた。
「そうみたいです。つっても実感わかないんスけどねー」
「そうか。明日私の講義で旧アナヴァン帝国の内政の話をするんだが、もし君が自分の祖先について知りたければ聞きにくるといい。もっとも、旧アナヴァン帝国の失敗についての話だから無理強いはしないが」
ジャンは自分の祖先が紡いできた歴史に興味がないわけではなかった。しかしその反面、知ってしまうことでなにかが変わってしまうんじゃないか、そのことに振り回されてしまうんじゃないかという不安も、わずかながらあった。
「おじさん、名前はなんてーの?」
「カート。カート・バーンスタインだ。明日の講義は『旧アナヴァン帝国後期の失政と崩壊への道』。気が向いたら聞きにきなさい」
「……そんじゃ、気が向いたら行きます」
返答は素っ気なかった。しかしジャンは半ば腹を決めていた。自分が亡国の系譜に連なる人間であることを知ってしまった以上、過去を無視し続けることはできない。そこに絶好の機会が転がり込んできたのだ。無意識下ではむしろ、これを逃す手はないと思っていたのかもしれない。
料理を皿によそったジャンがテーブルに戻ると、シェリーとノーマンが楽しそうに会話をしていた。
「へー、ノーマンさんすごいですねー。超エリートじゃないですかー」
「そんなことないよ。周りにはもっとすごい奴だっていたし、子どものころからあれだけみっちり教え込まれれば誰だってできるさ。それから、同い年なんだしノーマンでいいよ。敬語も使わなくていい」
「そう? じゃあ、ノーマン……って、いきなりだと変な感じね」
「すぐに慣れるよ、シェリー」
二人は和気あいあいとしていて、いかにも気の合う二人といった感じだった。ジャンはそのことがなぜか気に入らなかった。
「おばさん、悪いけど席代わってくんない?」
「え? いいわよ。でもなんで?」
「なんとなく」
ソフィはジャンの申し出を不思議に思いながら、席をひとつずれた。ジャンは彼女に譲ってもらった席――シェリーの隣の席――に座り、皿をテーブルに置くと、少々不機嫌そうな調子でノーマンに言った。
「それはちょっと馴れ馴れしすぎんじゃねーの?」
唐突なジャンの言葉にシェリーはドキっとした。
「ちょっとジャン、いきなりなに言い出すのよ」(やだ、もしかして、ヤキモチ妬いてんの?)
「別に。ただちょっと気になっただけだよ」(俺、なに言ってんだろ?)
ジャンは自分でもなにをやっているのかよくわかっていなかった。しかしノーマンから見れば言いがかりをつけられたようなもの。怒ってはいなかったが、黙ってやり過ごすわけにもいかない様子だった。
「僕はただ普通にシェリーと会話したかっただけなんだけど、いけなかったかな?」
「そんなこと言ってねーよ。言葉通りだよ。ちょっと馴れ馴れしいと思っただけだ」
二人が少し険悪なムードになる中、間に挟まれたシェリーは不安とはまったく別の感情を抱いていた。
(なにこの状況!? ベルナールに喧嘩売られたときと違って自分から行ってるし! 二人があたしのことを取り合ってるみたい! いいじゃない、いいじゃない! きゃー、やだー! 二人ともあたしのために喧嘩しないでー、とか言ってみたいし!)
彼女は自分の痛い妄想を口に出したくてたまらなかった。
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